サヘル州の牧畜と農業の切っても切れない関係
先日、ブルキナファソ北部のマリ国境に位置するサヘル州で農村開発支援を行う現地NGOの代表と話をした時に、とても印象に残った表現があった。この辺りの人々がよく使う表現らしい。


「穀物収穫が悪い年は、生活は深刻(grave)になる。しかし、ドリの沼が干上がったら、生活は壊滅的(catastrophe)になる。」
※ドリはサヘル州の州都


サヘル州の人々は主に雑穀(ミレット≒稗、ソルガム≒モロコシ)を主食としている。3~4ヶ月の短い雨期の間に自家消費分の穀類を栽培する。毎年10月~11月頃に収穫期を迎え、自宅の横に建てられた小さな貯蔵庫に寝かし、少しずつ消費するのだが、降雨量が多く収穫上々な年でも、2月か3月にはストックが底をつく。そのため次の収穫までの間は、消費用穀物を買わなければならない。

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では、その購入費はどこから捻出するか。多くの場合、持っている家畜(ヤギ、ヒツジ、牛)を売る。最近は徐々に乾期中の野菜栽培も浸透しており、野菜を売って穀物を購入する家庭も増えてきた。しかし、圧倒的な現金収入源は家畜である。

家畜は所謂貯蓄なのである。

穀物がなくなると、家畜を売って穀物を買う。お金が溜まるとまだ小さい家畜を購入し、次の危機に備える。つまり、私たちの生活で言うと、お金が溜まったら貯金して、必要な時におろすという考えと同じである。ただ、毎日世話をしないとならないが、手をかけた分だけ立派に育つ。サヘル州において、貧困度を計るときに最もよく使われる指標が家畜の所有数。まさに家畜=財産なのだ。


この仕組みを知った上で、上述の表現を再度読むと意味が分かり易くなる。

サヘルの人々にとって生活の糧は穀物。そのため、降雨量が少なく収量が悪い年は、生活がとても厳しくなる。しかし、家畜を持っていれば何とか危機は乗り越えられる。1年だけ乗り越えられれば次の年に期待できる。一方で、家畜の水飲み場であるドリの沼が干上がり、家畜が死んでしまうようなことがあれば、それは今後数年間の生活が危機にさらされることになる。家畜一頭を購入するにもある程度の投資が必要で、納得する額で販売できるような大きさまで育てるには数年かかるのだ。

この説明を聞いた私は、「ドリの沼が干上がる」年は必然的に「収穫が悪い」年なのではないかと思ったのだが、実はそれは間違い。農業というのは、一回の降雨量が少なくても、適切な量が一定間隔で降ることが重要で、年間降雨量とは必ずしも比例しない。


NGOの方に、農業と畜産のどちらに優先的に支援が必要だと思われるかと尋ねると、とても悩んだ末に農業と答えられた。でもこの二つはほんとに関連性のある活動なのだ。

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by iihanashi-africa | 2013-12-27 08:23 | ブルキナファソ | Trackback | Comments(0)
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