フランスの黒人の地位
フランスに住むアフリカ人の友人の一人で建設会社を経営している人がいます。彼はカーボ・ヴェルデ人です。カーボ・ヴェルデは、アフリカの西沖、セネガルの西に位置する島国です。私の友人は、何年もの下積みの後、自分で会社を立ち上げ、モダンなビルの建設を下請けるまでに成長しています。

彼はプジョーとベンツの2台の車を所有しています。私がもう少し車に詳しければ、種類や型も説明できるのですが、如何せん車には疎いものでブランド名しか分かりません。とにかく、プジョーは仕事場、つまり建設現場に行くとき、ベンツは週末に出かける時に乗るそうです。

ある日、プジョーを修理に出し、ベンツで仕事に出かけた彼。帰宅途中に警察の検問に遭いました。彼が、免許証や必要書類を警官に見せた時、警官はこう言ったそうです。

「宝くじでも当たったのか?」

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# by iihanashi-africa | 2007-07-25 15:05 | フランス | Trackback | Comments(5)
アヴィニョン演劇祭
c0116370_14531065.jpg8月中旬から1ヶ月ほどタンザニアへ出張するため、7月18日にブルキナファソを発ち、帰国の途に着きました。その帰路、パリで幾つか行わなければならない手続きがあったため、休養(休暇?)も兼ねて5日間フランスに滞在しました。昨日帰国しました。

フランスでは、週末を挟み丁度良い機会でしたので、南フランスのニームにホテルを1泊予約し、アヴィニョンの演劇祭へ行ってきました。フランス南部に位置するアヴィニョンでは、毎年7月に、約1ヶ月間に渡り演劇祭が開かれます。演劇、ダンス、パフォーマンス、音楽が約20ヶ所の劇場で上演され、また路上でも本上演の広報や小パフォーマンスがあちらこちらで見られます。劇場内の上演を観賞するには入場料が必要です。演劇によって異なりますが、小劇場では大体10~15ユーロ(1660~2490円)、ノートル・ダム・ド・パップ寺院の演劇は30ユーロ(4980円)です。私は、1999年の7月にここを訪れ、奮発して数多くの演劇を見た記憶があります。今となっては内容も覚えていません。。。私にはよくあることですが、過去に見た映画の内容をほとんど覚えていません。時には、見たかどうかも忘れてしまいます。「見ているときはあれだけ感動するのに」といつも思います。脱線しましたが、今回アヴィニョンでは、時間がなかったので祭りの雰囲気を味わうにとどまりました。

今年、アヴィニョン演劇祭には、デュードネ・ニアングナ(Dieudonné Niangouna)というコンゴ共和国の演出家の作品が上演されました。ジュンヌ・アフリック(Jeune Afrique)というアフリカの話題を取り上げる雑誌を読んでいて、彼のことを知りました。1976年生まれの若い演出家です。コメディアンとも紹介されています。今年の演劇祭では、彼の作品が数本上演されましたが、私が特に興味を持った一作があります。不法滞在者の感情や身振り、人工的に引かれた国境に閉じ込められた人間の孤独さを表現した作品です。残念ながら、私がフランスに到着する以前に上演が終わっており観劇できませんでしたが、8年前とは異なった視点でアヴィニョンを歩いた気がします。

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# by iihanashi-africa | 2007-07-25 15:02 | フランス | Trackback | Comments(3)
NGOが変わる日
時々、こういう質問をされることがあります。「なぜNGOで働こうと思ったのですか?」

私は、日本の大学の大学院を修了し、その時点で既に6ヵ月後からフランスの大学院に入学することが決まっていましたが、その間の時間をどうにか有効活用しようと、開発コンサルタントやNGOでインターンとして受け入れてくれる団体を探していました。その時丁度、現在私が働く「緑のサヘル」がチャドの現地調整員を募集していたのです。アフリカで、しかもインターンではなく仕事で開発関係の活動(実際は人道支援の枠組みの中で活動を行っていましたが...)に関われるということで、即履歴書を送り採用されました。「緑のサヘル」も政情不安定のチャドで働いてくれる人材がなかなかおらず苦労していたようです。

この時、私にとってNGOで働くことは一つの選択肢でしかなかったのですが、チャド現地調整員として働きながら、「緑のサヘル」の目指している方向性や目標に同感・同意出来るものがあり、スタッフの人柄や知識の豊富さにも惹かれ、フランスで大学院を修了後、再び緑のサヘルから誘いが来たときに働くことに決めました。英語圏であるタンザニアのプロジェクトも担当できるということも誘いを受けた理由の一つです。ただし、NGOで働きたかったというよりは、緑のサヘルの環境活動に対する考え方に惹かれたと説明したほうが正しいかと思います。私は、国際機関、JICAあるいはコンサルで働いたことがありません。JICAの方とは仕事の面で関わることがありますが、JICAの中で仕事をすることがNGOと比べてどうなのか、人から話を聞くことはありますが、自分では判断できません。ただ、現場に頻繁に行き、住民と話をする機会が多く、住民が望むように活動を変化させ、フレキシブルに動けるのは、NGOの特権かもしれません。とはいえ、様々な開発関係の仕事の中からNGOを選んだというよりは、偶然NGOに出会って、その団体が良かったのですね。

収入の面から考えると、割に合わないかもしれません。贅沢をしなければ生活に苦労することはありませんが、私は「NGOだから仕方ない」とは思いません。日本の市民社会のNGOに対する認識がまだまだ薄く、NGOに対する理解や支持が十分でないことが一因だと思っています。それが、日本政府がNGOを十分に支援できていない点にも繋がっています。欧米のNGOは、公的機関や企業、そして市民からの支援を得て、組織や人材、財政の面から十分な体制が整っている団体が多々あります。日本のNGOも、仕事内容に見合うだけの収入や働きやすい環境が整い、専門性を持った人材が組織に残れるだけの体制が出来ることを期待しています。

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# by iihanashi-africa | 2007-07-17 10:40 | ブルキナファソ | Trackback(1) | Comments(0)
寄付の重みを感じながら
先日、ブルキナファソに到着したある日本人が7月12日付けの新聞を持ってきてくれました。そこで、一際目を引いたのが、社会面に掲載されていた「トイレの諭吉さん、誰が」という記事。全国各地の役所のトイレなどで、手紙と共に和紙に包まれた1万円札が見つかったそう。総額は400万円を超えるそうです。このお札は、警察で6ヶ月間管理をして、置いた人が現れなかった場合は、拾った人が全額を受け取り、札幌市では置いた人が現れなければ、市の財源に入れられるそうです。

置いた人は、何かお金の用途について意図するところがあったのかもしれません。なかった可能性もあります。私が、この記事を読みながら思ったのは、私たちの団体に寄付してくれたらなあ... 400万円あったら、現在行っているコングシの小学校緑化運動の対象校を25校は増やせます。現在の対象校は10校ですので、倍以上の学校が植林活動を行えるようになります。木が生長すると、熱風や砂嵐を妨げてくれるので、暑いのを我慢して窓を閉めて授業を行う必要がなくなります。400万円で25校、約1万人の児童が風通しの良い教室で授業を受けられるようになります。

私たちの団体には、毎年100万円単位で寄付をしてくださる方々がいます。今日は、毎年大阪でチャリティーコンサートを開催してその収益の一部を寄付してくださる団体に、お礼の手紙を書いていました。日本にいる私たちのスタッフは、このコンサートに足を運び、実行委員の方々の開催に至るまでのご尽力、会場入り口での子供たちによる募金活動を見て、感動して帰ってきたそうです。私は、残念ながらその場にはいられませんでしたが、電話で当日の様子を聞くと、この寄付は絶対に無駄には出来ないなと改めて思います。また、たとえ金額は大きくなくても、数ヶ月に1度3千円を寄付してくださる方もいます。このような支援が、日本の市民、私が働くブルキナファソ事務所、そしてブルキナファソの国民を繋いでくださっています。

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# by iihanashi-africa | 2007-07-16 09:05 | ブルキナファソ | Trackback | Comments(0)
イドリッサ・ウエドラオゴ監督
先日、ワガドゥグで唯一のカジノを経営するフランス人の友人アブデルに昼食に招待されました。レストランも、ワガドゥグで唯一美味しいフランス料理を提供してくれる“Coq bleu(コックブルー)”。前菜が2500~3000fcfa(625~750円)、メインは7500~10000fcfa(1850~2500円)と、NGO職員の私にとっては贅沢すぎる値ですので、この日のように招待された時にしか行くことはありません。

午前中、事務所に予期せぬ訪問客があり、さらに話が長引いたため、約束の時間から大幅に遅れてレストランに到着すると、アブデルはブルキナファソ人と席を共にしていました。アブデルが私に「彼はイドリッサです。イドリッサ・ウエドラオゴさん。」と紹介してくれ、続いて私のことをイドリッサに紹介して席につき食事を始めました。アブデルは私がイドリッサ・ウエドラオゴ氏を全く知らないことを察したようで、耳元で「彼はブルキナファソで最も有名な映画監督」と囁いてくれました。

昼食中は、ウエドラオゴ監督が私の行っている活動に興味を持ってくださり開発の話題に花が咲き、私のアフリカ映画に対する無知さが露見せずにすみましたが、一緒に食事をした映画監督の映画を一本も知らないのは恥ずかしいので、帰ってから調べてみました。

『イドリッサ・ウエドラオゴ氏は1954年バンフォラ(ブルキナファソ南西部の街)生まれで、ワガドゥグの映画専門学校を修了し、1981年から政府の機関であるブルキナファソ映画製作局に勤務しながら数本の短編映画を手掛ける。その内の一本『ポコ(Poko)』が、フェスパコ映画祭(ブルキナファソで開催される国際アフリカ映画祭)で短編映画最優秀賞を受賞する。その後、パリで映画学修士号を取得する。

1986年の初の長編映画以来、現在に至るまでに撮影した映画は短編も含め17本。1988年の『ヤーバ(Yaaba)』はカンヌ映画祭でcritique、1990年の『ティライ(Tilaï)』はフェスパコで最優秀賞、カンヌ映画祭では審査員賞を受賞している。2005年には『3人の男とある村(Trois hommes, un village)』というテレビ連続ドラマを撮影し、フェスパコで審査委員特別賞をした。』


日本で、彼のDVDを手に入れることは出来るのでしょうか。そのうち、ワガドゥグのフランス文化センターでDVDを借りようと思います。
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# by iihanashi-africa | 2007-07-13 07:54 | ブルキナファソ | Trackback | Comments(3)
らくだの顔
らくだの顔を正面から見るととってもかわいいとある友人が言っていました。これが意外にも本当にかわいいのです。いや、人によってはかわいいと思わない人もいるかもしれません。実際に見て判断してください。こんな感じ

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# by iihanashi-africa | 2007-07-12 16:57 | ブルキナファソ | Trackback | Comments(5)
マルコイの市場
毎週月曜日は、タカバング村から12kmのところに位置するマルコイの市場の日です。タカバング村では市場がありませんので、村人は月曜日になるとこぞってマルコイへ移動します。移動手段はロバに引かれた荷車。往復4時間かけて生活用品を買いに行きます。

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手前に100KGの粟の袋がずっしりと積まれてあるのが荷車。2頭のロバがこれを牽きます。
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右奥でシャツを買っているのは私の同僚。800fcfa(200円で)購入したそうです。

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水汲みや調理に欠かせない日用品です。
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このあたりの遊牧民プル族はとてもおしゃれです。いつか髪型の写真を撮らせてもらいたいと思っていますが、髪飾り、首飾り、ブレスレットを大量に身に付けます。その影響が、ベラ族やソンガイ族にも広まり、宝石類を身に纏う女性がワガドゥグより多い気がします。
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マンゴーを売る女性。
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粟の袋が所狭しと積まれています。収穫直後の10月から12月にかけては一袋4000fcfa(1000円)で購入できますが、乾季終わりから雨季にかけての5月から8月には8000fcfa(2000円)にまで値が跳ね上がります。

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# by iihanashi-africa | 2007-07-12 04:21 | ブルキナファソ | Trackback | Comments(3)
堅い絆
私が、サブ・サハラ・アフリカ(サハラ以南アフリカ)に初めて降り立ったのはカメルーンでしたが、驚いたことの一つに男性同士が手を繋ぐということがありました。仲の良い友達や兄弟が、手を繋いで歩くことがあります。日本あるいは欧米でこういう姿を見たら、同性愛者だと疑ってしまうかもしれません。ブルキナファソでもこうして手を繋ぎます。冗談を言い合う、とても気の合う友達同士です。30歳を過ぎてもこうして手を繋ぎます。最近は私も、こういう姿を見ると心が温まります。堅い絆の証です。
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# by iihanashi-africa | 2007-07-12 03:58 | ブルキナファソ | Trackback | Comments(0)
午後5時
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# by iihanashi-africa | 2007-07-12 03:56 | ブルキナファソ | Trackback | Comments(0)
背伸び
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# by iihanashi-africa | 2007-07-12 03:54 | ブルキナファソ | Trackback | Comments(0)
偉大な伝統農法
1週間ほど更新が途絶えまして失礼しました。7月8日から11日までタカバング村へ出張に行ってきました。

今年は、雨季の開始は遅かったものの鼠や害虫の被害が少なく、2週間前に播種された粟は順調に発芽しています。通常、粟を砂地で、稗を粘土質の土地で栽培し、雨が降り出すとまず村人にとって特に重要な作物である粟を播種し、その後稗を播種し始めます。今回はまだ稗の播種は終わっていませんでした。

私たちが支援している活動の中に、ザイディゲット(浸食防止小堰)いう農業緑化技術があります。これは、砂漠化の進行に伴って荒廃が進んだ土地でも農耕を可能とし、かつ荒廃地の回復に繋がる農法です。ディゲットは大きな石を等高線上に並べ、大雨が降ったときに表面の土壌が流出するのを食い止めます。石のラインを間隔をあけながら何本も作ることで水の流れの勢いを弱め、さらに流出した土壌や枯れ木、落ち葉、家畜の糞などが石のラインに堰き止められます。この堰き止められた部分は土地が肥沃になります。一方ザイは、乾季の間に、直径30cm深さ20cmの半円型の穴を、粟や稗の栽培間隔に掘り、そこに、堆肥と混ぜた土を半分ほど入れ、残りの土は穴の谷側に盛って土壌流出を防止します。こうする事で、穴には十分に水分が溜まり、少ない降雨でも生長する可能性が高くなります。このザイとディゲットは複合させると更に効果が高まります。つまり、ディゲットとディゲットの間の土地でザイ農法を行うのです。

今回私は、この農法が本当に土地を肥沃にすることを実際に目で確かめてきました。タカバング村の周辺には、雨季になっても草一本生えない土地が所々に見られます。このような土地でザイやディゲットを行うと、草が生えるようになるのです。まだ、青々と草が生えているわけではありませんが、土の質は明らかに周囲と異なるのが分かります。

ザイはブルキナファソやニジェールの伝統的な耕作技術です。ブルキナファソでは一部の地域でしか用いられていなかった技術で、タカバング村では支援を通して始めて導入されました。ブルキナファソの伝統技術が、ブルキナファソ北部の農耕を救うかもしれません。

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ザイの穴に稗を播種している。
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手前の石のラインがディゲット。ラインの右側が所々草が生え青くなっているのが分かります。

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# by iihanashi-africa | 2007-07-12 03:49 | ブルキナファソ | Trackback | Comments(0)
眠れないときに
ブルキナファソで出会った二人目のチャド人の友人マンガと、携帯でメールをやりとりしていました。彼は学生で、すでに休暇に入ったため暇を持て余しており、今日は日中に寝すぎて夜眠れなくなってしまったそう。

私の返信 『日本では、眠れないときに目を閉じて羊を数えるんだよ。』
マンガの返信 『チャドでは、目を開けたままロバを数えるんだよ。』
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# by iihanashi-africa | 2007-07-05 10:28 | ブルキナファソ | Trackback | Comments(0)
賢い牛たち
私たちのNGOは1996年からタカバング村で、環境・農業活動の支援を行っています。当初は、首都のワガドゥグではなく、タカバング村に事務所を構えていました。敷地内には、事務所建物の他、倉庫、藁葺き屋根の円形小屋が2棟、トタン屋根の小屋が2棟あり、通常私は藁葺き小屋に寝泊りします(下の写真参照)。ワガドゥグに事務所を構えてからは、出張や調査で日本人が村を訪れる時以外、村の事務所には誰もおらずしーんと静まり返っています。鍵は掛かっていますが、盗まれるようなものもありませんので、管理人や警備員もいません。時々、村人が通りすがりに問題ないか横目にチェックしてくれているようです。以前も、強い風で屋根がめくれそうになり、すぐに修理するよう電話で伝えてくれました。村人には、私も日ごろから感謝しています。

今日夕方6時頃、村人の一人から電話がありました。私たちNGOと村との仲介・連絡役を務めてくれている男性です。つい数分前に彼のもとを訪ねてきた別の村人の話によると、なんでも牛が事務所の藁葺き小屋の屋根を食べているとのこと。今年は雨の降り始めが遅かったため家畜の餌となる雑草が生えず、だからといって飼料を買うお金も村人は持ちあわせていないため、牛、ヤギ、羊などの家畜はおなかを空かせています。放し飼いにされている牛が食糧を探して歩き回り、やっとたどり着いた先が私たちの事務所の藁葺き小屋でした。首を伸ばして藁を食べているそうです。

私は、電話をくれた村人に、時間がある時に一度様子を見てきてくれるよう頼みました。すると彼は「今すぐ見に行ってくる」と言います。私は「もう6時過ぎているから、明日でも明後日でもいいよ」というと、彼は「いや、今すぐ行ったほうがいい」と言い張るのです。彼によると「一頭がいい餌場を見つけると、今度は友達を誘ってやってくる」そうなのです。何頭もの牛が寄ってたかって屋根を食べれば、さすがに形が崩れてしまいます。今日中に牛が近寄れないよう対策をとる必要があるそうです。

牛は賢い動物です。前回タカバング村へ出張に行ったとき、集団下校する牛たちに出会いました。各家々の牛たちは、朝になると人間の合図もなく集まり、村から少し離れたところへ集団で草を食べに行きます。そして、夕刻には一列に並んで村へ戻ってきて自分の家へ戻ります。感心してしまいます。
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# by iihanashi-africa | 2007-07-05 09:56 | ブルキナファソ | Trackback | Comments(0)
インターネット速度100Mbps
私の現在働いている首都の事務所では、昨日までダイヤル回線のインターネットが繋がっていました。ユーザー名とパスワードを入力してダイヤルすると、まず発信音が鳴り、その後「ピーーージジジ、ジュルジュル、ガガジジーーージジジ」と、パソコンが壊れるのではないかと心配してしまうようなとんでもない音が鳴り、最後にユーザー名とパスワードを自動的に認識してやっと繋がります。ワガドゥグでは、大抵1度ダイヤルすれば繋がりますが、4年前にカメルーンにいたとき、2年前にチャドにいたときは、20回、30回、40回とダイヤルしても繋がらず何度も諦めたものです。きっと数年前はワガドゥグのインターネット事情も似たようなものだったのかもしれません。

ダイヤル回線の不便さは、繋がりにくいだけではありません。まず、インターネットに接続している間は固定電話を使用できません。そして、一台のパソコンしか接続できません。更には、電話代が半端なく高くなります。一時間インターネットに接続したら、一時間市内に電話を掛けていたのと同じことになります。先月は、事務所の電話代が12万Fcfa(3万円)にもなりました。固定電話から国際電話を掛けることはほとんどありませんので、電話代の8割から9割がインターネット接続料です。日本の事務所とのやりとりは大半がメールですので、ネット接続は仕事にも欠かせません。

ところが、最近はアフリカでもADSLや無線LANが普及し始めました。タンザニアでは既にADSLが主流です。ここワガドゥグでも、現在ADSLがダイヤル回線に取って代わろうとしています。私たちの事務所でも、昨日からADSLを利用できるようになりました。ダイヤル回線では速度30~50Mbpsだったのが、現在はその倍の100Mbps。重いファイルのダウンロードも出来るようになりました。さらに、ADSLの月額使用料3万Fcfa(7,500円)。ダイヤル回線に比べずいぶんと格安です。事務所経費節約にも貢献。

とにかくこれで、心置きなく時間をかけて投稿できます。
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# by iihanashi-africa | 2007-07-05 09:49 | ブルキナファソ | Trackback | Comments(0)
チャド大統領の長男
ラジオを聞いていてふと耳に入ってきたニュースです。
2日月曜の朝、チャドのイドリス・デビー大統領の長男ブライム・デビー氏が、自宅のある建物の地下駐車場で殺害されているのが発見されました。死因は窒息死の可能性が高いそう。体は消火器の粉に覆われており、口の中まで入っていたようです。犯人はまだ見つかっていません。

ブライム・デビー氏は、パリでも警察に要注意人物として知られており、2006年には銃や麻薬の携帯で逮捕されており、この事件後、父であるデビー大統領は、国土整備・都市開発省特別顧問のポストから彼を解任したそうです。今回の事件は、彼の個人的な金銭関係のもつれだと考えられていますが、内戦状態にあるチャドでは、様々な憶測が回っていると思われます。

チャド人の友人ウマールは、「彼のチャドでの横暴ぶりは目に余るものがあり、チャド人の中には彼を殺人者とみなしている者も多いだろう。人の死は喜んではいけないが、彼の死を喜ぶチャド人は多いと思う。」と話していました。

暗いニュースの投稿は出来るだけ避けたいと思いますが、私が一時期滞在していた国であるということ、そして日本では全く話題にならないニュースであるため記述してみました。
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# by iihanashi-africa | 2007-07-04 10:00 | チャド | Trackback | Comments(2)
待望の雨
タカバング村で雨が降りました。
昨夜、「雨が降ったぞ!!!」という電話が来て、今朝は粟を播種している最中に畑から電話をくれました。村人は一斉に播種を始めたそうです。特に雨の後は涼しい風が吹き播種日和。村人の弾んだ声に私も嬉しくなりました。昨年は降雨量が少なく、さらに播種の段階でねずみに種を食べられる被害に遭い、収穫量がかなり少なかったそうです。今年は、大量の収穫を得られますように!

ワガドゥグも、頻繁に雨が降るようになり、扇風機を付けずに眠れる夜が多くなりました。

今日、山梨の実家に電話をしたときの会話。
私「元気ないんじゃない?」
父「今日は寒い。」
私「こっちも今日は涼しいよ。扇風機回さなくても仕事できる。」
父「涼しいって何度なの?」
私「ちょっと待って温度計見てくる。」
  ~15秒後~
私「31度。」
父「ああそう。31度で涼しいの。。。ああそう。。。」
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# by iihanashi-africa | 2007-07-02 22:58 | ブルキナファソ | Trackback | Comments(2)