高知旅行⑤:高知ファイティングドッグスのブルキナファソ出身ラシィナ選手
高知に旅行することを決めてから、あっ!!!!!そうだ、ラシィナくんが高知にいるんだったと思い立ち、会いに行くことを決めた。

以前も2回ほどラシィナくんの記事を書いたのでご紹介。
ブルキナファソ初のプロ野球選手誕生
ブルキナといえば「野球」

c0116370_143150.jpg高知ファイティングドッグスと言えば、最近ノンフィクション小説「牛を飼う球団」を出版した。早速購入して読み始めたら、一晩で読んでしまった。知っている人が登場人物として出てくると、とても気持ちが入る。そして感動する。これを読むと球団オーナーの思いと人柄がここまでの球団に育った理由だと思えるようになる。そしてこういう方の周りには思いを共有できる熱い仲間が集まってくるのだと。


1) ラシィナくんの練習を見に行こうと決める

さて、ラシィナくんの話に戻ると、私自身はラシィナくんが2回目に日本へ出発する前の壮行試合「ブルキナファソ対日本(@ワガドゥグ)」で会ったのが最初で最後。特に個人的に親しい訳ではない。でも、とにかく今現在彼が日本人の中で活躍している姿が見られればと思い、まずは球団のホームページ(http://www.fighting-dogs.jp/)で試合のスケジュールを確認した。すると、私たちの旅行期間3日間のうち、5月27日は徳島28日は愛媛とアウェーでの試合。唯一29日だけはホームでの試合だったが、ナイターということで私の飛行機の時間に間に合わないため見られない。それでも練習だけでも見たいと思い球団に連絡してみたら、突然の電話にもかかわらずとても親切に対応していただき、練習が始まる時間を教えてくれた。ただ、この日は室内練習で見学は出来ないため、練習が始まる前の12時半頃に球場に来てくれたらラシィナくんに会えるだろうとのこと。なんとかその時間に間に合うように向かった。

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2) ラシィナくんへのお土産を考える

高知に行く前、ラシィナくんに会いに行こう!と決めてから、何かお土産を持っていこうと考えた。何かブルキナファソを思い出せるもので高知では入手し難いもので思いついたのがブルキナファソの食材(後から聞いたのだが、ラシィナくんはもう日本食に馴染んでいるらしい)。といっても、東京でも入手できるものは限られている。私が唯一思いついたのはフトゥというヤム芋やバナナを餅のようについて、様々な味のソースをつけて食べる料理(ブルキナ料理一覧)。もともとブルキナファソの料理ではなく、ガーナやコートジなど海岸沿いの芋やバナナが収穫できる地域の料理ではあるが、ブルキナファソでも広く食べられている。そのフトゥの粉なら上野で購入できる。

しかし、ネット注文すると数日かかり、お店は19時で閉まってしまう。仕事が忙しかったので、19時までにお店に行くのは難しく、ネット注文だと旅行までに間に合わない。さて、どうしようかと考えた時に、ふと、レストランを経営するブルキナファソ人の友人を思い出した。あの人だったら食材を持っているに違いない! 早速電話したら、「もちろん持っているから取りに来たらあげるよ」と。そして、仕事の後、夜遅くに取りに行ってなんとかフトゥの粉を受け取った。その時友人が、「それどうするの?」と聞くので、かくかくしかじかで高知にいるブルキナファソ人にお土産で持っていくのだと話すと、「それなら、ベンガを持っていくべきだ」という。ベンガとはササゲを煮込んだ豆料理。「フトゥは一般家庭ではあまり食べられていないから、知っている人もそんなに多くないと思うよ」と。なんと、、、少なくとも首都ワガドゥグの人々にとっては十分に浸透していると思っていたけれど、そうではないのか。。。

そして、友人のアドバイスを得て、フトゥの粉とベンガ用の豆を持っていった。

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3) ラシィナくんに会えた


高知球場に到着し、しばらくしてからラシィナくんが出てきた。私は一方的に知っていたのだが、ラシィナくんにとって私はほぼ初対面。もともと控えめな選手で、更に初対面の私たちを前に少し緊張した面持ちだったが、なんとか少しずつ打ち解けていった。そして、お土産に持ってきたフトゥとベンガを渡すと、ぼそっと「あっ、ベンガ」と反応してくれた。実は球場に行く前に、ブルキナファソの元野球協力隊員で高知ファイティングドッグスで働いていた方に連絡をとったら「先日、丁度ラシィナとベンガ食べたいね、と話していたところです」と教えてくれた。さすが、ブルキナファソ人はブルキナファソ人のことをよく分かっている。

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最後に、ラシィナくんと撮影。
2年前に会った時はまだ体も小さかったが、現在は胸板もとても厚くなり、重い球に負けない体が出来上がってきている。そして、日本語もペラペラでびっくりした。2年間でここまで話せるようになるとは。


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4) ラシィナ選手の初ホームランボールの感動秘話

ラシィナくんに会った後に、球団関係者から、前日にラシィナくんが公式戦での初ホームランを打った話を聞いた。

ラシィナくんは、来日当初から地元メディアで取り上げられており、また彼自身も素直で控えめで、でも陰で努力するところが、日本人に愛されるのかもしれないが、ラシィナくんファンが多いという。通常なら球団からメディアへ話題を売り込むことが多い中、ラシィナくんについては今どうなっていますか?とメディアから連絡がくる。

球団の方に、高知ではどこに泊まっていたのかと聞かれ、梼原と答えると、「梼原なら愛媛の試合を見にこれたのに」と教えてもらった。なんと、、、梼原から愛媛の球場は車で1時間らしい。高知市に行くよりもずっと近い。アウェーで見に行けないと思っていた愛媛の試合に行けたとは。土地勘がないとこういう機会を逃してしまう。更に、梼原にもラシィナくんの熱狂的なファンがいるので、その人たちの車に乗せてもらえたかも、と。すごいな、ラシィナくん。

その愛媛の試合で、ラシィナくんが初ホームランを打った。
通常ホームランボールは、ボールをとった観客がもらえることになっている。この日、ラシィナくんのボールをとったのは愛媛のチームのファンの方。その方が、「このボールは是非ともラシィナくんに渡してください」とわざわざ返しにきてくれたという。この話を聞いたときは目に涙が滲んだ。こんなに愛されているなんて。。。

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5) 「ブルキナファソ野球を応援する会」創設者との出会い


高知球場で、もう一人、偶然の出会いがあった。

ブルキナファソの初代野球隊員の出合さん
帰国した彼は、出身地の北海道富良野市で、パン屋を経営しているが、傍らで『ブルキナファソ野球を応援する会』を立ち上げて、もはやどちらが本業か分からないくらい精力的に活動されている。お話は伺っていたが、実際にこうしてお会いしてお話しするのは初めてだった。

彼のすごさは以前の記事でも書いたので、こちらをどうぞ。
ブルキナといえば「野球」

今回実際にお会いして、普段はあまり多くを語らないのに、野球のことになると熱い思いが込み上げてきて話が止まらない。そして、思いだけでなくそれを実現する行動力がほんと脱帽である。

今般、ブルキナファソから始まった野球の支援の輪を更に広げて、西アフリカ全体から有望な野球少年たちを招待して試合を行う企画がある。北海道でも高知でも休暇を取って足を運ぼうと思っていたのに、なんと私は7月に出張が入っており、ばっちり重なってしまっている。

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グッズも販売している。
https://bbburkina.thebase.in/

関心のある皆さま、是非足を運んで応援してあげてください。

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6) ブルキナファソに野球隊員を派遣するきっかけとなった女性との出会い

実は、話はこれで終わらず、今回出合さんにあったことで、もう一人の女性とも繋がった。

以前から、ブルキナファソの野球の話を周囲にすると、そもそもなぜブルキナファソに野球の協力隊員が送られるようになったの?と聞かれることがあり、確かになぜだろう??と不思議に思っていた。ブルキナファソで、野球なんてほんの一部の人しかしらないし、協力隊員を送るほどの野球人口がいるというわけでもない。しかし、このような中で野球連盟の熱い思いをくみ取り、是非協力隊派遣を!と尽力した女性がいた。この方も協力隊員だった。

ブルキナファソに携帯通信会社Celtelという会社があった。アメリカ系の会社であり、社員たちに野球を学ぶ機会を与えていた。そこの社員だったN’DIAYE Ibrahim氏が、初めてマリで野球を習ったとき、こんな面白いスポーツがあったのかと思い、帰国後に野球を教えるようになった。道具などはCeltel社が与えてくれたものがあったが、民間会社が本腰を入れて野球を教えてくれるというところまではいかなかった。しかし、野球を広めたいという思いが強かったN’DIAYE氏は週末になると野球を教えていた。

当時その近くに何人かの協力隊員が住んでいた。彼らも週末に一緒に練習に参加するようになり、隊員としての活動とは別にボランティアで野球を教え始めた。そして、JICAの「世界の笑顔のために」プログラムで、野球の道具を送ってもらい、そこから更なる交流が始まった。その間に、野球連盟も発足し、数年かけてスポーツ省に登録された。

その後、協力隊員も入れ替わり、徐々に首都ワガドゥグに配属となる隊員の数が少なくなったために、練習に合流できる日本人も少なくなっていった。その時に保健省に配属されていた協力隊員で練習に参加していた女性が、野球隊員を是非とも送ってほしいとJICA事務所の担当者を説得し、今度はその担当者が当時のJICA事務所長を説得して野球の練習を見に行ってもらい、隊員派遣の要請取り付けにこぎつけたそう。

遡れば、この方の尽力なしに、出合さんがブルキナファソに来ることはなかった。

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今となってはこの女性だけでなく、以前から野球の練習に付き合っていた隊員全員がラシィナくんや出合さんの活動を応援しており、その絆は強いことがよく分かる。

私がブルキナファソにいた時には、既に3代目の隊員さんが活躍されており下地はすでに出来上がっていたが、それでもこのストーリーの一旦を近くから見ることができているのは幸せだと思う。


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# by iihanashi-africa | 2016-06-13 01:28 | 日本 | Trackback | Comments(4)
高知旅行④:四万十を下って上る
絵になる岩間沈下橋

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中土佐町の久礼大正町市場


「大正町市場は明治の頃、漁師のとってきたお魚と農家さんが作った野菜を物々交換していた場所でした。それから、旦那さんや息子さんの釣ってきた魚を、おかみさんがトロ箱一つで販売を始めると、野菜やお肉、着物など、生活にかかせない物がここ大正町市場で全部まかなえる市場へと成長しました。」~サイトより~

もちろんカツオのたたき丼と本日のおすすめ丼。お勧めには、①久礼の朝どれ初カツオ、②カツオわら焼きたたき、③ウツボたたき、④トビウオ、⑤ぶり、が入っていた。
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ここのカツオのたたきはわら焼き。
風味がすごい。



高知で美味しいと思ったのが、アイスクリーム。
昔ながらのアイスクリンはもちろん定番。
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最近は東京のナチュラルローソンでも見かける高知の文旦アイスやバニラアイス。バニラは生乳の味がそのまましてとても美味しい。

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途中で発見したYou Farmのソフトクリームも絶品。



2日目のよるは「雲の上ホテル別館」に宿泊。
もちろんここも隈研吾氏の設計。
館内はどこも木のぬくもりに溢れ、町に馴染んでいる。
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梼原の中心通り。
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雲の上ホテル別館の1階は、マルシェ・ユスハラとして特産品を販売する道の駅のようなスペースになっている。吹き抜けで開放感がある。
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# by iihanashi-africa | 2016-06-11 23:15 | 日本 | Trackback | Comments(0)
高知旅行③:酷道439号線
高知旅行から戻ってから数日後、一緒に旅行した友人から、「国道439号線がテレビで放映されているよ」と連絡があった。「『酷道』って表現されていた」と。
http://www.nhk.or.jp/docudocu/program/210/1199139/index.html


やっぱりそういう道だったのね。

日本三大酷道と呼ばれるほどの道だったらしい。「酷道よさく(439)」とも呼ばれるらしい。私たちは、ドライブをしながら美味しいと言われるパン屋を目指して、全く土地勘もない国道439号線に入り込んだが、まあほそーい山道で軽自動車でもすれ違うのが大変なところ。でも、景色は最高だった。

国道439号線は、徳島県徳島市から始まり、そのままほぼ西進し、四国山地の真ん中を突っ切り、高知県四万十市で終わる。全長341.2kmで四国最長だそう。

私たちが通ったのは、そのほんの一部で、高知県四万十町の土佐大正の辺りから梼原川に沿って北上し、そのまま支流の北川に沿って更に北上して、国道197号線と合流したところで梼原に向かった。聞くところによると四国山地の辺りは相当の酷道らしいが、高知の四万十の辺りでも相当の酷道だった。でも運転が好きな人は、とても面白いかも。

少し雨が降っていたので、白黒で撮ってみた。
酷道439号線からの景色。

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# by iihanashi-africa | 2016-06-08 21:27 | 日本 | Trackback | Comments(0)
高知旅行②:隈研吾と梼原町
今回の旅行の一つの楽しみがホテルだった。

建築家隈研吾氏が設計したホテルが高知県梼原町にある。

隈研吾氏と梼原町との関わりは深い。
独立してしばらくして仕事がなくなった時に声をかけてきたのが梼原町。ゆすはら座の保存に関わってから、町との付き合いが続いたらしい。

今では、私たちが宿泊した「雲の上ホテル」に続き、町の特産の杉をふんだんに使った「木橋ミュージアム/雲の上ホテル別館」も、周りから見るととても優しい感じがする。

「雲の上ホテル」
http://kumono-ue.jp/

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雨だったので外の写真は綺麗に撮れなかったが、雲の上を飛んでいる飛行機をイメージして設計された正面。


素敵な和の通路を進む。
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少し開けたスペースに抜ける。
ここが部屋の入口。どこか分かるかな?
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ここ。
この赤で囲んだところに部屋の扉がある。
壁と調和していて全く分からないところが隠れ家的で洒落ている。
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とっても素敵なロイヤルルーム。
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メゾネットタイプになっており、リビングとベッドルームに分かれている。
これはリビング部分。
どこからでも美しい緑が見られる。

温泉があったので部屋のバスルームは使わなかったけれど、気持ちがよさそう。
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木の香りがする階段を下におりると、ベッドルームに辿り着く。
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ここからも緑が美しい。
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これは温泉施設へ向かうギャラリーの外観。杉と檜を編むようにつないでいる。
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そしてそのギャラリーの内部。
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美しい。
あと一泊くらいしないと堪能しきれなかったかも。


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# by iihanashi-africa | 2016-06-08 00:39 | 日本 | Trackback | Comments(0)
高知旅行①:須崎のマルキョー醤油若女将
一週間前の週末に、2泊3日で高知を旅行した。


次の国内旅行は知っている方がいるところに行こうと思っていた。まずは、熊野古道に惚れて和歌山に移住まで考えている友人がいたことを思い出し、もう一人、旦那さんの実家が高知にあり、機会があったら紹介したいと話してくれていた知り合いがいたことも思い出し、一緒に行こうと誘った友人にどっちがいい?と聞いて、高知になった。


c0116370_23562880.jpg高知に旅行しようと思い始めて2冊の本を読んだ。
有川浩の「県庁おもてなし課」
喜瀬雅則の「牛を飼う球団」

「県庁おもてなし課」を読めば、高知の地理的魅力と高知の方々の気質がよく分かる。そして高知に惹かれていく。
「牛を飼う球団」は高知ファイティングドッグスのノンフィクション小説。これは語り出したら止まらないので、別途記事を書くことにする。




高知龍馬空港に到着し(まず高知空港ではなく高知龍馬空港が正式名称であることを初めて知った)、レンタカーを借り、高知市内を通り過ぎ、高速へ直行。1時間ほどで須崎市に到着した。高知旅行を決めるまで、須崎市の存在を知らなかったのだが、私の知り合いが須崎市に家があり、とても面白い方がいるということで、紹介してもらって須崎に直行した。

それが、マルキョー醤油の若女将佳生子さん。
高知に行く前から連絡を取らせていただき、なんと気さくで感じの良い方のだと思ったのだが、ほんとに元気で素敵な方だった。
http://jozojo.com/


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丸共醤油は、須崎市で大正時代から味噌と醤油を製造してきた醸造場。佳生子さんの祖父が会社組織にし、親戚夫婦が経営していた。しかし、その後工場長や経営陣が亡くなり、製造も販売も先細った。そして佳生子さんの父が看板を下ろすと決めて、お世話になった方々にあいさつに回った時に、「やめられたら困る」と地元の人から懇願されて、続けることにしたそう。

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須崎のB級グルメに「鍋焼きラーメン」があるが、ここの鍋焼きラーメンにマルキョー醤油は不可欠なのだそう。


佳生子さんは、明治学院大学でアフリカに関わる勝俣先生のゼミに入っており、在学中にガーナでフィールドワークをしている。そして、勝俣先生の退任の際には卒業生としてパネルディスカッションで登壇している。

大学卒業後、地ビール会社に就職した佳生子さんは、醤油づくりに関わったことはなかったが、父から「ビールよりも醤油を作ってくれないか」と地元に帰ってくるよう説得され、帰郷を決意。ビール会社の元同僚で同じ高知生まれの栄嗣さんと結婚し、醤油・味噌づくりを二人で受け継ぐことにしたそう。

今は、商店街のイベントを手伝ったり、須崎市の文化財保護委員もしている本当に活発な方。その行動力だけではなく、とても人を惹きつける人物としての魅力がある。素敵な方に出会った。

佳生子さんの記事
http://tosabushi.com/archives/vol3/entry-105.html

マルキョー醤油の紹介
http://www.umaitosa.com/marukyo/



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マルキョー醤油の蔵の中。


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マルキョー醤油の商品たち。なんだろう、関東の醤油よりもとても旨味があり、甘味が入っていないのに甘味を感じる。カツオのたたきにはぴったりの「さしみ醤油」。その他にも上品なお醤油が沢山。是非お勧め。


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テイスティングもさせてもらった。



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お昼は佳生子さんが紹介してくれた須崎「まちかどギャラリー」で一緒にお食事。
http://machikado-gallery.jimdo.com/



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須崎の食材を使った料理を食す。
これがとっても優しくて美味しい。



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須崎はみょうがの生産日本一だということは初めて知ったのだが、みょうが料理が素晴らしい。みょうがのらっきょう酢漬け。これは美味!ということで、帰宅後早速実践。1日でかなりしっかり漬かる。


そして、そこで須崎の商店街のおばあさんに出会った。
初対面の私たちに、以前から知っているかのように気さくに声をかけてくださり、今年は高知の名産品「小夏」が不作だから高くて貴重だけど、家にあるから食べにおいでと言ってくれた。全くの初対面の私たちに。
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「小夏」って何?という顔をした私たちに食べ方も教えてくれた。
他の柑橘類と違い、白い部分も食べられ、少し酸味が強い果実とフワフワして甘味のある白い内果皮を一緒に食べることで美味しさが倍増する。そして、スイカのように少しだけ塩をかけると甘味が増して本当に美味しい。
食べ方を紹介しているサイトを発見。
http://inaka-pipe.net/20140430/


最後にワカメももっていきなと、お土産までいただいてしまった。本当に感謝感謝。こういう人との出会いは本当に旅を充実させる。行き当たりばったりで、全く計画性のない旅ではあったけれど、こういう時間と心の余裕があるときこそ、素敵な出会いがある。

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高知といえば土佐文旦も有名。その文旦の皮を干して砂糖漬けにしたものも出してくれた。高知では一般的らしい。甘すぎないので、食べだしたら止まらなくなる。


1日目から本当に素敵な出会いだった。


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# by iihanashi-africa | 2016-06-07 00:20 | 日本 | Trackback | Comments(2)
バマコ上空とバマコ国際空港
もう3カ月も前の2016年3月6日に撮影した写真。
アップする機会を逃し、今まで温めていた。そのまま温めすぎてパソコンの中に眠り続けることにならないよう、早くアップしないと。

以前ケニアのナイロビからセネガルのダカールまでケニア航空で移動した際、マリの首都バマコを経由した。バマコに降り立ったのは初めてだった。

2012年3月のマリのクーデター直後は、渡航が禁止になり、飛行機から降りないトランジットも許可されない時期が続いた。そのため、ブルキナファソからセネガルに行く際に、マリ経由で行けば3時間で行けるのに、コートジボワール経由で丸一日がかりで行ったのを思い出す。
マリ北部のイスラム過激派グループとは

最近は、トランジットは問題なくできる。

首都バマコに近づくとこういう光景が広がる。

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作りかけの家かな。
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こちらも少しずつ完成していく家。
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川の周囲に緑が多いのがよく分かる。
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この角度から見ると、平坦な街だと改めて思う。
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バマコのModibo Kéïta Senou国際空港。


c0116370_18151337.jpgバマコの空港では、現在新たなターミナルを建設中である。2010年にアメリカのMCC(Millenium Challenge Corporation)の支援で建設が始まったが、2012年のクーデター後にアメリカからの支援が凍結され工事も中断した。そして、2015年5月に再開が発表された。今回の資金源は、クウェート開発基金が49.3%、石油輸出国機構(OPEC)が26.3%、イスラム開発銀行が10.8%、そしてマリ政府が13.6%。


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この建設は、2010年に中国企業Sinohydroが受注しており、再開した際も引き続き同企業が実施することに決定した。工事そのものはいつ開始されたのかな?記事によると12カ月で完成するとあったけれど、2016年3月の時点はまだまだという印象。いつ完成されるのだろう。


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さて、私はトランジット中、バマコで降りる客を眺めている、その後に掃除が入ってきた。掃除機でうぃーーーーん。あらあら、結構大きな音ですね笑。


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# by iihanashi-africa | 2016-06-05 18:48 | マリ | Trackback | Comments(0)
「アフリカのピノチェト」に終身刑宣告
「アフリカのピノチェト」と言われたチャド前大統領Hissène Habré(イッセン・ハブレ)氏の裁判が、終身刑宣告という形で一区切りがついた。「終わった」と表現できないのは、まだ控訴の可能性が残されているから。

振り返れば、上記のイッセン・ハブレの記事を書いたのは2012年8月のこと。もう4年も前のことだ。
「アフリカのピノチェト」1:イッセン・ハブレという人
「アフリカのピノチェト」2:3か国で告訴
「アフリカのピノチェト」3:やっと裁判開始か


2000年に提訴されて、その後も紆余曲折があり、審議すら始まらない状況にあったが、16年経った2016年5月30日、やっと判決が下された。ハブレ氏ももう74歳。年齢も刑の軽減に考慮されるかとも思ったが、やはり4万人が殺害され、20万人が何らかの拷問を受けたという罪の重さは計り知れず、情状酌量などはありえなかったようだ。

日本語のネット記事
http://japanese.donga.com/List/3/03/27/535223/1


今回、終身刑を宣告されたが、15日以内に控訴が出来るようだ。
おそらく控訴するのだろうから、まだまだこの話題は終わらないかもしれない。

今後何年続くか分からないが、「アフリカがアフリカを裁いた例」として、とても歴史的な判決となった。

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# by iihanashi-africa | 2016-06-02 01:27 | チャド | Trackback | Comments(2)
ニューヨーク番外編
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# by iihanashi-africa | 2016-06-01 00:23 | 米国 | Trackback | Comments(0)
ニューヨークを食す
今回の旅では時間があったこともあり、珍しく食にこだわってみた。

最近流行っていると思われるニューヨークフード。

①ラーメンバーガー Ramen Burger 10ドル
生麺を固めたものを鉄板で焼き、それで照り焼きソースの肉と野菜を挟む。ものすごくながーい列が出来ていたので美味しいのかと思いきや、うーーむ、これはそれほどいけていない。麺が生で柔らかいのが気になるし、ソースが濃すぎる。残念ながら、私には合わず。。。
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②ロブスターロール Lobster Roll 18ドル
Red Hook Lobster Poundというお店のロブスターロール。この大きさにしてはちょっと高いけれど、食べる価値あり。パンも周りはかりっと中はふわっとで美味しい。
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③マンゴーチリアイス
La Newyorkinaというお店のマンゴーアイスとチリソース。メキシコがオリジナルの食べ物らしい。棒はチリペースト。うーーーむ、これも微妙だなあ。
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④レインボーベーグル
ブルックリンにあるBagel Storeというお店のレインボーベーグル。どうやったらこんな色が出せるのだろう。そして色が混じり合っていないのがまたすごい。
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ストロベリーチーズケーキというクリームを入れてもらったら、帰宅して袋を開けた時に食欲をそそらない感じになっていた笑。でも意外にもこれが普通に美味しかった。


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もう一つはチョコチップクリームチーズ入り。


⑤ハイビスカス味ドーナツ

DOUGHというお店のドーナツ。帰宅してから写真を撮ったので形が崩れてしまっているが、購入した時は美しかった。右がハイビスカス味のドーナツ。左はパッションフルーツとココナッツミルクのドーナツ。どちらもドーナツにしては軽めで一つをぺろっと食べてしまう。
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⑥EMPIRE Cakeのカップケーキ
ニューヨークと言えばカップケーキ。でも、今まではあまり惹かれずに買ったことがなかった。しかし!!、今回カップケーキが侮れないことを発見。日本でカップケーキと言えば、下のスポンジの部分は単調なスポンジのみだが、なんとニューヨークのカップケーキは、このスポンジの中がすごい。いろんなクリームが何層にも重なっており、もてはやされる理由がやっとわかった。本当に美味しいのだ。
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⑦Molly’s Cupcakesのカップケーキ

クレームブリュレのカップケーキは美味。ほんと侮れないな、カップケーキ。
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⑧Café Laloのチーズケーキ
ニューヨークに行く前に、友人がここのチーズケーキを食べるべし!と教えてくれ、丁度近くを通ったので立ち寄った。チーズケーキも甘すぎずにとても美味しいし、お店の雰囲気もよい。
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⑨Shake Shackのハンバーガー
日本でも青山と恵比寿にオープンしたShake Shack。日本では長蛇の列でなかなかハンバーガーにありつけないらしいので、ニューヨークで食してみた。ふむ、確かにとっても食べやすい。とってもシンプルな感じがするが、パンと肉のバランスが良く、何度でも食べたくなる味かもしれない。
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# by iihanashi-africa | 2016-05-31 01:40 | 米国 | Trackback | Comments(0)
Secret New York 12:フリーメイソンのニューヨーク支部
Secret New York 1:地下鉄14th streetのブロンズ像
Secret New York 2:ピカソとネイシャーの作品
Secret New York 3:マリリン・モンローの地下鉄シーン
Secret New York 4:セント・パトリック大聖堂のブタ?
Secret New York 5:ニューヨークのベルリンの壁
Secret New York 6:小人の家
Secret New York 7:アメリカで最もインド調な家
Secret New York 8:歩道に埋められた時計
Secret New York 9:ごみ箱の隣の女性の像
Secret New York 10:ささやきの回廊
Secret New York 11:中央駅のネズミの彫刻


第12弾

最後のSecret New Yorkは、フリーメイソンのニューヨーク支部。1782年に設立されたらしい。

「Secret New York, an unusual guide」を最初に読んだ時に、最も行ってみたいと思った場所だった。それも、フリーの見学ツアーがあるという。フリーメイソンへの漠然とした関心は、もちろんダンブラウンの『ロスト・シンボル』の影響。若干ミーハー的興味。

http://nymasons.org/2016/hall-tours/

23丁目通り沿いの6番街との交差点近くにある。入り口はそれほど大きくないので気づかない人も多いと思う。
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このサイトには、フリー見学ツアーが月曜から土曜の10時半~14時15分の間に行っていると記述されている。まず最初にニューヨーク支部に行ったときは14時を過ぎており、入口の警備員に「今日はもうツアーは行っていないから明日来なさい」と言われた。翌日、11時頃に到着したら、前日とは違う警備員に「今日はみんな会議で忙しいから明日来なさい」と言われる。「えー、昨日の方は今日来いって言っていたのに・・・ぶつぶつ」。「とにかく明日来なさい」。

そして3日目、入口の警備員に「まだガイドをしてくれる方は来ていないが、とりあえず最上階のフリーメイソンミュージアムにでも行って待っていたらどうだ?」と言われ、早速ミュージアムへ。そのミュージアムの受付にいた女性も「もうすぐ来るだろうから待っていて」と教えてくれ、見学しながら待つこと20分。受付の電話がなり、その電話の後に私のところへ来て、「やっぱり今日は来られないみたいだから、明日来てくれる?」と。はあ、、、3日目も撃沈。結局4日目まではトライしなかった。

教訓は、サイトにも書かれているように、最初にメールでアポを取っておく必要があるということ。次回ニューヨークへ行くときに楽しみが増えた。

さて、結局見学は出来なかったものの、ミュージアムだけは入ることができたので、少しだけご紹介しておこう。

エレベーターの手前。
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そしてミュージアム。
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ナチスドイツ時代に発見されたもの。


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どのような意味があるのかは分からないが、会員だと理解できるのだろうか。


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初代アメリカ大統領ジョージ・ワシントンを、ジェネラル・グランド・マスターに選出した際の絵。


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最近の会合の写真。


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相当の数の資料が所狭しと置かれており、この裏にも書庫があるらしい。



上位の階級へ上がるための儀式。
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フリーツアーだと、様々な儀式を行う部屋や、アメリカの初代大統領ジョージ・ワシントンの像が飾られている会議室などが見られるらしい。次回は必ずや行ってみたい。

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# by iihanashi-africa | 2016-05-30 01:29 | 米国 | Trackback | Comments(0)
Secret New York 11:中央駅のネズミの彫刻
Secret New York 1:地下鉄14th streetのブロンズ像
Secret New York 2:ピカソとネイシャーの作品
Secret New York 3:マリリン・モンローの地下鉄シーン
Secret New York 4:セント・パトリック大聖堂のブタ?
Secret New York 5:ニューヨークのベルリンの壁
Secret New York 6:小人の家
Secret New York 7:アメリカで最もインド調な家
Secret New York 8:歩道に埋められた時計
Secret New York 9:ごみ箱の隣の女性の像
Secret New York 10:ささやきの回廊


アフリカに「思いやり」のブログで、どれだけニューヨークの話題を書いているのだと思われていることは重々承知しております(笑)。でも、あと2回だけSecret New Yorkにお付き合いください。


第11弾

第10弾にも書いたグランド・セントラル駅のすぐ隣に、グレイバー・ビルディングGraybar Buildingというビルがある。1927年に完成したこの建物は、Graybar Electric Company本社で、当時世界で最も高い建物となった。

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その建物の正面にネズミがいるという。

ん?どこ?
ここ。

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誰もが通り過ぎてしまう目立たないところにいる。この近くで2年も働いている友人もこの存在は全く知らなかったらしい。

ビル建設にあたり、建築家たちは装飾のどこかに海のしらべを刻まなければならないと思いたち、最初はアホウドリの彫刻を描いたらしい。しかし、建築家のSloanとRobertsonが、平行に並んでいる支柱や綱を見て、停泊している船舶の綱に見えることに気付き、実際の船にあるようなネズミ返しとネズミをつけてみることにしたらしい。

実は、写真を撮っている時には気が付かなかったが、ここにもネズミがいた!
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なんと凝った粋な装飾。面白い。

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# by iihanashi-africa | 2016-05-21 00:56 | 米国 | Trackback | Comments(0)
Secret New York 10:ささやきの回廊
Secret New York 1:地下鉄14th streetのブロンズ像
Secret New York 2:ピカソとネイシャーの作品
Secret New York 3:マリリン・モンローの地下鉄シーン
Secret New York 4:セント・パトリック大聖堂のブタ?
Secret New York 5:ニューヨークのベルリンの壁
Secret New York 6:小人の家
Secret New York 7:アメリカで最もインド調な家
Secret New York 8:歩道に埋められた時計
Secret New York 9:ごみ箱の隣の女性の像


第10弾

ニューヨークのガイドブックに必ず掲載されているグランド・セントラルGrand Central駅。建築物としても素晴らしく、確か建築見学ツアーもあったと思う。

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切符売り場のあるコンコースは、あまりに広く天井も高く、階段に座って少し眺めていたくなる。チケット売り場もとても味わいがあり、100年近く前の映画を見ているよう。

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この駅に、Whispering Gallery(ささやきの回廊)と呼ばれる場所がある。
ガイドブックには記述されていないが、これまで紹介したSecret New Yorkシリーズよりは認知度は高いらしい。知っている人が何人もいた。

駅が建設された当初から続く老舗のレストラン「オイスターバー」が地下にあるのだが、その入り口に、地下通路が十字に交わっているところがある。そこがアーチ状の天井になっている。その対角線上に二人で立って壁に囁くと、12メートルも離れているのに、すぐ近くで囁いているかのように壁から声が聞こえてくる。これだけ雑音の多い駅の構内でも、とてもクリアに聞こえるのだ。まるで電信装置のようだ。

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この天井を設計したのは、スペイン出身の建築家Rafael Guastavino。1881年にニューヨークにやってきてすぐ、テラコッタタイルを重ね合わせる「タイルアーチシステム」の特許を取った。Guastavinoのタイルは、ニューヨーク市内だけでも十数か所の建物に使われているらしい。それを探して歩くのもまた楽しいかもしれない。


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# by iihanashi-africa | 2016-05-18 22:57 | 米国 | Trackback | Comments(0)
Secret New York 9:ごみ箱の隣の女性の像
Secret New York 1:地下鉄14th streetのブロンズ像
Secret New York 2:ピカソとネイシャーの作品
Secret New York 3:マリリン・モンローの地下鉄シーン
Secret New York 4:セント・パトリック大聖堂のブタ?
Secret New York 5:ニューヨークのベルリンの壁
Secret New York 6:小人の家
Secret New York 7:アメリカで最もインド調な家
Secret New York 8:歩道に埋められた時計


第9弾

アッパー・イースト・サイドのマディソン通りを歩くと、桁が違うけれど素敵なデザインの洋服がウィンドウに並んでおり、見るだけで楽しい。そのマディソン通りを80丁目で東に曲がって少し歩くと、ある一般の家の軒先に女性の上半身像がおいてある。ごみ箱の隣にあり、それほど大事に置かれている様子もないため、一見大きなガラクタにも見えてしまう。

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ニューヨークの6番街と54丁目の交差点に、Ziegfeld Theatreというブロードウェイミュージカルを上映していた劇場があった。1927年に、ウィーン出身Joseph UrbanとThomas W. Lambのデザインで建設され、1966年に市民の反対運動も空しく、解体された。

解体された当時、ニューヨークでは様々な歴史的建造物が解体されていた。その時、ある写真家がPenn Stationの一部だった女神の像をごみ埋め立て場で発見したことで、様々な建造物の保護運動が加熱しだした。それから2年後、Ziegfeld Theatreが競売にかけられた時には、解体反対運動が熱を帯びたが、それも空しく解体されることになってしまった。

Ziegfeld Theatreの内装は卵型のアーチ状でとても美しかったと言われている。残念ながら現在はその姿を見られないが、一部だけ解体を生き延びている。それがこの女性の像である。1960年代に、プロデューサーのJerome Hammerが、Ziegfeld Theatreの跡地の建物を管理していた友人からもらったらしい。それを自分の家の前に置いている。

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# by iihanashi-africa | 2016-05-18 00:12 | 米国 | Trackback | Comments(0)
Secret New York 8:歩道に埋められた時計
Secret New York 1:地下鉄14th streetのブロンズ像
Secret New York 2:ピカソとネイシャーの作品
Secret New York 3:マリリン・モンローの地下鉄シーン
Secret New York 4:セント・パトリック大聖堂のブタ?
Secret New York 5:ニューヨークのベルリンの壁
Secret New York 6:小人の家
Secret New York 7:アメリカで最もインド調な家


第8弾

Maiden Lane通りとブロードウェイの交差するところに、時計が埋められている。1884年からここで店を構えている宝石店William Barthmanが設置したものである。

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1896年、創業者のWilliam Barthmanが広報のために外に時計を設置することを決め、そのデザインを従業員だったFrank Hommと共に2年間かけて考案したそうだ。そして、1899年に設置された。

しかし、1932年、Homm氏が亡くなり、この時計が正確に時を刻めるよう調整できる人がいなくなってしまったため、Barthman氏は一時期時計を覆ってしまった。そして1940年、伝統的な円形の時計の形で、再度設置され、その後微妙な修正が加えられながら、現在の形になっている。

時計の歴史を語る動画


9月11日の事件やハリケーン・サンディーの洪水からも生き延び、少し水漏れはあるようだが、現在も動いている。

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# by iihanashi-africa | 2016-05-17 00:12 | 米国 | Trackback | Comments(0)
Secret New York 7:アメリカで最もインド調な家
Secret New York 1:地下鉄14th streetのブロンズ像
Secret New York 2:ピカソとネイシャーの作品
Secret New York 3:マリリン・モンローの地下鉄シーン
Secret New York 4:セント・パトリック大聖堂のブタ?
Secret New York 5:ニューヨークのベルリンの壁
Secret New York 6:小人の家


第7弾

グリニッジビレッジの10丁目に、ニューヨークの街には異質なデザインの建物がある。アジアンテイストというのか、ゴシック調というのか、ネオクラシックというのか。とにかく、とてもエキゾチックな彫刻が施されたチークの装飾。近代的な建物の一角だけなので、少し不自然な感じがするが、当時は外も中も調和がとれていたらしい。

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アメリカ建築家協会(AIA:American Institute of Architects)のニューヨークガイドでも影響力のある建物に指定されているようだ。

この家は、「Forest House」と呼ばれる。

Lockwood De Forestという装飾家がおり、インドやその他民族的な家具等を取り扱うビジネスを行っていた。De Forestは1879年に、Louis Comfort Tiffany(ティファニー社創業者の息子)と内装の装飾品を取り扱う会社と立ち上げた。

そして、同年、De Forestは結婚し、約2年もの間インドへ新婚旅行に行った。そこでMuggunbhai Hutheesingのアトリエを訪れ、このチークの彫刻に出会った。Hutheesingはインドの伝統芸術が失われない様、保存に力を入れており、De Forestもそれに協力することにした。そして、このデザインの家具をアメリカに輸入することにした。

1887年、ニューヨークのグリニッジビレッジの10丁目のこの場所を購入し、建築家のVan Campen Taylorと共同で、インドのチーク彫刻を贅沢に使った家を建設した。これが「Forest House」である。

当時の内装の様子も見られるサイト
http://daytoninmanhattan.blogspot.jp/2011/04/lockwood-de-forest-house-no-7-east-10th.html


当時は、アジアの芸術品が流行っていたものの、ほとんどは日本や中国の装飾品で、インドのものは珍しく、1900年には「アメリカで最もインドらしい家」と評されている。

1922年、De Forestはサンタ・バーバラに引っ越し、家は売りに出され、インテリアも多くはオークションにかけられたという。そして、1994年、ニューヨーク大学がこの家を購入し、外装と内装ともに修復されて今の美しさを取り戻している。それでも、100年以上も雨風に晒されながらも原型をしっかり留めており、この美しいカーブは今でも感嘆する。

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# by iihanashi-africa | 2016-05-15 18:20 | 米国 | Trackback | Comments(0)
Secret New York 6:小人の家
Secret New York 1:地下鉄14th streetのブロンズ像
Secret New York 2:ピカソとネイシャーの作品
Secret New York 3:マリリン・モンローの地下鉄シーン
Secret New York 4:セント・パトリック大聖堂のブタ?
Secret New York 5:ニューヨークのベルリンの壁

10日間のニューヨーク旅行から帰国して早一週間。今回の旅は、毎朝弟家族の家でゆったりと朝食を食べ、姪っ子と遊び、10時くらいに街中散策に出て、5時頃に帰宅し、時々一緒に夕食を作り、18時頃に夕食をとってからミュージカルに行ったり野球観戦に行ったりした。ニューヨークに住んでいるかのような滞在で充実していた。

ニューヨークで撮りためたSecret New Yorkはまだまだあるので、もう少しだけ続けたいと思う。

第6弾

マディソン通りの942番地にApple Storeがある。
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その2階の窓の縁に、鳥の巣のようなものがある。
こんなに高いところにあるので、もちろん見上げる人もおらず、見上げたとしても一部しか見えないのでなんだかよく分からない。茶色っぽくて、この高さにあるものと言えば、まず鳥の巣を思い浮かべてしまう。
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しかし、Unusual Guideによると、これは小さな家(Dwellings)だそうである。
下からみると、赤土が盛られている上に、なにやら小さなレンガが積まれているように見える。
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少し離れたところから望遠で写真を撮ってみると、紛れもなく人間の手で作られたものだということが分かる。どこか中東あるいはマグレブの奥地にある廃墟を思わせる。
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これは、チャールズ・シモンズCharles Simondsという芸術家の作品である。1972年に自分の作品について語っている。「ニューヨーク市を転々と移動するリトル・ピープルという想像上の小人の家を建設する場所として適当な場所をここ3年間探し続けていた。小さな家一つ一つに彼らの物語がある。」こうして窓の隅にしっかりと定住しているあたり、ニューヨーク市の一住民であることを控えめにも主張している気がする。

マディソン通りのこの家は、このエリアにある3つの小人の家の一つだそうだ。もう一つはAppleの裏の煙突のある建物の屋根の下に隠れており、もう一つは向かいのホイットニー美術館の内部にあるという。ホイットニー美術館は最近別のところに移動してしまったから今はあるのかな?

この小さな家は、1981年に当時この建物のテナントだった会社によって保護のための屋根が付けられた。この大きなニューヨーク市の中で、こんな隠れた片隅に小人がいることを知っている人はそうそういないかもしれない。


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# by iihanashi-africa | 2016-05-14 22:44 | 米国 | Trackback | Comments(0)