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『主戦場』という慰安婦問題を取り扱ったドキュメンタリー映画
一昨日、『主戦場』という慰安婦問題を取り扱ったドキュメンタリー映画を見た。

『主戦場』
監督:ミキ・デザキ
2018年、アメリカ
122分

公式サイト

4月20日に公開されたばかりの映画。ネットでの評価がとても高くて面白そうだったので、5月初めに映画館に行ったら、なんとその日4回もある上映のチケットが全て売り切れだった。そのリベンジで行った一昨日は、もちろん学習したのでしっかり事前予約。やっぱり全ての回が満席。立見席も完売。会場も定員100人と小さめで、しかもゴールデンウイーク中だったこともあるが、それでも連日すべての回が満席という盛況ぶりは本当にすごい。。。

この映画は、あまりよく考えたこともなかった問題を喚起してくれてありがとうという思いで、十分に見る価値はあった。なるほど、この問題の争点はそこだったのか、と改めて自分が慰安婦問題を分かっていなかったことを思い知らされる。そうそうたる方々の様々なインタビューが巧みにつなぎ合わされて、構成が良くできていて、これまでの流れと争点が分かりやすいのだ。若い映画監督が、よくぞ、ここまでの方々のインタビューを撮れたものだと感心する。

映画の構成は、基本的には、慰安婦の「強制連行」はなかった、慰安婦は「性奴隷」ではないという否定派と、それとは相反する意見を持つ方々の対立構造で出来上がっている。そして最終的に何が正しくて何が間違っているのかというところは観客の判断に委ねる形に「形式上は」なっている。ただ、素直に映画を見ると、否定派の方々(映画の中では歴史修正主義者と呼んでいる)がかなり滑稽に見えてしまって、ちょっと可哀そうというか心苦しい感じもしないでもない。でも、彼らの理論の突っ込みどころがあまりに多いのだろうから仕方ないのかな。。。

この映画だけ見てもまだまだ解決しない疑問が頭を駆け巡って混乱していたが、改めて感じたのは、慰安婦問題は関係各国の政治問題として議論されることが多いけれど、やはり当事者の女性にとっては、一生背負うことになる思い出したくない事実なのではないかということ。それが、強制であればなおさらだけれど、たとえ慰安婦の役割を深く知らずお金をもらうために自ら慰安所に行くことを申し出たとしても、それは知らずに行ったほうが悪いとは言えないだろうなあ。そういう時代だったといえばそれまでだけど、やはり一人の女性として一生抱える辛さはいつの時代も変わらないんじゃないかなあ。

映画のタイトルである『主戦場』とは、慰安婦問題はいまや日本と韓国だけの問題ではなく、アメリカを含め世界各地でも論争が起きているということでもあり、また下の記事の中にある監督の言葉を借りると、慰安婦の問題について対立する双方から話を聞いてきた監督本人の頭の中が主戦場になったということでもあるそうだ。まさに、私の頭も戦場になった。
https://news.yahoo.co.jp/byline/shinodahiroyuki/20190504-00124778/?fbclid=IwAR21FpVLp0S756Lpf8wW-LZyVROf5Arl3RxRzR6ELo6E2mJbuBf3D7JXmT0

今現在、この映画を上映する映画館は渋谷のイメージフォーラムだけ。でも6月から全国でもちらほらと上映されるらしい。
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# by iihanashi-africa | 2019-05-08 16:50 | 日本 | Trackback | Comments(0)
ゴルゴルーGoorgoorluというセネガルの風刺漫画
十数年前にセネガルにいた時、テレビをつければいつも赤い帽子のコミカルな動きの男性が登場するドラマをやっていた。これしかやっていないんじゃないかというほど、毎晩のようにテレビに登場していた記憶がある。ローカル言語のウォロフ語だったので内容は分からず、ただただ、ふ~~~んと関心があるとも無関心とも言えない感じで見ていた記憶がある。これがゴルゴルーであることを知ったのは、その10年後である。





ゴルゴルー(GoorgooluあるいはGoorgoorlou)は、1987年2月15日、セネガルの風刺新聞「Le Cafard libéré」に掲載された風刺漫画の主人公である。漫画家のAlphonse Mendy(T.T. Fons)が作り上げた人物。ゴルゴルーという言葉自体は、1981年から大衆紙「Le Témoins」に掲載され知られていいたらしい(出典:http://www.sridonline.org/NL/375.pdf)。セネガルの日常生活の“あるある”が面白おかしく表現されている。

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主人公のGoorgoorlu(あるいはGoor:ウォロフ語で男性を意味する)は、ダカール郊外に妻と子どもたちと共に住んでいる。もともとは首都から100km近く離れた村で生まれ、両親を早くに亡くし、叔父さんに育てられた。村には学校もなかったため教育は受けておらず、小さい頃から落花生やミレットの耕作を手伝って家計を助けていた。

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しかし、70年代初め、大干ばつが発生して都市部への移住者が増加し、ゴルゴルーもダカールへ移住することにした。ダカール到着後は、ある会社での日雇い労働の職を見つけ、低賃金だがなんとか叔父さんへも仕送りもできていた。働きもののゴルゴルーは、社長からも高く評価され、正規に雇用されることとなり徐々に給与もアップし、Diekという(後から強くなる笑)美しい女性とも結婚して家庭を持つことができた。まさにバラ色人生だった。

ところが、80年代初めからの世銀とIMF主導の構造調整やセーファーフラン通貨切り下げは、危機から脱出するどころか、多くの国民の生活を困窮させた。会社も工場もこの経済政策の犠牲者となり、多くの世帯の主が失業してしまったのだ。ゴルゴルーが働いて会社も人員削減をせざるを得ず、ゴルゴルーも職を失った。さてどうやって生計を維持するか。新たな仕事を探さなければならない。どうやって子供に説明しようか。ゴルゴルーは、日々変化する社会のリズムの中でなんとかやってのかようとする。

ここから、ゴルゴルーという言葉に、貧困生活の厳しい状況の中でも、日々懸命に働き、なんとか一日一日を切り抜ける男というコンセプトがついた。家庭を守る強い奥さんのご機嫌を伺うために知恵を絞る姿もまた愛らしいし、愛される人物である所以かも。

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最初に書いた通り、ゴルゴルーは当初新聞に掲載されていた漫画だったが、人気を博して1991年に本になり、2001年にドラマ化されることになった。今やゴルゴルーという言葉が辞書に掲載されてもよいのではないかと思ってしまうほど、個体を示す名前から一般的な意味合いを持つ単語になっている。これを読めばセネガル社会が分かるかも。



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# by iihanashi-africa | 2019-04-28 00:06 | セネガル | Trackback | Comments(0)
農業フェアのセネガルプロダクツ
セネガルの首都ダカールでは、毎年FIARA(Foire Internationale de l’Agriculture et des Ressources Animales)という農畜産品フェアが開催される。今年もちょうど今、開催期間中。私もセネガル滞在中は毎年行っていたが、毎年のように新しい商品が紹介されており、毎回新たな発見があって面白かった。

下の写真は、新商品ではなく、セネガルのマーケットでもよく見られる光景。全てを解説できないので、写真を見ながら想像力を大いに働かせて楽しんでもらおうかな。キーワードは、魚、貝、トウガラシ、レモン、マンゴー、タマリンド、バオバブ、落花生、ハイビスカス、はちみつ、シアバター。あ、あと男性を振り向かせるための女性の秘密兵器とやらも写真に含まれてます。

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# by iihanashi-africa | 2019-04-26 15:42 | セネガル | Trackback | Comments(2)
タイガーナッツのクッキー
長い間パソコンのデスクトップに貼り付けてあり、いつかアップしようと思っていたタイガーナッツの写真。ただただアップすればいいだけなのに、なぜか機会を逃してきた。

2014年1月にこの記事をアップしたとき、私は初めてタイガーナッツを知った。当時タイガーナッツの加工品と言えば、オシャタというタイガーナッツミルクの飲み物しかなかった。
タイガーナッツという豆

そして、2年後の2016年1月、日本のTV番組で紹介されて一気に有名になった。
タイガーナッツという豆(続編)

なんと今やブルキナファソでもニジェールでもタイガーナッツの様々な加工品が販売されるようになっている。

下の写真はニジェールのタイガーナッツ。
空港の売店で売っていたので買ってきた。加工品というほどのものではないが、左は乾燥させたシンプルなタイガーナッツで、右の金平糖みたいなのが砂糖で絡めたタイガーナッツ。タイガーナッツも、そのまま食べると独特な甘味があり好き嫌いがありそうだが、砂糖に絡めてあるとかなり食べやすくなる。
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下はブルキナファソの出張から持って帰ってきたタイガーナッツのクッキー。何も知らずに食べるとタイガーナッツとは分からず、普通にクッキーとして美味しく食べられるのだが、タイガーナッツと知って食べると特別感があり、なぜかより美味しく感じる。やっぱり人は脳で食べてるのだなあと感じる瞬間。
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# by iihanashi-africa | 2019-04-24 16:04 | ブルキナファソ | Trackback | Comments(0)
セネガルのアンディローバオイル
先日、セネガルから戻ってきた友人からこういう石鹸をもらった。
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西アフリカ諸国ではシアバターを使った石鹸が有名だが、これもシアバター石鹸かしらと思って匂いをかいでみると、とっても魅惑的な香りがする。石鹸をくれた友人によるとアンディローバという木の実のオイルが入っているらしい。セネガルでは、降雨量の比較的多いカザマンス地方にしか生息していない木だそうだ。レモングラスのオイルも入っているようなので、この二つがとてもいい割合で融合した香りになっている。

「アンディローバAndiroba」という単語を私は初めて聞いたのだが、ネット検索すると「アンディローバオイル」で多くのサイトがヒットする。クラブウッド(学名 Carapa guianensis)というセンダン科の木の実らしい。ビタミンが豊富なので美容品にも使われ、虫よけにも使用されているという。

石鹸のタグをよ~く見てみると、アンディローバという文字はないのだが、Huile de Touloucouna(トゥルクナオイル)という見かけないオイル名があった。検索してみると、学名はCarapa proceraと微妙に異なる。ただ、両方ともアンディローバには変わりないようだ。Carapa guianensisはブラジルを初めとする南米に多く、Carapa proceraは西アフリカに多い。

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このサイトから写真を拝借。色は異なるがコラの実に少し似ているかな。
https://www.researchgate.net/publication/283733700_Andiroba_Carapa_guianensis_Aubl_Carapa_procera_D_C_Meliaceae


セネガルでは、アンディローバオイルの搾油をできるのは、一度も夫に対して不貞を働いたことのない年配の女性だけなのだそう。木そのものも多くない上に、オイルも少量しかとれないこともあり、神秘的価値を付与できるのはけがれなき女性のみということらしい。



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# by iihanashi-africa | 2019-04-21 18:14 | セネガル | Trackback | Comments(2)
ブルキナファソの野球バットが届きました!
ブルキナファソの野球について書くのはこれで何度目だろう。

ブルキナファソ代表野球チームが世界大会に参加するための支援


2018年6月に、かつてブルキナファソで野球を教えていた協力隊員の出合さんが、ブルキナファソの野球ナショナルチームの監督に就任した。2020年の東京五輪出場を目標に、日本での合宿を終え、先日、西アフリカ大会でまずは優勝した。

3月22日の対ナイジェリア戦は13対3で6回コールド勝ち。
3月23日の対ガーナ戦は14対4で6回コールド勝ち。

あとで調べたら西アフリカ大会出場国は3ヵ国だけだったみたい。西アフリカ大会の上位2か国がアフリカ大陸大会に出場できるらしく、ブルキナファソに大差で敗れたナイジェリアも出場が決まった。

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しかし、東京オリンピック出場は実に実に狭き門である。
東京五輪の野球の出場枠は6ヵ国しかない。サッカーの16ヵ国と比べるとその違いは歴然。6か国の中に、アフリカ大陸枠というのはない。ヨーロッパ・アフリカ予選で優勝しないと参加できないという厳しい戦い。

西アフリカ大会で優勝したブルキナファソチームは、次に5月初めに行われる「アフリカ大陸代表決定戦」へ参加する。
これまでに決まっている出場国は、ブルキナファソ、ナイジェリア、ケニア、ウガンダ。南アフリカとかもきっと強いんだろうなあ。まずは、この大会で優勝しなければならない。

優勝国は、アフリカ代表として今年9月にイタリアで開催されるアフリカ/欧州予選に参加できる。この大会では、ヨーロッパの上位5チームとアフリカのトップチームで1枠を争うことになる。この大会で優勝すれば自動的に五輪出場権を獲得するが、準優勝したチームも、2020年4月・5月のオリンピック野球の最終予選、インターコンチネンタル大会に出場でき、最後の1枠をかけて戦う。

いや~~~、厳しい。。。

でも、ものすごく頑張っているので、私もできる限りのことはしたいし、なんか自分ができないことを出合さんを初め支援者の皆さんが実現してくれている気がして、自己満足かもしれないけど応援したくなる。

ご関心のある方は是非応援してあげてください。
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さて、タイトルの野球バットだが、西アフリカ大会出場のために行っていたクラウドファンディングで少しだけ支援して、そのリターンでもらった。バットメーカーのHAKUSOHとのコラボで実現した特別オーダーバット。先週届いたのだが、なんと選手のサイン入りだった。サイン入りだと使うのがもったいないが、折角なので時々野球をするムッシュに活用してもらおう!
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ブルキナファソチーム、がんばれ~



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# by iihanashi-africa | 2019-04-13 16:25 | ブルキナファソ | Trackback | Comments(0)
アディンクラというシンボル
ガーナやコートジボワールに広く住むアカン族は、アディンクラAdinkraというシンボルを持っている。

私がアディンクラを知ったのは、昨年ガーナへ出張した時。

ある農家グループが自分たちで野菜市場調査を行ったことで収入が向上したというので、モニタリングで農家インタビューを行った。他国では収入が向上した時のバロメーターとして、「家畜を購入した」とか「家を修理した」とか「借金をしなくても学費を払えるようになった」などが出てきていたのだが、ガーナの農家さんは「プラスチック椅子を購入できた」と発言した。私はプラスチック椅子の価値がなかなか理解できず、それがどれほどの意味を持つのか理解できなかったのだが(未だに理解できているとは言えないのだが・・・)、とりあえず彼らが購入したという椅子を見せてもらったら、なにやら不思議なマークが椅子に描かれている。

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どの椅子にもこのマークが刻まれている。
これはアディンクラというシンボルの一つで、このマークはSupremacy of God(神が最高位であること)とかOmnipotence(全能)を意味するのだという。様々なマークが存在するが椅子にはこのマークが好まれるらしい。

この話を聞いて、早速アディンクラを検索。
最終的に、アクラの空港でこんな本まで見つけて買ってきてしまった。
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アディンクラの起源は定かではないため様々な説があるらしいのだが、イスラム文化に由来する説、アディンクラという呼び方は19世紀のギャマン王国(Gyaman)の王Akinkraに由来する説、等々。その後、アカン族の一派であるアシャンティ族が自分たちの文化に即した形で種類を増やし、布や家屋など様々な用途でシンボルを使い、広く認知されるようになったようだ。

https://ja.wikipedia.org/wiki/アディンクラ

ガーナには、アシャンティ王国を中心としたアディンクラ以外にも、北部州やアッパー州など独自のシンボルを持つところもあるらしい。多くは文書化されていないみたい。

こういう文化を少しでも分かることが、全く関係ないと思われる私の農業支援活動を円滑に進める一助になることが身に染みて分かり、単なる自分の趣味と仕事が繋がって、ちょっと嬉しい出来事だった。


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# by iihanashi-africa | 2019-03-28 17:27 | ガーナ | Trackback | Comments(4)
パスポートを更新して思ったこと。「署名」と「サイン」の違い。
先日、パスポート更新で市役所に行った。

申請書類の署名欄にいつものように自分のサインを書く。私のサインは自分の氏名の漢字を崩したもの。崩しすぎてファーストネームは読めないくらいになってしまっているが、これがいつも私が使っているサイン。このサインを書いたところ、受け付けてくれた方に「これはご本人のお名前が書いてあるということでよいでしょうか。。。」と聞かれ、そうですと答えると、「通常、署名はこのように漢字かひらがな、ローマ字で書くことになっていまして(事例を見せながら説明)、、、、これ以外の読めない署名を書かれる場合は、海外で簡単に署名が真似されて犯罪に巻き込まれる可能性がありますが、ご了承いただけますでしょうか」とのことだった。

ん???
その説明、おかしくないですか???
楷書の漢字できれいに書いたら、アジア系の方々には真似しやすいだろうし、複雑に崩した方が真似されにくいと思うのですが。。。

と、心の中では思ったのだが、「問題ありません」と答えて、そのまま申請した。

この署名問題、以前も国際免許証取得の際に疑問に思ったことがあり記事にしたが、世間には同じように疑問に思っている方が多いらしく、今や私のブログ記事の中でアクセス数トップを走っている。

国際免許証の署名がローマ字筆記体の理由


今回パスポートを申請して思ったのだが、「署名」を「サイン」と訳していることがこの問題を複雑にしている要因かもしれない。例えば海外の銀行で「サインしてください」と言われたら、「名前を書いてください」という意味ではなく、「あなたが本人であることを証明するための記号を書いてください」という意味。だからとてもシンプルな記号のようなサインの人も多い。

でも日本語の「署名」は「自分の名前を書き記すこと」であって、記号ではない。「署名活動」の署名はまさに名前を書くことであり、読めない署名は意味がないかもしれないが、私にとってパスポートの署名と署名活動の署名は異なる。パスポートの署名は、自分のアイデンティティを示すものであればどういう形でもよく、名前である必要はない。

日本における「署名xサイン」問題は、パスポートや国際免許証だけでなく、様々な場面で発生する。携帯の契約書の署名欄に「サインしてください」と言われたので、いつものようにサインを書いたら、二重線を引かれ楷書で書き直させられたこともある。外国人が契約したらどうしているんだろう。記号みたいなサインでもOKとしているのだろうか、それとも自分の名前のローマ字表記に書きかえさせているのだろうか。。。

日本人も海外で生活する方が増えてきているので、ここに疑問を持つ方が多くなっているのだと思う。でも、日本で生活している分には「署名=記号」などという認識が生まれることはなく、ここにギャップが生じてくる。

「署名≒サイン」問題は、言葉と認識の問題なので、今後も続きそうだなあ。。。
郷に入っては郷に従えかしら。。。


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# by iihanashi-africa | 2019-03-21 12:43 | 日本 | Trackback | Comments(5)
『静かなる叫び』
この映画をブログに書くか迷った。けど、とりあえず備忘録として。。

すごく重い映画で、是非見てくださいとは言えない。私はいつも映画の登場人物に感情移入してしまって、嬉しみや悲しみや恐怖を人一倍感じているような気がするのだが、この映画は重かった。銃撃の映像が脳裏に後まで残りちょっと怖くて、私が生き残った一人だったらどう考えるのだろうとか、、、考えてしまった。

私は映画評論家ではないので、自分の感じるままに記述しているが、多分映画の芸術性としては素晴らしいのだと思う。これだけ脳裏に残る印象深い映像だったから。白黒だったので「過去の出来事」と脳が自動的に認識していたと思うけど、、、でも重かった。


『静かなる叫び』
監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ
2009年、カナダ
77分


1989年12月6日、モントリオールの理工科大学で銃乱射事件が起きた。この事件をベースに架空の登場人物の事件前と事件の日、そして事件後の様子を少ないセリフで映像化している。架空の人物とはいうものの、おそらく実際に事件に遭遇した方々は、事件後にこういう抱えきれない思いを感じながら過ごしているのかも。




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# by iihanashi-africa | 2019-03-19 18:32 | 日本 | Trackback | Comments(0)
『判決、ふたつの希望』水漏れ事件から始まったレバノンの法廷劇
前回の記事で書いた韓国映画『1987、ある闘いの真実』と同期間に上映されていた映画を見た。昨年とても話題になった映画。

『判決、ふたつの希望』
監督:ジアド・ドゥエイリ
2017年、レバノン、フランス
113分

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(劇場に掲載されていたストーリーより)
レバノンの首都ベイルートのある一角で、小さな諍い起こった。建設会社に雇われ違法建築の補修工事の現場監督をしていたパレスチナ人のヤーセルが、アパートのバルコニーからの水漏れを防ぐ工事を進めたところ、その部屋に住むレバノン人男性トニーが憤慨。せっかく取り付けた新しい排水管を破壊されたヤーセルは「クズ野郎」と吐き捨てる。

キリスト教系政党の熱心な支持者で、かねてからパレスチナ人に反感を抱いていたトニーは、ヤーセルの悪態を断じて許せず、建設会社に乗り込んで社長に本人の謝罪を要求する。ヤーセルの実直な人柄と有能さを高く評価しながらも事を丸く収めたい所長に説得され、仕方なくトニーの経営する自動車修理工場に赴いたヤーセルだが、敵意むき出しのトニーから「お前らはろくでなしだ」と罵倒され、「シャロンに抹殺されていればよかった!」とまで言われる。パレスチナ人にとって最大の侮辱だったその言葉を聞いて、激高したヤーセルは謝罪どころか強烈なパンチを食らわせ、トニーに肋骨2本折る重傷を負わせてしまう。

怒りが頂点に達したトニーは告訴に踏み切った。
この些細ともいえる諍いが、二人のコントロールできる範囲を越えた国中の大論争へと発展していってしまう。


この裁判を通して、二人が過去に体験した出来事が徐々に明るみになり、お互いのことを全く知らなかったことが分かり、なかなか素直になれない二人の心が歩み寄る様子が映像から読み取れてじ~んとくる。

最初実話かと思って映画を見ていたのだが違うらしい。良く作られた映画だと思う。

監督のインタビュー記事を見つけた。数年前に監督がベイルートのマンションで暮らしていた頃、ベランダでサボテンに水をやっていたら、下で道路工事の作業をしていた方に水がかかってしまい、少し口論になったらしい。その時はすぐに謝りに行き、大ごとにならずに済んだのだが、もしあの時、状況が悪化して雪だるま式に膨れ上がっていたら、どうなっていたのだろうと思ったのが物語のきっかけとなったようだ。
https://www.huffingtonpost.jp/foresight/movie-201808315_a_23513430/

この諍いのきっかけとなった「シャロンに抹殺されていればよかった!」という言葉。どこまで重みのある言葉なのか私には分からなくて、この記事を書きながらいろいろ調べて読んだが、やっぱり逆上して暴力をふるってしまうほどの言葉なのか当事者じゃないと分からないことが沢山あるのかも。

この裁判の焦点は、言論の自由はどこまで認められるのか、相手を過度に傷つける言葉は暴力か、その言葉の暴力に対して身体的暴力で返すことは正当防衛と認められるのか。



ほんと考えさせられるし、いい映画だった。


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# by iihanashi-africa | 2019-03-16 18:44 | 日本 | Trackback | Comments(2)
『1987、ある闘いの真実』、31年前の韓国民主化運動
早稲田松竹は、いつもテーマの異なる面白い映画を揃えてくれる。テーマが多様で一辺倒じゃないし、プログラムを見ているだけで飽きない。それに1300円でいい映画を2本見られるんだからとってもお得。

今週のテーマは「その歴史は今も続いている」
韓国の歴史のある真実、レバノンのささいな事件から発生した政治・民族の緊張、歴史から学び今も引き受けるべき教えを映し出してくれる作品を見られた。

まずは、韓国映画。
とても緊張感のある映画で、実話に基づいたストーリーという以上に映画として面白かった。

『1987、ある闘いの真実』
監督:チャン・ジュナン
2017年、韓国
129分


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半年前に、『タクシー運転手』と『ペパーミント・キャンディー』という二つの韓国映画を見た。1980年に民主化ムードの中で発生した光州の大規模デモとその情報を隠ぺいしようとした韓国政府の動きを背景に進むストーリー。この二つの映画で初めて光州事件を知ったのだが、今日見た映画は、その7年後の1987年の話。光州事件から続いていた民主化運動が爆発した年ともいえる。

(以下、劇場に掲載されていたストーリーより)
1987年1月、ソウル大学の学生、パク・ジョンチョルが警察の尋問中に死亡する。彼は学生による反政権デモのリーダーとの関係を疑われ、南営洞警察で取り調べを受けていた。

報せを聞いた南営洞警察のパク所長は、部下に火葬を命令する。「22歳が心臓麻痺?」と、警察からの申請書類を見て、ソウル地検公安部長のチェ検事が眉をひそめた。状況から見て拷問による死だと睨んだチェ検事は、法律通り解剖で死因を解明してから火葬するよう命じる。

そして、チェ検事を慕う後輩検事が、中央日報の記者にソウル大生の死をリークし、「取り調べ中の大学生ショック死」というスクープが流れる。


ここから、どんな手を使ってでも事件を握りつぶそうとする南営洞警察側と、なんとしても真実を明らかにすべきという正義感にかられた人々との闘いが始まる。記者、検事だけでなく、医師、看守も守秘義務と正義感との狭間で葛藤がありながらも、自分が正しいと思うことをする。

警察による拷問致死で亡くなった学生を最初に診断した医師のインタビューを発見。




この映画で、この時代の出来事以外に学んだことが一つ。
民主化運動へのキリスト教の影響
1987年の事件でも、真実を明るみにすることに教会が大きく関わっている。社会の不平等やら人間の本質的に守られるべきものが脅かされていたということなのかな。


とにかく俳優の演技力も構成も素晴らしいし、引き込まれる映画なのでお勧め。



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# by iihanashi-africa | 2019-03-15 18:18 | 韓国 | Trackback | Comments(0)
ガーナ初代大統領のミュージアム
前回の記事、アクラの野口英世ミュージアムに続き、ガーナのミュージアムをもう一つ。ここにもどうしても行ってみたかった。

Kwame Nkrumah Mausoleum
クワメ・ンクルマ廟とメモリアルパーク

http://kwamenkrumahmemorialpark.ghana-net.net/home

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クワメ・ンクルマはガーナの初代大統領。ただし、アフリカのある一国の初代大統領というだけでない。アフリカ独立運動の父として、1960年前後に独立するアフリカ諸国の原動力となった人である。ブルキナファソの首都ワガドゥグ中心街のメイン道路は「クワメ・ンクルマ通り」と呼ばれていた。それだけ他国にも影響を与えた人である。1960年10月の国連総会でアフリカの自由とアパルトヘイトの不当を訴えたことは有名で、同年12月14日に国連総会は植民地独立付与宣言を採択し、全人類が自己決定権を持っており、植民地支配は人権の侵害であると宣言している。

しかし、ンクルマが初代大統領となってからの一党独裁や彼の推進する工業化や巨大プロジェクト、集団農場はあまり評価されていない。大多数の小規模農家をなおざりにしていたため、不満が徐々に蓄積されていった。そしてカカオ流通公社にも見られるように急速に社会主義思想が強くなり、1966年に資本主義国のアメリカ等に支援された反乱軍によりクーデタが起き、ギニアへの亡命を余儀なくされている。

その後、ンクルマが再評価されるまでかなりの時間を要したが、90年代になってやっとガーナの紙幣のデザインに採用されるなどして、アフリカ諸国の独立に対する彼の貢献が再度認められ始めた。私がクワメ・ンクルマの名前を初めて知った時、既にクワメ・ンクルマの評価は高かったのだが、歴史を知れば知るほど人は完璧ではないのだと感じる。特に経済政策は完璧な政策を立てられる人などいないのかも。何が正しいかも分からないメカニズムを「正しい」政策で「正しく」機能させるのは難しい。。。

まあそれはさておき、ンクルマはクーデタ後、ギニアに亡命したわけだが、当時のギニア大統領はンクルマの同志セク・トゥーレだった。ガーナとギニア独立後に同盟を結ぶなど、国家統治方針が非常に似ており、友人同士でもあった。ンクルマはギニアに貴賓扱いで迎え入れられ、トゥーレ大統領からは共同大統領にならないかとも提案されている(断っているが)。

そして体調を崩していた1972年にブカレストで亡くなった。

遺体はギニアに埋葬されたが、1992年にンクルマ路線復帰を掲げる政権の支持者の呼びかけで、遺体がガーナに戻されることになった。その際にアクラ市内に建てられたのがクワメ・ンクルマ廟とメモリアルパークである。

公園は約2ヘクタールほど。クワメ・ンクルマが1957年3月6日に独立宣言をした場所として知られている(最近になって、あれは独立宣言ではなく、独立宣言はその数時間後に国会で行われたスピーチだという説も出てきているが・・・)。それほど大きな公園ではないが、しっかりと整備されていて安心して散歩できる。独立宣言の日の映像は以下の動画をどうぞ。







公園の中央にはクワメ・ンクルマ大統領の銅像が建てられている。
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その奥のモニュメントが、クワメ・ンクルマ廟。アカン族のシンボル(アディンクラ)で「平和」を意味するらしい。
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モニュメントの中央にクワメ・ンクルマが眠っている。
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公園の中に、クワメ・ンクルマ博物館がある。内部は撮影禁止だったので写真がないが、とても貴重な写真や家具等の数々が展示されており、ガイドが詳しい説明をしてくれるので、満足度は上々。特に私生活の写真やギニア亡命後の写真など、興味深いものが沢山。
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博物館の隣に首が落とされたンクルマの銅像がある。クーデタで失脚した時に首が落とされた。今は隣に首が戻されているが、落とされた当時、一人の市民が首を持ち帰り、家でずっと保管していたものを、メモリアルパーク設置にあたり再び世に出したのだそう。
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すぐにブログを書かなかったので、展示物の詳細を忘れてしまった。。。
もう一度行ってみたいなあ。


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# by iihanashi-africa | 2019-03-13 22:27 | ガーナ | Trackback | Comments(0)
アクラの野口英世ミュージアム
折角何度もガーナに行く機会はあったのに、出張だと散歩する時間などない。しかし、昨年11月の出張は図らずも仕事が早めに終わり、少しだけ外にでる時間があった。この機会を逃すと次回ガーナにいつ来られるかも分からないため、急いでタクシーに乗り、これまで行ってみたかった二つの博物館を駆け足で訪問した。

まずは「野口英世ミュージアム」

現在の1000円札の肖像となっている野口英世は、ガーナの首都アクラで生涯を閉じている

私にとって「黄熱病」といえば野口英世なので、勝手に野口英世はガーナに長期滞在して黄熱病の研究をしていたと思いこんでいたのだが、実は6カ月ほどしか滞在していないことを初めて知った。1927年10月に初めてアフリカ(当時はまだ独立前なのでイギリス領ゴールドコーストだったが、現在のガーナ)に出張し、その後ナイジェリアとガーナを行き来しながら、400匹ものサルを使った実験を繰り返し、当初予定の3ヶ月を6ヶ月に伸ばして研究に没頭し、6か月後の1928年5月21日に本人も黄熱病にかかってしまい亡くなられた。実質半年の研究機関で黄熱病の解明に貢献する研究が行われたらしい。野口英世と一緒にガーナで研究していたヤング博士が、英世の死後、その血液をサルに接種したところ発症し、英世の死因が黄熱病であることが判明。そしてそのヤング博士自身も数日後の5月29日に黄熱病で亡くなった。

野口英世はアメリカを拠点に世界各地を渡り歩いている。この地図を見るとほとんどの大陸へ行っていることが分かる。
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ガーナでは、首都アクラのコレブ病院(Korle Bu Hospital)のラボで実験をしていたらしく、今でもそのラボが残っている。そのラボをメモリアルとして保存しようとガーナの日本人会が支援して2010年に「野口英世ミュージアム」と「日本庭園」がオープンした。

コレブ病院は想像していたよりも広大で、まずラボがある建物を探すのに一苦労。でも関係者は誰でも知っているので聞けば迷わず教えてくれる。

まずはこの建物に到着。
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 ここで入場料5セディ(約150円)を支払ってチケットをもらう。


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 ガイドさんが裏の建物へ案内してくれた。現在は、保健省の施設として改修中の建物だが、その中の一つのラボが野口英世が使っていたラボ。

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ここがラボ。ほぼ当時のまま残っているらしい。しっかり埃もかぶっているせいか古めかしく見え、掃除をしていない感じが当時を彷彿とさせてちょうどいい(笑)。
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下の写真の中央のイラストで、野口英世がサルを解体している絵があるのだが、「こうして解体していたのがこの机だ」とガイドさんが教えてくれて、生々しく想像してしまった。。
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ラボの奥の小さな一室が展示室になっている。
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アクラにいる野口英世が妻メアリーに送ったレター。亡くなる1か月半前に書いている。とても愛情たっぷりの文面。
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 母シカ。

野口英世の母シカが送った手紙。原本は福島県の野口英世博物館にあるらしく、これはレプリカ。実は、この博物館を訪問する前に、日本の野口英世博物館に行ったことがある方と話をし、母シカの話を聞いていた。シカは教育を受けておらず、文字を書けなかった。しかし英世に手紙を書くために文字を覚え、覚えたての文字で「早く帰ってきてほしい」という手紙を書いたらしい。この話を聞いていたため、展示物の中でもこの手紙が特に印象深いものとなった。全て平仮名で時折読めない字もあるのだが、「はやくきてくたされ、はやくきてくたされ、はやくきてくたされ」を続けて書いてあり、母の思いがひしひしと伝わる。
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建物の脇に作られた日本庭園。
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最後に記帳をしたら、こんなに小さなミュージアムでもほぼ毎日1組は訪問者があることが分かった。もちろんほとんどが日本人。ガーナに来たらやっぱり訪れてみたくなる場所の一つかな。展示物が豊富なわけではないが、野口英世が実験を行っていたラボに立つだけでも貴重な体験。



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# by iihanashi-africa | 2019-03-05 18:37 | ガーナ | Trackback | Comments(2)
ブルキナファソ映画『La Forêt de Niolo(ニョーロの森)』と環境汚染
今週、ブルキナファソではFESPACO(Festival Panafricain du Cinéma et de la Télévision de Ouagadougou、ワガドゥグ汎アフリカ映画祭)が開催されている。
https://www.fespaco.bf/fr/

このブログでも何度も登場したのでもはや全てをリンクさせるのは手間になってきたが、ちょうど2年前にFESPACOの携帯アプリの記事でアップしていたので、どうぞ。2年ぶりに携帯アプリをダウンロードしたら、前回より更にパワーアップしている。ワガドゥグで映画を見られないのが本当に残念。
FESPACOの携帯アプリ

FESPACOといえばという訳ではないが、ちょうどアップのタイミングなので、ブルキナファソ映画を一つご紹介。

2017年のFESPACOでシナリオ賞を受賞した映画


『La Forêt de Niolo(ニョーロの森)』
監督:Adama Roamba
2017年、ブルキナファソ
87分




アフリカのハリウッド映画といっていいのか、芸術性というよりは娯楽性を重視していて、最後までドキドキ感が止まらず、感動するという意味でいい映画。やはりシナリオがいい。

タイトルの通りニョーロの森が舞台。もちろん架空の森だが、セネガルにNioroという地域があり、実際にある場所かな?と思いGoogle mapで探してしまった。でもやはりなかった笑。
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NGO代表のアイシャジャーナリストの夫ナタナエルは、ニョーロの森の周辺住民をそそのかして実施されたガス・石油開発の事案を追っていた。元鉱山大臣のおひざ元である漁師の村カリは美しいニョーロの森に守られていたが、ある時、湖の水を飲んだ女性や漁師が亡くなり、多くの魚が死んでしまった。この事件とニョーロの森の地下にあたるガス・石油開発との関連性を調査していたナタナエルが、殺害された。アイシャは夫の無念をはらすため、事件の調査をすすめる。

監督がブルキナファソ人なのでブルキナファソ映画ということにはなっているが、出演者はセネガル、カメルーン、ブルキナファソ、マリなど多様な国籍で、監督曰く多国籍映画。まずは、どうしても出演してもらいたかったカメルーン人俳優のGerard Essombaを説得し、出演が決定してからセネガル人女優のRokhaya Niangに話を持ちかけたらしい。私が見に行った上映会では、監督と主演女優のRokhayaが来ていたが、Rokhayaは「シナリオも魅力だったが、Gerard Essombaと共演できるのはこの上ない機会と思った」と話していた。左が主演女優Rokhayaで、右が監督。
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監督の話では、撮影が開始されてから、当初前向きだったスポンサーの多くが、政治色が強いと判断して支援をやめ、途中で予算不足となったらしい。最終的に当初予算の5分の1でなんとか撮り終えた。この映画を政治色が強いと判断するということは、つまり未だにこういうことが行われており、そういう政治家の気持ちを忖度した結果かな。。。でもしっかりと公開されて映画祭で評価されてよかった。


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# by iihanashi-africa | 2019-02-27 18:26 | ブルキナファソ | Trackback | Comments(0)
チゴズィエ・オビオマの『ぼくらが漁師だったころ』という本
セネガルから帰国して1カ月、その後も国内出張やらケニア出張やらが続き、やっと落ち着いた、、、と思ったのもつかの間、一息もつかないうちに、先週後半から歯が急激に痛くなり眠れない日が2日続いた。セネガルで抜髄した歯の根が化膿しているらしい。一旦抗生物質で落ち着かせて来週から根管治療。やはり途上国での歯の治療はリスクが伴うらしい。。。

さて、以前からずっとアップしようと思っていた記事の一つをアップしよう。

いつ読み終わったかももはや記憶にないのだが、去年9月か10月あたりだったか『ぼくらが漁師だったころ』という本を読んだ。


『The Fishermen/ぼくらが漁師だったころ』
Chigozie Obioma チゴズィエ・オビオマ


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もう半年も前に読み終わった本の内容は細かく記憶していないのだが、今でも覚えている第一印象は、「アフリカ文学の父、アチェベの『崩れゆく絆』と似ている」ということだった。舞台や話の展開が強烈で、でも神秘的で、それに文体がまさに純文学。読み始めてすぐに、アチェベだ~、と感じたのを覚えている。でも、訳者のあとがきによると、周囲からはアチェベの後継者と言われているが、本人は『やし酒飲み』のエイモス・トゥトゥオラやその他のナイジェリアやギニアの作家の影響を受けていると話しているらしい。

舞台は1990年代のナイジェリア。著者が生まれ育った南西部の町アクレで、アグウ家の物語が展開する。イケンナ、ボジャ、オベンベ、ベンジャミンの4人兄弟の固い絆がある時をきっかけに崩壊へと向かっていく。「邪悪な」川で魚釣りをするなどもってのほか。「汚いどぶ川の漁師ではなく精神の漁師になれ。お前たちは良きものを釣り上げる漁師になるのだ」と父親に言われて兄弟たちは改心したと思われたが、イケンナは違った。魚釣りの帰りに出くわした狂人の予言が自分の運命であるかのように人が変わっていった。

とても重い小説だが、とても読み応えのある小説だった。

オビオマは、『アメリカ―ナ』のアディーチェと同じナイジェリア人作家。まだ33歳と若い。初めて書いた小説がこのクオリティとはすごい。ナイジェリア文学、奥深し。


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# by iihanashi-africa | 2019-02-25 17:07 | ナイジェリア | Trackback | Comments(13)
エミレーツ航空の機内のお祈り
先月乗ったエミレーツ航空で私の隣の席が空いていたのだが、飛行中、頻繁にCAが隣の席へ来ては画面を操作してフライトマップを確認していた。そして地図上の飛行機の位置を見ながら自分の体を左右にくるくるっと回し、右斜め後ろにひねったあたりで止まり、電車の運転手の出発進行合図のような手つきでこっちだなという確認をし、後ろに立っていた乗客に、「こっちです」と伝えていた。
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イスラム教圏では、機内に限らす地上でもこういう光景はよく見ており、すぐにピンときたのだが、メッカの方向を探していたのだ。

エミレーツのCAをしている友人にその話をしたら、飛行機の中でのお祈りはよくあることだという。以前エコノミーの最前列の座席の前の少し空いたスペースでお祈りをした乗客がいたのだが、偶然にもメッカの方向が飛行機の後方で、最前列の乗客を目の前にお祈りをしたらしい。座っていたヨーロッパ系の乗客は驚いて固まっていたそうだ。そりゃそうだ、なんせ自分に向かってお祈りしているのだから。

今カタールのドーハでトランジット中。
カタール航空には初めて乗ったのだが、エミレーツ同様フライトマップでこういう印が定期的に出てくる。メッカの方向を教えてくれる画面。
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それにしてもカタール航空は機体が小さいせいか結構揺れる。
でも食事は結構いい。

さてこれからナイロビに向かいます。


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# by iihanashi-africa | 2019-02-10 13:11 | UAE | Trackback | Comments(0)