<   2017年 08月 ( 5 )   > この月の画像一覧
ダカールの魚市場:ヨフ市場
前回の記事でジョアルの漁港を載せた時に、そういえばダカールの魚市場の写真も撮っていたことを思い出した。

ヨフYoff地区の海岸沿いはジョアルのように大きな漁港があるわけではないのだが、毎日夕方になると船が戻ってきて、浜辺にこうして魚市場が設置される。ジョアルとは異なり、一世帯分の小さな単位で魚を買え、混雑しておらず、ある程度整然としているため、外国人が一人で行っても問題はない。
c0116370_18361530.jpg


c0116370_1836336.jpg


c0116370_18354572.jpg


c0116370_1837097.jpg



ただし、日本では見たこともない魚が多く、やはり魚に詳しい方と行かないと、どれを買ってよいか分からなくなる。
c0116370_18384230.jpg


c0116370_18375933.jpg


c0116370_18381866.jpg



夕方にマーケットがたっても続々と船が戻ってくるため、時々浜に揚げる船を通すために売り場をよけてあげなければならない。
c0116370_18391317.jpg


c0116370_18394186.jpg


買った魚は、その場でこうして鱗と内臓を取り除いてもらうこともできる。切り身にしてもらうことも可能。


この日は美味しそうなカニがあった。
c0116370_1840888.jpg



ヨーロッパより魚の値段が安い日本と比較しても安いため、私はうきうきしながら魚を選ぶのだが、セネガル人に言わせると、最近はとても値段が高くなったらしい。原因は、漁獲量の減少である。気候の変化で海流が変化したとか、気候が不安定で航海が危険になったとか、様々な原因があるようだが、最も大きな要因は違法漁業の横行らしい。また違法ではないものの大型漁船による漁が増加し、沖で魚をとられる分、遠出できないセネガルの小規模漁民は不利益を被っている。そのため、通常よりも魚の値段を上げざるを得ないが、消費者からは不満があり、小規模漁民はその板挟みで苦しんでいるとのこと。

そういえば以前カヤールKayarという漁村に行った時、似たような話を聞いた。昔は漁業が儲かることが分かった農民が漁業に転業したのだが、今は再度農業に戻る方も増えているらしい。


にほんブログ村 海外生活ブログ アフリカ情報へ
にほんブログ村
[PR]
by iihanashi-africa | 2017-08-31 18:41 | Trackback | Comments(0)
ジョアル漁港と燻製加工
ジョアルは西アフリカでも有数の伝統漁港である。巨大な漁船が停泊できるほどの港ではないが、セネガルにおいて伝統的な木造漁船での漁業が最も盛んな街の一つである。漁船からの水揚げもまさに人海戦術。

午後5時頃に港に行くと、人で溢れている。写真を撮ろうとぼーっと立っていると、魚を運ぶ方々とぶつかってしまう。
c0116370_12355755.jpg


c0116370_12364966.jpg


c0116370_12414023.jpg


c0116370_12421186.jpg


c0116370_1242327.jpg


c0116370_12425361.jpg


船が到着すると、ビニール製の全身スーツを着た男性陣が大きなプラスチックケースを抱えて水の中に入っていく。
c0116370_12372545.jpg


c0116370_12393345.jpg


こうして自分が担当する船を待つ水揚げ人。無造作に無秩序に人々が動いているように見えるが、ここにしっかり秩序がある。


この時間になるとダカールや他の都市からトラックがやってきて、次々と魚が積まれていく。船からトラックに直接運ばれているものもある。
c0116370_12401228.jpg


c0116370_12403036.jpg


ジョアルは貝漁も盛んで、こうして貝の身を取り出す方々もいる。
c0116370_12411036.jpg



ジョアル漁港から幹線道路を挟んで反対側には、魚の加工場が広がっている。周辺国へはこうして一旦燻製に加工されてから輸出されることが多い。特にブルキナファソは主要輸出先らしい。この魚の加工場で働く方は大半が女性。毎朝6時に起きて仕事を始める。

この魚の加工場ができたのは90年代のこと。その前まではジョアルの街中にあったが、燻製の際に出る煙が街を覆うようになり、市が加工場の移設を決定した。当時は周囲に住居もない土地に設置されたのだが、人口増加で街が広がり、現在は住居に囲まれた場所にある。私の運転手の出身地もジョアル出身で加工場ができた後に加工場の近くに両親が家を建てた。

ここではドライ加工(Gejjと呼ぶ)燻製(Kecaxと呼ぶ)の2種類の加工を行っている。燻製はまずこうしてみっしりと魚を並べ、下でミレットの茎を20分間燃やす。
c0116370_12442849.jpg


c0116370_12445856.jpg


その後Sine-Saloumの塩をふんだんにかけて乾燥させる。
c0116370_12453483.jpg


c0116370_12455912.jpg


私の運転手のおばさんも長い間ここで燻製加工を行っているが、ここ数年、咳が止まらず病気がちだという。燻製に携わる女性たちの多くは、肺や呼吸器官の調子が悪いらしい。ジョアルの特産品として有名な燻製加工だが、もうそろそろ彼女たちの仕事環境や健康状態も考慮して改善していかなければならない時期かもしれない。


にほんブログ村 海外生活ブログ アフリカ情報へ
にほんブログ村
[PR]
by iihanashi-africa | 2017-08-30 12:48 | セネガル | Trackback | Comments(0)
貝とキリスト教の島、ジョアル・ファディウート
ダカールから海岸沿いに南へ120キロのところにジョアル・ファディウートJoal-Fadiouthという街がある。貝でできた島で、セネガルには珍しくキリスト教徒が多く、他にはない独特の雰囲気の島なので行く価値があると聞いており、次の旅先はここ!と決めていた。

ジョアル・ファディウートは一つの市であるが、本土の街をジョアルと呼び、本土とは離れた小さな人口の島をファディウートと呼ぶ。街の起源については様々な説があるのだが、11世紀にモロッコのベルベル系のムラービト朝が南方へ拡大してきたことから、それに伴いセネガル川流域にいたセレール族が南方へ追いやられて、この辺りに街を形成したという説がある。また、Guelwar族という現在のギニアビサウに起源をもつ民族がSine Saloum王国へやってきて、ジョアル・ファディウートを築いたという説もある。調べていたら、Guelwar族はマリ帝国の創始者Soundiata Keitaの子孫であるとも言われていることが分かり、この記事を思いただした。
マリ帝国の創始者Soundiata Keitaのアニメ映画

c0116370_1971789.png


植民地時代は、ポルトガル、オランダ、フランス、イギリスに次々に支配され、セネガル西部の商業拠点の一つとなっていた。この三角貿易が、キリスト教の浸透に繋がり、17世紀から徐々にキリスト教関係者が定住するようになった。2007年時点で、ジョアル・ファディウートの人口は約4万人。その内4分の3はジョアルに居住している。そしてファディウート島の人口の9割がキリスト教徒と言われている。

ジョアルの街を進み、半島の先端まで進むと、ファディウート島に渡る橋がある。車両は島には入れない。貝でできた島なので、車両が入ったら島自体が崩壊するかもしれない。橋は木製で、橋だけ見ると一瞬あれ?日本?と見間違えるほどに日本風。2005年にファディウートとジョアルは橋で結ばれたが、それまではピローグと呼ばれる小舟で行き来していた。

c0116370_1983177.jpg


c0116370_198504.jpg


橋の袂に観光案内所があり、そこに登録しているガイドが島や墓地を案内してくれる。島への入場料も含め、11,000fcfaだったかな(記憶が不確かだけれど)。

まず船でマングローブの森へ向かう。小舟で10分くらいの森の入り口に、高床式の藁葺き穀物倉庫が並んでいる。ファディウート島ではかつて火事が穀物倉庫まで被害に遭うことが続き、祖先たちが穀物倉庫だけは被害に遭わないよう、島とは別のところに倉庫を設置することを考えたという。

c0116370_1992227.jpg


現在は使われていないので、倉庫の一部は風雨の影響で状態が悪いが、かつての文化を残すために毎年少しずつ修繕されている。

c0116370_1911413.jpg


c0116370_19112428.jpg


c0116370_19122026.jpg

マングローブの森にはこういう片手だけが大きいカニが沢山見られる。通称バイオリニスト。メスを惹きつける時、あるいはライバルを威嚇する時に、弓を持ったバイオリニストのように見えるから、こう呼ぶらしい。


バイオリニストの動きが面白かったので、動画に撮ってみた。



そこからまた小舟で隣の島へ移動する。墓地の島である。
ファディウート島と同様、貝でできた島。この辺りだけでなく、マングローブの森があるところでは干し貝産業で生計を立てている住民が多かった。ジョアル・ファディウートも例外ではなく、中身を取り除いた貝殻を一か所に捨てていったら、こんな大きな島になったそうだ。何年かかってこんな島になったのだろうか。そして、人々はその貝殻でできた島に住み始めた。それがファディウート島。その隣にも小さ目の貝殻の島があり、ここは墓地専用となっている。ファディウートの住民の9割がキリスト教徒のため、白い十字架が島全体を覆っている。
c0116370_19131379.jpg


しかし、奥の方に行くと一部イスラム教徒のお墓も見られ、キリスト教徒とイスラム教徒のお墓が隣り合っているのが興味深い。
c0116370_19133899.jpg


c0116370_19142130.jpg


先祖の魂もこうして貝の中に眠っている。


そこから墓地とファディウート島を結ぶ2つ目の橋を渡る。
c0116370_1915396.jpg


島の中はセネガルでは見られない異国の地のようで、とてものどかで雰囲気がいい。路地を散歩するだけでも楽しい。
c0116370_191530100.jpg


c0116370_19155925.jpg


所々にこうした憩いの場があり、男性たちが集まって井戸端会議をしたりする。


c0116370_19162751.jpg


建物の壁にも貝が沢山使われている。


c0116370_19165149.jpg


住民の9割がキリスト教徒というだけあり、あちらこちらにキリスト教関係の建物が見られる。


c0116370_19171494.jpg


そして島の中心に大きな教会。


c0116370_1917406.jpg


尖塔の先にはかわいらしいハートマーク。


セネガル旅行ではとてもお勧めの場所かもしれない。


にほんブログ村 海外生活ブログ アフリカ情報へ
にほんブログ村
[PR]
by iihanashi-africa | 2017-08-22 19:18 | セネガル | Trackback | Comments(0)
ブルキナファソでまたテロ
8月13日(日)の夜、ブルキナファソの首都ワガドゥグでテロが起きた。今日はバルセロナでもテロがあったため、ブルキナファソの報道は小さくなったが、かつてブルキナファソで働いていた私にとってはこの衝撃は大きかった。またか、、、というため息と同時に肩を落とした。

約1年半前の2016年1月15日の夜、ワガドゥグ中心街のスプレンディッドホテルと道路を挟んで目の前にあるカプチーノというカフェが襲撃にあった。
【アラート】ブルキナファソでもテロ

そして、襲撃にあったカプチーノカフェから200mと離れていないAziz Istanbulカフェが8月13日の夜、襲撃にあった。空港からも100mと離れていないため、一時空港閉鎖になっている。

http://edition.cnn.com/2017/08/13/africa/burkina-faso-attack/index.html

13日の夜9時15分頃、バイクに乗った二人の武装テロリストがAziz Istanbulカフェにやってきてカフェの前に止まっていた車にバイクをぶつけ、バイクから降りると同時に銃を取り出してお客を襲撃しだした。従業員や一部の客は裏口から何とか逃げており、空港の横にある空軍基地に逃げ込んだ人もいたらしい。

9時半には、警察そして憲兵隊の突入部隊(USIGN)が到着し射撃を始めた。この突入特殊部隊は、2016年1月の襲撃の際も活躍したが、この時は仏軍の援護もあった。今回は部隊が軍の援護を受けながらも単独でオペレーションを行った。テロリストは建物内の階段で上層階へ行き、人質を取ったため時間がかかったものの、午前2時頃に一人が射殺され、3時頃にはもう一人も射殺された。

現段階では犯行声明は出ておらず、バックがどの組織なのかは不明。

このテロの犠牲者は18名。
半数がブルキナファソ人で、フランス人、クウェート人、レバノン人、トルコ人、カナダ人も犠牲となった。私自身が直接知っている方はいないが、カナダ人の犠牲者は友人の友人だった。それも結婚したばかり。いろいろ想像すると胸が締め付けられる。

ついさっき、テレビでクウェート人の犠牲者の家族がインタビューを受けていた。
「襲撃した人など知りたくもない。イスラム教徒と言うなどもってのほか。アラーの庇護など受けているはずがない。悪魔でしかない。」
同じイスラム教徒とは絶対に語ってほしくないのだと思う。
このテロで、何人のイスラム教徒が亡くなったのだろう。。。


にほんブログ村 海外生活ブログ アフリカ情報へ
にほんブログ村
[PR]
by iihanashi-africa | 2017-08-18 10:30 | セネガル | Trackback | Comments(0)
サルーム・デルタのマングローブ
セネガルの世界遺産の一つにサルーム・デルタSaloum Deltaがある。

セネガルのサルーム川、ジョンボ川、バンジャラ川およびそれらの支流によって形成された面積50万ha(5000km2)の三角州である。西アフリカ屈指の野鳥の繁殖地になっており、敷地の一部がサルーム・デルタ国立公園やラムサール条約登録地を含む生物圏保護区となっている。それと同時に、数千年にわたって漁撈採集を営んできた人々が作り上げた巨大な貝塚群が独特の文化的景観を形成している地域でもあり、2011年にはそれが評価されてユネスコの世界遺産リストに文化遺産として登録されている。(wikiより)


c0116370_6283158.jpg少し前の話だが、Fimelaフィムラという小さな町に旅行した。Souimanga lodgeというとっても素敵なロッジがあり、ここでゆっくり2泊したのだが、観光シーズンではなかったこともあり観光客も少なく、マングローブの林を見ながら部屋でとれる素敵な朝食とおいしい夕食を楽しみながら、普段の疲れが癒される時間を過ごした。
http://www.souimanga-lodge.com/



c0116370_6293154.jpg


フィムラから南に走るとNdanganeダンガンという街がある。小さな船着き場がありマングローブツアーを行う舟が並んでいる。

c0116370_6303434.jpg

https://cybergeo.revues.org/25671

上の植生図のように、サルーム・デルタは濃淡はあるものの全体にマングローブ林が広がっている。一時は薪として伐採されることが増えて面積が減少したが、現在は保護区となった上に、人工的な植林も行われており、その減少を抑えている。

c0116370_6324388.jpg


c0116370_6332110.jpg


マングローブの林の中に唯一たたずむバオバブの木。
c0116370_633478.jpg



c0116370_6351588.jpgバオバブの木の下をよく見てみると、地面が牡蠣の貝殻でできていることが分かる。この辺りの村は昔から干し貝作りで生計を立てていた人が多かった。マングローブの根にはマングローブガキが大量にへばりついている。また、干潮時の干潟でとれる小さなフネガイの仲間やイェットと呼ばれる大きな巻貝なども採集でき、それらを乾燥させて販売して収入を得ていた。そのため、この辺りは自然にできた貝の山や島があり、こうして貝の上に新たな植生が生まれることもある。


マングローブの根にへばりつく牡蠣。
c0116370_6393724.jpg



c0116370_6395987.jpgちなみにセネガル料理は西アフリカでもブランド化するくらい味わい深いおいしい料理として知られているが、多くの料理にこの干し貝が使われている。特にオクラソースのスープカンジャと呼ばれる料理には、多種の干し貝が入っており、こうしてスープカンジャ用の干し貝セットが販売されているほど。左上が牡蠣、右上が小さく切った大巻貝。



サルーム・デルタは渡り鳥や海鳥も多い。雨期は野鳥の数が少なくなるが、それでもサギやワシ、ペリカン、フラミンゴ等を見ることができた。

c0116370_64111100.jpg


c0116370_6413331.jpg


フラミンゴの動画



今度はマングローブの林が更に生い茂るところへ行ってみたい。


にほんブログ村 海外生活ブログ アフリカ情報へ
にほんブログ村
[PR]
by iihanashi-africa | 2017-08-14 06:42 | セネガル | Trackback | Comments(0)