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チュニジアのマリオネット(人形劇)の歴史
チュニスの中心、モハメド5世通りにある Cité de la Culture(カルチャーセンター)と呼ばれる大きな文化施設の中で、以前、「国立マリオネット芸術センター(National Centre for Puppetry Arts)」という扉を見つけた。

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興味を惹かれて入ってみたものの、そのときは中に人がおらず、詳しい説明を聞くことはできなかったのだが、後から調べてみると、チュニジアにおけるマリオネットの歴史は想像以上に古く、16世紀頃、オスマン帝国時代にトルコから伝わったらしい。

建物の1階にはマリオネットを扱うショップもあり、旧市街(メディナ)の民芸品売り場を歩いていても、稀だが店の片隅に素朴なマリオネットが売られているのを見かけることがある。

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チュニジアの人形劇は19世紀以降さまざまな形で発展してきたが、その起源は上述の通りオスマン帝国時代で、チュニスの統治者ベイの時代に宮殿で影絵人形が上演されていたという。その後、フランス植民地時代には手袋人形「Karakouz カラクーズ」が導入され、さらにシチリアの伝統人形「Pupi プーピ」など、地中海世界の多様な文化の影響を受けながら独自の発展を遂げてきた。また南部地域では、女性たちが子どものために人形を作り、独自の人形劇を行う伝統もあったようだ。

興味深いのは、これだけ長い伝統がありながら、人形劇がチュニジアの国を代表する芸術として正式に認められたのは1993年と最近のことで、この年に国立人形劇芸術センターが設立されている。現在このセンターでは、大人と子ども向けの公演、制作ワークショップ、技術研修などが行われ、人形劇の普及と発展に取り組んでいるそうだ。下の写真は、センターの設立に尽力された人形遣いのLassad Mehwich氏

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# by iihanashi-africa | 2026-02-23 21:41 | チュニジア | Trackback | Comments(0)
Maurice Bismouthというチュニジアの画家
以前、チュニス市内の国立現代美術館(Musée National d’Art Moderne et Contemporain)について記事を書いた。
チュニスの現代アート国立美術館

前回のチュニジア出張の際に再び立ち寄ってみると、館内は改装されて大幅に拡張され、展示作品も倍近くに増えていた。想像以上に充実しており、非常に見応えがあった。

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帰り際にミュージアムショップを覗いたところ、一枚のポストカードが目に留まった。
日本人を思わせる女性のポートレートで、どう見ても着物をまとっている。気になって裏面を見ると、Maurice Bismouthの《Portrait d’une femme(ある女性のポートレート)》と記されていた。

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Wikipediaによると、モーリス・ビスムート、1891年にチュニスで生まれ、1965年にロサンゼルスで没したチュニジア系ユダヤ人の画家だそう。高校で、美術教師にその芸術的才能を見出され、1912年から1930年までチュニジア・サロンに出品を続け、1927年には佳作を受賞している。

1921年から1922年にかけてエジプトを訪れた際、エジプト美術に深く感銘を受け、帰国後の1922年のチュニジア・サロンでは、この旅の記憶をもとにした作品を発表している。1924年にチュニジア政府から奨学金を得てベネツィアに渡り芸術を学んだ後、パリに移った。

「チュニス派(École de Tunis)」の一員として、チュニスのユダヤ人社会やチュニジアの生活風景を主題とする絵画を多く手がけ、とくにシナゴーグやラビの肖像を通じて表現した。代表作には《祈るラビたち》《シナゴーグの内部》《シナゴーグでの祈り》などがある。

1932年にはローマの国際植民地美術展で受賞し、また会員であったフランス植民地芸術家協会の会場でも作品を展示した。1950年以降はアメリカに住む娘のもとを頻繁に訪れるようになり、1965年にロサンゼルスで死去した。」



あれ、日本との直接的な関係は特に見当たらない。このポストカードの作品も代表作には含まれておらず、Google Lensで検索しても同じ画像は見つからなかった。未だに詳細は分からないままなのだが、チュニスで出会ったこの絵が妙に気になる。


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# by iihanashi-africa | 2026-02-22 00:00 | チュニジア | Trackback | Comments(0)
Tribelliというパプリカの衝撃的な甘さ
いつも買い物をしているヤオコーで、驚くほど甘いパプリカに出会った。とにかく甘い。
本当はグリーンカレーの具材として購入したのだが、切りながら何気なくつまみ食いしてみたら、フルーツのような甘さで、カレーに入れてしまうのが勿体なくなってしまった。実際、加熱して煮込んでしまうと、このパプリカ本来の魅力は十分に味わえない。これは生で食べるにつきる。

いつも店頭に並んでいるわけではないのだが、この週末は見かけたので迷わず買い物かごに入れた。パプリカ自体、年々美味しくなっていると感じているが、その中でもこれは群を抜いている。

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よく見ると「from Korea」と表記されている。パッケージには「OaarO」というブランド名が記載されており、調べてみると韓国の農業法人「㈱農山(Nongsan)」が展開するパプリカ専門ブランドらしい。また、このパプリカはオランダの野菜育種会社 Enza Zaden が開発した「Tribelli」という品種とのことだ。
https://www.tribelli.com/

この資料によると、日本のパプリカ供給量の9割が輸入品で、輸入品のうち8割が韓国産なんだそう。私がこれまで食べていたパプリカも韓国産だったのかもしれない。
https://www.alic.go.jp/content/001163681.pdf

写真は赤のパプリカだが、黄色のパプリカも甘かった。

# by iihanashi-africa | 2026-02-15 22:32 | 日本 | Trackback | Comments(0)
チュニス旧市街にあるフサイン朝の霊廟Tourbet el Bey
チュニジア出張中のある日、チュニス旧市街(メディナ)の地図を眺めていたとき、「Royal Mausoleum of Tourbet el Bey」という表記に目が留まった。王朝の霊廟というだけで、私の好奇心のアンテナは勢いよく反応。フサイン朝の歴代の王や王妃が眠る場所だという。これは、ぜひとも自分の目で見ておきたい。

ところが初訪問は、完全な下調べ不足だった。
出張の最終日、午後4時ごろに訪ねてみたら、門はすでに閉ざされている。門の斜向かいの家の前を箒ではいていた女性が、「もう閉まっているよ」と、声をかけてくれた。入口の案内板にも、開館時間は8時半から15時半とある。Google Mapにもちゃんと開館時間が書いてあった。折角このためにわざわざホテルからタクシーで来たのに。。。ガックシ。次は必ずこの時間内に来ようと、外観の写真だけ撮った。

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2度目は、その次の出張。到着したその日の午後3時ごろに訪問した。今度こそ、と思ったのだが...またしても閉まっている。あれ?3時半までのはずでは?人の気配はなく、どうやら早仕舞いだったらしい。20分かけて来たのに、再び引き返す羽目になった。

そして3度目の正直。出張の最終日の土曜日、朝8時45分ごろ到着した。すると前回同様、扉は閉まっており、一瞬顔が青ざめたが、ほどなくして一人の男性が現れ、鍵を開けてくれた。どうやら「時間通りに開き、時間通りに閉まる」という概念はないらしい笑。ほっと胸をなでおろした。

少し準備があるから待つように言われ、ようやく入場。入場料は5ディナール(約300円)。30分ほどかけてゆっくりと見学したが、その間、他の来訪者は一人も現れなかった。これでは、早く閉めたくなる気持ちも分からなくはない。

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フサイン朝=「会津藩」という説明

さて、フサイン朝とはどのような王朝なのか。出張同行者の一人が、実に分かりやすい表現をしてくれた。フサイン朝とは「会津藩」だと。

フサイン朝は18世紀初頭から20世紀半ばまで、チュニジアを統治した王朝である。ただしそれは独立王国ではなく、オスマン帝国の宗主権下で地方を治めた存在だった。構造としては、オスマン帝国が江戸幕府、フサイン朝が藩に相当する。スルタンを頂点とする帝国のもと、各地にベイ(地方統治者)が置かれ、彼らは軍隊を持ち、税を徴収し、行政や司法を運営するなど、相当な自治権を有していた。それは、日本の藩制と重なる。

なかでも会津藩は、幕府への忠誠心がとりわけ強く、中央秩序を支える重鎮として振る舞ってきた藩である。同様にフサイン朝も、オスマン帝国の西端でヨーロッパと向き合う最前線に立ち、帝国に忠実であり続けた存在だったという。結果として、いずれも旧秩序への忠誠ゆえに、近代国家形成の過程で「敗者」の側に位置づけられてしまう。その歴史的な立ち位置まで似通っている。とても腑に落ちる説明で、強く印象に残った。

ちなみに、オスマン帝国の中にも、薩摩藩や長州藩のように中央と距離を取り、独自の近代化を進めた地域、たとえばエジプトのムハンマド・アリー朝のような存在はあった。ただし、それらがあまりに力を持ちすぎる前に、帝国側が巧みに管理・牽制していた点は、日本の幕末とは少し異なる。


Tourbet el Bey

今回訪れたTourbet el Beyは、宗主権のもとで事実上世襲化した地方王権、すなわちフサイン朝の歴代君主たちの墓所である。

フサイン朝は1705年に成立し、1957年に王制が廃止されるまで、およそ250年にわたってチュニジアを統治した。Tourbet el Beyは、その王朝の公式霊廟として18世紀に整備され、以後、歴代のベイ(君主)をはじめ、王子・王女、王妃、さらには宰相や大臣といった国家中枢を担った人物たちが葬られてきた。

霊廟は中庭を中心に構成され、時代や身分ごとに異なる埋葬室が配置されている。
•歴代ベイが眠る「王の間」
•王子・王女のための部屋
•王妃たちの部屋
•宰相・大臣クラスの墓室

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墓碑や霊廟には碑文が刻まれてある。
碑文は単なる没年月日の記録ではなく、宗教的・詩的表現を通じて死を語るものらしく、アラビア語による葬送哀歌が刻まれているらしい。

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各棺には、このような円柱の飾りがついているのだが、1829年以前はターバン型、1829年以降はシェシアというフェズ帽型(下の写真の左)となっているそう。

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ベイが亡くなると、遺体は夜間に宮殿から運び出され、白布で覆われ、香料で清められる。その後、カスバ広場で宗教儀礼が執り行われ、宗教指導者、高官、王族、軍が列をなし、壮大な公共儀礼が展開されたという。葬儀ののち、棺はこのTourbet el Beyへと運ばれ、安置される。

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そういえば、入口にこんな謎解きのような記号があった。

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よくよく考えてもよく分からず、受付の男性に聞いたところ、「タイルの数」だという。ん?で?なぜタイルの数?という疑問が残りつつ、それ以上は教えてくれなかったので、帰国後にAIさんに問うと、こんな回答が返ってきた(正解かどうかは分かりませんがもっともらしい答え)。

上部に
 LEFT side(左)=45
 RIGHT side(キブラ側)=40+14=54
 と書かれています。
 これは、入口左右の壁に並ぶ円形タイル(鳥の絵皿)を左右それぞれ数えると45枚と54枚ある、という意味です。

下にある 45+54=99 が核心で、
 合計99 になることを示しています。

イスラーム文化では 99は「アッラーの99の美名」を象徴する特別な数で、
 右側(Qibla=メッカ方向)を強調している点も宗教的文脈と一致します。

鳥の絵や点の図は、
 「左右を合わせて一つの意味になる」「分割されたものが合算されて完成する」
 ということを言葉ではなく視覚で示すための補助記号です。

つまりこれは
 「この入口空間全体が、左右を合わせて“99”という聖なる数を構成している」
という、建築+装飾+数による象徴的メッセージで、
解けたから何かが分かる、というより
「気づいた人がニヤッとするタイプの知的仕掛け」です。


これほど歴史的に重要で、物語性に富んだ場所が、ほとんど注目されていないのは不思議である。個人的には、チュニスを訪れる人に強く勧めたい場所の一つである。まあ、贅沢を言えば、有料でもよいのでガイドをしてくれる方がいると有難いが。


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# by iihanashi-africa | 2026-01-24 21:22 | チュニジア | Trackback | Comments(0)
魚が格別に美味しいチュニスのレストランLe Café Vert
前回のレストラン紹介に続き、もう一軒記載しておく。
皆さんへのご紹介でもあるが、美味しいレストランはこうして記載しておくことで、次の機会に思い出すための備忘録ともなる。

Le Café Vert

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この店を教えてくれたのは、かつてチュニジアに4年間暮らしていた方。当時、養殖分野の専門家から「ここほど魚が新鮮で旨い店はない」と勧められ、以来、足繁く通っていたという。私たちも出張のたびに必ず1回は行っていた。

このレストランは、チュニスの港町であるLa Goulette(ラ・グレット)にある。ユダヤ教徒が多く、シナゴーグもある。レストランがある通りは、ずらっと魚料理のお店が連なっていて、どのレストランでも美味しい魚が食べられるようだが、中でもここが格別らしい。

席に着き、その日のおすすめを尋ねると、キッチン奥まで案内され、氷の上に並ぶ魚を前に自ら選ばせてくれる。どれも新鮮なので、「美味しそう」という基準ではもはや選べない。とりあえず人数に合いそうな大きさで選ぶ。その場で計ってくれ、重さで値段が決まる。

個人的に外せないのは、Loup(スズキ)の輪切りグリルRouget(ボラ)
スズキは年中あるが、季節によって脂の乗りが際立つ時期があり、その時期のスズキは臭みもなくふわっと溶けるようで最高に美味しい。

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ボラは小麦粉を薄くまぶして揚げ、頭から丸ごと味わえる。小骨が多い魚だけに、揚げの技が問われるが、この店の火入れは概ね安定しており丸ごといける。時々、揚げ方が足りないこともあり、その時は骨まで食べられないが、それはどの店も同じで、丸ごといける率が高い。

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エビ、イカ、タコも外れがない。多くの種類を味わうなら、複数人で行くべし。

そういえば、何度も通ったこの店で、いつだったかテレビドラマの撮影に遭遇したことがある。俳優の名前は分からないが、外から覗いている見物人もいたから有名な方だったのだろう。私たちは、客だったので店の中に入れてもらい、撮影を遠目に見ていたのだが、結局誰だったのかも分からない。。。

Calamars Doré イカフライ
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Calamars Grille イカグリル
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Beignets de Crevettes エビのフリッター

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# by iihanashi-africa | 2026-01-21 22:37 | チュニジア | Trackback | Comments(0)