タグ:アフリカの映画 ( 42 ) タグの人気記事
『静かなる叫び』
この映画をブログに書くか迷った。けど、とりあえず備忘録として。。

すごく重い映画で、是非見てくださいとは言えない。私はいつも映画の登場人物に感情移入してしまって、嬉しみや悲しみや恐怖を人一倍感じているような気がするのだが、この映画は重かった。銃撃の映像が脳裏に後まで残りちょっと怖くて、私が生き残った一人だったらどう考えるのだろうとか、、、考えてしまった。

私は映画評論家ではないので、自分の感じるままに記述しているが、多分映画の芸術性としては素晴らしいのだと思う。これだけ脳裏に残る印象深い映像だったから。白黒だったので「過去の出来事」と脳が自動的に認識していたと思うけど、、、でも重かった。


『静かなる叫び』
監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ
2009年、カナダ
77分


1989年12月6日、モントリオールの理工科大学で銃乱射事件が起きた。この事件をベースに架空の登場人物の事件前と事件の日、そして事件後の様子を少ないセリフで映像化している。架空の人物とはいうものの、おそらく実際に事件に遭遇した方々は、事件後にこういう抱えきれない思いを感じながら過ごしているのかも。




にほんブログ村 海外生活ブログ アフリカ情報へ
にほんブログ村


アフリカランキング


by iihanashi-africa | 2019-03-19 18:32 | 日本 | Trackback | Comments(0)
『判決、ふたつの希望』水漏れ事件から始まったレバノンの法廷劇
前回の記事で書いた韓国映画『1987、ある闘いの真実』と同期間に上映されていた映画を見た。昨年とても話題になった映画。

『判決、ふたつの希望』
監督:ジアド・ドゥエイリ
2017年、レバノン、フランス
113分

c0116370_18410159.jpg

(劇場に掲載されていたストーリーより)
レバノンの首都ベイルートのある一角で、小さな諍い起こった。建設会社に雇われ違法建築の補修工事の現場監督をしていたパレスチナ人のヤーセルが、アパートのバルコニーからの水漏れを防ぐ工事を進めたところ、その部屋に住むレバノン人男性トニーが憤慨。せっかく取り付けた新しい排水管を破壊されたヤーセルは「クズ野郎」と吐き捨てる。

キリスト教系政党の熱心な支持者で、かねてからパレスチナ人に反感を抱いていたトニーは、ヤーセルの悪態を断じて許せず、建設会社に乗り込んで社長に本人の謝罪を要求する。ヤーセルの実直な人柄と有能さを高く評価しながらも事を丸く収めたい所長に説得され、仕方なくトニーの経営する自動車修理工場に赴いたヤーセルだが、敵意むき出しのトニーから「お前らはろくでなしだ」と罵倒され、「シャロンに抹殺されていればよかった!」とまで言われる。パレスチナ人にとって最大の侮辱だったその言葉を聞いて、激高したヤーセルは謝罪どころか強烈なパンチを食らわせ、トニーに肋骨2本折る重傷を負わせてしまう。

怒りが頂点に達したトニーは告訴に踏み切った。
この些細ともいえる諍いが、二人のコントロールできる範囲を越えた国中の大論争へと発展していってしまう。


この裁判を通して、二人が過去に体験した出来事が徐々に明るみになり、お互いのことを全く知らなかったことが分かり、なかなか素直になれない二人の心が歩み寄る様子が映像から読み取れてじ~んとくる。

最初実話かと思って映画を見ていたのだが違うらしい。良く作られた映画だと思う。

監督のインタビュー記事を見つけた。数年前に監督がベイルートのマンションで暮らしていた頃、ベランダでサボテンに水をやっていたら、下で道路工事の作業をしていた方に水がかかってしまい、少し口論になったらしい。その時はすぐに謝りに行き、大ごとにならずに済んだのだが、もしあの時、状況が悪化して雪だるま式に膨れ上がっていたら、どうなっていたのだろうと思ったのが物語のきっかけとなったようだ。
https://www.huffingtonpost.jp/foresight/movie-201808315_a_23513430/

この諍いのきっかけとなった「シャロンに抹殺されていればよかった!」という言葉。どこまで重みのある言葉なのか私には分からなくて、この記事を書きながらいろいろ調べて読んだが、やっぱり逆上して暴力をふるってしまうほどの言葉なのか当事者じゃないと分からないことが沢山あるのかも。

この裁判の焦点は、言論の自由はどこまで認められるのか、相手を過度に傷つける言葉は暴力か、その言葉の暴力に対して身体的暴力で返すことは正当防衛と認められるのか。



ほんと考えさせられるし、いい映画だった。


にほんブログ村 海外生活ブログ アフリカ情報へ
にほんブログ村


アフリカランキング


by iihanashi-africa | 2019-03-16 18:44 | 日本 | Trackback | Comments(2)
『1987、ある闘いの真実』、31年前の韓国民主化運動
早稲田松竹は、いつもテーマの異なる面白い映画を揃えてくれる。テーマが多様で一辺倒じゃないし、プログラムを見ているだけで飽きない。それに1300円でいい映画を2本見られるんだからとってもお得。

今週のテーマは「その歴史は今も続いている」
韓国の歴史のある真実、レバノンのささいな事件から発生した政治・民族の緊張、歴史から学び今も引き受けるべき教えを映し出してくれる作品を見られた。

まずは、韓国映画。
とても緊張感のある映画で、実話に基づいたストーリーという以上に映画として面白かった。

『1987、ある闘いの真実』
監督:チャン・ジュナン
2017年、韓国
129分


c0116370_18152877.jpg

半年前に、『タクシー運転手』と『ペパーミント・キャンディー』という二つの韓国映画を見た。1980年に民主化ムードの中で発生した光州の大規模デモとその情報を隠ぺいしようとした韓国政府の動きを背景に進むストーリー。この二つの映画で初めて光州事件を知ったのだが、今日見た映画は、その7年後の1987年の話。光州事件から続いていた民主化運動が爆発した年ともいえる。

(以下、劇場に掲載されていたストーリーより)
1987年1月、ソウル大学の学生、パク・ジョンチョルが警察の尋問中に死亡する。彼は学生による反政権デモのリーダーとの関係を疑われ、南営洞警察で取り調べを受けていた。

報せを聞いた南営洞警察のパク所長は、部下に火葬を命令する。「22歳が心臓麻痺?」と、警察からの申請書類を見て、ソウル地検公安部長のチェ検事が眉をひそめた。状況から見て拷問による死だと睨んだチェ検事は、法律通り解剖で死因を解明してから火葬するよう命じる。

そして、チェ検事を慕う後輩検事が、中央日報の記者にソウル大生の死をリークし、「取り調べ中の大学生ショック死」というスクープが流れる。


ここから、どんな手を使ってでも事件を握りつぶそうとする南営洞警察側と、なんとしても真実を明らかにすべきという正義感にかられた人々との闘いが始まる。記者、検事だけでなく、医師、看守も守秘義務と正義感との狭間で葛藤がありながらも、自分が正しいと思うことをする。

警察による拷問致死で亡くなった学生を最初に診断した医師のインタビューを発見。




この映画で、この時代の出来事以外に学んだことが一つ。
民主化運動へのキリスト教の影響
1987年の事件でも、真実を明るみにすることに教会が大きく関わっている。社会の不平等やら人間の本質的に守られるべきものが脅かされていたということなのかな。


とにかく俳優の演技力も構成も素晴らしいし、引き込まれる映画なのでお勧め。



にほんブログ村 海外生活ブログ アフリカ情報へ
にほんブログ村


アフリカランキング


by iihanashi-africa | 2019-03-15 18:18 | 韓国 | Trackback | Comments(0)
ブルキナファソ映画『La Forêt de Niolo(ニョーロの森)』と環境汚染
今週、ブルキナファソではFESPACO(Festival Panafricain du Cinéma et de la Télévision de Ouagadougou、ワガドゥグ汎アフリカ映画祭)が開催されている。
https://www.fespaco.bf/fr/

このブログでも何度も登場したのでもはや全てをリンクさせるのは手間になってきたが、ちょうど2年前にFESPACOの携帯アプリの記事でアップしていたので、どうぞ。2年ぶりに携帯アプリをダウンロードしたら、前回より更にパワーアップしている。ワガドゥグで映画を見られないのが本当に残念。
FESPACOの携帯アプリ

FESPACOといえばという訳ではないが、ちょうどアップのタイミングなので、ブルキナファソ映画を一つご紹介。

2017年のFESPACOでシナリオ賞を受賞した映画


『La Forêt de Niolo(ニョーロの森)』
監督:Adama Roamba
2017年、ブルキナファソ
87分




アフリカのハリウッド映画といっていいのか、芸術性というよりは娯楽性を重視していて、最後までドキドキ感が止まらず、感動するという意味でいい映画。やはりシナリオがいい。

タイトルの通りニョーロの森が舞台。もちろん架空の森だが、セネガルにNioroという地域があり、実際にある場所かな?と思いGoogle mapで探してしまった。でもやはりなかった笑。
c0116370_18215012.png

NGO代表のアイシャジャーナリストの夫ナタナエルは、ニョーロの森の周辺住民をそそのかして実施されたガス・石油開発の事案を追っていた。元鉱山大臣のおひざ元である漁師の村カリは美しいニョーロの森に守られていたが、ある時、湖の水を飲んだ女性や漁師が亡くなり、多くの魚が死んでしまった。この事件とニョーロの森の地下にあたるガス・石油開発との関連性を調査していたナタナエルが、殺害された。アイシャは夫の無念をはらすため、事件の調査をすすめる。

監督がブルキナファソ人なのでブルキナファソ映画ということにはなっているが、出演者はセネガル、カメルーン、ブルキナファソ、マリなど多様な国籍で、監督曰く多国籍映画。まずは、どうしても出演してもらいたかったカメルーン人俳優のGerard Essombaを説得し、出演が決定してからセネガル人女優のRokhaya Niangに話を持ちかけたらしい。私が見に行った上映会では、監督と主演女優のRokhayaが来ていたが、Rokhayaは「シナリオも魅力だったが、Gerard Essombaと共演できるのはこの上ない機会と思った」と話していた。左が主演女優Rokhayaで、右が監督。
c0116370_18215052.jpg

監督の話では、撮影が開始されてから、当初前向きだったスポンサーの多くが、政治色が強いと判断して支援をやめ、途中で予算不足となったらしい。最終的に当初予算の5分の1でなんとか撮り終えた。この映画を政治色が強いと判断するということは、つまり未だにこういうことが行われており、そういう政治家の気持ちを忖度した結果かな。。。でもしっかりと公開されて映画祭で評価されてよかった。


にほんブログ村 海外生活ブログ アフリカ情報へ
にほんブログ村


アフリカランキング


by iihanashi-africa | 2019-02-27 18:26 | ブルキナファソ | Trackback | Comments(0)
『マラリアビジネス』という映画とスキャンダラスな抗マラリア薬事情
(映画の内容は下の方にあります)

私が9月頃に得ていた情報では、Cine Droit Libre映画祭という映画祭が11月27日から始まる予定だった。Cine Droit Libre大ファンの私は、スケジュール帳に早くから記入しており、ちょうど出張もない時期だし、すごく楽しみにしていた。

しかし、開始するはずの11月27日になっても一向にプログラムがアップされない。いつもなら遅くとも数日前にはアップされるのに、今回は当日になってもアップされないということは、映画祭がキャンセルになったのかと思い、11月28日に、映画祭とは関係ないところで、前回記事にしたドキュメンタリー(アブデラマン・シサコ監督に魅了された映画監督が作ったドキュメンタリー映画)を見に行った。

そしたら、映画の最後に監督が「今日はCine Droit Libreと上映が重なったにも関わらず来てくださってありがとうございます」と発言されて、かなり焦った。え、うそ、映画祭が始まってるの???プログラムがアップされてなかったのに。監督の話を聞きながら、携帯をごそごそいじって、Cine Droit Libreのfacebookページを見たら、なんと!!!数時間前にプログラムがアップされている。え~、映画祭が始まってからプログラムがアップされるなんて、そんな~。結局今年は5日間のうち2日間の上映映画を逃してしまった。

それに加えて、去年までは上映会場がフランス文化センターやらドイツ文化センターやら外国人にとっては行きやすい場所だったのに、今年から大学構内やゲジャワイという郊外の野外会場に変更になり、非常に行きにくくなった。プログラムを見る限り、今回の映画祭では一つしか鑑賞できなさそうだ。残念無念。
c0116370_12002427.jpg

************************

ただ、唯一見た映画が衝撃的だった。
『マラリアビジネス』というタイトルからして面白そうだったが、ストーリーが進むにつれ、前のめりになって釘付けになった。

『マラリアビジネス(Malaria Business)』
監督:Bernard Crutzen
2017年、ベルギー
70分


ナレーション:ジュリエット・ビノシュ(Juliette Binoche)



2015年6月、ベルギーが世界に誇る歌手ストロマエStromaeが、コンサートを行うはずだったルワンダで体調を崩し、コンサートを急遽キャンセルしてブリュッセルに緊急輸送されたというニュースが報道された。原因はマラリア予防で飲んでいた抗マラリア剤メフロキン(Mefloquin、仏語でLariam)の副作用だった。メフロキンで副作用が出た人は私も何人か知っている。常に不安になったり悪夢をみたりするそうだ。ストロマエの症状はかなり深刻で、幻覚症状や機能障害まで起き、薬をやめても回復せず、うつ症状で自殺を考えたこともあったそうだ。「兄弟がいなければ私はここにいなかったかもしれない」と本人が映画の中で語っている。2年経っても完治しなかった。

この出来事をきっかけに、メフロキンに疑問を持つ人が出てきた。その中の一人の医師が友人の映画監督Crutzen氏に話を持ち掛け、出来上がった映画が『マラリアビジネス』。調べれば調べるほど、WHO(World Health Organization世界保健機構)と製薬会社の密な関係が明らかになってくる。

2016年、ビルゲイツ氏は彼の資産の半分をマラリア撲滅のために使うと発表し、ワクチンも開発中とのことで、世界から賞賛された。しかし、もう100年近く前からアルテミジア・アニュアArtemisia Annua(日本語ではクソニンジンというらしい(wiki))という自然の薬草の効果が分かっていたのだ。すでにアルテミジア・アニュアから分離させたアルテミシニンと他の抗マラリア剤を併用する複合薬剤(ACT)は存在し、最も推奨される薬として販売されているが、実は、わざわざ効果なACTを服用せずとも、アルテミジア・アニュアを煎じたお茶を大量に飲むとすぐに治るそうだ。一般の抗マラリア剤に比べ、ずっと安価で、しかも驚異的とも言える効果があると言われている。しかし、WHOは15年以上にもわたり、その単独効果を否定し続け、他方で副作用の大きい薬や、既に薬剤耐性が頻繁に見られていた薬を推奨し続けた。なぜなのか。


WHOの資金はかつては公的組織からの支援が半分をしめていたが、現在は公的支援は15%程度にとどまり、代わりにビルゲイツ財団や製薬会社からの支援が大半を占めるようになっている。国際機関もファンドレイジングをしないと機能しない。民間会社みたいだなあ。大株主の意見が活動の方向性を作用するみたいな。。こういう仕組みだと仕方ないことなのかなあ。。



マラリアの研究で支援を得ていたコンゴ人医師がアルテミジアの効果の研究をしていると分かった瞬間、支援が打ち切られたり、研究結果の成果をどの雑誌でも紹介してもらえなかったり。不可思議なこと(いや、原因は分かっていたのだが)が起こっていた。

この映画の製作の段階から、WHOが動き出した。アフリカのWHOオフィスがコンゴ人医師の研究を支持し始めた。そして、2017年後半に映画が公開されてから、WHOは更に動く。あれだけ伝統医学を過小評価していたWHOが、伝統医療の認定へと立場を変えたのだ。ネット検索したらこういう記事があった。

「漢方薬や鍼灸など「伝統医療」WHOが認定へ」
https://www.sankei.com/life/news/180109/lif1801090004-n1.html


c0116370_12002472.jpg

アルテミジア・アニュアの単独効果が絶大であることは分かり、今後おそらく急速に広まっていく治療法だろうが、あまりはやし立てすぎるのは少々危険な気がする。アルテミジアの栽培については、マダガスカルでもセネガルでもかなり大規模に行われ始めているが、需要が高まれば生産ももっと増やさなければならない。今度は『アルテミジア・ビジネス』と言われないよう、農家のこともしっかりと考えた生産を行わなければならない。

会場では、セネガルでアルテミジア・アニュアを販売するNGOも来ており、アルテミジアのお茶を試飲させてくれた。苦みの強い薬草茶という感じ。もちろんこんな少量では治療効果はない。会場のセネガル人は、「これは砂糖を入れても効力は薄れないか?」と聞いており、ちょっとほっこり。

これが、その製品。
c0116370_12002469.jpg
c0116370_12002521.jpg
c0116370_12002564.jpg
c0116370_12002587.jpg
セネガルでは、アルテミジアの販売が許可されており、既に市場で見つけることができる。

この映画は、2019年1月に「France 24」という24時間の国際ニュース専門チャンネルが取り上げてくれることになっているらしい。英語版も存在するがまだ公開されていない。予算的な問題もあるらしいが、そのほかにも越えなければならない壁もあるのかも。


にほんブログ村 海外生活ブログ アフリカ情報へ
にほんブログ村


アフリカランキング


by iihanashi-africa | 2018-12-01 12:05 | アフリカ全体 | Trackback | Comments(3)
アブデラマン・シサコ監督に魅了された映画監督が作ったドキュメンタリー映画
先日、アブデラマン・シサコ(Abderrahmane Sissako)監督についてのドキュメンタリー映画を見た。監督の映画は見たことはあったが、監督ご本人についてはあまりよく知らなかったし、ドキュメンタリー映画が面白い視点で描かれていたので、帰宅後に気になって色々調べてしまい、平日なのにかなり夜更かししてしまった。

*******************

アブデラマン・シサコは、モーリタニア出身の映画監督。1961年生まれなので、現在57歳。父はマリ人、母はモーリタニア人。生まれはモーリタニアだが、すぐに家族とともにマリへ移住し、高校までマリで生活することになる。そしてその間に学生運動に参加し、脅威を感じた当時のムサ・トラオレ政権は学生運動のデモを禁止した。シサコ自身かなりの活動家だったらしい。

1980年、19歳の時にシサコの母が住むモーリタニアに戻り、ソビエト文化センターに通いつめ、ロシア文学も学び、21歳で当時のソ連へ留学し、7年間滞在している。当初はモスクワ大学に入学し、その後モスクワ映画学院で学び、映画への情熱は高まるばかりだったが、当時は、この後モーリタニアに戻ってテレビ局にでも就職するのだろうと思っていたようだ。ただ、その前にどうしても映画を作りたいという思いがあり、ロシア滞在の最後に彼の最初の作品となる短編映画「le Jeu(遊び)」を卒業作品として製作し、この作品がブルキナファソで2年に1回開催されるFESPACO映画祭で上映され、Canal+が映画を購入した。そのお金で、次の短編映画「Octobre(10月)」を製作し、1993年にカンヌ国際映画祭で評価され、ミラノアフリカ映画祭の短編映画の部で最優秀賞を受賞している。ここから彼の映画監督としての人生が始まり、この映画を評価したフランス人の誘いで、フランスへと拠点を移すことになる。

1998年に製作した長編映画「La vie sur terre」はマリの父を思って作られ、2002年の「En attendant le bonheur(Heremakono)」はモーリタニアの母のことを思って作られたらしい。

そして、かの有名な長編映画「バマコ(2006)」「ティンブクトゥ(2014)」であるが、この2作品は日本でも何度か上映されたし、私が語るまでもないほど評価されている映画で、受賞した賞を上げたらきりがない。なので、ここではこのくらいにとどめておこう。ただ、強いメッセージ性のあるこれらの映画を作った後で、あなたはアフリカの代弁者かと聞かれた時、彼はこう答えている。私にとって映画は表現のツールだ。この可能性のある表現ツールを使わせてもらえるのだから、今自分が気になっていること、問題になっていることを取り上げたいと思っている。

ティンブクトゥは実はまだ見ていない。
なかなか見る機会がないのだが、日本に帰国する前にセネガルで上映されないかなあ。。。


「バマコ」はYoutubeで発見。



********************

『Abderrahmane Sissoko : Par-delà les Territoires(アブデラマン・シサコ:国境を越えて)』
監督:バレリー・オスフ(Valérie Osouf)
2017年、70分

c0116370_10423605.jpg

私が見たこのドキュメンタリー映画は、アブデラマン・シサコ監督に魅了された映画監督バレリー・オスフ(Valérie Osouf)(写真の左の女性)が製作した。映画上映の最後にオスフ監督との討論会があったのだが、監督の話によると、当初、製作費を支援してくれたテレビ局からは、「アブデラマン・シサコ監督の伝記のような映画を作ってほしい」、「貧しい家出身のアフリカ人の男性が様々な人に出会い、そのおかげで才能を開花させる場を与えられたことで今の成功に至っているというようなストーリーにしてほしい」と言われたらしい。

ただ、オスフ監督は、アブデラマン・シサコを所謂「アフリカ人」としては捉えておらず、マリ、モーリタニア、ロシア、フランスなど様々な社会の影響を受けた「世界人」と見ており、どうしてもテレビ局の意向には沿いたくなかったと話す。

加えて、アブデラマン・シサコの映画を撮影するときの姿勢と彼の考え方に感銘を受けてこの映画を撮影するのだから、自分が感銘を受けた部分をクローズアップしようと思ったそうだ。だから、映画を見ただけでは、アブデラマン・シサコの通ってきた道全ては分からない。ただ、シサコの思いは十分に伝わってくる。

アブデラマン・シサコ監督は、映画製作でシナリオを書かない。もちろん大枠のストーリーはあるものの、役者が発する言葉は、役者が考える。そしてキャスティングも現場で偶然出会った人であることも頻繁にある。この点は製作会社泣かせではあるものの、彼にとって映画は「Le hasard(偶然)」の産物だそうだ。シナリオを一語一句読んでしまうと、時に役者が引き立たないことがある。そのため、魅力を感じる役者を抜擢し、その人が本来持っているものを引き出すことに注力する。そして、魅力的な役者全員が引き立つように、うまく編集する天才だとオスフ監督は話す。

シサコ監督は、「偶然」の産物と話すが、誰もが「偶然」を撮っていれば映画になるわけではなく、そこには監督の思いと感性がやはりなくてはいいものは作れない。

https://vimeo.com/242381909



にほんブログ村 海外生活ブログ アフリカ情報へ
にほんブログ村


アフリカランキング


by iihanashi-africa | 2018-11-30 10:43 | アフリカ全体 | Trackback | Comments(0)
『KANIAMA SHOW』という短編映画と80年代の政治プロパガンダ番組
先週、すごく面白い短編映画を見た。

『KANIAMA SHOW』
監督:Baloji Fiction
2018年、ベルギー、コンゴ民主共和国
26分


80年代から90年代によく見られたアフリカの国営テレビの政治プロパガンダの番組を皮肉ってコメディタッチで描いたもの。衣装や髪型、番組のロゴ、プレゼンターの振る舞いなど80年代を思わせるよう、とても凝っている。

この当時の国営テレビの番組では、ゲストが来ては決まりきった表面上の会話だけし、政府の威厳を保つためにゲストが使われていた。今の時代にこういう番組を見ると喜劇でしかない。様々なゲストが登場するが、その合間合間にあまり品の良くない音楽のライブがある。カメラマンも集中しておらず、映像がぶれたりタイミングが合わなかったりする。監督はそこまで笑わせるつもりで作っていないかもしれないが、皮肉的な演出がかなり笑える。

そして番組の途中でふと映像が途切れ、どっかの国で見たことあるような光景が現れる。

私は、監督のボロジBolojiという方を知らなかったのだが、よくよく調べたら実は歌手であることが分かった。それも結構いい曲を作っている。もともと自分の曲のミュージックビデオを自分で製作しており、2018年春に発売されるニューアルバム『Avenue Kaniama』に合わせて、Kaniama Showというミュージックビデオならぬショートムービーを作ることになったようだ。

ミュージックビデオを作っていた方がこの映画を作ったと聞くと、すごく納得する。26分間、全く飽きずに映像が流れるのだ。




現在、ボロジ監督は長編映画も撮影中で、2019年公開に向けて動いているらしい。


にほんブログ村 海外生活ブログ アフリカ情報へ
にほんブログ村


アフリカランキング


by iihanashi-africa | 2018-10-16 04:34 | コンゴ民 | Trackback | Comments(0)
『Maki’La』というストリートチルドレンの生きる力を描いた映画
最近アップする記事といえば、映画、フルーツ、料理、時々小話で、かなり偏りが出てきてしまったが、どうぞご勘弁を。最近アフリカ映画を鑑賞する機会が多いので、今後もしばらく続くかも。

少し前に『Maki’La(マキーラ)』という映画を見た。久しぶりに、ほとんどの登場人物の演技がとても自然体なアフリカ映画だった。コンゴ民主共和国のストリートチルドレンの日常を描いているのだが、まさにドキュメンタリーを見ているかのようだった。俳優全員が素人で、「この人!」と思う俳優に出会うまで何度もテストしたらしい。

『Maki’La』
監督:Macherie Ekwa Bahango
2018年、コンゴ民主共和国
78分


c0116370_05232138.jpg

映画は、コンゴ民主共和国の首都キンシャサでその日暮らしの路上生活を送る19歳の主人公マキMakiの話である。男勝りの女の子で、どちらかというと小悪党というか気性が荒く、振る舞いも乱暴なツッパリ少女である。マキは、同じく悪ガキのビンガゾールと結婚しており、彼の影響もあり薬物や売春や盗みをするようになる。ビンガゾールも相変わらず、マキに構わず薬物や悪さが優先で、ビンガゾールを相手にしなくなった頃に、その後マキを慕うようになるアシャという自分より若い路上生活の女の子に出会う。そしてこの小さな女の子に対してビンガゾールの嫉妬が生まれてくる。

映画自体は路上生活の厳しさを映し出すと同時に、小さい頃から路上生活をせざるを得ない環境に置かれた子こどもたちの生き延びる力を見せていると思う。こういう環境では強くならざるを得ない。


映画予告編をこのサイトで見られる。


監督はなんと25歳。シナリオも全て書いており、すごい感性を持った方かも。



にほんブログ村 海外生活ブログ アフリカ情報へ
にほんブログ村


アフリカランキング


by iihanashi-africa | 2018-10-09 05:39 | コンゴ民 | Trackback | Comments(0)
イドリッサ・ウエドラオゴ監督の映画
やっと一時的な激務を終えブログをアップする余裕が出てきた。

半年ほど前のことだが、2018年2月18日に、ブルキナファソの映画監督Idrissa Ouedraogo氏が亡くなられた。セネガルのフランス文化センターでは、今年5月から6月にかけて、4週連続でウエドラオゴ監督の映画を上映しており、4週目の短編映画集だけは見られなかったものの、3本の代表的な映画は見に行き、それをアップしようとずっと思いながら更に5ヶ月が過ぎてしまった。久しぶりに見た映画もあったが、かなり前に見たので内容もすっかり忘れてしまっており、「ブルキナ映画の巨匠」の社会の描き方を改めてじっくりと味わいながら見た。少し年齢を重ねてから再び見ると見方が変わる映画ってやっぱりいい。

イドリッサ・ウエドラオゴ氏は、ブルキナファソの北西部の都市ワイグヤに近い村で生まれ、ワガドゥグ大学で英語学を学んだ後、ワガドゥグの映画専門学校に入学する。卒業映画として取り組んだ短編映画「Poko」は、1981年にFESPACO(Festival Panafricain du Cinéma et de la Télévision de Ouagadougou、ワガドゥグ汎アフリカ映画祭)で最優秀短編映画賞を受賞している。その後、モスクワ、キエフ、パリで映画製作を学び、1986年には最初の長編映画「Yam daabo(選択)」を、そして2年後には「Yaaba(祖母)」を製作した。

1990年、アフリカの現代社会における伝統崇拝の悲劇を描いた映画「Tilaï(掟)」がカンヌ国際映画祭のコンペティション部門で審査員特別グランプリを受賞し、FESPACOでも最優秀賞を受賞している。

その後も2008年まで短編・長編映画を作り続けた。
ウエドラオゴ監督は村でよくある日常を描いた映画が多いのだが、本当にシンプルな人々の日常の一場面をこうして映画にするって結構難しいと思う。早くから世界各国で評価されたのもうなずける。ウエドラオゴ監督はワガドゥグの映画専門学校の第1期生で、1期生が早くから世界で認められた映画を作っていることは学生たちに希望を持たせたらしい。90年代後半に入ってからは映画製作費を出してくれるスポンサーが少なくなり、同時に世界のモダンな映画撮影の潮流に抵抗して時代に合わないと若い監督に言われることもあった。しかし、ブルキナファソの映画界の発展に大きな影響を与えた人であることは言を俟たない。

私自身、実は2007年にウエドラオゴ監督に会ったことがある。当時、ブルキナファソで仕事をしており、フランス人の友人にランチに招待され、その席にウエドラオゴ監督が同席していたのだ。友人と監督が知り合いだった。ただ、恥ずかしながら、この時私は監督のことを全く存じ上げず、友人が耳元で「彼はブルキナファソで最も有名な映画監督」と囁いてくれて初めて知ったというありさま。この時の昼食では、ウエドラオゴ監督が私の関わっている活動に関心を持ってくださり、農業支援の話題に花が咲いたため、私のアフリカ映画に対する無知さが露見せずに済んだのだが、帰宅後すぐに監督の映画を調べたことを覚えている。

今考えれば、アフリカ映画に関心を持ち始めたのは、この出来事がきっかけだったかもしれない。

Youtubeで見られる主な作品をいくつかご紹介。現代映画を見慣れてしまうと、この時期の映画のテンポが遅く感じてしまうので、YouTubeでは1.5倍速で見てしまった(ごめんなさい、監督)。。。80年代の映画だということをお忘れなく。


『POKO(ポコ)』
監督:Idrissa Ouedraogo
1981年、ブルキナファソ
22分


※モレ語で字幕なし。映像からストーリーを想像するしかないが、ドキュメンタリーのように村の生活の一端を描いており、映像を見ているだけで大体理解できる。ただ、ご参考までにざっくり書いておくと、ある村でクドゥグとポコという若い夫婦がおり、妻ポコの第一子出産を待ち望んでいたが、妻の体調が崩れ、村の伝統治療もうまくいかず、最終的に街へ連れて行くという話。




『Yam Daabo(選択)』
監督:Idrissa Ouedraogo
1986年、ブルキナファソ
75分




『Yaaba(祖母)』

監督:Idrissa Ouedraogo
1989年、ブルキナファソ
90分

※ある村の10歳の男の子ビラとその従妹ノポコは、ある時、村から離れたところで老婆サナに出会う。魔術師として恐れられて村から排除された老婆だった。ビラとノポコは徐々に老婆サナとの友情を築いていく。



『Tilaï(掟)』
監督:Idrissa Ouedraogo
1990年、ブルキナファソ

81分

※やっぱりお勧めはこの映画かな。2年ぶりにサガが村に戻ってきたが、弟のクグリから、サガのいい名づけのノグマがサガの父親の第2夫人になったことを聞く。村の伝統とノグマへの感情の間でジレンマを感じながら最終的にノグマと駆け落ちする決断を下すが、それが不幸な結末へと導いてしまう。




にほんブログ村 海外生活ブログ アフリカ情報へ
にほんブログ村


アフリカランキング


by iihanashi-africa | 2018-10-03 07:53 | ブルキナファソ | Trackback | Comments(2)
『Freedom for the wolf』という映画とilliberal democracy
最近、猛烈に忙しくて、ちょっと無理して働いたら体調を崩し、来週から4日間のワークショップだというのに、声が出なくなってしまった。私は開催者で、講師はセネガルの農業省の方々なのでまだ大丈夫だが、やはり体は正直なもので、意識的に自己制御しないとだめだなあ。

ということで、ブログも10日ぶり。休暇中の8月後半にほぼ毎日更新していたのが嘘のような静けさである。

******************

さて、前回の記事に書いたCine Droit Libreのプレリュードで上映された映画をご紹介しよう。

『Freedom for the wolf』
監督:Rupert Russell
2017年、ドイツ・アメリカ
89分


https://www.freedomforthewolf.com/

広辞苑によると、民主主義とは「demos(人民)とkratia(権力)とを結合したもの。すなわち人民が権力を所有し、権力を自ら行使する立場を言う。基本的人権・自由権・平等権あるいは多数決原理・法治主義などがその主たる属性であり、また、その実現が要請される」という意味らしい。

一国の中で、民主主義の第一歩は多数決原理の選挙なのだろう。しかし今、「民主的な」選挙で選ばれたリーダーたちが、自由や民主主義を排除する傾向にある。香港の反政府デモ、チュニジアの「アラブの春」後に選挙で選ばれたリーダーたちのラッパー弾圧、インドにおけるコメディアンの表現の自由、アメリカ人たちに選ばれたトランプ政権、他にも世界各地でこのような状況が発生している。人権、マイノリティ、反政府団体を踏みにじる選ばれたリーダーたち。

映画では、選挙に参加することで民主主義が保障されるわけではなく、フェイク民主主義を生み出すねじ曲げられた選挙であることが描かれている。

映画を見終わると、あれ、民主主義ってなんだっけ?と頭が混乱する。おそらく映画の目的はそこで、本当にあなたがいる社会って民主主義社会ですか?と問いかけ考えさせるのだろう。



映画の中で頻繁に出てくる言葉がある。

「illiberal democracy」という言葉。私は初めて聞いた表現なのだが、日本語では「非自由主義的民主主義」と訳すそうだ。

wiki先生によると、「制度的には民主制だが、実質的には自由が制限されている政治体制」のことだそうだ。「そこでは選挙は実施されるが、市民は自由権の不足によって実際の権力者の活動に関する知識から切り離されており、「開かれた社会」ではなく、実質的には権威主義的政治体制の一つともされる。この状態は、制度上は政治権力を制限しているが、言論の自由や集会の自由、知る権利など市民の政府への自由は無視されており、自由主義の適切な法的な構築された枠組みはほぼ存在せず、法治主義はあっても法の支配がない状況となっている。

なんか考えてみれば、大小さまざまだがそんな社会沢山ある気がする。野党が当選しないように裏工作されている選挙、政権にのし上がったらマジョリティの声だとかいってマイノリティを排除する政府。映画のタイトルにもあるように、「狼」に完全な自由を与えると社会はどうなるか、それを深く考えさせられる映画だった。


にほんブログ村 海外生活ブログ アフリカ情報へ
にほんブログ村


アフリカランキング


by iihanashi-africa | 2018-09-23 05:21 | セネガル | Trackback | Comments(0)