Cine Droit Libre Dakar 5:ブルキナのBalai CitoyenからトーゴのTogo deboutへ


『Place à la révolution』
   (革命の出番だ)

監督:Kiswendsida Parfait Kaboré
84分、ブルキナファソ





2014年10月31日、ブルキナファソでは反政府デモをきっかけに27年間続いたコンパオレ政権が崩壊した。コンパオレ元大統領は1987年に当時大統領だったサンカラが殺害された後、クーデタで政権を奪った。その後、1991年、1998年、2005年、2010年に行われた大統領選で、4度にわたり再選している。ブルキナファソの憲法は、2000年に改正されており、大統領の任期を2期までに制限し(憲法第37項)、任期も7年から5年に短縮されているが、一度はコンパオレ大統領自身も合意して決めた憲法第37項を、再度改正して3選目を目指そうとしていた。これに反対した国民と野党が2013年から繰り返しデモを行い、2014年10月に大統領退陣まで追い込んだ。

当時のデモの写真。
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当時の記事 ↴
ブルキナファソ:憲法改正反対デモ
アラート:ブルキナファソで大統領退陣か?
ブルキナファソ:大統領辞任
クーデター or 革命?


実は、この反政府デモの裏に、「Balai Citoyen」という運動があったのをご存知だろうか。Balaiとはフランス語で掃除用などのホウキを意味する。つまり「市民のホウキ」。政府の汚職などを市民がホウキで掃いてキレイにするという意味を込めてつけられている。だから、運動を起こすときは、皆、シンボルであるホウキを振りかざして訴える。

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http://outhere.de/outhere/smockey-pre-volution-le-president-ma-moto-et-moi/ より

私自身もまさに2014年10月はブルキナファソで仕事をしており、Balai Citoyenの話は聞いてもいたし、新聞でも読んでいた。しかし、周囲のブルキナファソ人の友人たちは、反政府デモには参加していたものの、Balai Citoyenに参加するという意思を持っていたわけではなかった。そのため、Balai Citoyen運動がどこまで影響力があったのか、正直よく分からなかった。しかし、このドキュメンタリー映画を見て、やはり彼らの扇動があったからこそ大統領退陣まで追い込むことができたのだと改めて感じた。

Balai Citoyenは、2013年の夏、レゲエのミュージシャンSams’K Le JahとヒップホップのミュージシャンSmockeyの二人を中心に始まった。

Sams’K Le Jahは、若いころからサンカリストと呼ばれるトマ・サンカラ前大統領の信奉者でもあり、Radio Ouaga FMの自分の番組でも、政治的な発言をしており、表現の自由を訴える歌を歌ったりもしていた。これらの発言から、殺害の脅しを受けたり、Sams’K Le Jah自身の車に火をつけられたこともあった。
トマ・サンカラの死から29年(その1)
トマ・サンカラの死から29年(その2)

Smockeyは、ブルキナファソ人の父とフランス人の母の間に生まれたハーフ。ブルキナファソで生まれ育ったが、20歳の時にフランスに移住して学業を続け、同時に音楽にものめりこみ、1999年、28歳の時にシングルを出した。その後、音楽では成功をおさめ、様々な賞を獲得している。2001年にはブルキナファソに戻って音楽スタジオを設置した。2008年頃からサンカリストを公言するようになり、政治的な曲を歌うようになっている。

下の写真の中央右がSams’K Le Jah、中央左がSmockey。
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http://www.aib.bf/m-6724-burkina-le-mouvement-%AB-balai-citoyen-%BB-presente-un-prix-au-president-kabore.html より


この二人が、Balai Citoyenを結成し、その後どのようにデモを扇動していったのかが、このドキュメンタリー映画で描かれている。

2014年10月31日のあの日、どうやってデモ隊が国会議事堂に入ったのか、前線では何が起こっていたのか。初めて見る映像に私自身も目が釘付けになった。

映像を見ながら、SmockeyよりもSams’K Le Jahの方が活動家であり弁が立つと感じた。セネガルの「Y’en a marre」運動を起こしたKeurguiもそうだったが、信念があって、弁が立ち、カリスマ性のある人には周囲はついてくる。

当時、国民の多く、特に都市部の人々は、現政権に対する不満が非常に大きかった。私の友人たちも都市部で働くホワイトカラーたちは、SmockeyやSams’K Le Jahを傾倒していたわけではなかったが、コンパオレ大統領が次の大統領選に出馬することをどうしても阻止したいという思いはあった。そのため、市民も野党も同じ目的を持っていた者たちは、Balai Citoyenが扇動したデモに乗ったというのが、当時の状況だったのだと今になって思う。

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上映後に、Balai Citoyenの理事をしている方がコメンテーターとして話をしてくれた。

実は、Balai Citoyenはセネガルの「Y’en a marre」運動に非常に大きい影響を受けているそうだ。2013年6月にブルキナファソで開催されたCine Droit Libreで「Y’en a marre」運動のドキュメンタリー映画が上映され、運動の中心となったミュージシャンKeurquiが招待されていた。私もその場におり、彼らにとても魅了された一人なのだが、実はその時、会場の後ろにはSmockeyが座っていた。質疑応答の最後にKeurguiのメンバーThiatが、「今ブルキナファソでも、まさに同じように戦おうとしている同士がいる。ぜひ応援したい」と話して、Smockeyに向けて会場の観客が拍手をしたのを鮮明に覚えている。この2日後にBalai Citoyenは誕生したという

この話を聞いた時、なんかとても歴史的な場所に私はいたんだと思いなおして、鳥肌が立った。

当時の映画の記事 ↴
Cine Droit Libre3:セネガルの「Y'en a marre!」運動

今、お隣のトーゴでは、2014年のブルキナファソと似たようなことが起きている。大統領が引き続き立候補することに対する反対運動が起きている。そして、市民たちが「Front citoyen」というグループを設置し、「Togo Debout(トーゴよ、立ち上がれ)」運動を始めた。つい2週間前の、9月22日のことである。セネガル、ブルキナファソに続き、国民が声を張って政治を変える時が来ている。



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by iihanashi-africa | 2017-10-07 03:17 | ブルキナファソ | Trackback | Comments(2)
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Commented by A-Kino at 2017-10-09 04:06 x
こんにちは!ご無沙汰してます。
こんなブルキナの映画があったんですね!読んで、鳥肌が立ちました。見てみたいです!
ブルキナは2回目のテロの後、「安全対策措置」が厳しくなり、今は外出は夜9時半まで。週末はハイプロファイルな施設には立ち入り禁止・・などということになっています。振り返れば、この人民蜂起があった3年前は、そんな脅威は感じていなかった。。やはり当時の大統領が裏で取引をしていたんだろうか、と勘繰りたくもなります。
いつも興味深い記事をどうもありがとう!引き続き、楽しみにしています。
Commented by iihanashi-africa at 2017-10-09 06:53
A-kikoさん、ご無沙汰です!!!コメントありがとうございます!!
この映画、残念ながらYouTubeでは見つけられなかったのですが、ぜひ機会があれば見てみてください!
上映後の質疑応答で、ある観客が「コンパオレ前大統領がいなくなって、安全が確保できなくなったという意見もあるがどう思うか」という質問をして、コメンテーターがこう答えていました。「確かにその通りです。でもそれはそのはずマリ北部の過激派とお友達だったのですから。彼らに資金援助をしていたため、ブルキナファソは当時は安全でしたが、その分隣国が危機的状況に陥っていました。ブルキナファソだけ見てこの地域は安全だとは言えないでしょう」と。確かにそうだなあと納得しながら聞いていました。
近々お会いできますかね!楽しみにしていま~す!
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