カテゴリ:アフリカ全体( 37 )
『マラリアビジネス』という映画とスキャンダラスな抗マラリア薬事情
(映画の内容は下の方にあります)

私が9月頃に得ていた情報では、Cine Droit Libre映画祭という映画祭が11月27日から始まる予定だった。Cine Droit Libre大ファンの私は、スケジュール帳に早くから記入しており、ちょうど出張もない時期だし、すごく楽しみにしていた。

しかし、開始するはずの11月27日になっても一向にプログラムがアップされない。いつもなら遅くとも数日前にはアップされるのに、今回は当日になってもアップされないということは、映画祭がキャンセルになったのかと思い、11月28日に、映画祭とは関係ないところで、前回記事にしたドキュメンタリー(アブデラマン・シサコ監督に魅了された映画監督が作ったドキュメンタリー映画)を見に行った。

そしたら、映画の最後に監督が「今日はCine Droit Libreと上映が重なったにも関わらず来てくださってありがとうございます」と発言されて、かなり焦った。え、うそ、映画祭が始まってるの???プログラムがアップされてなかったのに。監督の話を聞きながら、携帯をごそごそいじって、Cine Droit Libreのfacebookページを見たら、なんと!!!数時間前にプログラムがアップされている。え~、映画祭が始まってからプログラムがアップされるなんて、そんな~。結局今年は5日間のうち2日間の上映映画を逃してしまった。

それに加えて、去年までは上映会場がフランス文化センターやらドイツ文化センターやら外国人にとっては行きやすい場所だったのに、今年から大学構内やゲジャワイという郊外の野外会場に変更になり、非常に行きにくくなった。プログラムを見る限り、今回の映画祭では一つしか鑑賞できなさそうだ。残念無念。
c0116370_12002427.jpg

************************

ただ、唯一見た映画が衝撃的だった。
『マラリアビジネス』というタイトルからして面白そうだったが、ストーリーが進むにつれ、前のめりになって釘付けになった。

『マラリアビジネス(Malaria Business)』
監督:Bernard Crutzen
2017年、ベルギー
70分


ナレーション:ジュリエット・ビノシュ(Juliette Binoche)



2015年6月、ベルギーが世界に誇る歌手ストロマエStromaeが、コンサートを行うはずだったルワンダで体調を崩し、コンサートを急遽キャンセルしてブリュッセルに緊急輸送されたというニュースが報道された。原因はマラリア予防で飲んでいた抗マラリア剤メフロキン(Mefloquin、仏語でLariam)の副作用だった。メフロキンで副作用が出た人は私も何人か知っている。常に不安になったり悪夢をみたりするそうだ。ストロマエの症状はかなり深刻で、幻覚症状や機能障害まで起き、薬をやめても回復せず、うつ症状で自殺を考えたこともあったそうだ。「兄弟がいなければ私はここにいなかったかもしれない」と本人が映画の中で語っている。2年経っても完治しなかった。

この出来事をきっかけに、メフロキンに疑問を持つ人が出てきた。その中の一人の医師が友人の映画監督Crutzen氏に話を持ち掛け、出来上がった映画が『マラリアビジネス』。調べれば調べるほど、WHO(World Health Organization世界保健機構)と製薬会社の密な関係が明らかになってくる。

2016年、ビルゲイツ氏は彼の資産の半分をマラリア撲滅のために使うと発表し、ワクチンも開発中とのことで、世界から賞賛された。しかし、もう100年近く前からアルテミジア・アニュアArtemisia Annua(日本語ではクソニンジンというらしい(wiki))という自然の薬草の効果が分かっていたのだ。すでにアルテミジア・アニュアから分離させたアルテミシニンと他の抗マラリア剤を併用する複合薬剤(ACT)は存在し、最も推奨される薬として販売されているが、実は、わざわざ効果なACTを服用せずとも、アルテミジア・アニュアを煎じたお茶を大量に飲むとすぐに治るそうだ。一般の抗マラリア剤に比べ、ずっと安価で、しかも驚異的とも言える効果があると言われている。しかし、WHOは15年以上にもわたり、その単独効果を否定し続け、他方で副作用の大きい薬や、既に薬剤耐性が頻繁に見られていた薬を推奨し続けた。なぜなのか。


WHOの資金はかつては公的組織からの支援が半分をしめていたが、現在は公的支援は15%程度にとどまり、代わりにビルゲイツ財団や製薬会社からの支援が大半を占めるようになっている。国際機関もファンドレイジングをしないと機能しない。民間会社みたいだなあ。大株主の意見が活動の方向性を作用するみたいな。。こういう仕組みだと仕方ないことなのかなあ。。



マラリアの研究で支援を得ていたコンゴ人医師がアルテミジアの効果の研究をしていると分かった瞬間、支援が打ち切られたり、研究結果の成果をどの雑誌でも紹介してもらえなかったり。不可思議なこと(いや、原因は分かっていたのだが)が起こっていた。

この映画の製作の段階から、WHOが動き出した。アフリカのWHOオフィスがコンゴ人医師の研究を支持し始めた。そして、2017年後半に映画が公開されてから、WHOは更に動く。あれだけ伝統医学を過小評価していたWHOが、伝統医療の認定へと立場を変えたのだ。ネット検索したらこういう記事があった。

「漢方薬や鍼灸など「伝統医療」WHOが認定へ」
https://www.sankei.com/life/news/180109/lif1801090004-n1.html


c0116370_12002472.jpg

アルテミジア・アニュアの単独効果が絶大であることは分かり、今後おそらく急速に広まっていく治療法だろうが、あまりはやし立てすぎるのは少々危険な気がする。アルテミジアの栽培については、マダガスカルでもセネガルでもかなり大規模に行われ始めているが、需要が高まれば生産ももっと増やさなければならない。今度は『アルテミジア・ビジネス』と言われないよう、農家のこともしっかりと考えた生産を行わなければならない。

会場では、セネガルでアルテミジア・アニュアを販売するNGOも来ており、アルテミジアのお茶を試飲させてくれた。苦みの強い薬草茶という感じ。もちろんこんな少量では治療効果はない。会場のセネガル人は、「これは砂糖を入れても効力は薄れないか?」と聞いており、ちょっとほっこり。

これが、その製品。
c0116370_12002469.jpg
c0116370_12002521.jpg
c0116370_12002564.jpg
c0116370_12002587.jpg
セネガルでは、アルテミジアの販売が許可されており、既に市場で見つけることができる。

この映画は、2019年1月に「France 24」という24時間の国際ニュース専門チャンネルが取り上げてくれることになっているらしい。英語版も存在するがまだ公開されていない。予算的な問題もあるらしいが、そのほかにも越えなければならない壁もあるのかも。


にほんブログ村 海外生活ブログ アフリカ情報へ
にほんブログ村


アフリカランキング


[PR]
by iihanashi-africa | 2018-12-01 12:05 | アフリカ全体 | Trackback | Comments(3)
アブデラマン・シサコ監督に魅了された映画監督が作ったドキュメンタリー映画
先日、アブデラマン・シサコ(Abderrahmane Sissako)監督についてのドキュメンタリー映画を見た。監督の映画は見たことはあったが、監督ご本人についてはあまりよく知らなかったし、ドキュメンタリー映画が面白い視点で描かれていたので、帰宅後に気になって色々調べてしまい、平日なのにかなり夜更かししてしまった。

*******************

アブデラマン・シサコは、モーリタニア出身の映画監督。1961年生まれなので、現在57歳。父はマリ人、母はモーリタニア人。生まれはモーリタニアだが、すぐに家族とともにマリへ移住し、高校までマリで生活することになる。そしてその間に学生運動に参加し、脅威を感じた当時のムサ・トラオレ政権は学生運動のデモを禁止した。シサコ自身かなりの活動家だったらしい。

1980年、19歳の時にシサコの母が住むモーリタニアに戻り、ソビエト文化センターに通いつめ、ロシア文学も学び、21歳で当時のソ連へ留学し、7年間滞在している。当初はモスクワ大学に入学し、その後モスクワ映画学院で学び、映画への情熱は高まるばかりだったが、当時は、この後モーリタニアに戻ってテレビ局にでも就職するのだろうと思っていたようだ。ただ、その前にどうしても映画を作りたいという思いがあり、ロシア滞在の最後に彼の最初の作品となる短編映画「le Jeu(遊び)」を卒業作品として製作し、この作品がブルキナファソで2年に1回開催されるFESPACO映画祭で上映され、Canal+が映画を購入した。そのお金で、次の短編映画「Octobre(10月)」を製作し、1993年にカンヌ国際映画祭で評価され、ミラノアフリカ映画祭の短編映画の部で最優秀賞を受賞している。ここから彼の映画監督としての人生が始まり、この映画を評価したフランス人の誘いで、フランスへと拠点を移すことになる。

1998年に製作した長編映画「La vie sur terre」はマリの父を思って作られ、2002年の「En attendant le bonheur(Heremakono)」はモーリタニアの母のことを思って作られたらしい。

そして、かの有名な長編映画「バマコ(2006)」「ティンブクトゥ(2014)」であるが、この2作品は日本でも何度か上映されたし、私が語るまでもないほど評価されている映画で、受賞した賞を上げたらきりがない。なので、ここではこのくらいにとどめておこう。ただ、強いメッセージ性のあるこれらの映画を作った後で、あなたはアフリカの代弁者かと聞かれた時、彼はこう答えている。私にとって映画は表現のツールだ。この可能性のある表現ツールを使わせてもらえるのだから、今自分が気になっていること、問題になっていることを取り上げたいと思っている。

ティンブクトゥは実はまだ見ていない。
なかなか見る機会がないのだが、日本に帰国する前にセネガルで上映されないかなあ。。。


「バマコ」はYoutubeで発見。



********************

『Abderrahmane Sissoko : Par-delà les Territoires(アブデラマン・シサコ:国境を越えて)』
監督:バレリー・オスフ(Valérie Osouf)
2017年、70分

c0116370_10423605.jpg

私が見たこのドキュメンタリー映画は、アブデラマン・シサコ監督に魅了された映画監督バレリー・オスフ(Valérie Osouf)(写真の左の女性)が製作した。映画上映の最後にオスフ監督との討論会があったのだが、監督の話によると、当初、製作費を支援してくれたテレビ局からは、「アブデラマン・シサコ監督の伝記のような映画を作ってほしい」、「貧しい家出身のアフリカ人の男性が様々な人に出会い、そのおかげで才能を開花させる場を与えられたことで今の成功に至っているというようなストーリーにしてほしい」と言われたらしい。

ただ、オスフ監督は、アブデラマン・シサコを所謂「アフリカ人」としては捉えておらず、マリ、モーリタニア、ロシア、フランスなど様々な社会の影響を受けた「世界人」と見ており、どうしてもテレビ局の意向には沿いたくなかったと話す。

加えて、アブデラマン・シサコの映画を撮影するときの姿勢と彼の考え方に感銘を受けてこの映画を撮影するのだから、自分が感銘を受けた部分をクローズアップしようと思ったそうだ。だから、映画を見ただけでは、アブデラマン・シサコの通ってきた道全ては分からない。ただ、シサコの思いは十分に伝わってくる。

アブデラマン・シサコ監督は、映画製作でシナリオを書かない。もちろん大枠のストーリーはあるものの、役者が発する言葉は、役者が考える。そしてキャスティングも現場で偶然出会った人であることも頻繁にある。この点は製作会社泣かせではあるものの、彼にとって映画は「Le hasard(偶然)」の産物だそうだ。シナリオを一語一句読んでしまうと、時に役者が引き立たないことがある。そのため、魅力を感じる役者を抜擢し、その人が本来持っているものを引き出すことに注力する。そして、魅力的な役者全員が引き立つように、うまく編集する天才だとオスフ監督は話す。

シサコ監督は、「偶然」の産物と話すが、誰もが「偶然」を撮っていれば映画になるわけではなく、そこには監督の思いと感性がやはりなくてはいいものは作れない。

https://vimeo.com/242381909



にほんブログ村 海外生活ブログ アフリカ情報へ
にほんブログ村


アフリカランキング


[PR]
by iihanashi-africa | 2018-11-30 10:43 | アフリカ全体 | Trackback | Comments(0)
ムクウェゲ医師、ノーベル平和賞受賞
過去に何度もノーベル平和賞にノミネートされていたムクウェゲ医師が、やっと平和賞を受賞した。

ちょうど2年前に、『女を修理する男』というドキュメンタリー映画を紹介したが、まさにこの映画がコンゴ民主共和国の産婦人科医ムクウェゲ医師(Denis Mukwege)の話。30年間、ルワンダとブルンジとの国境に接するコンゴ民主共和国東部の南キブ州のブカブBukavuの病院に勤め、レイプ被害に遭った女性たち4万人の手術をしてきた方である。

かなり衝撃的な映画だったので、この時の思いを長い記事にしており、ムクウェゲ医師も紹介したので、こちらをどうぞ。この映画は是非とも見ていただきたい。

「女を修理する男」:コンゴ民主共和国で横行するレイプ

「レイプは最も効果的な武器」で、村を崩壊させるために手っ取り早い方法だという。村の全ての女性を、子供や夫や隣人の目の前でレイプする。夫は守れなかったと嘆き、女性はそのトラウマから立ち直れない。その村の中で生きていけなくなる。そして村は崩壊する。

しかしレイプは「武器」であり、その武器を使って何をすることが目的なのかが分からないと、この問題は解決しない。この地域は、鉱山資源が豊富な地域で、また伝統的な呪術師の影響があったりと、非常に複雑な背景がこの状況を生み出している。レアメタルは日本も多く輸入しているし、この辺りの紛争は日本も間接的に関係しているのかもしれない。「遠い国のお話し」だけでは済まないのだ。

多くの方に知ってほしい現実である。





にほんブログ村 海外生活ブログ アフリカ情報へ
にほんブログ村


アフリカランキング


[PR]
by iihanashi-africa | 2018-10-06 03:17 | アフリカ全体 | Trackback | Comments(2)
Facebookのシェア数とブログのアクセス数
私のブログの記事には、FacebookTwitterのシェアボタンを表示しており(今日から携帯サイトではLINEも追加)、Facebookについてはボタンのところにシェア数が表示されるため、アクセス数と並びシェア数が人気記事のバロメーターとなっている。このシェア数が記事を書くモチベーションにもなっている。

だが、そのシェア数が、最近突如として表示されなくなってしまった。これまで多くのシェア数が表示されていた記事も(といってもたかが知れてますけど)、シェアカウントがゼロになってしまっている。何が起きたのか調べていたら、こういうお知らせに行きついた。

https://help.excite.co.jp/hc/ja/articles/360000367868--2-26更新-重要-エキサイトブログ常時SSL化実施に関してのお知らせとお願い

【重要】エキサイトブログ常時SSL化実施に関してのお知らせとお願い

エキサイトブログが常時SSL化に対応するため、過去の記事で記載しているSNSボタンのカウント数はこれによりリセットされているらしい。ショック。。。情報システム関係には極めて疎い私なので、SSL化が何なのか全くもって分かっておらず、なんでもWebページを暗号化して、より安全に利用できるようになるらしいのだが、そんなことよりもシェアカウントのリセットのショックは大きいのである。嘆いても仕方ないので、覚えている範囲で過去の栄光を記録しておこうと思う。

SNSのシェア数が増えても特に私に知らせがくるわけではないため、それぞれの記事の下のシェアボタンをわざわざ確認しないと数は分からない。だから、どの記事が最もシェアされているかは正確なところは分かず、もしかしたら私の知らないところでシェア数が増えていた記事もあるかもしれないが、私の把握している範囲で書いておく。

シェア数ランキング

シンゲッティの古文書
私の把握している範囲で最もシェア数が多かったのはこの記事。理由は簡単、写真を共有してくれた友人が自身のFacebookでこの記事を紹介してくれたから。しばらくはアクセス数も多かった。


国際協力の心理学
この記事も多くの方にシェアいただいた。先日、この本を監修された先生に、「私にコンタクトを取ってきた方からこのブログのことを聞きましたよ」と教えていただき、少し嬉しくなった。私も自分の仕事への取り組み方にとても影響を与えてくれた本である。


シアバターの作り方
2014年にアップして以降、常にアクセス数も多い記事。下のランキングには含めていないが、おそらくアクセス数トップ5に入ると思う。なかなか見られないシアバターの製造過程を記述した記事。


シェア数が多かったのは、この3つかな。

それとは別に、この機会にアクセス数の多い記事もご紹介。有料会員になるとアクセス分析などもできるのだろうが、私はそこまで拘っていないので、月毎に出てくるアクセス数を見ている個人的感覚からランク付けしてみた。


アクセス数ランキング

ブルキナ料理一覧
とっても不思議なのだが、この記事がおそらくアクセス数ナンバー1だと思う。どこかにリンクでもされているのかもしれないが、何しろ常にアクセスがある記事なのだ。そんなに世間の方々がブルキナファソ料理に関心があるとも思えないのだが、いやはや不思議である。


タイガーナッツという豆
2014年に書いた記事だが、2016年にテレビで道端アンジェリカさんがオススメの最先端スーパーフードとして「タイガーナッツ」を紹介して以降、この記事のアクセス数が一気に上がった。それ以来、コンスタントにアクセス数がある。


ファマディアナ~死者を敬う
この記事は10年も前の2009年に書いた。それが、2017年10月に「クレイジージャーニー」という番組でファマディアナが紹介されてから、通常の30倍近くにアクセス数が増えた。現在でも毎月一定数のアクセスがある。


ニジェール料理一覧
ブルキナファソ料理の記事に続き、この記事のアクセスも多い。ニジェールについてはまだまだ知識が浅いので、もう少し充実させていきたいなあ。


国際免許証の署名がローマ字筆記体の理由
最近アップした記事なのだが、今に至るまでアクセス数が落ちずに常に一定の訪問者がいる。同じことを疑問に思っている方が世間には沢山いるらしい。


他にも、コートジ音楽やナイジェリア音楽の記事、マダガスカルの帽子の文化や長い名前の記事などもアクセスが多い。

ということで、過去の栄光のお披露目はここまで。

引き続き、アフリカに「思いやり」を宜しくお願いいたします。



[PR]
by iihanashi-africa | 2018-02-27 09:38 | アフリカ全体 | Trackback | Comments(0)
黄熱病注射の有効期間が10年ではなく一生涯になった件
今更だと思われるかもしれないけど、私は、この件、つい数日前に友人から聞いて初めて知った。

野口英世が研究していたことでも知られる黄熱病
アフリカの特に中西部アフリカ諸国は、現在も黄熱病に感染する危険があるとされている国が多い。入国の際にイエローカードという黄熱病予防接種証明書がないと入国できないことが多い。持っていないと、その場で注射を打たれる国もある。以前は、アフリカの大半の国でイエローカードがないと入国できなかったが、セネガルのように不要とする国も出てきた。一方で、これまで必要ないと言っていたのに、やっぱり方針を変えた国もあり、気にしていないとアップデートが追いつかない。

これまで黄熱病予防接種の有効期限は10年とされてきた。

私がアフリカに関わり始めたのは2002年。その年に黄熱病の予防接種を受け、2012年に2回目を受けた。次の接種は2022年...とずっと思っていた。なが~くアフリカに関わっている方と話すと、「もう4回も黄熱病を打ったよ」という会話があったりし、黄熱病を何回打ったというのが、長期間アフリカで勤務することの代名詞だった。

しかし、この会話がそのうちできなくなるようだ。2016年7月11日から、これまで10年とされていた有効期限が、「生涯有効」に変更されていたらしい。1年以上も前の話なのに、私は知らなかった。過去に接種して記載されている有効期限が経過したイエローカードも、生涯有効なものとして取り扱われるそう。そういえば最近は空港でイエローカードを提示しても、中をしっかり確認しなくなったかも。

厚生労働省のサイト
http://www.forth.go.jp/news/2016/06210854.html

実は、この一生涯有効になることは、2013年には決まっていたようだ。
1930年に黄熱病の予防接種が始まって以来、世界で6億人が予防接種を受けているが、予防接種後に黄熱病を発症した例は12例しかない。この12例はすべて予防接種後5年以内に発症しており、免疫が時間と共に落ちていないことが分かったそうだ。

WHO(世界保健機関)のサイト
http://www.who.int/mediacentre/news/releases/2013/yellow_fever_20130517/en/

黄熱病は、未だに毎年20万人ほどが発症している。そのうち15%は深刻な病状に発展し、その半分が亡くなってしまう。予防接種を一回打てば一生涯安心なのであれば、これまで使っていた予算でなんとか受益者を拡大できないものか。



[PR]
by iihanashi-africa | 2017-11-28 06:57 | アフリカ全体 | Trackback | Comments(0)
祝!ブログ10周年。
そういえば、少し前に10年経っていました。

2007年5月にブログを書き始めた時はブルキナファソにいました。当時アメリカにいた弟が最初にブログを始め、毎日「元気です」というメールを書くわけでもない家族に普段の無事を伝えるいい手段だなあと思い、始めたのがきっかけです。これが意外と私の性に合い、投稿ペースは開設当初より減ったもののマイペースに個人的に関心を持った記事を書き続けています。今や趣味の一つかもしれません。

当初からできるだけ日記形式は避けて、テーマを決めて記事を書こうと決めていました。仕事をしていると特に毎日ブログに書くような出来事が起こるわけでもなく、ネタがなくて困って、ああ更新しなきゃというストレスがあると続かないと思っていました。このスタンスが、持続性に繋がったのかなあと。

記事を書くときは、テーマによってはかなり調べてから書きます。そのため、帰宅後の短い時間を使って数日かけて記事を書くこともあります。気分が乗らないと、タイトルだけ書いて数週間、あるいは数か月も放っておくこともあります。で、こうしてお蔵に入ったまま日の目を見ないテーマも。結構マニアックなテーマもありますが、同じように関心を持って読んでくださるコアな読者の皆さんに本当に感謝です。

もう一つ念頭に置いていることは、可能な限り自分が見て体験して感じたことを書くこと。それがいつまでできるかは分かりませんが、できるまでは引き続きマイペースで続けたいと思います。

そして、とても久しぶりに10年前の初投稿を読み返してみました。10年も前だとやはり文章が若々しく、読むのはとても恥ずかしいので、自分でもこの頃の記事はあまり読み返さないのですが、久しぶりに読んでみて、当時の思いは今でも変わらないなあと改めて思いました。

ブログのタイトルの「思いやり」は父のモットーです。仕事においても、全ては相手を思いやることから始まるという父の言葉を借りてタイトルをつけました。これからも、アフリカに「思いやり」。


にほんブログ村 海外生活ブログ アフリカ情報へ
にほんブログ村
[PR]
by iihanashi-africa | 2017-10-01 03:31 | アフリカ全体 | Trackback | Comments(2)
サヘルの写真家、大塚さんの訃報
8月25日、写真家の大塚雅貴さんがコンゴ民主共和国で亡くなられました。

8月初めにコンゴ民主共和国の首都キンシャサに入り、コンゴ河上流にむかって移動しながら取材を進めていたようですが、8月25日の夕方、小休止の折、何か気になるものがあって森の中へ少し入ったとき、突然倒れかかってきた折れた木の下敷きになり亡くなられたとのことでした。

私が大塚さんに出会ったのは、NGO緑のサヘルの忘年会。毎年行われる忘年会の中で、私が最も楽しみにしている忘年会で、写真家、民間企業の社員、NGO職員、コンサルタント、大学関係者、学生など様々な業種の方々が一堂に会するので、普段聞けない話が飛び交って本当に楽しいひと時なのです。大塚さんとはこの忘年会で出会いました。大塚さんが個展を開かれた時には、まだ駆け出しのころの大塚さんを知る方々が、とても感慨深く話されていたのを覚えています。

私自身、サヘル地域でかれこれ15年近く働いてきたこともあり、各国に知り合いが多くなってきました。昨年末の忘年会でコンゴ行きを検討していることを大塚さんから聞き、キンシャサで働いている知り合いを紹介したのですが、それ以来、こまめに連絡をいただき、治安の関係上、少し渡航を延期せざるを得ないこと、やっと8月に渡航ができるかもしれないこと、取材許可がなかなか下りずに苦労していること、など、逐次経過について把握できたので、同じように一喜一憂していました。そして、大塚さんのFacebookでコンゴ入りした後の写真が掲載され、ほっとしていたところでした。

訃報は、大塚さんと親しい方がFacebookに記事を載せたことで初めて知りました。

その方も書いていましたが、「大塚さんはこれまでにも取材中に危険な目に遭ったことは何度かありましたが、その都度切り抜けてこられています。コンゴも治安がよいわけではないですが、紛争やテロに巻き込まれたわけでも、強盗に襲われたわけでも、風土病にかかったわけでも、交通事故にあったわけでもなく、まさかとしか思えない事故で命を落とされたことに」、私もショックを受けています。

好奇心の塊のような大塚さんらしい最期ともいえるかもしれませんが、サハラ砂漠のあの美しい写真を時間をかけて撮られる希有な写真家を、こんな早くに失ったのは本当に残念です。

ご冥福をお祈りいたします。

大塚さんのホームページ
「SAHARA」という写真集をぜひご覧ください。壮大なサハラ砂漠とそこに暮らす方々の自然と一体となった生活を感じられます。



[PR]
by iihanashi-africa | 2017-09-18 21:19 | アフリカ全体 | Trackback | Comments(0)
ナイジェリアとカメルーンの滑走路修繕工事
個人的に最近ちょっと気になっていたニュース。

ナイジェリアの首都アブジャの国際空港カメルーンの経済都市ドゥアラの国際空港滑走路修繕工事が、ほぼ同時期に行われている。この間、アブジャにもドゥアラにも飛行機が発着しないということで、両方とも大きな都市ということもあり、かなり物流に支障をきたしているのではないかと想像していた。

そして、実は、5月初めに予定していた私のナイジェリア出張もこの工事のために延期されていた。5月であれば、空港が再開しているはずの時期ではあったのだが、当初予定の6週間で工事が終わらない可能性が高く、やはりこの時期は避けた方がよいとのことであった。

ナイジェリアの首都アブジャのNnamdi Azikiwe国際空港は、ここ最近、複数の航空会社から「危険な滑走路」と分類されていた。昨年8月には、南アフリカ航空の飛行機が傷つき、10月にはエミレーツ航空がアブジャへの就航を一時中止した。他の航空会社も、滑走路の改善がない場合は就航を取りやめるおそれがあったため、急遽今年1月に滑走路工事を実施する旨が発表される運びとなった。

工事は、3月8日から4月18日までの6週間で実施されており、この間は空港が閉鎖されている。この間、航空会社によっては、行き先を250km離れたカドゥナ、あるいは750km離れたラゴスへ変更して対応していたらしい。最近の記事では、工事は順調に進んでおり、予定通り19日には空港を再開し、20日から各航空会社の飛行機が戻ってくるようだ。

http://www.deplacementspros.com/Aeroport-d-Abuja-le-chantier-est-dans-les-temps-Lufthansa-s-y-posera-le-20-avril_a42730.html
http://www.agenceecofin.com/gestion-publique/0201-43524-nigeria-l-aeroport-d-abuja-va-etre-ferme-pour-6-semaines-pour-reparer-la-piste

他方、カメルーンのドゥアラ国際空港もまた、滑走路の状態が悪いことから3月1日から21日まで工事を行っていた。一旦は工事が終了したかに見えたのだが、先日、再び4月11日から18日までの間、午前4時から8時の4時間は空港が閉鎖になることが発表されている。複数の航空会社から依然として状態が悪いことが指摘されたらしい。

ナイジェリアも、質が担保された形で工事が終わるか、注目してみていようと思う。

にほんブログ村 海外生活ブログ アフリカ情報へ
にほんブログ村
[PR]
by iihanashi-africa | 2017-04-13 07:30 | アフリカ全体 | Trackback | Comments(0)
最近流行りのナイジェリア音楽
アフリカ各国には独特のリズムがあり、それぞれとても魅力的である。カメルーンにいた頃にカメルーン音楽やコンゴ民主共和国の音楽を知り、Lokua KanzaRichard Bonaの曲をずっと聞いていた時期がある。その後セネガルでは、ユッス・ンドゥールを初めとする独特のセネガル音楽に魅力を感じ、マリのサリフ・ケイタに酔いしれ、そしてフランス留学をしたときにはコートジボワールのズグル音楽を知り、一時期片っ端からダウンロードした記憶がある。私は仏語圏アフリカへ行くことが多いので、英語圏アフリカの音楽はよく知らないのだが、各国に魅力的な音楽があるのだと思う。

アフリカ仏語圏(独特の音楽文化があるセネガルを除く)の現地のダンスバーやディスコなどで近年一世を風靡していたのがコートジボワール音楽。2004年頃からMagic Systemという4人組のアーティストが、フランスの音楽チャートで曲を発売する度に上位に入っており、私も彼らの『Un gaou à Oran』という曲のミュージックビデオに衝撃を受けて何度も見た。初めて聞くリズムだった。メンバーの平均年齢は徐々に高くなっているにも関わらず、相変わらず新鮮味のある曲を出す。どの国のクラブに行っても彼らの音楽を初めとするコートジボワール音楽がかかっていた。かなり文化の異なるマダガスカルでもアフロビートメインのディスコではコートジボワール音楽が主流だったのを思い出す。



私がコートジ音楽を好きになったきっかけの『Un gaou à Oran』のミュージックビデオ。アラブ系のミュージシャンとのコラボがいい。



しかし、2014年初め頃、私がまだブルキナファソで働いていた時から、同僚のブルキナファソ人に「もうコートジボワール音楽の時代じゃない。今はナイジェリア音楽だ」と聞いていた。そして、今や本当にどこへ行ってもナイジェリア音楽が流れる時代になった。昨年出張に行ったニジェールでもレンタカーの運転手が聞いていたのがナイジェリア音楽だったし、ケニアのテレビで流れていたのもナイジェリア音楽だった。

ただ、私自身、ナイジェリア音楽といってもピンと来ないので、いろいろと調べてみた。近年、ナイジェリア音楽は様々な音楽賞を総なめするほどに注目されているようだ。しかし、その音楽を聴いてみるとアメリカのR&Bやラップに似ており、これといったオリジナリティがあまり感じられない。ただ、欧米の曲と比べても遜色ないほどに完成度の高い曲が多く、ミュージックビデオも素晴らしい。それだけナイジェリアの技術が上がったということなのだろう。それでも、私はやっぱり独自性のある曲に興味を惹かれる。そして、やっと興味の湧く音楽に出会えた。

それが、これ。

Wizkidは今、最も人気のあるミュージシャンの一人だろう。中でもこの曲がいい。



Davidoも検索すると沢山引っかかる。かなり欧米のビートっぽいが、この曲はよかった。ミュージックビデオもいい。



いろいろと動画を辿って行ったらAzonto Danseに辿り着いた。ガーナ発祥のダンスだが、今や欧米にも広まっている。他国が知るきっかけを作ったのがWizkidのAzontoという曲らしい。この動画はAzonto Danseコンペで優勝した作品。



ナイジェリア人歌手Iyanyaの代表曲『Kukere』をAzontoダンスで楽しむ。




探したらきりがなくなってしまうので、この辺で。
いやー、ナイジェリア音楽、層が厚く深い。


にほんブログ村 海外生活ブログ アフリカ情報へ
にほんブログ村
[PR]
by iihanashi-africa | 2016-01-05 22:47 | アフリカ全体 | Trackback | Comments(2)
ウガンダ映画「Boda Boda Thieves」
最近飛行機の中で見たアフリカ映画を2作紹介する。

一つは、既に様々な国際映画祭で上映されているウガンダの映画「Boda Boda Thieves」

http://www.bodabodathieves.com/
http://www.theupcoming.co.uk/2015/02/12/berlin-film-festival-2015-the-boda-boda-thieves-review/


1948年のイタリア映画「The Bicycle Thieves」からヒントを得て作成されており、自転車ではなくここではバイクが盗まれる。ウガンダ首都カンパラは、他のアフリカ諸国の首都同様、毎日ひどい渋滞のため、バイクタクシーが最も早く目的地に着く手段。このバイクタクシーをBoda Bodaと呼ぶそう。

映画は、15歳の男の子Adelとその家族の物語。Adelの父親は金持ちのオーナーからBoda Bodaを借りて生計を立てており、母親は鉱山で石を砕いて小銭を稼いでいる。仕事を求めて地方から都市に移住しながらも、なかなか貧困から脱却できない状況は他のアフリカも同じで、私自身はウガンダには行ったことがないが、状況はとても理解できるため映画に入り込むことができた。

ある日、Boda Boda運転手の父が交通事故に遭ってしまい、しばらく仕事が出来ず、収入がなくなってしまう。父はまだ15歳の息子に仕事を任せるのは反対だったが、息子が勝手にバイクを使いだす。最初は見よう見まねで仕事をしてみるが、経験もなく、苦労することに慣れていない15歳は、悪い遊び仲間と簡単にお金を稼げる方法に手を付けてしまう。

しかしある時、父がオーナーから借りている大事なバイクを盗まれてしまう。

自責の念で自分でなんとか解決しようとするが、空回りしてしまう。

若気の至りで悪さに手を付けてしまうが、家族に対して時折見せる悪いことをしてしまったという顔に、少し心が温まる。アフリカの都市郊外の若者の典型的な姿を見ている気がする。



映画の完成度としては、個人的にはとくによかったと感じたわけではないが、ストーリーとAdelの演技が興味深い。


二つ目のタンザニア映画はまた次の記事で。


にほんブログ村 海外生活ブログ アフリカ情報へ
にほんブログ村
[PR]
by iihanashi-africa | 2015-11-30 02:17 | アフリカ全体 | Trackback | Comments(0)