カテゴリ:ブルキナファソ( 322 )
ドキュメンタリー映画『ワガ・ガールズ』
エールフランス航空の機内で、面白い映画を見た。『Ouaga Girls』というブルキナファソが舞台の映画。最初はドキュメンタリー映画だとは知らずに見ており、アフリカ映画にしてはすごく演技が自然だなと新鮮に感じたので、帰国後、ムッシュにその演技の自然さを語ったら、それってドキュメンタリーじゃないの?と言われ、えっもしや、と思い調べたら、やっぱりドキュメンタリーだった。。。

『Ouaga Girls』
監督:Theresa Traore Dahlberg
2017年、スウェーデン、ブルキナファソ、フランス、カタール

80分
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ブルキナファソの首都ワガドゥグに、女性向けの職業訓練所がある。そこで自動車整備を学ぶ女子生徒たちにスポットを当てた映画である。「男性の仕事」と思われてきた職業も女性ができる!ということを見せるのが目的の映画ではない。女子生徒が自動車整備を選ぶことになった背景はそれぞれ全く異なり、子どもを一人で育てなければならない生徒、生活費を稼がなければならない生徒、実は自動車整備ではなく歌手になることを夢見る生徒、授業中に先生の目を盗んで遊びの話もしたり。見る人に希望を持たせるのではなく、現実を見せている。ブルキナファソではどこにでもいるような女子生徒を見せているのが、とても好感を持った点。

批評家によっては希望がないと評価されてもいるが、私は映画にリアリティを求めるので、意外と難しい「ごく普通」を見せているのが結構よかった。



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by iihanashi-africa | 2018-08-25 22:43 | ブルキナファソ | Trackback | Comments(0)
Lianeというフルーツ
ブルキナファソでもセネガルでも頻繁に見かけるのがこのLianeというフルーツ。そのまま食べると口がしぼむほどに酸っぱいため、砂糖をまぶしてかきまぜ、酸味を抑えて食べるのが一般的。もちろん強い酸味が好みの方はこのままでも食べられる。ビタミンA、K、Cの含有量が多いらしいが、感覚的にCは多そうだ。この記事は先月から書こうと温めていたのだが、ちょうどタイミングよく、私のアシスタントが仕事中の午後のおやつで、砂糖入りのLianeをくれたのが、これ(↓)。
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学名はSaba senegalensisというらしい。セネガルのウォロフ語ではMad、ブルキナファソのモレ語ではWedgaフランス語でLiane sabaと呼ぶ。サブサハラアフリカのサヘル地域が原産で、ブルキナファソでは北部と東部の乾燥地以外では全国的に見られる。

先月7月にブルキナファソに出張した際、道中でLianeを売っていたので購入した。これでいくらだったかな?見た目はちょっといびつなマンゴーかな。
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黄色の厚い皮をパカッとあけると、このような粒が詰まっている。それぞれに種が入っており、食べるというより舐める感じで食す。種は結構大きいのだが、ブルキナファソやセネガルでは人によっては種を出さずに飲み込んでしまうらしい。味は、マンゴーとレモンが混ざったような味。
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Lianeの木は見たことがないのだが、このサイトに分かりやすい写真が掲載されていた。
http://www.burkinadoc.milecole.org/Pieces_Jointes/PDFs/Agriculture_durable/Arbre/liane_goine.pdf

Lianeは果実に注目が集まるが、根は不妊治療に使われ、葉は嘔吐や腹痛の治療薬として使われ、樹液は咳や結核の治療に使われる、多目的な木でもある。


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by iihanashi-africa | 2018-08-22 14:57 | ブルキナファソ | Trackback | Comments(6)
「カヤのブロシェット」という串焼き
ブルキナファソの首都ワガドゥクから北東に100kmほどのところにカヤKayaという街がある。最近はここに出張することが多い。この街の特産品といえば皮製品なのだが、それと同じくらい有名なのがBrochette de Kayaと呼ばれる牛肉の串焼きである。ブロシェット(=串焼き)はどこにでもあるのだが、カヤの串焼きはピーナッツパウダーがまぶされている。今や「カヤのブロシェット」というブランドになっている。

牛肉の赤身を小さく切って串にさし、ピーナッツパウダーをつけるのだが、このパウダーには乾燥トウガラシ、ニンニク、マギーと呼ばれるコンソメキューブ、塩が混ぜられており、しっかりと味がついている。パウダーをまぶしてからグリルする。
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一本50fcfa(約10円)。一つが小さいので10本くらいは軽く食べてしまう。
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カヤに行かれたら是非ご賞味あれ。


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by iihanashi-africa | 2018-08-21 15:42 | ブルキナファソ | Trackback | Comments(0)
サヘル地域の犂耕起の様子
先月ブログにコメントをくださった方と、サヘル地域の耕起と播種についてやり取りをさせていただき、犂耕起の写真をアップします!とお約束してから早2週間以上。。。やっとこさアップにこぎつけた。

以前もブルキナファソのサヘル地域の収穫の写真やザイと呼ばれる伝統農法はアップしていたが、耕起作業の様子はアップしていなかったらしい。

穀物の収穫時期(男性の仕事)
穀物の収穫時期(女性の仕事)
偉大な伝統農法

犂耕起の様子を観察できたのは、緑のサヘルというNGOに所属していた時なので、下の写真も10年近く前のものであることを前置きしておこう。10年も経つと、犂の形が少し変わったり、ロバよりも牛の数が増えたりと変化もあると思う。ちなみに、私の原点でもある緑のサヘルさんは現在もブルキナファソで活動を続けている(http://sahelgreen.org/)。

これは牛耕。確か、試しに使って見せてくれている様子だったはず。
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こちらはロバでの耕起作業。
乾期の終わりは地面がカチカチに固まっており、牛もロバも犂を引けないほど。雨が1回か2回降らないとこのような耕起作業は難しい。それにこの時期はまだ草も生えておらず、家畜たちも満足のいく食事をとれないため犂を引く力も弱い。
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唯一播種の写真を発見した。この魔法の杖のような大きく曲がった木で、ポンポンと穴を作っていき、通常はこの方の後ろに種を持って数粒ずつ穴に入れていく方がいる。
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上の耕起の写真とは場所が異なるのだが、ブルキナファソ中部の緑のサヘルさんが支援する農家の畑を2012年に訪問した際、私自身もこれまでに見たこともないソルガムの豊作で農家が喜んでいた時のことは今でも忘れず、写真を探し出したのでこちらもついでにアップしておこう。
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ソルガムもこんなに背丈が大きくなる。
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赤ソルガムと白ソルガム。
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これはミレット。
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上の写真のミレットがしっかり乾燥されると、こうして茶色になる。雑穀のミレットも収穫したては新鮮でとても美味しい。コメで言う新米と同じ。
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ちなみに、更にご質問をいただいたので、穀物残渣を食べる家畜の動画と写真も掲載しよう。10年も前の動画なので、画質が悪いですが悪しからず。


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こうして改めてみると、私のアルバムも結構貴重な写真が眠っていたりするのかな。いつか時間のある時に見直せるとよいが。


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by iihanashi-africa | 2018-08-19 00:37 | ブルキナファソ | Trackback | Comments(4)
シアの実は食べられます
休暇中は多くの記事をアップできると思っていたら、意外と忙しい。普段は単身だし、ありがたいことに家の掃除をしてくれる女性が週に3回来ており、だから仕事をしていても時間があるのかも。家事って結構時間を使うのね、と今更ながら身に染みて感じる。

*****************

4年ほど前に、ブルキナファソでシアバターを作る女性組合の記事をアップし、嬉しいことに今でもアクセス数が多い記事の一つとなっている。
シアバターの作り方

このシアの実、バターの原料となる種だけが注目されているが、意外にも果実も美味しい。初めて食べた時は、あまり好きな味ではないと思ったのだが、人の味覚というのも徐々に変わってくるもので、最近はかなり好きになった。

先月7月にブルキナファソに出張した頃、ちょうどシアの実の季節だった。西部のボボ・ディウラソという都市に行った帰りに、道端で子どもたちが売っている容器一杯のシアの実を100fcfa(20円)で買った。食べきれないほどの量だったのに、この値段。

シアの実は柔らかくなると、手で簡単に皮をむくことができる。
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果実は甘いアボカドのような味。アボカドのようにねっとりとしている。
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そして中に大きな種が入っている。
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以前チューインガムノキと呼ばれるサポティという実はシアの実の味に似ていると書いたことがあるが、同じ種。写真を見ると果実の色から繊維の入り方からかなり似ていることが分かる。
チューインガムノキの果実


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by iihanashi-africa | 2018-08-17 18:23 | ブルキナファソ | Trackback | Comments(1)
ブルキナファソのママチャリ
ブルキナファソに出張中、一緒に出張していた方が、「ブルキナってママチャリ多いですね」と話していた。ブルキナファソに住んでいた時は気にも留めていなかったが、そう言われてみれば確かにそうかも。ワガドゥグは全く起伏がなくどこまでも平坦で、ダカールやニアメと異なり意外と砂地が少なく、お手軽で修理代も安い自転車が普及しやすい環境なのは良く分かるが、自転車の中でも前にカゴがついて後ろに荷台がついている所謂ママチャリの数が確かに多い。ほんの10分くらいの間に、ママチャリに乗る男性や女性の写真が沢山撮れた。
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ただ、写真を撮ってよくよく見てみると、多くの自転車のカゴが似ている。もしやこれカゴだけ別売り?
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そういえば以前、日本語の名前が書いてあるママチャリを見たことがある。日本の放置自転車がアフリカに流通していると聞いたことがあるが、一部ここにも来ているのかもしれない。

ちなみに、ブルキナファソはバイクに乗る女性も多い。ブルキナに来たカメルーン人女性も、「カメルーンでは女性がバイクに乗る姿はほとんどみないよ」と話しており、ニジェールでも女性農業普及員はバイクを供与されても自分で乗ることは少ない。西アフリカでも結構文化や考え方がやっぱり異なるようだ。
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by iihanashi-africa | 2018-07-21 01:25 | ブルキナファソ | Trackback | Comments(0)
ワガドゥグの街並み2
以前、飛行機から撮ったナイジェリアの首都アブジャの街並みを載せたら、アブジャに行ったことがない方から「アブジャってあんな感じなんだね」という反応があり、行ったことのない方にとっては街並みの写真も結構面白いのだと分かった。ということで、先週のブルキナファソ出張で撮ったワガドゥグの街並みをどうぞ。この時期は既に雨期に入っており、緑が濃く、緑の草が地面を覆っているのが特徴。

以前も街並みの写真を載せたことがあるが、乾期の終わりの5月の写真でかなり茶色かった。滑走路の両脇の地面にご注目。5月は茶色。今回の7月の写真は青々としている。


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by iihanashi-africa | 2018-07-16 06:36 | ブルキナファソ | Trackback | Comments(0)
バラニテス油の需要増とバイオディーゼルの今
バラニテスの記事を書いていて、ふと思い出した会社がある。

もう5年近く前だがブルキナファソのある会社を訪問したことがある。当時モードだったバイオディーゼルの原料となるジャトロファの栽培から事業を始め、その後加工工場を建設していた。その会社が、バラニテス油を海外に輸出しているという話をしていたのを思い出し、写真を探してみた。

バラニテス、ニーム、モリンガの搾油を行っていた会社だが、特にバラニテス製品の需要が高いらしい。ヨーロッパやアジアから大量の注文が入っていた。でも、これ5年前の話。

バラニテスの実は入手しやすく、価格は40~50FCFA/kg。左はきれいに洗ったバラニテスの種。右はそれをパウダー状にしたもの。
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バラニテスの搾油残渣は家畜の餌となる。
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この会社はジャトロファ栽培とバイオディーゼル精製を行っていたので、ついでにご紹介。


ジャトロファは、播種後9か月から1年で実をつけ始める。収穫時期は主に7月~8月と12月の年2回。人工的に潅水すれば年中実を付ける。
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これがジャトロファの実(左)と種(右)。
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ジャトロファの種からまず1回目の搾油で粗油が出来、更に精製されるとバイオ燃料となる。その過程で副産物としてグリセリンが出来る。
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ジャトロファの実は当時高騰しており、かつては60FCFA/kgで購入できたが、100FCFA/kgに値上がりしていた。時期や場所によっては、200FCFA/kgを超えることもあった。収穫時期が7月~8月と雨期の真最中で、また農繁期でもあるため、収穫する農家もそれなりの見返りを求めていることが価格高騰の原因の一つだったと記憶している。

バイオ燃料の価格は最低でも850FCFA/リットル。これ以下で販売すると利益が出ない。粗油の段階で販売する場合は600FCFA/リットル。ガソリンの価格が560FCFA/リットルと考えると、割高であることが分かる。そのため、わざわざこの価格で燃料を購入する顧客はいない。採算が合わず活動は停滞ないし縮小ぎみだった。

2007年頃だったか、バイオ燃料のためのジャトロファ栽培は、食糧用の農地にとって代わってしまうのではないかという懸念からかなり批判的な議論があった。でも、それ以前に全く採算が合わない状況を知ったのが5年前だった。今はどうなっているのだろう。。。


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by iihanashi-africa | 2018-04-04 04:46 | ブルキナファソ | Trackback | Comments(0)
ブルキナファソの軍本部と仏大使館でテロ
一昨日、ブルキナファソでテロが発生した。

2016年1月にワガドゥグ市内のカフェレストラン、カプチーノとその目の前のスプレンディドホテルが襲撃され、2017年8月にはカプチーノと同じ通りに面したカフェ、イスタンブールが襲撃された。

【アラート】ブルキナファソでもテロ
ブルキナファソでまたテロ

そしてあれからまだ半年しか経っていない一昨日の2018年3月2日、今度は在ブルキナファソ・フランス大使館と軍の参謀本部が狙われた。更に、それから2日しか経っていない今朝2時頃、大統領府に向かうバリケードを突破しようとした者がいたらしい。

3月2日の午前11時頃、ブルキナファソにいる友人から、「テロ発生。全員無事です」というメッセージが入ってきた。ちょうどオフィスで働いていた私は、驚いてすぐにRFIやらBBCのサイトで確認すると、速報ニュースが表示されていた。メッセージが入った1時間ほど前に、フランス大使館と軍の参謀本部と首相府とフランス文化センターが襲撃されたという情報だった。その後、首相府とフランス文化センターは襲撃されておらず軍の参謀本部の周囲2か所で襲撃が始まったことが分かっている。

ツイッターで現場の写真が続々とアップされ、大爆発かのような真っ黒い煙が立ち上っている映像でかなり驚いたのだが、フランス大使館の近くや軍本部の敷地内で車が爆発されたらしい。

時間が経つにつれ徐々に状況が明らかになってきて、午後7時頃に記者会見が行われ被害状況が発表されたのだが、今回少し驚いたのはテロリストの人数だ。死亡した16名のうち、9名がテロリストとされている。残りの7名は軍関係者。その他一般人も含めて80名近くが負傷したらしい。フランス人の死者はおらず、今回はブルキナ軍にフランスが守られた形だ。

2か所でのテロ後、逃げたテロリストもいたようで、2日の午後、街中のグランマルシェ(中央市場)の周辺で逃げたテロリストとの銃撃戦もあったと書かれている。つまり、今回は9名以上のテロリストが関わっていたのだ。それに加えて今朝方の大統領府から500メートル手前に設置されているバリケードを突破しようとした者が3人いたそうで、同じテログループかは分からないものの、今回の計画の大きさが分かる。

今回の犯行は、Iyad Ag Ghali率いるイスラム過激派のGSIM(Groupe de Soutien à l’Islam et aux Musulmans)が犯行声明を出しているが、衝撃なのは、テロリストの多くがブルキナファソ国籍だということ。2011年に軍の暴動が発生したが、その際に関わった元軍人が数名いたらしい。

***************

ブルキナファソは、2014年に政変が起きてから治安が悪くなったと言われることがある。しかし、それは表面的な浅い考えである。以前、市民グループBalai Citoyenの理事が話していたことを思い出す。

「前大統領はテロリストを財政的に支援していたことで有名。テロリストはもちろん自分の支援者の国を脅かすようなことはしなかった。つまり表面的には当時は『安全』だった。しかし、テロリストたちは支援したお金で武器を買い別の国を脅かしていたことを忘れてはならない」

国際化の中で自分の国だけ安全だ、よかったと言っていられる時期はもう過ぎたかな。


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by iihanashi-africa | 2018-03-05 04:05 | ブルキナファソ | Trackback | Comments(0)
Cine Droit Libre Dakar 5:ブルキナのBalai CitoyenからトーゴのTogo deboutへ


『Place à la révolution』
   (革命の出番だ)

監督:Kiswendsida Parfait Kaboré
84分、ブルキナファソ





2014年10月31日、ブルキナファソでは反政府デモをきっかけに27年間続いたコンパオレ政権が崩壊した。コンパオレ元大統領は1987年に当時大統領だったサンカラが殺害された後、クーデタで政権を奪った。その後、1991年、1998年、2005年、2010年に行われた大統領選で、4度にわたり再選している。ブルキナファソの憲法は、2000年に改正されており、大統領の任期を2期までに制限し(憲法第37項)、任期も7年から5年に短縮されているが、一度はコンパオレ大統領自身も合意して決めた憲法第37項を、再度改正して3選目を目指そうとしていた。これに反対した国民と野党が2013年から繰り返しデモを行い、2014年10月に大統領退陣まで追い込んだ。

当時のデモの写真。
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当時の記事 ↴
ブルキナファソ:憲法改正反対デモ
アラート:ブルキナファソで大統領退陣か?
ブルキナファソ:大統領辞任
クーデター or 革命?


実は、この反政府デモの裏に、「Balai Citoyen」という運動があったのをご存知だろうか。Balaiとはフランス語で掃除用などのホウキを意味する。つまり「市民のホウキ」。政府の汚職などを市民がホウキで掃いてキレイにするという意味を込めてつけられている。だから、運動を起こすときは、皆、シンボルであるホウキを振りかざして訴える。

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http://outhere.de/outhere/smockey-pre-volution-le-president-ma-moto-et-moi/ より

私自身もまさに2014年10月はブルキナファソで仕事をしており、Balai Citoyenの話は聞いてもいたし、新聞でも読んでいた。しかし、周囲のブルキナファソ人の友人たちは、反政府デモには参加していたものの、Balai Citoyenに参加するという意思を持っていたわけではなかった。そのため、Balai Citoyen運動がどこまで影響力があったのか、正直よく分からなかった。しかし、このドキュメンタリー映画を見て、やはり彼らの扇動があったからこそ大統領退陣まで追い込むことができたのだと改めて感じた。

Balai Citoyenは、2013年の夏、レゲエのミュージシャンSams’K Le JahとヒップホップのミュージシャンSmockeyの二人を中心に始まった。

Sams’K Le Jahは、若いころからサンカリストと呼ばれるトマ・サンカラ前大統領の信奉者でもあり、Radio Ouaga FMの自分の番組でも、政治的な発言をしており、表現の自由を訴える歌を歌ったりもしていた。これらの発言から、殺害の脅しを受けたり、Sams’K Le Jah自身の車に火をつけられたこともあった。
トマ・サンカラの死から29年(その1)
トマ・サンカラの死から29年(その2)

Smockeyは、ブルキナファソ人の父とフランス人の母の間に生まれたハーフ。ブルキナファソで生まれ育ったが、20歳の時にフランスに移住して学業を続け、同時に音楽にものめりこみ、1999年、28歳の時にシングルを出した。その後、音楽では成功をおさめ、様々な賞を獲得している。2001年にはブルキナファソに戻って音楽スタジオを設置した。2008年頃からサンカリストを公言するようになり、政治的な曲を歌うようになっている。

下の写真の中央右がSams’K Le Jah、中央左がSmockey。
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http://www.aib.bf/m-6724-burkina-le-mouvement-%AB-balai-citoyen-%BB-presente-un-prix-au-president-kabore.html より


この二人が、Balai Citoyenを結成し、その後どのようにデモを扇動していったのかが、このドキュメンタリー映画で描かれている。

2014年10月31日のあの日、どうやってデモ隊が国会議事堂に入ったのか、前線では何が起こっていたのか。初めて見る映像に私自身も目が釘付けになった。

映像を見ながら、SmockeyよりもSams’K Le Jahの方が活動家であり弁が立つと感じた。セネガルの「Y’en a marre」運動を起こしたKeurguiもそうだったが、信念があって、弁が立ち、カリスマ性のある人には周囲はついてくる。

当時、国民の多く、特に都市部の人々は、現政権に対する不満が非常に大きかった。私の友人たちも都市部で働くホワイトカラーたちは、SmockeyやSams’K Le Jahを傾倒していたわけではなかったが、コンパオレ大統領が次の大統領選に出馬することをどうしても阻止したいという思いはあった。そのため、市民も野党も同じ目的を持っていた者たちは、Balai Citoyenが扇動したデモに乗ったというのが、当時の状況だったのだと今になって思う。

******************

上映後に、Balai Citoyenの理事をしている方がコメンテーターとして話をしてくれた。

実は、Balai Citoyenはセネガルの「Y’en a marre」運動に非常に大きい影響を受けているそうだ。2013年6月にブルキナファソで開催されたCine Droit Libreで「Y’en a marre」運動のドキュメンタリー映画が上映され、運動の中心となったミュージシャンKeurquiが招待されていた。私もその場におり、彼らにとても魅了された一人なのだが、実はその時、会場の後ろにはSmockeyが座っていた。質疑応答の最後にKeurguiのメンバーThiatが、「今ブルキナファソでも、まさに同じように戦おうとしている同士がいる。ぜひ応援したい」と話して、Smockeyに向けて会場の観客が拍手をしたのを鮮明に覚えている。この2日後にBalai Citoyenは誕生したという

この話を聞いた時、なんかとても歴史的な場所に私はいたんだと思いなおして、鳥肌が立った。

当時の映画の記事 ↴
Cine Droit Libre3:セネガルの「Y'en a marre!」運動

今、お隣のトーゴでは、2014年のブルキナファソと似たようなことが起きている。大統領が引き続き立候補することに対する反対運動が起きている。そして、市民たちが「Front citoyen」というグループを設置し、「Togo Debout(トーゴよ、立ち上がれ)」運動を始めた。つい2週間前の、9月22日のことである。セネガル、ブルキナファソに続き、国民が声を張って政治を変える時が来ている。



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by iihanashi-africa | 2017-10-07 03:17 | ブルキナファソ | Trackback | Comments(2)