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ジョロフ王国最後の都、ヤンヤン①
セネガルに滞在していた2017年、友人にヤンヤンYang Yangという村に行かないかと誘われた。誘ってくれた友人も日本人で、何年も前にこの近くの町に滞在していたことがある方なのだが、当時から一度ヤンヤンを訪問してみたいと思っていたのになかなか機会に恵まれず、年月が経ってしまったそう。ヤンヤンは観光地ではないので、セネガルに長く滞在されている方でも知らない方はいると思う。友人も、ヤンヤン旅行に興味を持ってくれるのは私くらいだろうと思い切って声をかけたら、是非行きたい!なんて即答が返ってくるもんだから、友人を気遣った反応をしてくれているのではないかとかえって心配したらしい。ただ、残念ながらこの時には実現せず、2018年になってやっと念願のヤンヤン訪問が実現した。


ヤンヤンを知らないというのは、セネガルの歴史を知らないに等しいというくらい、歴史的に重要なサイトである。あのジョロフ王国の旧都の一つである。ただ、ガイドもいないし、看板もないし、何も知らずに訪れるとなんのこっちゃ全く分からない。

私たちも、村に到着してから、たまたますれ違った村人に話をしたら、村長の家に案内され、ありがたいことに村長さんご自身が案内をしてくれたので、村の遺跡の全容が理解できた。今後訪問する日本人がいるかどうか分からないが、事前学習としての資料となるように、思い出せる範囲で書いておこう。


ヤンヤンの位置はここ。
ジョロフ王国最後の都、ヤンヤン①_c0116370_23403282.jpg

Google mapで検索すると、距離300km、車で3時間58分かかると出てくる。4時間か。。。早く行けるようになったなあ。私が行った2018年は、5時間27分とある北回りのルーガ経由と南回りのトゥバ経由の距離が同じくらいで、どちらも6時間くらいかかった。昼食の時間を入れると、ほぼ1日がかりの旅だった。2019年にダカールから中間地点のトゥバまでの高速道路ができたので、格段に時間を短縮できるようになり、トゥバからダーラまでの幹線道路も修繕されたはずなので、本当に内陸部が近くなった。ただしダーラからヤンヤンまでは悪路なのでご注意を。Google mapでは34km、40分と出てくるが、私の経験では強靭な四駆でない限り1時間近くかかる。
ジョロフ王国最後の都、ヤンヤン①_c0116370_23403311.png


ジョロフ帝国の歴史

さて、ヤンヤンについて話す前に、ジョロフ帝国を知らなければならない。そういえば、このブログではジョロフ帝国について書いたことがなかったかも。

以前、シン王国についての記事を書き、セネガルにはかつて7つの王国が存在したことを書いた。
セネガルの王国シリーズ:シン王国1

ジョロフ Djoloff
ワロ Waalo
カヨール  Kayoor
フタトロFuta-Toro
バオル Bawl
シン Sine
サルーム Saloum

の7つである。

正確にはジョロフ帝国が他の6つを封建下に置いていた時代もあったが、最終的に各王国が独立して存在している。他にも小さな王国は複数存在したが、主な王国はこの7つ。

ジョロフ帝国設立者は、ンジャジャン・ンジャイNdiadiane Ndiaye。北部のセネガル側沿いを支配していたフタトロ王国の王女の一人だったファトゥマタ・サルFatoumata Sallの息子である。父親は、いろいろと議論があるが、ムラービト朝の王アブ・バクル・ベン・オマールAbou Bakr ben Omarという説(ウォロフ族の口承)とワロ王国のラマン・ブカール・ンジャイLamane Boukar Ndiayeという説(セレール族の口承)と二つあるようだ。

もともとワロ王国の王になるはずだったンジャジャン・ンジャイがジョロフ帝国を設立するきっかけはシン王国が大きく関係していると言われている。しかし、これにもまた二つの説があり、ウォロフが戦争でシン王国を支配下に置いた説と、戦争ではなくむしろシン王国のメイサ・ワリ王がジョロフ帝国設立の後押しをした原動力で、他の王国がそれに続いて自発的にジョロフ帝国に加わったことで封建国家が設立されたという説と意見が分かれている。
ジョロフ王国最後の都、ヤンヤン①_c0116370_23404008.jpg
https://fr.wikipedia.org/wiki/Empire_du_Djolof

これ(↑)がジョロフ帝国Empire du Djolofの支配図。1350年に帝国ができ、1549年にダンキDankiの戦い後(カヨール王の息子にジョロフ帝国の当時の王が殺された)、ジョロフ帝国は崩壊し、法権下にあったそれぞれの王国は独立することになる。

崩壊後の勢力図がこれ(↓)。
ジョロフ王国最後の都、ヤンヤン①_c0116370_23404039.jpg
http://mbeuleukhe.over-blog.com/2016/03/l-empire-du-djolof.html


帝国崩壊後、ウォロフは一つの王国となり、セネガル内陸部で19世紀末まで続くことになる。「帝国 Empire」と「王国 Royaume」の違いはここにあるので要注意。

さて、ジョロフ帝国の歴史を知ったところで、長くなったので一旦終わり。ヤンヤンの話は次回の記事に書くことにする。



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by iihanashi-africa | 2020-04-18 23:47 | セネガル | Trackback | Comments(0)
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