アクラの街並み
10月末から仕事が立て込み、今に至るまでブログをアップする余裕がない。
家族からもコアな読者の方からも、アップされていないねと連絡があり、ご心配をかけているようなので、とりあえずちゃんと生きている証しに一本アップしておこうかな。本格的なアップは、あとしばらくお待ちくださいませ。

昨日まで一週間ガーナへ出張していた。
この2年間でガーナには4回出張したが、3回目にやっと見え始めた成果が、4回目で確信に変わった。様々な地域で農家さんの収入向上がみられ、自分としてもとても嬉しい出張だった。

さて、ガーナの首都アクラだが、来るたびに新たなマンションが建設されていたり、新たな店がオープンしていたりと本当に動きの速い街だと感じる。そして、やはり都会だ。もちろん繁華街に行けば、まだまだ雑多で貧困層の多い地域もあり、それはまた時間のある時にアップしようと思うが、まずはアフリカのイメージを覆すアクラの街並みをどうぞ。

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飛行機からの写真は前回の出張の方がキレイに撮れていたかも。




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# by iihanashi-africa | 2018-11-19 08:36 | ガーナ | Trackback | Comments(1)
ブルキナファソ代表野球チームが世界大会に参加するための支援
このブログでも過去に何度も記述した「ブルキナファソの野球」の話。

2年前には、高知ファイティングドッグスで活躍するラシィナ選手とブルキナファソの野球をここまでの支えてきた一般社団法人北海道ベースボールアカデミー代表の出合さんについて記述した。

高知旅行⑤:高知ファイティングドッグスのブルキナファソ出身ラシィナ選手
ブルキナファソ初のプロ野球選手誕生
ブルキナといえば「野球」

そして、今年6月に、出合さんがブルキナファソ野球連盟から監督就任依頼のレターを受けとり、ブルキナファソ代表野球チームの監督に就任した。

私は、ただただ陰ながら応援したり、こうして記事にしてみたりすることしかできないのだが、出合さんの熱い思いと人柄に惹かれて多くの素敵な方々がサポートにつき、それらの方々に支えられながらすごく大きな夢を実現している姿は、私も励まされるし、勝手ながらなんか自分の夢が実現していっているかのように興奮する。本当にすごい。

監督に就任した出合さんとブルキナファソ代表チームは、2020年に開催される世界大会を目指すため、まずは2019年5月に、北海道富良野市でブルキナファソ代表チームの強化合宿を開催するそうだ。富良野は、出合さんが代表を務める一般社団法人北海道ベースボールアカデミーがある場所。2019年5月上旬~6月下旬の間、北海道富良野市を拠点に、半日トレーニングを行い、大学、社会人、プロ野球チームとの国際親善試合が企画されている。


現在クラウドファンディングでサポーターを募集しているので、関心のある方は是非!


ファンディングのリターンの多くは、北海道で行われる親善試合やトークイベントへの招待券や野球対決など。でも私はこの時期に北海道に行けるか分からないので、特別オーダーバッドにしてみた。野球をする夫が使ってくれそうだし。
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ほんと頑張ってほしいなあ。


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# by iihanashi-africa | 2018-10-25 08:38 | ブルキナファソ | Trackback | Comments(0)
ダーラのチーズとリンゲールのヨーグルト
前回の記事(セネガル最大のダーラの家畜マーケット)にも書いたように、畜産が盛んなルガ州では、家畜から得られる副産物も有名だ。中でも、ダーラDahraのチーズリンゲールLinguereのヨーグルトは、美味しいことで有名である。

特に、リンゲールのヨーグルトは絶品だと思う。
普段ダカールでは、輸入物の4つで3500セーファー(700円)もするヨーグルトを買っているのだが、スーパーで売られているセネガル産ヨーグルトはどれもいまいちで、3分の1の値段であってもあまり手を付けない。しかし、リンゲールのヨーグルトは違う。牛乳から作ったばかりの、まだ微妙にミルクの味が残っているなめらかな飲むヨーグルトで、結構な量をすぐに飲み終わってしまう。

特におすすめのブランドはKosam Jolof。きめ細かい滑らかな優しいヨーグルトだ。

リンゲールの駅の近くに工房があるのだが、そこまで行かなくても、ガソリンスタンドTOTALのブティックで入手できる。
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以前リンゲールに行ったときは、この入れ物に大量にヨーグルトを買って帰った。ちなみに、ここではビニール製パッケージの入手が何よりも困難らしく、毎回行く度にパッケージが異なる。下の写真のパッケージはKosam Jolofのものではないのだが、パッケージが入手できず、やむなく他の工房のパッケージを使っていた。
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本来のパッケージはこれ。もう少し洗練されたパッケージもあるらしい。リンゲールに行く際は是非お立ち寄りを。一袋250セーファー(50円)。
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そしてリンゲールから少し西のダーラで有名なのが、Fromagerie de Ferloというチーズ工房。この工房は2008年に設立されたが、10年経った今、マーケットの日にはひっきりなしにお客が来る有名な工房となった。チーズ以外にもヨーグルトを製造しており、お客さんの半数以上はヨーグルトが目的。
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冷蔵庫を開けると、美しい真っ白なチーズがぎっしり。遠くからフランス人も買いに来るらしい。
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私は、作り立ての真っ白なチーズと熟成させたチーズを一つずつ購入。どちらも一個2500セーファー(500円)。帰宅して食べてみたが、私は熟成させた方が好きかも。熟成チーズはパルメザンチーズみたいで、さらだにもよく合う。でも、これ、私一人で食べきるだろうか。。。
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ここには牛の油も売っていた。セネガル料理で真っ赤なパームオイルを使うことがよくあるが、パームオイルの代わりに白いご飯にかけたりして使うみたい。チーズ工房まで私たちを案内してくれたホテルのオーナーは、お客を連れてきてくれたということでこの牛の油を1本もらっており、かなりはしゃぐ感じで喜んでいた。私たちもこれでオーナーにお礼ができてよかったわ。
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ダーラのチーズは、セネガル一美味しいとまでは言えないが、見た目も味もかなりの質ではある。でも、個人的にセネガルで最も美味しいチーズはKeur Moussaの修道院で作られているヤギのチーズ。これは、輸入物にも負けない美味しさである。別途いつか紹介することにしよう。


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# by iihanashi-africa | 2018-10-23 07:29 | セネガル | Trackback | Comments(0)
セネガル最大のダーラの家畜マーケット
セネガルから265kmのところにダーラDahraというコミューンがあるのだが、ここで毎週日曜日に開催される家畜マーケットはセネガル最大だという。西アフリカでも最大級と言われる。1日の取引額が10億セーファー(2億円)に達することもあるそうだ。セネガル国内だけでなく、モーリタニアやマリ、ガンビアなどからも家畜が集結する。

ダーラはルガ州の東側に位置するが、ダーラやそこから更に東のリンゲールという街は畜産で有名である。この地域を車で走ると見事に畑がなく、雨期後の10月は草が青々と地面を覆って家畜の餌の宝庫となる。特にリンゲールの牛は質が高いことで有名だ。
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毎週日曜日のマーケット(ルマLoumaと呼ばれる)の日、ダーラには近隣の村から多くの方々がやってきて、一週間で最も活気のある日となる。そのため、銀行も郵便局も市役所も、日曜日は営業・開館している。この街は、金曜日と土曜日が休みらしい。セネガルでは珍しい。

この日、落ちるんじゃないかと心配してしまうほど大勢の人が乗った車や馬車がダーラの街に向かっていた。
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家畜マーケットは、かなり広く、歩いて見るには時間がかかる。そんな事前情報も何もないままに到着した私たちの近くに、偶然にも馬車を持っているというお兄さんが危険だから案内するよと話しかけてくれたのだが、この馬車での案内が本当によかった。今までに経験したこともない光景を見られ、こういう案内がなければ絶対に入ることもできなかった牛のマーケットもぐるっと一周できた。本当にすごい迫力なのだ。

家畜マーケットは、牛、羊、馬と場所が異なる。特に牛は体が大きい上に、気性が荒い牛もおり、一般客が入るのは危険なため、高い塀で囲われている。
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こんな状態だとどれが誰の牛なのかも分からなくなりそうだが、この雑踏の中で取り引きされているのだからすごい。

赤毛の茶色い牛は、モーリタニアから来た牛で、白い牛はセネガルのルガ州の牛だという。大きくて立派な牛は300万セーファー(60万円)で取り引きされることもあるが、平均的な牛は、10万~30万セーファー(2万~6万円)程度。馬車で案内してくれたお兄さんは、この日、17万セーファー(3.5万円)で牛を1頭購入したらしい。やはりダカールと比べると格段に安い。
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バイヤーは、トゥバ、ルーガ、サンルイ、ダカール、ケベメール、ジュルベルなど、様々な街からやってくる。売られた牛は、一旦行き先ごとに別の区画に入れられて、トラックが来るのを待つ。




購入した牛を車に積む人々。
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こっちは羊のマーケット。
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そして、こちらは馬のマーケット。
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牛乳やヨーグルトを販売する人もいる。
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マーケットの方々用に食堂もあり、こうして調理された肉も売られている。
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最終的にこういう大きなトラックで、ダカールやトゥバまで家畜を運ぶ。
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案内してくれたお兄さんと相棒の馬。ベッキーという名前らしい。
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偶然にもダーラに行った日曜日がマーケットの日だと知り、偶然にもセネガル最大の家畜マーケットだと教えてもらい、偶然にもベッキーに出会えたおかげで、週末プチ旅行が更に充実したものになった。いや~、本当に見ごたえがあったなあ。


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# by iihanashi-africa | 2018-10-22 09:21 | セネガル | Trackback | Comments(3)
『KANIAMA SHOW』という短編映画と80年代の政治プロパガンダ番組
先週、すごく面白い短編映画を見た。

『KANIAMA SHOW』
監督:Baloji Fiction
2018年、ベルギー、コンゴ民主共和国
26分


80年代から90年代によく見られたアフリカの国営テレビの政治プロパガンダの番組を皮肉ってコメディタッチで描いたもの。衣装や髪型、番組のロゴ、プレゼンターの振る舞いなど80年代を思わせるよう、とても凝っている。

この当時の国営テレビの番組では、ゲストが来ては決まりきった表面上の会話だけし、政府の威厳を保つためにゲストが使われていた。今の時代にこういう番組を見ると喜劇でしかない。様々なゲストが登場するが、その合間合間にあまり品の良くない音楽のライブがある。カメラマンも集中しておらず、映像がぶれたりタイミングが合わなかったりする。監督はそこまで笑わせるつもりで作っていないかもしれないが、皮肉的な演出がかなり笑える。

そして番組の途中でふと映像が途切れ、どっかの国で見たことあるような光景が現れる。

私は、監督のボロジBolojiという方を知らなかったのだが、よくよく調べたら実は歌手であることが分かった。それも結構いい曲を作っている。もともと自分の曲のミュージックビデオを自分で製作しており、2018年春に発売されるニューアルバム『Avenue Kaniama』に合わせて、Kaniama Showというミュージックビデオならぬショートムービーを作ることになったようだ。

ミュージックビデオを作っていた方がこの映画を作ったと聞くと、すごく納得する。26分間、全く飽きずに映像が流れるのだ。




現在、ボロジ監督は長編映画も撮影中で、2019年公開に向けて動いているらしい。


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# by iihanashi-africa | 2018-10-16 04:34 | コンゴ民 | Trackback | Comments(0)
ジンという幽精
昨日アップした信仰の話旅行先を事前に言わないアフリカの文化)をアシスタントとしていた時に、ジンという精霊の話になった。英語ではJinn、フランス語ではDjinnと書く。私は初めて聞いた言葉で、セネガル独特の精霊かと思ったら、イスラム以前からアラブ人に信じられてきた精霊らしく、様々な情報がネット検索で出てきた。

日本イスラム協会は「幽精」と訳すらしいが、それがイメージ的にぴったりくる。「ジンは天使よりは地位が低く、天に登って神の話を直接聞くことはできないが、悪魔のように全くの性悪でもない」そうだ。天使も悪魔もジンと同類ではあるが、「一般的には、ジンは天使・悪魔より一段下の存在で、位階的には人間と同等と考えられている」というのがまた興味深い。「悪魔が常に悪であるのとは違って、ジンの中には良いジンもいる。しかし悪いジンは人間に物理的危害を加えるとも信じられている」。ジンは蛇、犬、猫などの姿で人間に目撃されることもあり、人間に取り憑くこともある。
参照:http://www.jccme.or.jp/japanese/11/pdf/11-05/11-05-10.pdf


で、なぜ昨日の記事からジンの話になったかというと、旅行先を事前に周囲に伝えると、ジンが悪さをすると信じている人もいるというのである。

セネガルでジンの話を聞くと、もう少し魔術sorcellerieという意味合いが出てくるような気がする。ある人に不幸を起こさせたい人が魔術師に依頼し、ジンを呼び出し、意図的に悪さをしてもらうのだ。この他にも、原因の分からない病気を治すためにジンをよぶ儀式を行ったり、選挙に勝つためにジンを使ったりという話もある。ネットでよく見られるのは、ジンに取り憑かれて奇声を発する人の動画や外見が変わってしまった人の写真やら。日本でいうところの「霊に取り憑かれた」状況なのだろう。

私の周囲のセネガル人は、イスラム教はジンを否定していると話しているが、アラブ世界ではイスラム以前からの崇拝を無視できず、ある程度認めているらしく、いまやどこまでがイスラムでどこからが非イスラムなのか分けるのは難しくなっているらしい。

この種の話題は突き詰めるとよく分からなくなるのでお手上げ。

ただ、今でもセネガルの特にレブ族ではジンに関する様々な儀式があり、神頼みならぬジン頼みする人も多いことはよくわかった。


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# by iihanashi-africa | 2018-10-13 06:16 | セネガル | Trackback | Comments(1)
旅行先を事前に言わないアフリカの文化
最近映画の記事ばかりで、この後も2つ映画を紹介しようと思っているのだが、その前にプチブレイクで、私の知っているアフリカの国々でよく聞く信仰の話をご紹介。

*******************

先日、私が仕事で関係しているセネガルの方が、知らない間に日本へ出張していたことを、その方が日本に到着してから知った。この方とは出張の4日前に面会したのに、その時には何も言っていなかった。むしろ、それではまた来週会いましょうくらいの対応で、その数日後に出張に行っちゃうのだから。。。こういう時、私って出張先を言えないほど信頼関係が築けていなかったかしらとちょっとだけ落ち込んでしまう。今回の出張目的が私との仕事とは関係なかったとはいえ、折角日本に出張するであれば、日本にいる関係者とも会ってもらいたいし、事前に教えてくれればもっと余裕をもってアポを調整できたのに。。。

こういう体験は他の国でもあり、マダガスカルでもプロジェクトを進める上で非常に重要な農業省の方が、3ヶ月の海外研修に行ってしまうことを研修出発の数日に知って、バタバタと引き継ぎをしたことがあった。ブルキナファソでも知らない間に、じゃあまた明日協議しよう!と言って別れた関係者が、翌日から出張に出かけていたことがあった。

これらの前もって旅行先を言わない件について、今日、セネガル人アシスタントに理由を聞いてみたら、他の国でも耳にしたことのある説明をしてくれた。

セネガルでは、旅行先を皆に知られると出発前あるいは目的地に到着するまでの間に不幸が起こると言われている。特に、出発前に何かしらの不幸が起きて出張に行けなくなると信じる方が多い。そのため、旅行することは両親などの本当に近しい人にしか事前に伝えず、兄弟ですら知らないことがある。大抵、目的地に到着してから「Je suis bien arrivé en France.(フランスに無事に着いたよ)」などと周囲に伝える。それは国内旅行でも同じだそうで、とりわけ農村地域の人々はこの言い伝えを信じる傾向がある。

あるセネガル人の友人は、フランス留学の試験が受かり(フランス大使館が開催する試験で上位3名が留学できるコンクールに、友人は3位で試験を通った)、あとはフランスへ入学登録をしに行くだけとなり、誇らしく思った両親が周囲の人々に受かったことを話したそうなのだが、直前になってフランス大使館から3位の友人ではなく4位の方が合格することになったと連絡があったそうだ。全くもって何が起きたか分からずかなり落胆し、やはり両親が早い段階で周囲に話してしまったことが原因なのではないかと思ったという。

この友人は、その後アメリカ留学の奨学金を得たのだが、その時は両親にも口止めし、出発前日まで数人しかしらなかったらしい。

様々な方々が話す内容から推測するに、近しい人ほど旅行の邪魔をするようだ。おそらく嫉妬からくる邪魔で、それを警戒して誰にも話さなくなる。何か不吉なことが起こると、それは誰かが魔術を使って意図的に企てたに違いないと考える。

*******************

この話からもう一つだけ思い出した話がある。

それは、セネガル人女性は妊娠したことも周囲に伝えないということ。セネガルに長く住む日本人の方が話していたのだが、どう見ても臨月で今にも生まれそうなお腹をしていた女性に、「あら、妊娠しているのね、おめでとう!」と伝えたら、「いえ、妊娠なんかしてません」と頑なに否定されたらしい。最近はさすがにお腹が目立ってきたら否定することは少なくなってきたようだが、それでもなるべく気付かれないようにゆったりとした服を着るそうだ。

*******************

やはりいろんな考え方があるもので、こういう中で日本の基準を押し付けたら亀裂を生むだけ。だから、まずは相手を理解し、その上で自分としてはこうしてほしかったと言えればいいのだが、それもなかなか思うようにうまく言えないもので、日々のやり取りを通して暗黙知として身につけていくしかないなあ。


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# by iihanashi-africa | 2018-10-12 04:49 | セネガル | Trackback | Comments(6)
『Maki’La』というストリートチルドレンの生きる力を描いた映画
最近アップする記事といえば、映画、フルーツ、料理、時々小話で、かなり偏りが出てきてしまったが、どうぞご勘弁を。最近アフリカ映画を鑑賞する機会が多いので、今後もしばらく続くかも。

少し前に『Maki’La(マキーラ)』という映画を見た。久しぶりに、ほとんどの登場人物の演技がとても自然体なアフリカ映画だった。コンゴ民主共和国のストリートチルドレンの日常を描いているのだが、まさにドキュメンタリーを見ているかのようだった。俳優全員が素人で、「この人!」と思う俳優に出会うまで何度もテストしたらしい。

『Maki’La』
監督:Macherie Ekwa Bahango
2018年、コンゴ民主共和国
78分


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映画は、コンゴ民主共和国の首都キンシャサでその日暮らしの路上生活を送る19歳の主人公マキMakiの話である。男勝りの女の子で、どちらかというと小悪党というか気性が荒く、振る舞いも乱暴なツッパリ少女である。マキは、同じく悪ガキのビンガゾールと結婚しており、彼の影響もあり薬物や売春や盗みをするようになる。ビンガゾールも相変わらず、マキに構わず薬物や悪さが優先で、ビンガゾールを相手にしなくなった頃に、その後マキを慕うようになるアシャという自分より若い路上生活の女の子に出会う。そしてこの小さな女の子に対してビンガゾールの嫉妬が生まれてくる。

映画自体は路上生活の厳しさを映し出すと同時に、小さい頃から路上生活をせざるを得ない環境に置かれた子こどもたちの生き延びる力を見せていると思う。こういう環境では強くならざるを得ない。


映画予告編をこのサイトで見られる。


監督はなんと25歳。シナリオも全て書いており、すごい感性を持った方かも。



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# by iihanashi-africa | 2018-10-09 05:39 | コンゴ民 | Trackback | Comments(0)
ムクウェゲ医師、ノーベル平和賞受賞
過去に何度もノーベル平和賞にノミネートされていたムクウェゲ医師が、やっと平和賞を受賞した。

ちょうど2年前に、『女を修理する男』というドキュメンタリー映画を紹介したが、まさにこの映画がコンゴ民主共和国の産婦人科医ムクウェゲ医師(Denis Mukwege)の話。30年間、ルワンダとブルンジとの国境に接するコンゴ民主共和国東部の南キブ州のブカブBukavuの病院に勤め、レイプ被害に遭った女性たち4万人の手術をしてきた方である。

かなり衝撃的な映画だったので、この時の思いを長い記事にしており、ムクウェゲ医師も紹介したので、こちらをどうぞ。この映画は是非とも見ていただきたい。

「女を修理する男」:コンゴ民主共和国で横行するレイプ

「レイプは最も効果的な武器」で、村を崩壊させるために手っ取り早い方法だという。村の全ての女性を、子供や夫や隣人の目の前でレイプする。夫は守れなかったと嘆き、女性はそのトラウマから立ち直れない。その村の中で生きていけなくなる。そして村は崩壊する。

しかしレイプは「武器」であり、その武器を使って何をすることが目的なのかが分からないと、この問題は解決しない。この地域は、鉱山資源が豊富な地域で、また伝統的な呪術師の影響があったりと、非常に複雑な背景がこの状況を生み出している。レアメタルは日本も多く輸入しているし、この辺りの紛争は日本も間接的に関係しているのかもしれない。「遠い国のお話し」だけでは済まないのだ。

多くの方に知ってほしい現実である。





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# by iihanashi-africa | 2018-10-06 03:17 | アフリカ全体 | Trackback | Comments(2)
「ザイ農法」を改良したヤクバ・サワドゴ氏が第二のノーベル賞受賞
一週間ほど前に、私の周囲の様々な方々がFacebookでシェアしていた記事がある。
「ザイ農法」のヤクバ・サワドゴ氏(Yacouba Sawadogo)が第二のノーベル賞を受賞したという記事だ。ここ数日、ノーベル賞の発表が注目されているが、個人的にはこのニュースに大きな喜びを覚えた。

https://burkina24.com/2018/09/24/prix-nobel-alternatif-yacouba-sawadogo-ou-le-triomphe-du-zai/
https://www.rightlivelihoodaward.org/2018-announcement/yacouba-sawadogo/

ザイ農法をご存知ない方は、ザイ農法ってなんぞやとまず思われるだろうが、ザイ農法を知っている私は、そこを通り越して第二のノーベル賞って何じゃ?とまず首を傾げた。

Right Livelihood Awardという賞で、1980年にスウェーデンの国会議員ヤコブ・フォン・ユクスキュルにより創設された名誉ある国際的な賞らしい。なぜ第二のノーベル賞と呼ばれるのかというと、ノーベル賞は分野が限られており、多くの場合産業が発展した国々からの受賞者が多いため、ヤコブ氏がノーベル財団に新しい賞を作らないかと働きかけたことが背景にあるようだ。最終的にノーベル財団からは却下されているが、別途ライト・ライブリフッド賞が作られた。主に、環境保護、人権問題、持続可能な開発、健康、平和などの分野で活躍した人物や団体に授与されるそう。過去の受賞者を見ると、確かに世界各国から選ばれている。

さて、本題に戻って「ザイ農法」についてだが、私が以前お世話になったNGO緑のサヘルでは、活動にこの農法を取り入れていたため、このブログでも何度となく記事に出てきた。ザイ農法についてはこの記事をどうぞ。
偉大な伝統農法
アイデアのオーナーシップ

ヤクバ・サワドゴ氏を紹介した日本語のネット記事もあるのでどうぞ。
https://buzzap.jp/news/20140122-yacouba-sawadogo/

ザイ農法はアフリカのサヘル地域には昔から存在する農法で、サワドゴ氏が開発したものではないのだが、彼が高く評価されるのは、今ほどこの農法が広まっていなかった80年代に、ザイ農法を活用して、何もない土地に森を作ったこと。上の日本語のネット記事にも書いてあり、また私自身も2007年にご本人にお会いした時に話されていたが、当時は周囲から頭がおかしくなったのではないかと思われていたらしい。それでもこつこつと木を植え続け、今では40ヘクタールの土地に、60種類以上の低木が植えられている。そしてサワドゴ氏の魅力的なところは、自分の技術を無償で伝承しているところ。ただ、ご本人はとても控えめで実直そうな方なのだが、様々なドナーが彼の技術に注目し、本人の意図しないところで英雄かのようにはやし立てられ、名前を使われている感があった。かくいう私もこうして記事に書いているのだが。。。

でも、やはり彼の地道な活動は名誉ある賞を受賞するにふさわしく、それはそれでとても嬉しい。

あとは、どなたかがコメントで書いていたのだが、ほんと余計なお世話だけど、賞金1億円を周囲からたかられることなく騙されることなくうまく使ってほしい。

写真は、ワイグヤという北西部の街の近くのサワドゴ氏の森を見に行った時の写真。以前は全くの更地だった場所が、現在は低木で覆われている。茶色の服の方がサワドゴ氏ご本人。
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# by iihanashi-africa | 2018-10-04 04:16 | ブルキナファソ | Trackback | Comments(2)
イドリッサ・ウエドラオゴ監督の映画
やっと一時的な激務を終えブログをアップする余裕が出てきた。

半年ほど前のことだが、2018年2月18日に、ブルキナファソの映画監督Idrissa Ouedraogo氏が亡くなられた。セネガルのフランス文化センターでは、今年5月から6月にかけて、4週連続でウエドラオゴ監督の映画を上映しており、4週目の短編映画集だけは見られなかったものの、3本の代表的な映画は見に行き、それをアップしようとずっと思いながら更に5ヶ月が過ぎてしまった。久しぶりに見た映画もあったが、かなり前に見たので内容もすっかり忘れてしまっており、「ブルキナ映画の巨匠」の社会の描き方を改めてじっくりと味わいながら見た。少し年齢を重ねてから再び見ると見方が変わる映画ってやっぱりいい。

イドリッサ・ウエドラオゴ氏は、ブルキナファソの北西部の都市ワイグヤに近い村で生まれ、ワガドゥグ大学で英語学を学んだ後、ワガドゥグの映画専門学校に入学する。卒業映画として取り組んだ短編映画「Poko」は、1981年にFESPACO(Festival Panafricain du Cinéma et de la Télévision de Ouagadougou、ワガドゥグ汎アフリカ映画祭)で最優秀短編映画賞を受賞している。その後、モスクワ、キエフ、パリで映画製作を学び、1986年には最初の長編映画「Yam daabo(選択)」を、そして2年後には「Yaaba(祖母)」を製作した。

1990年、アフリカの現代社会における伝統崇拝の悲劇を描いた映画「Tilaï(掟)」がカンヌ国際映画祭のコンペティション部門で審査員特別グランプリを受賞し、FESPACOでも最優秀賞を受賞している。

その後も2008年まで短編・長編映画を作り続けた。
ウエドラオゴ監督は村でよくある日常を描いた映画が多いのだが、本当にシンプルな人々の日常の一場面をこうして映画にするって結構難しいと思う。早くから世界各国で評価されたのもうなずける。ウエドラオゴ監督はワガドゥグの映画専門学校の第1期生で、1期生が早くから世界で認められた映画を作っていることは学生たちに希望を持たせたらしい。90年代後半に入ってからは映画製作費を出してくれるスポンサーが少なくなり、同時に世界のモダンな映画撮影の潮流に抵抗して時代に合わないと若い監督に言われることもあった。しかし、ブルキナファソの映画界の発展に大きな影響を与えた人であることは言を俟たない。

私自身、実は2007年にウエドラオゴ監督に会ったことがある。当時、ブルキナファソで仕事をしており、フランス人の友人にランチに招待され、その席にウエドラオゴ監督が同席していたのだ。友人と監督が知り合いだった。ただ、恥ずかしながら、この時私は監督のことを全く存じ上げず、友人が耳元で「彼はブルキナファソで最も有名な映画監督」と囁いてくれて初めて知ったというありさま。この時の昼食では、ウエドラオゴ監督が私の関わっている活動に関心を持ってくださり、農業支援の話題に花が咲いたため、私のアフリカ映画に対する無知さが露見せずに済んだのだが、帰宅後すぐに監督の映画を調べたことを覚えている。

今考えれば、アフリカ映画に関心を持ち始めたのは、この出来事がきっかけだったかもしれない。

Youtubeで見られる主な作品をいくつかご紹介。現代映画を見慣れてしまうと、この時期の映画のテンポが遅く感じてしまうので、YouTubeでは1.5倍速で見てしまった(ごめんなさい、監督)。。。80年代の映画だということをお忘れなく。


『POKO(ポコ)』
監督:Idrissa Ouedraogo
1981年、ブルキナファソ
22分


※モレ語で字幕なし。映像からストーリーを想像するしかないが、ドキュメンタリーのように村の生活の一端を描いており、映像を見ているだけで大体理解できる。ただ、ご参考までにざっくり書いておくと、ある村でクドゥグとポコという若い夫婦がおり、妻ポコの第一子出産を待ち望んでいたが、妻の体調が崩れ、村の伝統治療もうまくいかず、最終的に街へ連れて行くという話。




『Yam Daabo(選択)』
監督:Idrissa Ouedraogo
1986年、ブルキナファソ
75分




『Yaaba(祖母)』

監督:Idrissa Ouedraogo
1989年、ブルキナファソ
90分

※ある村の10歳の男の子ビラとその従妹ノポコは、ある時、村から離れたところで老婆サナに出会う。魔術師として恐れられて村から排除された老婆だった。ビラとノポコは徐々に老婆サナとの友情を築いていく。



『Tilaï(掟)』
監督:Idrissa Ouedraogo
1990年、ブルキナファソ

81分

※やっぱりお勧めはこの映画かな。2年ぶりにサガが村に戻ってきたが、弟のクグリから、サガのいい名づけのノグマがサガの父親の第2夫人になったことを聞く。村の伝統とノグマへの感情の間でジレンマを感じながら最終的にノグマと駆け落ちする決断を下すが、それが不幸な結末へと導いてしまう。




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# by iihanashi-africa | 2018-10-03 07:53 | ブルキナファソ | Trackback | Comments(2)
『Freedom for the wolf』という映画とilliberal democracy
最近、猛烈に忙しくて、ちょっと無理して働いたら体調を崩し、来週から4日間のワークショップだというのに、声が出なくなってしまった。私は開催者で、講師はセネガルの農業省の方々なのでまだ大丈夫だが、やはり体は正直なもので、意識的に自己制御しないとだめだなあ。

ということで、ブログも10日ぶり。休暇中の8月後半にほぼ毎日更新していたのが嘘のような静けさである。

******************

さて、前回の記事に書いたCine Droit Libreのプレリュードで上映された映画をご紹介しよう。

『Freedom for the wolf』
監督:Rupert Russell
2017年、ドイツ・アメリカ
89分


https://www.freedomforthewolf.com/

広辞苑によると、民主主義とは「demos(人民)とkratia(権力)とを結合したもの。すなわち人民が権力を所有し、権力を自ら行使する立場を言う。基本的人権・自由権・平等権あるいは多数決原理・法治主義などがその主たる属性であり、また、その実現が要請される」という意味らしい。

一国の中で、民主主義の第一歩は多数決原理の選挙なのだろう。しかし今、「民主的な」選挙で選ばれたリーダーたちが、自由や民主主義を排除する傾向にある。香港の反政府デモ、チュニジアの「アラブの春」後に選挙で選ばれたリーダーたちのラッパー弾圧、インドにおけるコメディアンの表現の自由、アメリカ人たちに選ばれたトランプ政権、他にも世界各地でこのような状況が発生している。人権、マイノリティ、反政府団体を踏みにじる選ばれたリーダーたち。

映画では、選挙に参加することで民主主義が保障されるわけではなく、フェイク民主主義を生み出すねじ曲げられた選挙であることが描かれている。

映画を見終わると、あれ、民主主義ってなんだっけ?と頭が混乱する。おそらく映画の目的はそこで、本当にあなたがいる社会って民主主義社会ですか?と問いかけ考えさせるのだろう。



映画の中で頻繁に出てくる言葉がある。

「illiberal democracy」という言葉。私は初めて聞いた表現なのだが、日本語では「非自由主義的民主主義」と訳すそうだ。

wiki先生によると、「制度的には民主制だが、実質的には自由が制限されている政治体制」のことだそうだ。「そこでは選挙は実施されるが、市民は自由権の不足によって実際の権力者の活動に関する知識から切り離されており、「開かれた社会」ではなく、実質的には権威主義的政治体制の一つともされる。この状態は、制度上は政治権力を制限しているが、言論の自由や集会の自由、知る権利など市民の政府への自由は無視されており、自由主義の適切な法的な構築された枠組みはほぼ存在せず、法治主義はあっても法の支配がない状況となっている。

なんか考えてみれば、大小さまざまだがそんな社会沢山ある気がする。野党が当選しないように裏工作されている選挙、政権にのし上がったらマジョリティの声だとかいってマイノリティを排除する政府。映画のタイトルにもあるように、「狼」に完全な自由を与えると社会はどうなるか、それを深く考えさせられる映画だった。


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# by iihanashi-africa | 2018-09-23 05:21 | セネガル | Trackback | Comments(0)
Cine Droit Libre映画祭の誕生秘話とノルベール・ゾンゴの映画
ブルキナファソにいた時から、Cine droit libreという映画祭の大ファンで、セネガルで開催されていると知った昨年も、毎日映画館をはしごして見た。そして今年も始まった!と思ったら、本番のCine droit libreのプレリュードだった。がくっ。11月末に映画祭が開催されるようなので、もうスケジュールに記入!

昨年の映画祭の記事。
Cine Droit Libre Dakar 1:ブルキナ映画「Frontières」
Cine Droit Libre Dakar 4:セネガルにおける薬物依存
Cine Droit Libre Dakar 5:ブルキナのBalai CitoyenからトーゴのTogo deboutへ


昨年の記事にも書いたのだが、映画祭の名の通り、人権保護を訴えると同時に、映画を通した表現の自由を推進する目的で実施されており、自国で上映禁止になったような映画も上映している。大半がドキュメンタリー映画で説得力があり、とても貴重な映画祭なのだ。

先日、Cine Droit Libreプレリュードの映画上映の前にモデレーターが、実はこの映画祭はNobert Zongo事件がきっかけであることを話してくれた。

ブルキナファソにいたことのある方なら、ノルベール・ゾンゴといえばピンとくるだろうが、ブルキナファソのジャーナリストで週刊誌「l’independent」の創設者でもあり、表現の自由を勝ちえるべく闘い若者たちにとってのカリスマ的存在だった。1998年、当時のコンパオレ大統領の弟の運転手が不可解な死に方をし、真相を調べていた時に、暗殺された。首謀者は容易に想像できるのだが、20年経った現在も未解決の事件である。暗殺された12月13日には、現在でも毎年デモ行進が行われている。

当時、ノルベール・ゾンゴに誘われてジャーナリストになったのがAbdoullaye Diallo氏である。ノルベール・ゾンゴ暗殺後、友人たちとノルベール・ゾンゴ事件のドキュメンタリー映画『Borry Bana ou le destin fatal de Norbert Zongo(ボリーバナ、ノルベール・ゾンゴの悲劇的生涯)』を製作し始めた。そして2003年、そのドキュメンタリー映画が完成したが、ブルキナファソでは検閲にひっかかり上映禁止になった。一般大衆に見てもらいと思い、海賊版を作ってマーケットに流してほしいと業者に依頼したが、それもリスクが大きいとして断られた。どのテレビ局も映画館も上映を許可してくれず、フランス文化センターでも断られている。

2005年のFESPACO(Festival Panafricain du Cinéma et de la Télévision de Ouagadougou、ワガドゥグ汎アフリカ映画祭)でも上映を禁止されたが、Abdoullaye Diallo氏が中心となって設立したノルベール・ゾンゴ・メディアセンターで、「FESPACO Off」と称して上映することにした。FESPACOに招待されていたジャーナリストの大半がセンターに来てくれ、立ち見が出るほどの人数だったそうだ。この企画が大成功に終わったこともあり、2005年6月に、FESPACOで上映が許可されなかった映画を集めて最初の映画祭を開催した。ここにCine Droit Libreが誕生した。

なるほどこういう経緯があるから、上映映画もかなりセンセーショナルなものが多いし、政治批判も多いし、討論会も面白いのね。本当に映画祭の開催が、表現の自由そのものかも。

早速ドキュメンタリー映画『Borry Bana ou le destin fatal de Norbert Zongo』を探したら、YouTubeで発見した。フランス語の分かる方は是非どうぞ。




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# by iihanashi-africa | 2018-09-14 08:21 | セネガル | Trackback | Comments(0)
エレベーターのボタンの押し方(続編)
1カ月ほど前、「エレベーターのボタンの押し方」という記事をアップした。多くの職員が、エレベーターのボタンの押し方を勘違いしているという記事。一人二人ならこっそり教えることもできたが、大半が間違えているので静観するしかなかった。

あれから1カ月。しばらく不在にしており、セネガルに戻ってきたら、職場のエレベーターの横に、こんな張り紙がしてあった。

***********************
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「エレベーターの使い方について」
注意書き:3つのエレベーターは連動しています。全ての3つのボタンを押す必要はなく、最も近いエレベーターのボタンを1つ押してください。

1) 下階へ行く場合、どれか一つのエレベーターの▼のボタンを1回押してください
2) 上階へ行く場合、どれか一つのエレベーターの▲のボタンを1回押してください
3) 閉まりかけたエレベーターの扉をあける場合は、エレベーターの中で ◀▶のボタンを押してください


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やっぱり全員に周知するにはこういう張り紙が必要だったのかも。

でも、未だに押し方が分かっていない人がいるような気がする(笑)


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# by iihanashi-africa | 2018-09-08 08:08 | セネガル | Trackback | Comments(2)
チェブヤップの作り方
先日、「セネガル料理一覧」という記事をアップしたが、その中のチェブヤップという料理の調理風景を動画に撮ったので、簡単にまとめて「チェブヤップの作り方」という映像を作ってみた。いくつもの動画を、ただ切り貼りしただけなので、何の字幕もつけていないけれど、なんとなく分かるかな。調理の最初の部分は撮影できなかったので、肉を煮込んでいるところから始まります。ちなみに、これはセネガル人の知り合いの息子の命名式のお祝いのお食事。さすがに一家族分ではありません。




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# by iihanashi-africa | 2018-09-05 17:14 | セネガル | Trackback | Comments(0)
アタイヤというセネガルのお茶の文化
セネガルだけでなく、イスラムの影響が強い国ではお茶の文化がある。アラブの国々でもミントティーを飲む習慣があり、モロッコに旅行した時も毎日1回は飲んでいた。セネガルでも、セネガル人と一日過ごすとアタイヤAtayaと呼ばれるお茶を何度も飲むことになる。中国緑茶を使う人が多いのだが、それに砂糖をたっぷり入れて、じっくり沸騰させ、ミントも加えてさっぱり感を出して飲むのが一般的。普段デザートを食べる習慣がないセネガル人にとっては、食後のデザート替わりにも思える。

アタイヤはアラビア語が語源。単なる飲み物というだけでなく、家族やコミュニティー、仕事の同僚などとの親睦を深める日常のひとときでもあるような気がする。アタイヤ専用の炭火を使ってお茶を作っている間、その周囲には人々が集まり、世間話をする。こうして深いネットワークが生まれる。勤務時間中にお茶を飲むために1時間くらいオフィスをあける人もいるが、非効率的なようで意外とここで作られたネットワークが効率的な仕事につながるのだ。

アタイヤは、お湯を入れれば完成というシンプルなものではない。親から子へと作り方が引き継がれる伝統的な無形アートとも言えるかもしれない。

まずアタイヤ専用のティーポットに水をいれ、緑茶を入れる。そして沸騰してきたら、一旦これまたアタイヤ専用グラスに煮立ったお茶を出したりポットに戻したりして、均等に煮立つようにする。その後、しばらく煮立たせてから、砂糖を入れ、さらに煮立たせる。途中水分が少なくなってきたら水を加えたりもする。
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そして、ある程度煮立ったら、再度グラスに注ぎ、別のグラスに高いところから注ぎ返し、それを何度も何度も繰り返して、グラスの底にきめ細やかな綺麗な泡ができるまで続ける。友人のセネガル人は、泡のないアタイヤは美味しくないと常に言っている。ビールも泡がないと美味しくないのと同じかな。この泡の作り方が芸術的なので、動画をどうぞ(音量にご注意を(笑))。





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最終的にこういう泡がグラスの底にできる。ちなみに、泡にこだわるセネガル人にとっては、この泡はまだまだらしい。もっときめが細かい泡を出せる人もいる。
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そして、アタイヤを注いで周囲の方々に提供する。
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アタイヤを飲むとき、よく「Eweul(あるいは仏語でpremier)」、「Niarel(仏語でdeuxième)」、「Tarhis(仏語でtroisième)」という言葉を耳にする。

Eweulは1番目のお茶、Niarelは2番目のお茶、Tarhisは3番目のお茶という意味。日本で言う一番茶、二番茶とは意味合いが異なり、同じお茶っ葉で、1回目に入れたお茶、その後水を加えて2回目に入れたお茶、そして3回目に入れたお茶をさす。1回目のお茶はとても濃く、苦みが強い。2回目、3回目になると、徐々に苦みが薄れ、逆に甘味の強いお茶になる。セネガルでは、1回目のお茶は「死」のように苦く、2回目のお茶は「生命」のように優しい味で、3回目のお茶は「愛」のように甘いと言われている。私は、1杯目の濃いお茶が好きかな。ただ、これを夜飲むと眠れなくなる。コーヒーに匹敵する覚醒効果があるような気がする。私は一度、夜10時頃に飲んで、全く眠れないという痛い目にあったので、夜は飲まないようにしている。

もう一つ、アタイヤを作るのは伝統的に男性の役割とされている。料理をしないセネガル人男性も、アタイヤだけは自分たちの仕事だと感じていると思う。上の写真や動画では女性が作っているが、これはレストランだから。家では男性や男の子が担うのだ。


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# by iihanashi-africa | 2018-09-01 23:08 | セネガル | Trackback | Comments(0)