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カテゴリ:セネガル( 131 )
ムサの訃報
ブログをアップできなかったこの期間、悲しい知らせが届いた。

2006年にセネガルでとてもお世話になった方の一人、ムサが亡くなった。5月15日のことだった。私には、仕事の利害関係が全くない親しいセネガル人の友人が3人いるが、ムサはその一人。

昨年から体調を崩しており、昨年11月頃には一時入院もしたが、年明けに会った時は本調子ではないものの少し回復しているように見えた。しかし、5月13日に倒れ、翌日ダカールに緊急移送され、15日の午前3時頃に息を引きとった。

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ムサと出会ったのは、2006年にセネガルのNGO Intermondes(当時はENDA GRAF)でインターンをしていた時。ムサは、Educateur Spécialiséだった。日本語の適訳が分からないが、専門教育者とでも訳そうか。セネガル法務省の国家公務員であり、子どもから大人まで身体的・精神的障害をもっている方や、家庭が複雑だったりする方々が社会の中でしっかり生活できるよう支援する役割をもつ。セネガル国内に200人ほどしかいない貴重な役職である。当時、インターン先のNGOには、Educateur Spécialiséがムサを含めて2名おり、本職の傍らでNGO活動の支援も行っていた。二人とも児童労働の専門家で、様々な理由で小さい頃から働かざるを得ない状況にある子どもたちと、その家族の支援を行っており、私も何度か活動に同行させてもらった。ムサからは仕事面だけでなく、子どもやご家族に対して同じ目線で話をする真摯な姿勢を学び、大きく影響を受けた方の一人である。

ムサは素晴らしく人格者で、皆から尊敬されていた。
理不尽なことは嫌いなので、そういう時はしっかり戦い、甘い考えを持つ子どもたちにはしっかりと諭すが、全て真摯に向き合った結果なので、皆に慕われる。私も多くを学んだが、とりわけ話のもっていき方を学び取った。いつも横にいて、ムサがどういう話題から話を初め、どうやって相手の心をつかみ、本題にたどり着くか。ムサの暗黙知をできるだけ盗もうと努めた。

それから10年後の2017年、私は再びセネガルで働くことになり、再会を果たした。ムサは既に定年退職しており、ダカールから出身地のチワワンに戻り、隠居生活を送っていたが、時折NGOから仕事を依頼されて手伝っていたほか、チワワンでもNGOを立ち上げて、引き続き子どもたちの支援を行っていた。そういえば、本も書いているって話していたけど、あれはどうなったかな。。。

私にとってムサの存在は大切で、年を重ねて世間のしがらみに徐々に不満を言い出した時、自分の意見が正しいと思いこんで相手を非難しようとしてしまった時、ムサと話すと自分は社会の中の一人でしかなく、社会の中で育てられたことを思い返させてくれる。

両親や夫がセネガルに旅行に来た時にも、ムサの家に連れて行った。
父は、セネガル旅行の中でも「娘と親交のあるNGO活動家のムサさんの家を訪問し、セネガル料理をご馳走になりながら、ムサさんの話が伺えたのは、この上ない一時だった」と話してくれた。

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ムサ、本当にありがとうございました。
ご冥福をお祈りいたします。


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by iihanashi-africa | 2019-06-20 15:40 | セネガル | Trackback | Comments(0)
ゴルゴルーGoorgoorluというセネガルの風刺漫画
十数年前にセネガルにいた時、テレビをつければいつも赤い帽子のコミカルな動きの男性が登場するドラマをやっていた。これしかやっていないんじゃないかというほど、毎晩のようにテレビに登場していた記憶がある。ローカル言語のウォロフ語だったので内容は分からず、ただただ、ふ~~~んと関心があるとも無関心とも言えない感じで見ていた記憶がある。これがゴルゴルーであることを知ったのは、その10年後である。





ゴルゴルー(GoorgooluあるいはGoorgoorlou)は、1987年2月15日、セネガルの風刺新聞「Le Cafard libéré」に掲載された風刺漫画の主人公である。漫画家のAlphonse Mendy(T.T. Fons)が作り上げた人物。ゴルゴルーという言葉自体は、1981年から大衆紙「Le Témoins」に掲載され知られていいたらしい(出典:http://www.sridonline.org/NL/375.pdf)。セネガルの日常生活の“あるある”が面白おかしく表現されている。

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主人公のGoorgoorlu(あるいはGoor:ウォロフ語で男性を意味する)は、ダカール郊外に妻と子どもたちと共に住んでいる。もともとは首都から100km近く離れた村で生まれ、両親を早くに亡くし、叔父さんに育てられた。村には学校もなかったため教育は受けておらず、小さい頃から落花生やミレットの耕作を手伝って家計を助けていた。

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しかし、70年代初め、大干ばつが発生して都市部への移住者が増加し、ゴルゴルーもダカールへ移住することにした。ダカール到着後は、ある会社での日雇い労働の職を見つけ、低賃金だがなんとか叔父さんへも仕送りもできていた。働きもののゴルゴルーは、社長からも高く評価され、正規に雇用されることとなり徐々に給与もアップし、Diekという(後から強くなる笑)美しい女性とも結婚して家庭を持つことができた。まさにバラ色人生だった。

ところが、80年代初めからの世銀とIMF主導の構造調整やセーファーフラン通貨切り下げは、危機から脱出するどころか、多くの国民の生活を困窮させた。会社も工場もこの経済政策の犠牲者となり、多くの世帯の主が失業してしまったのだ。ゴルゴルーが働いて会社も人員削減をせざるを得ず、ゴルゴルーも職を失った。さてどうやって生計を維持するか。新たな仕事を探さなければならない。どうやって子供に説明しようか。ゴルゴルーは、日々変化する社会のリズムの中でなんとかやってのかようとする。

ここから、ゴルゴルーという言葉に、貧困生活の厳しい状況の中でも、日々懸命に働き、なんとか一日一日を切り抜ける男というコンセプトがついた。家庭を守る強い奥さんのご機嫌を伺うために知恵を絞る姿もまた愛らしいし、愛される人物である所以かも。

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最初に書いた通り、ゴルゴルーは当初新聞に掲載されていた漫画だったが、人気を博して1991年に本になり、2001年にドラマ化されることになった。今やゴルゴルーという言葉が辞書に掲載されてもよいのではないかと思ってしまうほど、個体を示す名前から一般的な意味合いを持つ単語になっている。これを読めばセネガル社会が分かるかも。



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by iihanashi-africa | 2019-04-28 00:06 | セネガル | Trackback | Comments(0)
農業フェアのセネガルプロダクツ
セネガルの首都ダカールでは、毎年FIARA(Foire Internationale de l’Agriculture et des Ressources Animales)という農畜産品フェアが開催される。今年もちょうど今、開催期間中。私もセネガル滞在中は毎年行っていたが、毎年のように新しい商品が紹介されており、毎回新たな発見があって面白かった。

下の写真は、新商品ではなく、セネガルのマーケットでもよく見られる光景。全てを解説できないので、写真を見ながら想像力を大いに働かせて楽しんでもらおうかな。キーワードは、魚、貝、トウガラシ、レモン、マンゴー、タマリンド、バオバブ、落花生、ハイビスカス、はちみつ、シアバター。あ、あと男性を振り向かせるための女性の秘密兵器とやらも写真に含まれてます。

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by iihanashi-africa | 2019-04-26 15:42 | セネガル | Trackback | Comments(2)
セネガルのアンディローバオイル
先日、セネガルから戻ってきた友人からこういう石鹸をもらった。
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西アフリカ諸国ではシアバターを使った石鹸が有名だが、これもシアバター石鹸かしらと思って匂いをかいでみると、とっても魅惑的な香りがする。石鹸をくれた友人によるとアンディローバという木の実のオイルが入っているらしい。セネガルでは、降雨量の比較的多いカザマンス地方にしか生息していない木だそうだ。レモングラスのオイルも入っているようなので、この二つがとてもいい割合で融合した香りになっている。

「アンディローバAndiroba」という単語を私は初めて聞いたのだが、ネット検索すると「アンディローバオイル」で多くのサイトがヒットする。クラブウッド(学名 Carapa guianensis)というセンダン科の木の実らしい。ビタミンが豊富なので美容品にも使われ、虫よけにも使用されているという。

石鹸のタグをよ~く見てみると、アンディローバという文字はないのだが、Huile de Touloucouna(トゥルクナオイル)という見かけないオイル名があった。検索してみると、学名はCarapa proceraと微妙に異なる。ただ、両方ともアンディローバには変わりないようだ。Carapa guianensisはブラジルを初めとする南米に多く、Carapa proceraは西アフリカに多い。

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このサイトから写真を拝借。色は異なるがコラの実に少し似ているかな。
https://www.researchgate.net/publication/283733700_Andiroba_Carapa_guianensis_Aubl_Carapa_procera_D_C_Meliaceae


セネガルでは、アンディローバオイルの搾油をできるのは、一度も夫に対して不貞を働いたことのない年配の女性だけなのだそう。木そのものも多くない上に、オイルも少量しかとれないこともあり、神秘的価値を付与できるのはけがれなき女性のみということらしい。



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by iihanashi-africa | 2019-04-21 18:14 | セネガル | Trackback | Comments(2)
Africa Eco Raceと篠塚健次郎さんの挑戦
セネガルという国も、ワールドカップを通して日本でも有名になったが、以前はセネガルか国であることすら知られておらず、首都ダカールの名前の方が知られていた。最近は「セネガル」も「ダカール」も両方聞いたことがあるという方も増えてきたが、ダカールがセネガルの首都であることを知っている人はまだ少ない。

「ダカール」の名前が日本で有名になったのは、パリ=ダカールラリー(正式名称はダカールラリー、通称パリダカ)がきっかけなのだと思う。以前ラックローズの記事を書いた時にちらっと記述したが(パリダカのゴール、ラックローズと外国人労働者)、1978年に始まってから2007年にモーリタニア周辺の情勢が不安定になって南米での開催を余儀なくされるまで、毎年広大なサハラ砂漠を走る酔狂レースが開催され、挑戦者の興奮を掻き立てていた。毎年コースが異なり、アルジェリア、チュニジア、リビア、モロッコ、マリなど、一度として同じコースはなかった。

南米開催となったパリダカは、サハラを経験している人たちにとっては少々物足りないらしい。やはり元のコースへ戻りたいという思いは少なからずあるという。パリダカが安全を考慮して中止となった2008年、過去の優勝者も含めた有志の間でAfrica Eco Raceプロジェクトが立ち上がり、2009年からパリ=ダカールラリーと同じようなレースが始まった。それほど大々的には宣伝されていないが、ユーロスポーツでは毎日のようにその日のレース結果が放映されているし、それなりに注目されているのだと思う。

Africa Eco Raceのサイト



今年2019年のAfrica Eco Raceに篠塚健次郎が参加した。

1986年に俳優の夏木陽介と共に初出場してから毎年参加し続け、12年目の1997年に48歳にして日本人初の総合優勝を成し遂げた。パリダカ世代ではない私も、篠塚健次郎の名前はもちろん知っていたし、まさかあの篠塚健次郎にラックローズでお会いできるとは思いもよらなかった。

このサイトの記事は篠塚健次郎の歴史がとても分かりやすい。

「第40回:砂漠の覇者Mitsubishi 「パリダカ」を制したパジェロの苦闘」
https://www.webcg.net/articles/-/40117

今年70歳になる篠塚さんはやはりサハラ砂漠を走りたいという思いが強くなり、12年ぶりに出場を決めたそうだ。篠塚さんは清里に住んでおり、山梨県内ニュースでも紹介されたらしく、1月初めにセネガルに来た両親も番組をみて知っていた。6500kmを駆け抜けるレース。今年はモーリタニア国内をぐるっと回る形になっていて厳しいコースだったと思う。
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Africa Eco Raceのゴールは2019年1月13日(日)のラックローズ。帰国直前ではあったが、こんな機会は二度とないかもしれないので、当日に友人とやっぱり行こう!と決めた。

前日までAfrica Eco RaceのサイトやFacebookのアップ記事を追っていたが、最終日に何時にラックローズに到着するのかが分からない。ただ唯一判断できる情報は、サンルイを日の出前に出発するという記述。サンルイを日の出前に出れば、遅くともお昼前にはラックローズに着くかもしれない。その情報をもとに、お昼くらいにダカールを出発してラックローズに向かうことにした。

Africa Eco Raceのサイトでは、ライブでどの車両がどこを走っているか分かるようになっている。13日も朝からライブ配信を確認しており、篠塚さんの車両は中盤後方を走っているのを見ていたが、全体では36中、34位。ということは、お昼過ぎに行ってもおそらくゴールは余裕で見られるだろうということだった。
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パリダカの時もそうだったが、最終日はレース区間が短く、最後の21kmはラックローズまでの海岸を列になって走行する。この時点ですでに順位は決まっており、21kmはファイナルラン。それは圧巻らしい。今回は海岸までは見に行けなかったが、空撮映像が配信されており、とても見応えがある。



ラックローズはお祭り騒ぎだった。
こんなに華やかなラックローズなどもちろん見たことがない。パリダカ全盛期を良く知る友人は、当時に比べると規模も人数も半減だそうだ。それでも私にとっては初めて見る光景で気分が高揚した。
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篠塚さんのレース番号は分かっていたので「217番」を探し回ってやっと車を発見。ほとんどの車は戦から帰ってきた兵士のようにボロボロの車体なのだが、篠塚さんの車はとても綺麗。ただ、前方はかなり修理したらしい。よくよく車体を見ると、「古希から喜寿へ」と書かれている。古希の70歳の今年から77歳の喜寿まで、継続して出場する予定らしい。77歳のレーサーかあ。格好いい。
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ゴール地点は、順位の通りに車がゲートをくぐり、それぞれのインタビューが行われる。一台に15分くらいは時間をかけているためとっても時間がかかる。

by iihanashi-africa | 2019-01-30 00:23 | セネガル | Trackback | Comments(2)
携帯紛失時のLineとWhatsAppのアカウント引継ぎ
最近珍しく自分の生活をさらけ出しているが、もう一つだけ小話を。

先週日本に帰国したが、セネガルを発つ2日前に私用携帯を紛失し、結局見つからないまま帰国した。携帯をなくした時の痛手はやはりデータ。ただ不幸中の幸い、写真データの大半はパソコンに取り込んでいたし、多くの方とのやり取りはfacebookメッセンジャーなのでパソコン上でもやりとりしており、唯一完全になくしてしまったものと言えば、友人たちの電話番号。でも思ったより落ち込んでいない。自分でも不思議なほどに。

最近友人と電話をすることがほとんどなくなった。必要な電話番号は家族くらい。連絡手段は電話番号のみという友人ももはや少ない。大抵メールなりSNSなりでも繋がっている。電話番号しか繋がっていなくても必要な場合は誰かに聞けばどうにか分かる。

帰国後、私は新たに携帯端末を購入し日本の携帯番号を入手した。以前のアカウントを引き継げないか苦心したのはラインWhatsApp

まずはラインについて私と同じような状況でアカウントを復活させた例がないか調べたが、これが意外と少ない。通常、携帯を紛失した場合はまず番号を止め、同じ番号を別の端末で復活させる。しかし、私の場合、携帯番号も端末も異なるため、あまり事例がない。唯一の救いはラインにメールアドレスを登録していたこと。問い合わせ窓口と何度かやり取りがあり、かなり詳細に情報を伝えたことで、幸いにもアカウントが復活した。大切な人たちとの過去のトークは全て消えてしまったが、それは仕方ない。

さて、WhatsAppだが、日本で主流のラインにかわり海外ではWhatsAppが主流。私も外国人の友人たちとはWhatsAppで繋がっている。WhatsAppは日本語の問い合わせ窓口が見つからず、英語でのやりとりとなった。ラインと同じように説明し、対応自体も悪くはなかったものの、最終的な返事は以下の通りで結局「引継ぎ不可能」というもの。

Unfortunately, we can't help you change your account phone number or transfer account information due to security reasons. The verification process needs to be completed individually by each user.

•If you are still using WhatsApp with your previous phone number verified:
Please use our Change Number feature to migrate your old account information and group participation to the new number.

•If you don’t have access to your previous WhatsApp account:
It's not possible to migrate your account information to the new phone number. You may, however, create a brand new account. In this case, you will have to set up your new profile information and ask your contacts to add you back to the groups you used to belong to.

残念無念。

これらの教訓を経て、電話番号は全てgoogle連絡先に保存することにし、クラウドに頻繁にバックアップをとっておくことを肝に銘じた。

でも、もちろん携帯を紛失しないことが第一だけどね。


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by iihanashi-africa | 2019-01-22 22:42 | セネガル | Trackback | Comments(2)
電気を止めるまでの複雑なやりとり
一昨日ダカールを出発し、長いドバイのトランジットを経て帰国した。
しばらくご無沙汰していたブログを再開。

********************

セネガル離任前、私用車を売り、購入した家具を売り、電気を止め、インターネットを切り、アパートを引き払うという作業があった。以前赴任していたマダガスカルでもブルキナファソでは、後任やちょうどタイミングよく赴任された方がアパートや車をそのまま引き継いでくれたため、こういう手続きがなかったのだが、毎回そんなにうまくいくものでもない。日本とは異なり、全てがすんなりと事が運ばない最後の閉めを記録しておこう。

電気の解約

アパートの退去予定日一週間前に、電気会社Senelecへ解約について問い合わせに行った。担当者によると、解約申請した翌日に電気会社の調査員がメーター確認に行き、その場で電気を止め、私が残額を支払いに電気会社へ再度足を運ぶというものだった。つまり2日かかる。それに週末対応は不可。土曜日にアパートを退去する予定の私は、仕方なく金曜に電気を切り、金曜の夜は懐中電灯で過ごすことを決める。

木曜の朝、電気会社へ行き解約申請をすると、「自宅のメーターの写真を撮ってくれば、今日中に支払えて明日来る必要がなくなるわよ」と親切にも教えてくれた。そのため一旦帰宅し、建物の警備員に聞いて私のメーターの場所を教えてもらい、写真を撮ってから電気会社へ戻った。計算してもらったら最終的に私が支払うべき金額は約3万セーファー(6千円)。しかし、私は電気の契約時に12万セーファーの保証金を支払っていたので、むしろ私が電気会社から9万セーファーを返金してもらうことになる。そして今度は払い戻し申請をしなければならない。

払い戻し申請には電気契約時の書類が必要だという。私、そんなものもらった記憶なし。ありませんけど、、、と伝えると、それがないと申請できないという。どうしたらよいのか問うと、警察で紛失届を書いてもらってきなさいとのこと。おそらく、ここで諦めてしまう人もいるだろうが、私はできる限り最後まで突き進むことを選択。すぐに警察署に行き、契約書の紛失届を申請する。申請自体は簡単にできたが(むしろ簡単すぎてどんな偽造も可能だと思ったがそれはさておき)、署名した書類を引き取れるのは半日後。こういうことに時間がかかる。。。それでも昼過ぎに紛失届を引き取れ、その足で再度電気会社へ向かい、とりあえず申請は終了。

金曜午後か月曜の朝には返金されるということで、月曜の朝一で出向くと、まだ準備できていない。「もう私明日帰国するのですが・・・」というと担当者は「もう私の手を離れているから私の責任じゃないわ」という。はあ、こういうやりとりに疲れてしまう。とにかく、明日の朝一までは時間があるから、準備ができたら電話してほしいと言い残してまずは職場へ向かった。その2時間後、なんと準備ができたと連絡があった。

返金受け取り完了。
離任前に受け取れたレアなケースだと思う。

銀行口座解約

私は在外勤務手当なるものをセネガルの口座に送金してもらっていた。塵も積もればで、離任時にはある程度の金額になり、銀行口座を閉鎖するにあたってまずは日本への送金手続きを行った。しかし、金額が大きいので送金許可が下りない可能性があるから給料明細をもってこいという。所属先からは離任証明を出してもらっているが、それだけではだめらしい。

所属先からは毎月同じ日に一定額が入金されるので、怪しいお金ではないことくらい銀行が調べれば分かるだろうにと不満に思いながらも、仕方なく日本語の給料明細を家に取りに帰り提出。ちょっとだけ仏語翻訳を書き込んだが、もちろん手書き。だって時間がないですもの。。。なんとか口座担当とも話ができ、申請の二日後に送金完了。

そして一週間たった本日無事に日本の銀行口座に入金。
なくなることはないだろうとは思っていたが、確認するまではやはり心配であった。


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by iihanashi-africa | 2019-01-18 06:21 | セネガル | Trackback | Comments(0)
セネガルのクリスマスと年末
今年は久しぶりに年末をアフリカで過ごした。

年末年始に一時帰国しなかった年は数少なく、海外での年越しはマダガスカルの2012年以来かも。今年はクリスマスも年越しもダカールで、それはそれでなかなかない経験だった。昨年を振り返った記事の後にクリスマスの話というのもちぐはぐだが、空港で両親を出迎える前の時間が少しあるので、記録のために書いておこうかな。

昨年のクリスマスの時期、こういう記事を書いた。イスラム教圏のセネガルでもクリスマスが若者たちや子どもたちの重要イベントとなっている話。
イスラム教徒の若者最大のイベント、クリスマス?

残念ながらサンタクロースがメッカの方向を向いてお祈りをしている姿は見られなかったが(笑)、十分にダカールでクリスマスの気分を味わった。イスラム教徒の家でも子どもたちにとってクリスマスはプレゼントをもらえる日であり、親たちも仕方なくプレゼントを買う。世界各国同じ。

家の近くのスーパーに行ったらクリスマスツリーの横に大きなサンタクロースの人形が、、、と思ったら動いた。中に人がいた。全然分からなかった笑
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ダカールでは12月31日の夜12時に花火が打ちあがると聞いていた。それを今年初めて見た。この花火、実は一般の方々がプライベートで購入しているらしい(もしかしたら企業も含まれるかな?)。360度四方八方で花火が打ちあがり結構見ごたえがある。もちろん一つ一つの花火は日本の花火に比べたら大したことはないが、個人が購入して打ち上げていると聞くと凄さが増す。ただ、数年前まではもっと豪快に花火が上がっていたようなのだが、テロなど安全上の問題が出てきたころから花火が自粛されつつあるらしい。



この日、夜中1時に友人宅から帰宅したら、もう大渋滞。
ダカール市内のこんな賑わいは見たことがない。でも、外にいるのは皆若者。こういう雰囲気はヨーロッパの流れを受け継いでいるかも。

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by iihanashi-africa | 2019-01-02 10:56 | セネガル | Trackback | Comments(0)
2019年もどうぞ宜しくお願いいたします
年が明けてしまいました。

ブログを確認したら、最後の更新は昨年12月5日。
またもや読者から「更新されてないよ~」と連絡があり、体調を心配する声まで。。。
元気にしておりますとせめて一声発しなければと、急いで書いています。

2017年1月からセネガルに赴任しておりますが、ちょうど2年経つ2019年1月、あと2週間後に離任して日本に戻ります。離任前の4か月は怒涛の日々で、12月半ばに最後の出張を終え、それから日本語と仏語の最終報告書にとりかかり、昨日12月31日になんとかまとめ終わりました。

この2年間は本当にやりがいのある充実した仕事内容を任せていただきました。ここまで本心からやりたいと思う仕事をさせていただく機会はなかなかないと思います。このポストに応募してみたらと誘ってくださった方、その後農業普及の基本理念を教えてくださった方、人のモチベーションの高め方を教えてくださった方、西アフリカ各国の現場で農家の自立のために同じ方向を向いて活動をした各国農業省の方々。多くの方々のお力添えいただいたおかげで、これから目指すべきアフリカの農業普及の道の第一歩を踏み出すサポートをさせていただけたと思っています。

そして自分自身も大きく成長した2年でした。
この年齢になって「成長」なんて言っていられないのかもしれませんが、やはりいつになっても学ぶことは多く、いつまで経っても自分は未熟だと感じてしまい、ほんといつになったら成熟したと感じるようになるのだろう。今年もみなさまのサポートを得ながら成長できるかな。

2019年は日本でゆったりと過ごす年になると思います。
セネガルを離任するまではブログの更新が途絶えるかもしれませんが、その後はまたぼちぼちとアップしますので、今年もどうぞ『アフリカに思いやり by iihanashi-africa』を宜しくお願いいたします。

***************

さて、実は、あと4時間後に両親と叔母がセネガルに到着します。

Flight Radarアプリによると、今ギニアの上空。ギニアの首都コナクリを経由してダカールに到着します。

母は、私がマダガスカル赴任中に、旅行に来てくれたことがあります。でも、アフリカ大陸は初めて。父と叔母はアフリカ初旅行。父は私がブルキナファソにいた頃にブルキナファソに行ってみたいと話していましたが、まだ当時は現役で働いていたのでその願いは叶わず。私自身も今後いつアフリカで生活することがあるかも分からないし、この機会を逃したら両親もアフリカ大陸に来る機会がなくなってしまうかもしれないと思ったら、離任前の忙しい時期ではあるけれど、もうこれは来てもらうしかないでしょう。両親を受け入れるために報告書を急ピッチで終え、気分すっきり、とてもゆったりとした気持ちで一緒に旅行ができそうです。

夫もそうだったのですが、私の両親もアフリカに来ることには全く抵抗なく行きたいと言ってくれ、アフリカで生活する私にとってはこんなことが感極まるほど嬉しいのです。そして両親の誘いにすんなり乗ってくれた叔母にも感謝。6日間の短い滞在を楽しんでもらえるといいな。

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少し前、ブルキナファソ上空を飛んでいました。行きたかったブルキナファソを空から眺められたかな。



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by iihanashi-africa | 2019-01-01 22:32 | セネガル | Trackback | Comments(2)
つっ込みどころ満載のセネガル国際マラソン
毎年11月に開催されているサリーのセネガル国際マラソン。去年も参加し、今年も友人たちと参加してきた。

http://www.marathondusenegal.com/

相変わらず忙しくて全然練習が追いつかなかったし、ハーフマラソンへ登録するつもりなど毛頭なく、10キロの部に登録。それも直前までガーナとブルキナファソ出張で、土曜日の昼12時頃にブルキナファソから飛行機でセネガルに戻り、そのまま家に帰らずに大きなスーツケースを持ったままサリーのホテルへ向かうというハードスケジュール。そして翌朝にマラソン。このスケジュールでよく走ろうと思ったなあ。

なんて自分をほめたたえていたら、JICAの協力隊員さんで、一週間前に誘われてフルマラソンに登録したという女性を発見。さすが、若いっていいわね~、こういう時自分の限界以上のこともやろうと思ってしまうもんね~、私も昔だったら練習してなくてもフルマラソン登録しちゃってたけど、限界を知ってしまった今は無理だわ~、なんて友人たちとおばさんトークを繰り広げていたのだが、実はこの協力隊員の女性がフルマラソンの女性の部で1位になっていたことが後から判明。なんと元々の蓄積があったのね。すごい。

マラソン大会は、ネット登録が可能だったので、私たちはまず各自がネット登録。前日まで登録可というおおらかな大会(笑)。ゼッケンは前日の17時までにマラソン大会のスタート地点にある「マラソン村」というところに取りに行くことになっていたので、最初に着いた私が全員分を受け取りに行ったら、登録用紙を渡され、これに記入しろという。記入をし始めてから、あれ?これってネット登録した情報と同じなんですけど~~。「これ、もう一度書かなきゃならないんですか?ネット登録したのに??」と聞き直したら、「じゃあ、名前だけ書いてください」と言われ、これネット登録と全く連動していないんじゃないかと疑問を抱く。

*******************

さて翌朝8時に出発だと言うので、しっかり8時前に到着したのだが、スタート地点が去年と異なり、どこか分からない。とりあえずみんなが集まっているところに歩いていく。で、あれ、なんか私たちゼッケンの数字が大きすぎない???と不安になる。みんな0051と0129とか、大体0で始まっており、かろうじて1100番台の人を1人発見したが、1500番台は私たちだけ。。。この違いは何だろう。

8時過ぎてから、こうして諸々の資機材が運び込まれ、スタート地点がやっと設置された。
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そして、8時過ぎても登録しにくる人が沢山。登録は昨日までじゃなかったんかい。
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8時15分頃、やっとフルマラソンとハーフマラソンが同時に出発。
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その後、子どもたちの2キロの部が出発。
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そして子どもたちがゴールしてから、10キロと5キロが出発。出発は8時とか言っていたが結局1時間後の9時。それも9時9分という微妙な時間。
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大半はアスファルトだが、途中一部砂地になる。これが結構な砂の層で足がもつれる。砂地の写真はないが、途中で写真を撮ってくれた方が送ってくれたのがこれ。こんな感じのところをひたすら走る。写真には道路脇に集まっていた子たちが写っていないが、給水所のペットボトル目当ての子どもたちが集まっており、ワイワイと盛り上がっているので、応援してくれているわけではないが、なんとか孤独感を味うことなく走ることができる。
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途中の給水所では600mgのミネラルウォーターのペットボトルが配られる。これが、重い。ほんの少しだけ水を飲みたいだけだから紙コップくらいがちょうどいいのだが。それに走っている途中の疲れているときに、新しいペットボトルのキャップを力を入れてあけるのって結構しんどい。。。この重たいペットボトルの水を少しだけ飲んで、また蓋をして、子どもたちにあげる。まあ、捨てるわけではなく子どもたちがもらってくれるならまだいいか。

私たちが走っている間に、ゴール地点ではこういうモードコレクションが行われていたらしい。
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今年はゴール地点が去年と違った。そのため、残り数百メートルでラストスパートしようと思って最後の角を曲がったら、ゴールはもう目と鼻の先だった。。。折角なので残り100mくらいで猛烈スパート。結果はおそらく1時間7分か8分くらい。練習不足でこれならまあまあでしょう。
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優勝すると、こういう格好をさせられるらしい笑(セネガルマラソンのfacebookサイトより)。
いやいや笑い事ではなく、王様と女王様の格好。私も着てみたいわと友人に話したら、「え~、私は顔に落書きされるの嫌だわ~」と笑
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さて、本日、セネガルマラソンのサイトの結果が掲載されたのだが、わたしのタイム、1時間59分になっている。。。ありえない。。。まあ数分の誤差なら分かるけど、どうやってタイムを導いているのだろうか。私、この時間にはホテルに戻って優雅に朝食を食べてましたが。。。

最後の最後まで期待を裏切らない。



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by iihanashi-africa | 2018-12-05 09:07 | セネガル | Trackback | Comments(0)