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ジンという幽精
昨日アップした信仰の話旅行先を事前に言わないアフリカの文化)をアシスタントとしていた時に、ジンという精霊の話になった。英語ではJinn、フランス語ではDjinnと書く。私は初めて聞いた言葉で、セネガル独特の精霊かと思ったら、イスラム以前からアラブ人に信じられてきた精霊らしく、様々な情報がネット検索で出てきた。

日本イスラム協会は「幽精」と訳すらしいが、それがイメージ的にぴったりくる。「ジンは天使よりは地位が低く、天に登って神の話を直接聞くことはできないが、悪魔のように全くの性悪でもない」そうだ。天使も悪魔もジンと同類ではあるが、「一般的には、ジンは天使・悪魔より一段下の存在で、位階的には人間と同等と考えられている」というのがまた興味深い。「悪魔が常に悪であるのとは違って、ジンの中には良いジンもいる。しかし悪いジンは人間に物理的危害を加えるとも信じられている」。ジンは蛇、犬、猫などの姿で人間に目撃されることもあり、人間に取り憑くこともある。
参照:http://www.jccme.or.jp/japanese/11/pdf/11-05/11-05-10.pdf


で、なぜ昨日の記事からジンの話になったかというと、旅行先を事前に周囲に伝えると、ジンが悪さをすると信じている人もいるというのである。

セネガルでジンの話を聞くと、もう少し魔術sorcellerieという意味合いが出てくるような気がする。ある人に不幸を起こさせたい人が魔術師に依頼し、ジンを呼び出し、意図的に悪さをしてもらうのだ。この他にも、原因の分からない病気を治すためにジンをよぶ儀式を行ったり、選挙に勝つためにジンを使ったりという話もある。ネットでよく見られるのは、ジンに取り憑かれて奇声を発する人の動画や外見が変わってしまった人の写真やら。日本でいうところの「霊に取り憑かれた」状況なのだろう。

私の周囲のセネガル人は、イスラム教はジンを否定していると話しているが、アラブ世界ではイスラム以前からの崇拝を無視できず、ある程度認めているらしく、いまやどこまでがイスラムでどこからが非イスラムなのか分けるのは難しくなっているらしい。

この種の話題は突き詰めるとよく分からなくなるのでお手上げ。

ただ、今でもセネガルの特にレブ族ではジンに関する様々な儀式があり、神頼みならぬジン頼みする人も多いことはよくわかった。


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by iihanashi-africa | 2018-10-13 06:16 | セネガル | Trackback | Comments(1)
ニジェールのタバスキ(犠牲祭)の羊たち
昨日、8月22日はセネガルでもニジェールでもタバスキと呼ばれる犠牲祭だった。これまでもいくつかタバスキに関する記事はアップしたことがあるので、詳細はそちらをどうぞ。

タバスキ2週間前
タバスキ(犠牲祭)の日付の決め方
羊、羊、羊、
今年は羊が高い

タバスキでは、羊を犠牲にして食すのが一般的。自分たちの家族のためだけでなく、ご近所や親類にも配る。そしてこの先何日も羊が食事に出てきて飽きてくる(笑)。『タバスキ(犠牲祭)の日付の決め方』の記事にも書いたが、なぜこの日に羊を食べるのかというと、神アッラーが信仰心を試すために預言者アブラハムに対し、息子を犠牲に捧げるよう啓示し、アブラハムが息子を犠牲にすることを決めたことを称え、子羊と引き換えに息子の命を救ったことによる。

犠牲祭の1か月以上前から、マーケットは立派な羊で埋め尽くされ、犠牲祭が近づくほど価格が高騰する。価格高騰の話題はこの記事をどうぞ(⇒今年は羊が高い)。今年はセネガルではいくらだったのだろう。

ニジェールからは、昨日こんな写真が友人から届いた。羊の十文字焼とでも呼ぼうか。こういう焼き方はニジェールの特徴。セネガルではなかなか見られない。ブルキナファソでも、かなり北部のサヘル州のニジェールの国境に近い地域ではこういう焼き方もある。
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この写真を送ってくれた友人によると、4家族分で合計14頭の羊を犠牲にしている。一家族3~4頭か。相当の出費だったでしょうと聞いたら、彼が購入した時期はまだ羊が安く、6万fcfa(約11,000円)だったので問題なかったという。ただ、犠牲祭前日はこの倍の価格になったらしい。犠牲祭前は、給料の前借りも多く、借金返済もこの月だけは免除してほしいと依頼にくる人もいる。イスラム教徒にとっては、一年で最も出費の多いイベントなのだ。


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by iihanashi-africa | 2018-08-23 18:36 | ニジェール | Trackback | Comments(0)
アブジャのナショナルモスク
ナイジェリアの首都アブジャは計画都市である。1976年に、首都を南部のラゴスから中部のアブジャに移動する決議がくだされ、その後からアブジャの都市開発が始まり、最終的に1991年に正式にアブジャが首都として機能し始めた。

アブジャは地図を見るとナイジェリアのちょうど中心に位置するのだが、かつては広い意味で「北部」と捉えられていたらしい。そのため、首都の移動は、キリスト教徒の多い南部とイスラム教徒の多い北部の調和を促すどころか、ムスリム色を強めて亀裂を深めてしまう恐れがあった。現に、新しく建設された国会議事堂はモスクのようなドーム型の形をしており、当時は多少なりイスラム色を強めてしまったと表現されている。

政府はなんとかイスラムとキリストの融和を都市計画に反映すべく、意図的に中心部にナショナルモスクとナショナル教会を建設している。モスクと教会は、アブジャ市内を南北に走る大通りを挟んで、モスクが北側に教会が南側に位置するように建設されている。モスクのミナレットと教会の鐘楼はほぼ同じ高さになっているらしい。

前回のナイジェリア出張中は、モスクしか訪問できなかったので、とりあえずモスクの写真のみ。サウジアラビアのファイナンスで建設されたらしいが、かなり大きい。人が写っている写真だとその大きさが分かるだろうか。

女一人で訪問したので、入場拒否されないかちょっとドキドキしたが、しっかりスカーフを巻き、イスラム女性になりきって管理人に話しかけたら、快く案内してくれた。もともとイスラム教徒でなくても入場可能という情報は入手していたが、やはり入るまではドキドキする。
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教会は、週末にイベントが多く、見学は不可ということで、遠くからの写真のみ撮影できた。平日なら見学できるみたい。次回は行ってみたいな。
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by iihanashi-africa | 2018-06-22 07:57 | ナイジェリア | Trackback | Comments(0)
ラマダン中とラマダン明けの食事
今日はラマダン明けの休日だった。

今年セネガルでは5月17日に断食が始まり、昨日6月14日がラマダン最終日となった。そして今日はラマダン明けの祭り。

ラマダンの話はこれまで何度も記事にしており、読み返してみると年々情報に深みが増すのが分かる。2007年の記事を読むと、あ~この頃はこんなことも知らなかったかと若々しさを感じてしまう。

セネガルにおける今年のラマダン明けの日付の決め方(2017年のラマダンの話)
ラマダン前日の月(2017年)
ラマダンが明けましておめでとうございます(2012年)
断食明けの祭り(2007年)

セネガルでの私の勤務先は、周囲が全員セネガル人で、外国人は私だけ。普段のランチはアジア系のテイクアウトをオフィスで食べるのだが、ラマダン中はさすがに同じ空間にいるイスラム教徒の同僚の前では食べにくい。だからといって近くにレストランはない。そのため、私もプチ断食を決行。朝出勤前にいつもよりもしっかり朝食をとり、オフィスでは食事をせず(水だけは飲んでいたが)、帰宅後すぐに食事をするという、イスラム教徒にとってみればエセ断食。イスラム教徒でない私がこんなことをして神を冒涜しないか考えたが、興味本位で断食している訳ではなく、同僚へのささやかな配慮なので、大丈夫かなと勝手に納得している。それに、一緒に断食していると、セネガル人も「Tu nous accompagnes!(合わせてくれているのね)」と喜んでくれるのもちょっと嬉しい。

**********

ちょうど2週間前の週末、ラマダン中にプレゼントするパニエ(食材を詰めだカゴ)を持って友人宅を訪問した。友人の家の前に簡易なサッカーコートがあるのだが、ラマダン中は夜中にこのコートに集まって走る若者が大勢いるらしい。へーー、ラマダン中はやっぱり夜になって元気な時にサッカーするのかと思ったら、お腹に入れたものを早く消化させてもっと食べるために走っているのだそうな。

ラマダン中は、日没後すぐに食べる食事を「朝食」と呼ぶ。セネガルではンドグNdogouと呼ばれる。まずは、ほぼ世界共通だと思うがデーツ(ナツメヤシの実)を食し、その後はその国々の食習慣で違うようで、セネガルはフランスパンにチーズやハムやソーセージ(もちろん豚肉ではないもの)を入れて食べるのが慣習らしい。ラマダン中は、午後4時頃からパン屋に行列ができる。

2週間前、友人宅に行くために電話をしたとき、来るならンドグの時間に合わせておいでといわれ、夕方5時過ぎに到着した。

まず、デーツを食す。
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そして、ンドグの時間。まさに普段の朝食のように、コーヒーあるいは紅茶とパン。外が暗い中での朝食はとても不思議な感覚になる。
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私はこの後帰宅したが、彼らは午後7時半に朝食をとり、その後午後10時か11時頃にしっかりとした食事をとる。そういえば去年のラマダン中はこの遅い食事を一緒にとったので、その時の写真をアップ。私の最も好きなセネガル料理、白いチェブジェン。
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ラマダン明けの今日は、朝起きるとまず、デーツを奇数数食すそうだ。そしてお祈りをしてから、食事が始まる。私は、午後1時くらいに友人宅に到着し、まず「これは前菜だから」といって出されたのが、これ。どう見てもメイン。
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その後、メインはいつ出てくるのかと心待ちにしながら、一緒にワールドカップの試合を見たり、雑談をしていると、あっという間に午後6時。結局夕食の時間になり、やっとメインかと思ったら、前菜とほぼ同じメニュー笑。でも羊のグリルがナイフなしで割けるほどに柔らかく美味だったので、もう一回食べたいくらい。
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さて、今年のラマダンも終わり。来週からいつもの食スタイルに戻ることにしよう。


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by iihanashi-africa | 2018-06-16 10:23 | セネガル | Trackback | Comments(0)
ナイジェリアのイスラム帽子のかぶり方
ナイジェリアの南部はキリスト教徒が多く、北部はイスラム教徒が多い。首都アブジャはナイジェリアのちょうど中央部に位置するが、感覚的にイスラム教徒の方が多そうである。街中を走ると多くのナイジェリア人イスラム教徒は、イスラムの帽子を被っていることに気付く。セネガルでもニジェールでもブルキナでも、もちろんイスラムの帽子を被っている方は見かけるが、こんなに多くの一般人が帽子をかぶっているのは見たことない。帽子をかぶっている人々を眺めながら気付いたことがある。それは、帽子の片側を折っている人が多いということ。

通常はこういう帽子。
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そして帽子の片側を折るとこうなる。
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出張中に出会った方もこうして片側を折っていたので、まじまじと帽子を見ていたら、「帽子に興味があるのか?」と取ってくれた。
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当初は、もともと片側が折られた帽子を売っているのかと思ったが、普通の帽子の片側をこうして折っているらしい。
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出張に同行してくれたナイジェリア人に何か意味があるのか聞いたが、これは単なるオシャレの一つらしい。ナイジェリアではこれが格好いいと思われるのかもしれない。キャップのツバにも曲げ方が色々あるのと同じかな。ただ、こういう折り方は他国ではなかなか見ない、ナイジェリアならではのモードかも。

ちなみに、最近療養に入ったナイジェリアの現ブハリ大統領も片側折りが多い。
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でも珍しくブハリ大統領のこんな折り方も発見した。アブジャでも、片側を折る場合両側を折って真ん中を立たせる場合と二通りの被り方を見かけた。片側を折るケースの方が多いが、両側折もちらほら見かける。イギリスの男性のハットもこんな感じに凹ませることもあったような。
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そういえば、オバサンジョ元大統領も特徴的な帽子を被っていて印象的だったので写真を探してみた。オバサンジョ元大統領はキリスト教徒なので、これはイスラムの帽子ではない。ナイジェリアのヨルバ族の伝統的な帽子らしい。オバサンジョが退任してから10年が経つが、ナイジェリアの帽子に関心を持った今、初めて知った事実。今まで、オバサンジョの帽子についてなんて調べたこともなかった。
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オバサンジョ元大統領の帽子は余談だったが、ナイジェリア人のささやかなオシャレを垣間見て、なんかものすごく面白い発見をした気分になった。

帽子にこだわるナイジェリア人、1万円近くする結構高級な帽子も発見した。
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by iihanashi-africa | 2018-05-26 04:24 | ナイジェリア | Trackback | Comments(7)
セネガルのキリスト教とニアニアンの教会
セネガルはイスラム教徒が9割を占めると言われている。しかし、私の友人のキリスト教徒のセネガル人は、いやキリスト教徒は1割以上いる!と主張する。セネガルは、南部のカザマンス地方にキリスト教徒が多く、私はこの地域に行ったことがないので分からないが、カザマンスの人口の大半がキリスト教徒だとすると、数字は大きく変わってくると思う。ただし、ガンビアより北にいる限りは、イスラム教徒9割というのは肌感覚では間違っていないと感じる。


セネガルにおけるキリスト教は、15世紀のポルトガル人の来航から始まるが、戦略的な布教はフランスの植民地時代に行われた。既にイスラム教が浸透していた地域と海岸沿いのイスラム教と戦っていた地域とで布教戦略を変え、キリスト教の浸透を図っていった。

まずは、1819年にフランス領西アフリカの首都だったサンルイ。クリュニー修道院のシスターたちが学校と教会を設立する。クリュニー修道院については以下の記事を。
サンルイ島の植民地時代の建造物群

1822年にはゴレ島に修道女たちがやってきて、教会が建てられる。

1850年にはPetite Côteと呼ばれるダカールから南の海岸沿いでキリスト教が布教され始める。まずは、Ngasobilという町、そしてファディウート、ジョアル、ポポンギンへと広がり、1886年には南部のジゲンショールへと広がっていく。ファディウートのキリスト教については以下の記事をどうぞ。
貝とキリスト教の島、ジョアル・ファディウート

クリュニー修道会以外にも、マリストブラザーズ、ドミニコ会、聖心会、ベネディクト会などが各地に教会や修道院を設置しているが、その中で聖心会は20世紀になってニアニアンNianiangという町に、学校や教会を建設している。


そして今年2018年2月、ニアニアンに新しい教会Eglise Sainte Epiphanieが建設された。
フランスのNGOの支援によるものらしいが、高さ15メートルでドーム型の円天井が5層に重なったユニークな形をしている。建築家によると、ニアニアンの町が位置する海岸沿いは貝採取で有名で、貝で生計を立ててきた人が多いことから、貝をイメージして作られたそう。

ネット記事の写真を見た時に面白い形だなあと思い、先日ちょうど近くを通ったので立ち寄ってきた。
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by iihanashi-africa | 2018-05-07 19:32 | セネガル | Trackback | Comments(0)
イスラム教徒の若者最大のイベント、クリスマス?
週末に、ダカール中心街のネイルサロンに行ってきた。

いつもの担当のセネガル人のネイリストが、年末年始は休暇をとらないのかと聞いてきたので、「日本に帰るわよ」と伝え、「あなたはずっと仕事なの?」と逆に質問したら、なんと12月24日は夜11時まで仕事だという。普段は平日午後7時まで営業、日曜・祝日は休みのネイルサロン。イスラム教関連の祝日だとしっかり休みになるが、同じく祝日のクリスマスは特別営業らしい。

セネガルは人口の約9割がイスラム教徒。でも残りの1割は敬虔なキリスト教徒で、キリスト教系のイベントも祝日になっている。クリスマスももちろん祝日。このクリスマス、もちろんキリスト教徒の家庭では、日中に教会に行き、夜は家族で食事をするのだが、イスラム教徒の若者たちにとっても、大イベントらしい。

12月24日の夜11時頃から、街中の独立広場に若者たちが集まり、イルミネーションやら様々なイベントがあり、その後、皆、クラブなどへ踊りに出かける。ダカールの海岸沿いにMagic Landというエンターテインメント施設があるのだが、そこはおそらく渋滞で通れなくなるかもしれない。

私の運転手は31歳。家には小さい子どももいるし、普段は夜出歩く人ではなく、友人の結婚式や子どもの命名式など何かイベントがないと踊ることもないが、12月24日は一年で唯一夜出かける日だという。日本と同じで、若者は恋人と出かける日という感覚。それを聞くと、ネイルサロンが夜11時まで開いているのも納得。一年で最も儲かる日なのかもしれない。

私は、独立広場沿いというイベントを楽しむには最適の立地のアパートにいるのだが、年末年始は日本で過ごすので、ダカールのクリスマスを楽しむことはできない。運転手に写真を送ってもらうことにしよう。

そういえば、昨年、facebookなどSNS上で話題になっていたセネガルのサンタクロースの写真があった。
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https://www.dakaractu.com/Senegal-L-image-d-un-Pere-noel-musulman-entrain-de-prier-fait-le-buzz_a123847.html

イスラム式のお祈りをするサンタクロース。

ほほえましい。



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by iihanashi-africa | 2017-12-13 04:50 | セネガル | Trackback | Comments(0)
貝とキリスト教の島、ジョアル・ファディウート
ダカールから海岸沿いに南へ120キロのところにジョアル・ファディウートJoal-Fadiouthという街がある。貝でできた島がありセネガルには珍しくキリスト教徒が多く、他にはない独特の雰囲気の島なので行く価値があると聞いており、次の旅先はここ!と決めていた。

ジョアル・ファディウートは一つの市であるが、本土の街をジョアルと呼び、本土とは離れた小さな人口島をファディウートと呼ぶ。街の起源については様々な説があるのだが、11世紀にモロッコのベルベル系のムラービト朝が南方へ拡大してきたことから、それに伴いセネガル川流域にいたセレール族が南方へ追いやられて、この辺りに街を形成したという説がある。

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植民地時代は、ポルトガル、オランダ、フランス、イギリスに次々に支配され、セネガル西部の商業拠点の一つとなっていた。この三角貿易が、キリスト教の浸透に繋がり、17世紀から徐々にキリスト教関係者が定住するようになった。2007年時点で、ジョアル・ファディウートの人口は約4万人。その内4分の3はジョアルに居住している。そしてファディウート島の人口の9割がキリスト教徒と言われている。

ジョアルの街を進み、半島の先端まで進むと、ファディウート島に渡る橋がある。車両は島には入れない。貝でできた島なので、車両が入ったら島自体が崩壊するかもしれない。橋は木製で、橋だけ見ると一瞬あれ?日本?と見間違えるほどに日本風。2005年にファディウートとジョアルは橋で結ばれたが、それまではピローグと呼ばれる小舟で行き来していた。

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橋の袂に観光案内所があり、そこに登録しているガイドが島や墓地を案内してくれる。島への入場料も含め、11,000fcfaだったかな(記憶が不確かだけれど)。

まず船でマングローブの森へ向かう。小舟で10分くらいの森の入り口に、高床式の藁葺き穀物倉庫が並んでいる。ファディウート島ではかつて火事が穀物倉庫まで被害に遭うことが続き、祖先たちが穀物倉庫だけは被害に遭わないよう、島とは別のところに倉庫を設置することを考えたという。

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現在は使われていないので、倉庫の一部は風雨の影響で状態が悪いが、かつての文化を残すために毎年少しずつ修繕されている。

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c0116370_19122026.jpgマングローブの森にはこういう片手だけが大きいカニが沢山見られる。通称バイオリニスト。メスを惹きつける時、あるいはライバルを威嚇する時に、弓を持ったバイオリニストのように見えるから、こう呼ぶらしい。


バイオリニストの動きが面白かったので、動画に撮ってみた。



そこからまた小舟で隣の島へ移動する。墓地の島である。
ファディウート島と同様、貝でできた島。この辺りだけでなく、マングローブの森があるところでは干し貝産業で生計を立てている住民が多かった。ジョアル・ファディウートも例外ではなく、中身を取り除いた貝殻を一か所に捨てていったら、こんな大きな島になったそうだ。何年かかってこんな島になったのだろうか。そして、人々はその貝殻でできた島に住み始めた。それがファディウート島。その隣にも小さ目の貝殻の島があり、ここは墓地専用となっている。ファディウートの住民の9割がキリスト教徒のため、白い十字架が島全体を覆っている。
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しかし、奥の方に行くと一部イスラム教徒のお墓も見られ、キリスト教徒とイスラム教徒のお墓が隣り合っているのが興味深い。
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c0116370_19142130.jpg先祖の魂もこうして貝の中に眠っている。


そこから墓地とファディウート島を結ぶ2つ目の橋を渡る。
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島の中はセネガルでは見られない異国の地のようで、とてものどかで雰囲気がいい。路地を散歩するだけでも楽しい。
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c0116370_19155925.jpg所々にこうした憩いの場があり、男性たちが集まって井戸端会議をしたりする。


c0116370_19162751.jpg建物の壁にも貝が沢山使われている。


c0116370_19165149.jpg住民の9割がキリスト教徒というだけあり、あちらこちらにキリスト教関係の建物が見られる。


c0116370_19171494.jpgそして島の中心に大きな教会。


c0116370_1917406.jpg尖塔の先にはかわいらしいハートマーク。


セネガル旅行ではとてもお勧めの場所かもしれない。


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by iihanashi-africa | 2017-08-22 19:18 | セネガル | Trackback | Comments(0)
ティジャンヌ宗派の総本山チワワン
セネガルは人口の約9割がイスラム教徒。そのイスラム教徒にも様々な宗派がある。セネガルにも複数存在するが、2大宗派と言われているのが、Tidiane(ティジャンヌ)Mouride(ムーリッド)である。

Tidiane宗派(TidjanyyaあるいはTidjanismeともいう)は、Sidi Ahmed Al Tijaniが創立する。創立の年は分からないが、1737年にアルジェリアで生まれ、1815年にモロッコのフェズで亡くなっているので、その間だと思われる。そして1935年、偉大な宗教家Cheikh Omar Tall(1799-1864)が、このTidiane宗派をセネガルに伝えた。その後、El Hadji Malick Sy(1855-1922)が、1902年にチワワンTivaouaneという街を総本山とし、20世紀前半にセネガル全土に浸透することとなった。もう一つの宗派Mourideはセネガル独自の宗派であるが、創立はTidianeよりも後の1880年頃と言われている。

Tidiane宗派カリフの逝去

先日、その総本山のチワワンに行ってきた。

チワワンの最も大きいモスク。
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隣には女性用のお祈りの場所がある。
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モスクの裏手には大きな会議場があり、大規模な宗教行事や要人の面会等に使われるそう。
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モスクの前には、コーランの教えを説くマラブMaraboutの教えを聞くスペースもある。マラブの説明はこちらをどうぞ(https://en.wikipedia.org/wiki/Marabout)。
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今回は、友人のアレンジでティジャンヌ派の二人のマラブに面会することができた。セネガルには多くのマラブがおり、その評価も様々である。集めた資金で私腹を肥やすマラブもいれば、貧しい方々のために資金を使うマラブもいる。今回会った一人は後者のマラブで、大きな家を建設し、四駆を買って乗り回すマラブがいる中で、とても質素な生活をし、病院や学校の支援を行っており、周囲から信頼されとても尊敬されているらしい。お話をさせていただいて、その人柄がすぐにわかる方だった。


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かつてTidiane最高位のKhalife Généralであった方の家。



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コーラン学校。



チワワンでは何年も前から新しいモスクを建設しているのだが、なかなか完成しない。とりあえず二つの尖塔のうち一つは出来上がっているが、現在予算がなくなり工事が中断中。友人によるともうそろそろ工事が再開するそうだが、あと何年後に完成するのだろう。
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by iihanashi-africa | 2017-07-10 04:45 | セネガル | Trackback | Comments(0)
セネガルにおける今年のラマダン明けの日付の決め方
今日、セネガル政府は次の日曜日25日にラマダンが終わり、翌26日がラマダン明けの祭り「Aid El Fitr イード・アル・フィトル」のお祭り通称Koritéコリテで祝日となると発表した。

ラマダン明けに限らず、イスラム歴は月の満ち欠けに依存しているので、ラマダンの開始も終わりも、犠牲祭の日も全て月の状態を確認したうえで決まる。

今年のラマダンは、セネガルでは5月27日に始まった。この時ももちろん裸眼で目視した時の新月が目印。
ラマダン前日の月

そしてラマダンの終わりも細い三日月の所謂イスラムの新月が目印なのだが、少し面白い記事を見つけた。

http://homeviewsenegal.com/index.php/2017/06/22/korite-2017-ce-sera-le/


セネガルには、ASPA(Assoiation Sénégalaise pour la Promotion de l’Astronomie)という天文学者の集まりがある。そのASPAによると、太陽と地球の間に月が現れる時、つまり月と太陽の黄経が等しくなる時のことだが、今年は6月24日(土)の午前2時31分52秒だという。この瞬間が月が地球を一周し終わる時で、ここからまた新たな一周が始まる。だから、この翌日である25日(日)がラマダン明けの祭りになるのかと思いきや、さらに一日待たなければならないらしい。というのも、「裸眼の目視」で新月(三日月)を確認する必要があるから。

天文学者によると、24日(土)の月は照らされる面積が0.88%のため、セネガルを含むアフリカ、ヨーロッパ、アジアでは裸眼で確認することは難しいという。コーランでは裸眼での確認を課してはいない。しかし、多くのイスラム圏では裸眼での目視を絶対としている。そのため、セネガル政府も天文学者の意見を重視して、万一日曜日に曇りで見えないとしても晴れていれば必ず見えるはずと判断して、祝日を前もって決めている。天文学者によると、25日(日)には照らされる面積が4.42%になり、裸眼での目視が可能だという。この時、月齢1.17日になっているらしい(←この月齢が意味するところがよくわからないのだが)。

こんな詳細な説明、初めて読んだ。

ちなみに、各国で決定の仕方は様々で、例えばトルコでは新月の高さが5°、太陽との角度が8°になる時で決まり、エジプトでは新月が日没後少なくとも5分後に沈んだら新たな月が始まるらしい。

イスラム暦、奥が深くて今日深い。

以前書いた犠牲祭の日付の決め方の記事
タバスキ(犠牲祭)の日付の決め方


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by iihanashi-africa | 2017-06-23 08:49 | セネガル | Trackback | Comments(0)