FESPACOの携帯アプリ
2年に一度開催されるブルキナファソの2大国際フェスティバルの一つ、FESPACO(Festival Panafricain du Cinéma et de la Télévision de Ouagadougou、ワガドゥグ汎アフリカ映画祭)が始まった。
https://www.fespaco.bf/fr/


丁度2年前も4年前も同じようなブログ記事を書いているが、ほんとこの時期はブルキナファソにいたいと強く思う。

2年前の記事
FESPACOが始まりました
FESPACO最優秀作品賞はFievres

4年前の記事
「アフリカ映画の都ワガドゥグ」~フェスパコ便り 1
「アフリカ映画の都ワガドゥグ」~フェスパコ便り 2
「アフリカ映画の都ワガドゥグ」~フェスパコ便り 3

8年前の記事
FESPACOで受賞、おめでとう。

さて、前回は気が付かなかったのだが、FESPACOもついに無料アプリができた。Google playかApp storeでダウンロードできる。2015年にアップされているので前回のFESPACOでも使われていたのかも。

このアプリが結構使いやすい。
とってもシンプルだが必要な情報が全て入っている。長編、短編、ドキュメンタリー映画などの説明はもちろん、映画の予告編にも簡単にアクセスできる。映画のプログラムだけは、もう少しだけカレンダーが見やすくなるとよいなと思うけど、映画館の場所も分かりやすいし、チケット情報も簡単に分かるし、国外から来る方にはホテルやレンタカーの情報まで乗っている。ほんと使いやすい。

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アフリカも携帯の普及は先進国にそれほど後れをとらずに普及しており、スマホ所有率は相当高い。最近はインターネットの速度もほとんど問題ない。動画もスカイプも全く問題なし。ダカール市内でもGoogle mapでGPS機能を使いながら移動することもしばしば。日本と全く変わらない。ほんと便利になった。


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# by iihanashi-africa | 2017-02-27 03:06 | ブルキナファソ | Trackback | Comments(1)
リビアの上空飛行禁止
ここしばらく忙しくてブログアップが滞ってしまった。
これからなんとか盛り返していこうと思う。

昨日まで業務出張で一時帰国しており、本日、次の出張先のケニアに到着した。

通常、セネガルから日本への移動はエールフランス航空を使うことが多い。最も早いルートだからである。しかし、現在はエミレーツ航空も飛んでいるため、時折航空会社からドバイ経由のルートを提案されることがある。確かにエールフランスよりは安いのだが、ドバイのトランジットが21時間もあり、時間のロスが大きいため、滅多に使うことはない。

しかし今回の私の出張は、日本の後にエミレーツ航空でケニアへ移動するため、セネガルから日本への移動もエミレーツ航空にした方が安かった。そのため、初めてダカール=ドバイのエミレーツ便に乗ってみた。

ところが、航空券を受け取ってびっくり。ダカールからドバイは9時間半もかかるのだ。何が驚きってドバイから羽田も9時間半かかり、つまり同じくらいの距離ということ。セネガルからドバイということは、アフリカ横断と同じくらいの距離。それがアジアの端から端までと同じ距離とは。でも、世界地図をみて納得。確かに遠い。アフリカってやっぱり広い。
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それに加えて、エミレーツ航空(に限らないが)は、リビア上空を飛行しない。大きく迂回しているため、それも時間がかかる原因かもしれない。
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それにしても、ほんと綺麗に迂回している。


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# by iihanashi-africa | 2017-02-20 03:58 | セネガル | Trackback | Comments(0)
セネガルのNoto野菜市場
セネガルにはニャイ地区とよばれる地域があり、野菜や果樹栽培が昔から盛んである。ニャイ地区は、首都ダカールから北部のサンルイの沿岸地域一帯を指し、南北の長さ約180kmに広がる。

この地域は、比較的冷涼で地下水位が高いため、野菜栽培には向いている土地と言われている。セネガル国内に流通する野菜の6割はこのニャイ地区で生産されたものと言われている。近年は、都市部の野菜消費量が増えており、国内で生産された野菜の大半は国内で消費されているが、タマネギ、トマトなどは隣国へも輸出されており、マンゴーなどの果実も一部欧州などへ輸出されてもいる。

以前の出張中に、このニャイ地区でも最も大きいノトNoto市場に行ってきた。もともと幹線道路沿いにあったのだが、渋滞緩和等の理由から、最近幹線道路から少し離れた場所に移動した。

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この市場での生産物の売り値、買い値は、出回り量により一日の中でも変化する。売上量は、日によっても大きく変わる。多いときには、一日に20トンの時もあれば、私たちが訪れた日は13時頃でも5kgにも至っておらず、日によって売り上げが大きく異なるらしい。価格は、他のコクサー(仲介人あるいは交渉人)と協議したり、需要の状況を見たりして決めている。

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下の写真の白い帽子の方はコクサー。女性たちはバナバナと呼ばれる小規模の卸売り商人。大量に取引する卸売業者もバナバナと呼ばれるが、自分の倉庫や店を構えているような方々は商人(Commerçant)と呼ばれるのが一般的らしい。コクサーは生産者と仲買人コクサー毎に扱う産品は大体決まっている。コクサーは、同時に生産者であることが多く、仲介人とは言っても生産者寄りのことが多い。だから、農家さんのインタビューをしても、コクサーとの間に問題があるという話は滅多に聞かない。

一方、バナバナはNoto市場で生産品を買い付け、いろいろな市場に売りに行っている。生産者から直接買い付けを行うことも多いが、そこで買い付けができない時に、市場でコクサーから買い付けを行う。

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ノト市場は、セネガル国内だけでなく、ガンビアやマリ、モーリタニア、ギニアなどからも商人が買い付けにくる。

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買付量は大体このくらいの大きさが最小単位。何キロあるんだろう。150kgくらいかなあ。

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産品は品種や大きさで分けられているが、品質では分けられてはいない。

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私の今の疑問は、生産者が市場の方々とどれだけ情報交換をしているのかということ。どれだけ頻繁に連絡をとって、どういう情報を入手しているのか。もっと知らなきゃ。


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# by iihanashi-africa | 2017-02-04 15:05 | セネガル | Trackback | Comments(2)
セネガル到着
2年間の日本勤務の後、再びアフリカ勤務が始まる。

今度の赴任先はセネガル。カメルーンに始まり、チャド、セネガル、タンザニア、ブルキナファソ、マダガスカル、ブルキナファソと、短期の出張を除くと6か国で勤務してきた。セネガルは2006年にローカルNGOで5カ月のインターンをして以来の長期滞在となる。ここ2年間は頻繁に出張で訪れてはいたが、同じ方と会うにしても肩書が違うと緊張感が増す。

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夜景は美しく撮れないので、数年前のダカールの写真も一緒に。
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さて、今回の赴任日は自分の誕生日と重なった

誕生日の0時35分の便で出発したので、今年の誕生日は丸々一日移動の日となった。ありがたいことに出発の前日まで様々な方からお祝いしてもらったので、もう気分は満たされていたのだが、誕生日はやはり様々な形でよいことがあるようだ。

パリに到着してトランジットのホテルにチェックインをした際、フロントの方が私のパスポートを見て、「オー!!ハッピーバースデー!!」と言ってくれ、「素晴らしい日だ。私がフロンとで働き出して、誕生日にチェックインをした方に初めて会った!」と私以上に喜んでくれた。そして、特別にクラブ会員用の部屋を準備してくれた。なんと粋な計らい。

そして、ダカールの空港に迎えに来てくれていた方から、「ハッピーバースデー!!」と言われてチョコレートをいただいた。久しぶりにこうした様々な方からお祝いしてもらって感謝感謝。


そういえば以前も誕生日を話題にしたことがあったと探したら、2010年に記事を書いていた。
3大陸でのお祝い

2008年までどこで誕生日を過ごしたか書いていたので、その続きを書こうと思ったら、2011年がどうしても思い出せない。多分マダガスカルなんだろうけれど。。。

2017年は、日本からセネガルへ向かう飛行機の中。
2016年は、日本。
2015年は、日本。
2014年は、ブルキナファソ。
2013年は、ブルキナファソ。
2012年は、マダガスカル。
2011年は、(思い出せない。。。。。)
2010年は、マダガスカル。
2009年は、マダガスカル。
2008年は、ブルキナファソ。
2007年は、日本。
2006年は、フランス。
2005年は、日本。
2004年は、日本。
2003年は、カメルーン。
2002年は、日本。


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# by iihanashi-africa | 2017-01-20 07:10 | Trackback | Comments(2)
マダガスカルで震度5の地震
1月12日の1時6分(マダガスカル時間)、マダガスカルで地震があった瞬間にFacebookがざわついた。マダガスカルの友人たちが、「すごい揺れた」「怖かった」というメッセージをアップ。マダガスカルではかつて経験したことのない揺れだったらしい。最初の揺れから20秒後に大きな揺れが発生したようだ。

私がマダガスカルに滞在していた時、一度だけアロチャ湖北部で地震があったというニュースを見たが、私が住んでいた首都では全く揺れなかったため、なにかの間違いかとも思った。地震があるということは聞いていたが、やはりあるんだなあと実感。

アンタナナリボ地理院によると、震源地は首都アンタナナリボから国道7号線を190km南下したところのベタフBetafoという町から42km南西。AmbatofinandrhanaからTsironomandidy方面に伸びる活断層が動いたとか。マグニチュード5.9。震源の深さ8.7km。1991年4月21日にマグニチュード5.6を記録したことがあるが、それを超える地震だったようだ。ベタフの近くのアンチラベという都市で震度5、首都でも震度4を観測した。

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部分的に崩れた家もあったようだが、今のところ犠牲者は確認されていないとのこと。ただし、アンチラベでは壁にひびが入った建物も多い。

以下のサイトから写真を拝借。
http://www.lexpressmada.com/blog/actualites/seisme-des-degats-enregistres-a-antsirabe/

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地理院によると、Andraikiba火山の噴火の前兆とも捉えられるそうだが、まだその他の兆候がないからしばらくは大丈夫だろうと。

アンドライキバAndraikibaと言えば大きな湖があり、昔行ったことがある。火山の名前でもあったのね。それも休火山だったとは。
マダガスカル版ロミオとジュリエット


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# by iihanashi-africa | 2017-01-13 21:30 | マダガスカル | Trackback | Comments(0)
第3回ゆずの里クロスカントリー&絶景ウォーク大会
ちょうど一年前に初めてハーフマラソンを走ったのだが(初ハーフマラソン)、多摩川沿いのあまり風景の変わらないところだったので、友人たちともう少し景色の良いところを走ってみたいねと話していた。

それから一年。

またもふとマラソン熱が高くなった時期に、友人と出られるハーフマラソンか10kmランを探していたところ、偶然故郷山梨の富士川町で「ゆずの里クロスカントリー&絶景ウォーク大会」というイベントがあることを知った。

https://fujikawarunandwalk.jimdo.com/


ロング(32kmラン&ウォーキング)、ミドル(20kmラン&ウォーキング)、ショート(16kmウォーキング)の5種目があり、私たちは迷わず16kmウォーキングを選んだ。標高差400mを走ることはできないと思ったので。ただ、後から考えると、ウォーキングならせめてミドルはいけたかも。

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所謂トレイルランなので、もちろん山道。ただ、16kmの部はそれほど険しい山道はない。でもここは最初の難関。


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ところどころに地元の方が立っており、道案内をしてくれる。


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32kmはかなりの山道らしく、ステッキを持っている人も多かった。


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途中、一番きつかった神社の石段。


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神社の休憩所。
ここのゆず湯やゆず餅が美味しかった。


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各休憩所ではゆずを配っており、それをもらうとリュックが膨れていく。


この日はとても天気が良く、富士山もよく見えた。
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3人とも2時間59分48秒で無事完走。全員で横一列にならんでゴールしたら秒数まで一緒だった。



さて、次はどこで走ろうか。


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# by iihanashi-africa | 2017-01-12 23:54 | 日本 | Trackback | Comments(0)
勝沼の鳥居焼
ずいぶん前の話だが、2016年10月1日に甲州市『かつぬまぶどうまつり』が行われ、県外の友人2名と初めて訪れた。山梨に住んでいながら、それも隣の市でありながら、今まで一度も行ったことがなかった。

勝沼の中央公園広場に勝沼のワイナリーがブースを出しており、1000円でワイングラスを購入すれば、全てのワインが飲み放題である。もちろん食べ物の屋台もあるので、多くの方は、ブルーシートを持参して、お花見シーズンのように一日飲み食いする。

このぶどうまつり、ワインの試飲がメインではなく、まつりの核となるのは鳥居焼であることを初めて知った。両親からも、「鳥居まで火のついた松明を持って中学生が走る様は一度見ておいた方がいい」と言われ、19時くらいまで待つことにした。

暗くなると、松明を持った中学生が走って広場に入ってくる。
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代表者が中央のかめのようなものに火をつける。


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市長が火のついていない松明を持って中央の火をもらいに行き、今度は鳥居まで走る男子中学生(伝統的に中学2年生が行うらしい)の松明へ火を移す。


そして男子中学生たちは、山の中腹にある鳥居へ向けて勢いよく走りだす。
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こういうお祭りを中学生の時に体験できるのは幸せだと思い、私は勝手に感慨深くなっていた。

帰宅してブログにアップしようと思ってから早3カ月。遅ればせながら記事を書いてみようと思い、まずこの伝統はいつから始まったのか調べてみた。

が、、、全然ネットでは情報がない。

唯一発見したのがこのブログ記事なのだが、内情をとてもよくご存知の方が書いたのか、大変興味深いので、そのまま引用させてもらうことにする。

「がんばれ勝沼ブログ」
http://ganbarekatsunuma.blog58.fc2.com/blog-entry-16.html



『数あるぶどうまつりの行事の中でも核になるには鳥居焼だと思う。古くは江戸時代の文献に鳥居焼の火が山に燃え移り宿の人たちが消しに行ったとある。以来、勝沼の先人たちはどんなにつらく厳しい年でもその火を絶やすことなく燃やし続けて来たのである。しかも鳥居焼は歴史的な根拠や背景もしっかりしている。しかしこんな鳥居焼にもいくつかの問題点が生まれたが、そのつど英知を結集して対応してきたことも事実である。

以前、鳥居焼の火は町内の青年によって大善寺から町内を一周して鳥居に点火されてきた。しかし若い人たちの数が減ったことや祭りのイベントが増えたことから青年だけでは対応しきれなくなったことである。そこで中学生が一役買うことになった。以前は人数合わせ的なところがたぶんにあったと思うが、現在は地域の伝統行事を知り、しかもそれを守り伝えて行くという意義がある。さらにこの意義を深めるために歴史的な背景も加えて学習会も開いている。中学生はやがて成人し勝沼を担う力となろうし、また勝沼の地を離れても新聞、テレビ、雑誌などで勝沼の鳥居焼が紹介されたとき、お父さんやお母さんはあの火を守り伝えて来たんだということを子どもたちや家族に話すことができる。鳥居焼の火は自分の生まれ育った町や地域を誇りに思う気持ちを育てることにもつながるのである。

鳥居焼の準備は以前は柏尾地区の人たちの手で行われていた。後に勝沼地区全体で担当するようになったが現在は町内の各地区で順番で対応し20年に一度廻ってくる。(注:そしてその後一時は業者委託されたが、現在は町民ボランティアで積まれている。毎年100-150名ほど集まる。)こんな話がある。農村地帯と言われる勝沼町にも都市化の波が押し寄せ、農地が潰れ新しい住宅が建てられ新しい人たちが移り住んでくる。こうゆう地域にも当然鳥居焼の準備の当番は廻ってくる。そんな中で準備はどうだったかというと、新しく勝沼に住んだ方々よりも、以前から住んでいる人たちからこんな急な山で作業は出来ないとか、もう少し補助金をだしてくれとか、農家でない家庭は草刈鎌や手袋もないので用意してくれなどさまざまな意見、要望が出てきた。

で、準備はどうだったかというと、新しく勝沼に住んだ方々もピカピカの新しい鎌を持ち汗だくになって下草狩りをしたり薪を積み上げたりしていた。また、作業後の慰労会では新旧の住民がひざを交えて酒を酌み交わし歓談する姿や、新しく住民になった方々からは伝統ある勝沼の鳥居焼に携わることができて、本当の意味で勝沼の住民になった気がするといった声も聞かれた。鳥居焼の準備を通じてまた赤々と燃える鳥居焼の火を見て、何よりも勝沼に新しく住んだ方々が勝沼に住む誇りを感じ得たのである。』



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# by iihanashi-africa | 2017-01-11 01:26 | 日本 | Trackback | Comments(0)
必見!おばあちゃんの干し柿レシピ
前回の記事では干し柿(枯露柿)の作り方を紹介したが(山梨の干し柿(枯露柿))、世の中には干し柿が苦手という人が多い。私もその一人である。ただ、干し柿が苦手な私でも食べられる干し柿料理がある。それが、ゆで卵の干し柿巻きである。

私の実家では、ほぼ必ずと言っていいほどおせち料理の一品として入っていた。かつては祖母が作っていたが、その後母親が作るようになり、ここ数年は食卓に並んでいなかったが、今年は初めて母親に習って私が作ってみた。

作り方はとても簡単。

①ゆで卵を作っておく。

②枯露柿のへたの部分を除き、割って開いて、中の種を取り除く。

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③ゆで卵を枯露柿で巻いてタコ糸で結ぶ。揚げた後、タコ糸に沿って包丁を入れるため、しっかりと真ん中あたりで縛る。


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④ホットケーキミックスと卵と牛乳を混ぜる。ホットケーキミックスというのがミソ。てんぷら粉ではこの美味しさはでない。


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⑤ ④をつけて、150度くらいの油で揚げる。


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⑥タコ糸に沿って半分に切れば出来上がり。


干し柿が苦手でもぺろっと平らげてしまう美味しさ。

是非お試しあれ。


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# by iihanashi-africa | 2017-01-03 16:56 | 日本 | Trackback | Comments(0)
山梨の干し柿(枯露柿)
先日、山梨の実家から干し柿が送られてきた。昔は祖母が作っていたが、今は父が受け継いで作っている。

山梨では干し柿を「枯露柿」と呼ぶ。
なぜ枯露柿というのかはよく分からないが、山梨の実家では炉端で枯らすからと言われてきた。ネット上では、柿全体に陽があたるように適当な間隔を置いてコロコロ位置を変えるからと書かれている。後者の方が一般的なようだ。

甲州百匁(ひゃくめ)と呼ばれる大型の柿の品種があり、実家の畑にはその木が6本ある。その内1本は巨木で15mちかくあり、上の方は柿を採ることすらできない。最近は父も友人たちに、自分で採るなら勝手に採っていいよと言っているらしい。この木だけで、おそらく1000個の柿がなるとのこと。その内、半分くらいしか収穫できなかったらしい。残りは鳥たちの餌となる。
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甲州百匁は釣鐘型をした渋柿で、平均的な大きさでも350~400gほどになり、大きいものだと500gにもなる。もともと匁(もんめ)とは日本の尺貫法で3.75g、つまり百匁は375g。甲州百匁の名前はここからきたと言われている。

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これは私の家の甲州百匁。


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渋抜きして柔らかくなった柿をスプーンで食べることもあるが、山梨では大半が枯露柿になる。
これは柔らかくなった柿。



収穫した柿を、2、3日追熟させて、皮をむき始める。実はこの作業が最も大変かもしれない。へたとがくを取って、柿の肩の部分の皮を剝く。今年、父は500個を剝いた。

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暗くなるまで作業。お疲れさま。

この後、通常は黒変防止と殺菌を兼ねて硫黄燻蒸する。実は私、硫黄燻蒸の様子をまだ見たことがない。なので写真がない。来年は父に写真を撮っておいてもらおうかな。
硫黄燻蒸すると鮮やかな色のままなのだが、しないものより少し硬くなり、甘さも控えめになる。甘く柔らかい枯露柿が好きな人は、実は硫黄燻蒸していない黒い色の柿がお勧めらしい。

その後、こうしてつるして天日乾燥する。
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天日乾燥している最中も手で押さえて柿の繊維を切り水分を出しやすくするため十分に揉む。これを約25日位乾かす。

乾燥してきたら、今度は棚に並べて平干しする。5~7日の間毎日毎日割り干しを行い柿の形を整える。しっかりと手入れをして果実全体の肉置を均一にすることが重要。

さらに容器に一旦入れて2~3日保温し、一旦柿に汗をかかせてから再度乾かすと、しみ出た果糖が白い結晶になって表面を覆い、綺麗に白い粉がふく。

仕上げに柿の表面をきれいにし、へたを小さく切り整形する。
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実家の枯露柿と知り合いのプロの枯露柿職人さんの枯露柿を並べてみた。何が違うって、やはり実の詰まり方。しっかりともみ込んで手入れをしないと、へたの近くと下の方で肉のつまりが変わってくる。この作業が結構繊細で大変なのだ。
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これがプロの枯露柿。



年末年始に実家に帰宅すると、必ずと言っていいほど枯露柿の入った料理が食卓に並ぶ。

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これは枯露柿にゆずを挟んで巻いたもの。これは1年前に作ったもの。冷凍庫で凍らしておき、丁度1年後の今、少し乾燥して表面の果糖が更に固くなり、美味しいおつまみになる。枯露柿が苦手な方でもこれは食べられる。


これに加えて、正月にはゆで卵を干し柿で包んでホットケーキミックスをつけて揚げた料理がある。山梨の郷土料理なのか、祖母のオリジナルなのかは分からなかったのだが、ネットで調べたら、福井の郷土料理にもあるらしい。でもこれは小麦粉を使っている。祖母の作るこのおせちの一品が美味しかった。次回の記事で別当紹介することにする。
http://www.maff.go.jp/j/pr/aff/1212/spe2_02.html


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# by iihanashi-africa | 2017-01-02 21:11 | 日本 | Trackback | Comments(2)
2017年、明けましておめでとうございます
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2017年、明けましておめでとうございます。

2016年はそれほど旅行していないなあと思って写真フォルダを顧みていたら、やっぱり意外に行っていました。ゴールデンウィークに弟家族に会いニューヨークに行き、5月末には友人と高知県へ、8月にはルクセンブルグ人の友人とカンボジアへ旅行。満喫していました。

久しぶりに2年間日本に滞在したのですが、この間の仕事は当初想像していたよりも充実していました。多くの尊敬できる方に出会い、自分自身も成長し、仕事も誇りと自信をもって進められ、周囲の方々に本当に感謝しています。

この経験を活かし、2017年の1月中旬にセネガルに赴任することになりました。

セネガルにはこの2年間で4回出張しました。何度も行った国で馴染みはあるとはいっても、住んで仕事をするとなると別の緊張感があります。自分なりの立ち位置を見つけて、新たな人間関係を築いて、相互に信頼できるようになるには、時間がかかると思います。今は不安の方が大きいですが、なんとかセネガルの農業に貢献できるよう努力していきます!

今年もどうぞiihanashi-africaを宜しくお願いいたします。


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# by iihanashi-africa | 2017-01-01 21:05 | 日本 | Trackback | Comments(0)
野菜の値段を知らない男性客
セネガルのある野菜市場で売り子の女性にヒアリングした時のこと。

とってもはきはきしていて売ることを楽しんでいる女性たちで、なんかとても素敵だったので写真を撮らせてもらった。

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「近くでは男性の仲介業者がいるけれど、クライエントを奪い合うことはないの?」と聞くと、「彼らは販売後にクライエントの生産者へ支払いをするのだけど、私たちはその場で現金支払いするから、結構生産者を獲得できるのよ」と自信満々に話していた。常連のクライエントがいるわけではないが、それなりに買い取ることができているという。

そして、こう話していた。

「実は売値は男性客に対するほうを高くしているのよ。男性は値段を知らないので、高い値を言ってもそれが高いかどうかも分からず買ってくれるからね(ははは笑)」


一緒にいたセネガル人通訳の男性も、「ああ、俺もこうしてふっかけられているんだろうなあ。。」とつぶやいていた。


もう一枚おまけで、野菜売り場の素敵な笑顔の女性。
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# by iihanashi-africa | 2016-12-30 20:41 | セネガル | Trackback | Comments(0)
使えない本物のコイン
よくあることなのだが、お釣りなどでこういうコインを受け取ることがある。

コインの表
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コインの裏
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分かる方なら、西アフリカ中央銀行(BCEAO)のマークが薄っすら見えるので、ああ西アフリカのセーファーフランで、おそらく大きさから100FCFA(約20円)だろうというのが分かる。

こういう数字すら見えないコインが普通に出回っているのだが、これまた知らずに受け取ってしまうと、その後自分が使う番になるとなかなか受け取ってもらえない。

銀行に持っていくと変えてもらうらしいが、わざわざ20円のために銀行に行く気にもならないため、未だに財布に残っている。このコインをいつ受け取ったのかも覚えていないほど、昔にもらった気がする。さて、いつまで財布を温めることになるだろうか。


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# by iihanashi-africa | 2016-12-25 21:22 | ニジェール | Trackback | Comments(0)
#BidoungChallengeという流行
最近、カメルーン人の友人たちが、Facebookにやたらと不思議な挨拶の仕方の写真を掲載するなと思っていたら、Bidoung Challenge(ビドゥン・チャレンジ)というのが流行っているらしいことを知った。

これまで「アイスバケツチャレンジ」「マネキンチャレンジ」というのが世界的に大流行し、日本のニュース番組でも紹介されていた。

「アイスバケツチャレンジ」は、もともとは筋萎縮性側索硬化症(ALS)の研究を支援するために始まったものだが、指名された有名人が次々に実施したためにとても大きく取り上げられていた。



つい最近流行した「マネキンチャレンジ」はまだ記憶に新しい。その場にいる全員が一斉にマネキン人形のように静止する。最初はフロリダの学生が投稿した動画が始まりらしいが、大統領選途中のクリントン氏も挑戦しており、ニュースになっていた。



それらを真似て、今、「ビドゥン・チャレンジ」というのが流行っているらしい。

カメルーンのスポーツ大臣、Pierre Ismael Bidoung Mpkatt氏が、2016年のアフリカンカップで準優勝したカメルーン女子サッカーナショナルチームと共に大統領府に招かれた際に、ビヤ大統領と握手した時の様子が、情熱たっぷりに独特の敬意を表していると、皮肉たっぷりに揶揄されていて、それを真似るチャレンジがネット上で次々にアップされている。スポーツ大臣の名前をとって、Bidoung Challengeと呼ばれている。

このチャレンジの発端となった写真がこれ。
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日本人にとっては特段おかしいと思うものでもないのだが、世界のスタンダードだとおかしいと思われるらしい。「上半身を水平線と平行に折り曲げ、まるで劇場で挨拶するコメディアンのように床を見つめ、伸縮する腕であるかのように伸ばして大統領の手のひらまで届かせている。素晴らしい体操である」と表現しているニュースサイトもある。パロディーらしい。

これを真似する様々な「Bidoung Challenge」あるいは「CourberDosChallenge(腰を曲げるチャレンジ)」がネットに投稿されている。

それらを紹介したBBCのサイト
BBC News
http://www.bbc.com/news/world-africa-38290230


これは「Bidoung Challenge」の紹介ニュース。



これは、一人の人を揶揄したものなので、世界中で流行するものではないだろうが、私自身は、この写真からこういうブームに発展することの方が、文化の違いで興味深い。これを見て、「媚びへつらうのではなく、もう少し自尊心を持とう」と思うらしい。


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# by iihanashi-africa | 2016-12-19 00:44 | カメルーン | Trackback | Comments(0)
ニジェールの食事
ニジェール出張の醍醐味は食事である。

西アフリカで食事が美味しい国と言えばセネガルを思い出すが、ニジェールも侮れない。

前回の出張で食べた「ぶっかけご飯」をはじめ、とても多様で、どれも味が深い。
ニジェールのぶっかけご飯

ニジェールに住んでいるわけではないので、どれが最も食べられているものかはよく分かっていないが、とりあえず今回の出張で食べたものをアップしてみる。本当にどれも美味しくて優越つけがたい。

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初日のお昼に食べたクスクス
聞いたままに記述すると「ダンブンダコプト」という食事らしい。アフリカでクスクスというと、小麦のものだけでなく、コメ、ヒエ、トウモロコシなど様々なクスクスがある。この日は北アフリカでも一般的な小麦のクスクスを選んだ。


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小松菜のような葉もの野菜など様々な食材を加え、手で混ぜる。


香辛料を混ぜる直前に加えるため、しっかり混ぜないと味が行き渡らない。美味しそうに見えないかもしれないが、これがとても美味しい。



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ニジェールで滞在したホテルでは満足のいく朝食を得られなかったので、毎朝これを食べていた。確かミレットの粉だったような。甘くない揚げパンのようなもの。これを少しピリ辛な香辛料をつけて食べる。


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こういう揚げパンはブルキナファソにもあった。特に北部のニジェールとの国境に近いマーケットでよく見た。これはマルコイで撮った写真。


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これも別の日の朝食、コロッケパン
フランスパンに挟まっているのは、ササゲ豆をコロッケのように揚げたものを味付けして挟んでいる。これもまた美味しい。ただ、朝食をしっかり食べる私にとっても、さすがに重すぎるので、三日目には揚げパンに戻った。



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ある日のお昼。
見るからに美味しそうなお弁当でしょう。これは今回の出張で大ヒットのお弁当だった。



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トウモロコシのトウとオクラソース。ブルキナファソで食べるトウはここまでもちもちしていなかったのだが、ニジェールのトウは何故かとてももちもちしている。トウモロコシ以外にも何か入っているのかな?


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これもある日のお昼。
味のついたコメに野菜ソース。



今度はしっかり全ての食事の名前をメモしておかないと。


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# by iihanashi-africa | 2016-12-11 23:34 | ニジェール | Trackback | Comments(0)
秘書たちの漫才
ニジェールに出張してきた。

11月某日、農業省の高官と面談の予定があり、約束の午前10時に農業省に到着。

秘書室に行くと、恰幅のいい50歳くらいの秘書さんが、もう一人の同僚の女性とおしゃべりしながらゆったりとくつろいでいる。私たちを見て、はて何故この人たちはここにいるのだ?というきょとんとした顔をしている。

「10時に面談があるのですが」

と伝えると、秘書さんが驚いたように

「そんなはずはないわよ」

という。

なんでも今、高官は副大臣と出張中だとのこと。副大臣がまだ出張中なのに、大臣をおいて帰ってくるわけがないと言い張る。

しかし、こちらが昨晩本人に電話して面談のコンファームをした際には出張から戻っており、面談の日の朝に電話した時は、「まだ家にいるがこれからオフィスに向かう」とのことだった。それを秘書に伝えると「私の耳には入っていないのに・・」と、まだ信じられない様子。秘書が高官に電話してみたのだが出てくれないので、「じゃあ、来るかどうか待ってみようじゃない!」とどっちが正しいか競ってみようじゃないという言い方。まだ信じられないらしい。

しばらくして秘書さんが、私たちに同行してくれた方に「私の電話には出ないから、あなたの電話で高官に電話してみてよ」と伝えた。電話が鳴りだしてから秘書さんに渡すと、高官が出たらしく、秘書さんが話し始める。

「ムッシュ、今どこにいるのですか!私の目の前にあなたとアポがあるという方々がいて、あなたが既に出張から戻ってきているというじゃないですか。私は把握していないですよ!」

秘書が高官にこういう感じで話せるなんて微笑ましい。お母さんがいい年になった息子に、まったく心配させて!と愛情たっぷりに叱っている感じがした。

秘書さんは隣にいた同僚に、

「ふう、まったく、何も知らせてくれないよ」

「もうまったくあの人ったら」とダメな旦那のことを話しているかのように愚痴ると、同僚は、

「仕方ないよ。彼はプル族だからね」

とかえして、みんなでその抜群の返しに笑いが起きた。

私は同僚女性のつっぱねた言い方が面白くて笑ったのだが、プル族を出した意味は分かっていなかったので、同行してくれた方に聞いたら、プル族ザルマ族はよく「私たちの奴隷(esclave)」とからかい合う。仲が良いからこうして言い合えるのだ。ブルキナでも民族同士で奴隷という言葉を使ってからかい合っていた。

上の会話は日本語で書くと面白味が全くないのだが、フランス語では漫才のようだった。


いやあ、高官を待っている間も楽しませてもらった。

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# by iihanashi-africa | 2016-11-30 22:54 | ニジェール | Trackback | Comments(0)
人民蜂起後の表現の自由の回復
1年4カ月ぶりのブルキナファソ。

往路便のエールフランス航空の機内誌11月号がブルキナファソ特集で、写真を眺めながら気持ちが高まった。
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4泊5日で実質3日間の滞在だったが、時間を有効活用して友人たちにも会うことができた。風景はそれほど大きな変化はない。ただ、友人たちと話すと、2年前と比べて一般市民が意見を言えるような社会になったことがよく分かる。


つい先日、中国企業が国会議員各自に計130個のタブレットを無償で供与したという報道があった。授与式まで行ったそうだ。しかし、これに関しSNS上で一般市民が反応し始めた。ブルキナファソの法律では、35,000FCFA(約7千円)以上の贈与は受け取ってはならないそうだ。これに大きく違反すると批判のリアクションがSNS上で流れ始めた。組織に贈与されるならまだしも、議員一人一人に贈与されるなどもってのほかと。それに加え、第三国政府から贈与されるIT危機はセキュリティーの関係上、全て検査を通すべきだという記事が以下のサイトに掲載されている。

http://lefaso.net/spip.php?article74191

友人たちによると、一般市民が意見を言える社会になってきていると実感するという。むしろ権利を主張しすぎてストライキが頻繁に発生し、仕事に影響を与えているという事態もあるそうだが、それでも表現の自由は徐々に回復していると感じた。やはりこういう話は、現地にいないと分からない肌感覚の情報である。こうして、生き生きと語る友人たちと話をすると本当にもっと頑張ろうという気になるし、自分も元気になる。

あとは、久しぶりのワガドゥグの風景をどうぞ。
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とてもゆっくりだが街も変わりつつある。

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# by iihanashi-africa | 2016-11-21 00:41 | ブルキナファソ | Trackback | Comments(0)