<   2017年 04月 ( 9 )   > この月の画像一覧
レブ族の守り神Ndeuk Daourの宿るマドレーヌ諸島
ダカールは半島になっており、その周辺に4つの島がある。最も有名なゴレ島、ンゴール島、ヨフ島、そしてこのマドレーヌ島。その内、ヨフ島とマドレーヌ島は昔から無人島で、今まで人が住んだことがない。

c0116370_8394392.png


マドレーヌ諸島は二つの島からなり、大きい方の島をマドレーヌ島(Ile de la Madeleine:かつてはサルパン島と呼ばれていた)、小さい島をルーニュ島(Iles Lougnes)と呼ぶ。マドレーヌ島は面積17haで全長600m。ルーニュ島は更に小さな島からなり合計面積6ha。ルーニュ島は岩山なので、島に降りるのは難しい。周囲の海も含めて約45haが海洋国立公園に指定されている。

現在まで様々な鳥類、海洋生物、植生が保護されきたのは、これまで人間による侵食がなかったという理由が大きい。なぜこれまで無人島で居続けられたのか。それは、ゴレ島とは異なりマドレーヌ島の周囲が高波になることが多く、船の着岸が難しかったことが一つの理由ではあるが、最大の理由はダカールに多いレブ族の守り神Ndeuk Daourが、人間が島に居住することを反対していたからだと言われている。フランスの植民地時代に一度島に建物を建設しようとし、現在でもその跡が残っているが、建設しようとすると毎回不幸に見舞われ、最終的に完成しなかったらしい。

といっても、今から千年あるいは2千年前には人間が住んでいたという説もある。調理のくずや土器のようなものも発見されてもいるようだ。

マドレーヌ島は無人島だが、朝9時半~16時半まで船が出ており、島を探索したり、泳いだりすることができる。ピクニックもできないことはないが、日陰がないので少し暑いかも。私たちは午前中2時間だけ滞在して帰ってくることにした。

c0116370_84121100.jpg


コルニッシュ・ウエスト通りにこういう入口がある。毎日通勤で通っているのに全く気が付かなかった。


c0116370_84207.jpg

道路からは見えないが、階段を下りると結構しっかりとした建物がある。オランダの支援で建てられたらしい。
ここで、乗船料金一人5000fcfa(約1000円)とグループ毎にガイド料金5000fcfaを支払う。


c0116370_842241.jpg


こういう船が待っている。この一隻が一日中往復するようだ。


c0116370_8424922.jpg


マドレーヌ島の全貌。


マドレーヌ島に近づくと、大きな難破船が見えてくる。2013年に難破したスペインの船らしい。嵐の日の高波に襲われてしまったようだが、幸いなことに死者は出なかったとのこと。島の沖合にはロシアの船も沈んでいるらしく、この破片がマドレーヌ島の浜辺に打ち上げられている。
c0116370_8431756.jpg


ルーニュ島の岩山。
c0116370_843476.jpg


ガイドさんが、「あの先にライオンが2頭寝ています」と指さしたのが、この岩山。おっ、ほんとだ。
c0116370_844945.jpg


これはお気に入りの一枚。
マドレーヌ諸島は、このような不思議な岩から出来上がっている。かつては火山があり、噴火直後にすぐに冷却されたマグマはこのような形を作るらしい。細長い筒状の岩を沢山重ねて断面を切った感じ。
c0116370_8443876.jpg


c0116370_8445733.jpg


島の入り江に到着。


c0116370_8451930.jpg


ここからガイドが島を案内してくれる。
まず植民地時代にフランスが建てようとした未完成の建物。


島の上から見たダカールの街。
c0116370_8454446.jpg


c0116370_8461068.jpg


綺麗な入り江だが、さすがにここでは泳げない。


とっても面白い形をしたバオバブがあった。Baobab nain(背の低いバオバブ)と呼ばれている。マドレーヌ島は風が強いためか、木が6m以上には成長しないらしい。どのバオバブも横に広がっている。こんなバオバブはかつて見たことがなかったなあ。
c0116370_8464724.jpg


最後は帰りの船が到着するまで、この美しい入り江で泳ぐことにした。が、砂浜ではないため歩きにくく、それも苔で覆われた岩のため、滑りやすくてとても危険。さらに、入り江とはいえ、少し進むともう足が全くつかなくなるほどに深い。ちゃんとシュノーケルセットをもってこないと、深いところを泳ぐのが怖い私はこの先に進めないと思った。でも、水は本当に透き通っていて美しい。
c0116370_8481437.jpg



c0116370_8505260.jpg

今回、一つだけ残念だったことと言えば、Phaeton a rouge(ネッタイチョウ)と呼ばれるマドレーヌ島のシンボルとなっている鳥を見られなかったこと。尾が長く特徴的で、セネガルやカーボベルデあたりでしか見られないらしい。この鳥は頻繁にみられるのかなあ。



こんな魅力的な島だとは思っておらず、意外にも楽しく過ごせた。今度はシュノーケルセット持参だな。


にほんブログ村 海外生活ブログ アフリカ情報へ
にほんブログ村
[PR]
by iihanashi-africa | 2017-04-28 08:54 | セネガル | Trackback | Comments(0)
Ousmane Gueyeというセネガル人彫刻家
先日、セネガル人彫刻家のOusmane Gueye(ウスマン・ゲイ)氏に会ってきた。

私の日本人の友人の古くからの知り合いで、フランス、イギリス、アメリカ、日本などで活躍されている方だが、70歳に近くなり故郷に貢献したいという意思から、最近は大半をセネガルで過ごすようになっている。

私はウスマン・ゲイ氏を存じ上げず、お会いする前にネットで調べたら、これが実はとても有名で、高く評価されている方だということを知った。



1956年にセネガルで生まれた。6歳の頃から、週に1回の小学校の美術の授業で、いつも粘土でオブジェを作っていたらしい。当時、フランスとアフリカの航空会社が主催する大会があり、砂のオブジェで優勝している。その大会で3回にわたり優勝し、優勝者は、当時のレオポルド・セダール・サンゴール大統領に謁見することができた。これが彼の出発点。

その後「黒人アートフェスティバル(Festival des Arts Nègres)」という大会があり、最年少の10歳で優勝している。これらを通して、サンゴール大統領が彼の才能を認めたことが、のちにパリの国立芸術高等学校へ留学する奨学金を得られたことにつながったらしい。

パリでの勉強の後、イギリスのHenry Moore財団へ入り彫刻技術を磨き、さらにEcole Boulle(パリのアート・クラフト学院)でデザインの勉強もした。これらの学校では、アフリカ人が非常に少なく、Ousmane Gueye氏がほぼ唯一のアフリカ人でもあったため、講師でもあった偉大な彫刻家から可愛がられていたようだ。

さらに、ローマのアート学院でも勉強し、イタリアのCarraraで大理石彫刻への造詣を深めることになる。ミケランジェロやドナテロ、ロダンなどもここの大理石を使って彫刻をしていた。

そして、1980年代後半に、資生堂の後援で来日し、銀座のギャラリーで展示会を開き、その後日本各地で個展を開いたそう。日本のカルチャーや庭園にも造詣が深く、また箱根の森をこよなく愛していることが話していてよく分かった。92年にはニューヨークへ移り住んだが、その後も日本とアメリカを往復しながら個展を開いていた。

彼の彫刻はとても高く評価されており、バスティーユの一部の彫刻修繕にもかかわったらしい。

今後は、セネガルの若いアーティスト支援、そしてセネガルの芸術に関する教育、芸術文化の発展などに注力していきたいそう。壮大なプロジェクトを達成してほしいなあ。

ウスマン・ゲイさんのサイト
http://ousmane-gueye.com/index.html

彼の家の前。ダカールの下町にいきなり鮮やかなオブジェが現れる。
c0116370_745542.jpg


c0116370_7461859.jpg


彼の作品。アフリカ人で、こんなに素敵な大理石の彫刻を作る方に出会ったことがなかった。デザインも技術も本当に素晴らしい。
c0116370_74701.jpg



c0116370_7471944.jpg




にほんブログ村 海外生活ブログ アフリカ情報へ
にほんブログ村
[PR]
by iihanashi-africa | 2017-04-24 19:17 | Trackback | Comments(0)
キンキリバを煎じて飲む
セネガルだけではなく、ブルキナファソにもあったのだが、キンキリバ(キンケリバ)という葉っぱのお茶がある。学名はCombretum micranthum。セネガルでは朝食の時に飲む方が多いが、夕食後に飲む方もいるようだ。

https://en.wikipedia.org/wiki/Combretum_micranthum

乾燥したキンキリバの葉はこうして売っている。
c0116370_66476.jpg


えっ?どれ?と思われた方。あるいは真ん中にある黄色のビニール袋に入っているものと思われた方。ビニールの中身もキンキリバの葉だが、両端に立てかけられている棒状に巻かれたものもキンキリバである。
c0116370_68211.jpg


c0116370_6113398.jpg


まずは葉をしっかりと洗って砂埃や汚れを落とす。


c0116370_6115913.jpg


そしてお湯で煎じて飲む。ウーロン茶あるいは麦茶のような色をしている。


セネガルでは、大量の砂糖を加えて甘くして飲むのだが、私は砂糖を加えなくても飲めたかも。ただ、一緒にいた男性陣は苦みがきつくて苦手だという方もいた。一緒にいた運転手によると高血圧に効くらしい。


にほんブログ村 海外生活ブログ アフリカ情報へ
にほんブログ村
[PR]
by iihanashi-africa | 2017-04-22 06:14 | セネガル | Trackback | Comments(0)
第1回ダカールマラソン
先週末の4月16日に、第1回ダカールマラソンが開催された。
http://www.marathondedakar.com/

昨年も新しくできた高速道路でマラソン大会があったと聞いていたのだが、はて「第1回」とはどういうことなのかと疑問に思っていたら、実は国際陸上競技連盟(IAAF)に認定されてから初めてのマラソンだったらしい。このマラソンを「国際」マラソンと呼ぶには、IAAFの規定に従って連続して2回マラソンを実施しなければならないそうだ。もうすでに、来年に向けて動き出している。

今回のオーガナイザーはZénith Sport。スポーツマーケティングエージェントで、スポーツ関連の国際イベントなどを企画し、運営している。今大会は多くのスポンサーがついていて、携帯会社のOrangeや、保険会社のAXAやSar、レンタカーのHertz、スポーツショップのAdidasやCity Sport、ケーブルテレビのCanal+、スーパーマーケットのCasinoなどなど。全部挙げたらきりがないほど多くのスポンサーがついていた。

c0116370_9164795.jpg


記念すべき第1回のスタート地点に、首相とスポーツ大臣も来られていた。


朝8時スタートかと思って、7時半頃にはスタート地点に着いていたのに、到着してからスタートは8時半とアナウンスがあり、眠い目をこすりながら朝早く起きた私は、スタートを待つ間に眠気が襲ってきてしまった。

それでも何とか体を動かしながら眠気を乗り越え、いざスタート!
この日は、フルマラソンの部、ハーフマラソンの部、10kmの部があり、全員一緒にスタートしたものだから大変。スタート地点では大混雑だった。全部で6千人の参加者がいたようだ。私は、、、もちろん10km。セネガル着任前からもう3カ月くらい走っておらず、ハーフに出る勇気はなかった。
c0116370_9171615.jpg



c0116370_918114.jpg


10kmのトップランナー。


c0116370_9184264.jpg

ゴール地点。
ゴールだけでなく、10kmは沿道の応援が絶えなかったので、とても勇気づけられながら走った。ゴール地点も豪華で、ゴールに向かう嬉しさが増した。


c0116370_9191013.jpg
私は、ゴール直前で、ハーフマラソンのトップに抜かれることになる。このあたりを走っている時に、後ろからトップランナーを先導するバイクのサイレンが聞こえ、邪魔しないように端を走った。


ゴールの後ろ側。ここで完走した人全員にメダルが配られた。
c0116370_919405.jpg


5km地点、7.5km地点の給水所もとてもしっかりしていた。これはゴール地点の給水所。疲れた~~
c0116370_9195856.jpg


c0116370_9204445.jpg


今回、10kmの参加費は2500fcfa(500円)。500円で、オリジナルTシャツももらえて、メダルももらえるなんてすごい。さすがのスポンサーの数である。


帰宅後、家の前がフルマラソンのコースだったのでしばらく応援したのだが、フルマラソンはやっぱり孤独との戦いだなあと改めて感じた。私の家の前の33km地点などは応援もほとんどおらず、誘導と警備の方のみ。誘導の方が手を叩いて応援してくれるのが救いだが、私だったら心が折れるかも。
c0116370_9212248.jpg


ちなみに、このマラソンはゼッケンの裏にチップが付いており、ダカールマラソンのサイトで自分の記録が確認できるようになっているのだが、私は何度試しても「Pas de résultat(結果なし)」と出てきてしまう。結果がしっかり出てくる人もいたので、何が違うのかと考えて思い至ったのが、これ。

c0116370_9231651.jpg
スタート地点とゴール地点にこのような青い板が敷かれていたのだが、これが記録板になっていて、スタートとゴールで踏まなければならなかったのではないかと思われる。私はスタートもゴールも跨いでしまったからなあ。


ダカールマラソンのサイトには、各部門の上位20位の記録が常時掲載されているのだが、ハーフマラソンのトップが1時間11分50秒、2位が1時間12分28秒。私は2位の方には追い越されていないはずなので、10kmを1時間12分ちょうどくらいで走ったと思っている。とりあえず参考になる記録があってよかった。。

今回のマラソンは、16日だけでなく、前日の15日にも、2kmの部(9歳~12歳)、3kmの部(13歳~16歳)、5kmの部(女性限定)が行われていた。ほんと、盛大なイベントだった。

来年は、ハーフに出られるよう頑張ろう!!


にほんブログ村 海外生活ブログ アフリカ情報へ
にほんブログ村
[PR]
by iihanashi-africa | 2017-04-20 09:29 | セネガル | Trackback | Comments(0)
モロッコの野菜・果物が西アフリカで熱い
先月、セネガルの北部の街サンルイとそこから100kmほどのリシャトール(Richard Tol)という街へ出張してきた。その道中、モロッコのナンバープレートのトラックの車列を何度か追い越し、モーリタニアの国境付近では、税関の近くの道路脇に駐車してあるモロッコのトラックを沢山見た。

国境の街Rosso。モーリタニア側にも同じ名前の都市がある。
c0116370_6395417.jpg


c0116370_642572.jpg


税関で待つトラック
c0116370_644660.jpg


ダカールへ向かうトラック
c0116370_6443826.jpg


c0116370_6445648.jpg


近年、モロッコ産の野菜や果物が大量に西アフリカで出回るようになった。もともとオレンジなどの柑橘系はモロッコから大量に入ってきたが、最近はオレンジに限らず、様々なモロッコ産の野菜や果物を見かける。

モロッコとモーリタニアの国境では、毎日100台近いトラックが国境を越えて西アフリカ各国へ向かうという。目的地はモーリタニア、セネガル、マリ、コートジボワール、ブルキナファソ。これらの国では、雨期中の野菜栽培が難しく、市場の野菜流通量が減り、価格が高騰する。この時期は、ヨーロッパ市場に出すよりも西アフリカ諸国の方が高く売れることもあり、それに気付いたモロッコ商人たちが、この時期に大量に西アフリカ向け野菜・果物を輸出するようになっている。

セネガルに限らず、アフリカ諸国での野菜消費量は年々増加している。人口増加によるところが多いが、生活レベルの向上による食生活の変化も影響している。国内生産だけでは需要が賄いきれないのも事実である。ジャガイモや玉ねぎは、端境期にオランダから大量に輸入される。オランダの玉ねぎは品種が異なるため、マーケットでも一目瞭然である。しかしながら、近年は、モロッコからも玉ねぎやジャガイモが輸入されており、オランダ産よりも質が良いという卸売業者もいる。

モロッコの野菜と果物、モロッコでは誰がどのくらいの規模で栽培しているのだろう。気になる。


にほんブログ村 海外生活ブログ アフリカ情報へ
にほんブログ村
[PR]
by iihanashi-africa | 2017-04-17 06:46 | セネガル | Trackback | Comments(0)
ナイジェリアとカメルーンの滑走路修繕工事
個人的に最近ちょっと気になっていたニュース。

ナイジェリアの首都アブジャの国際空港カメルーンの経済都市ドゥアラの国際空港滑走路修繕工事が、ほぼ同時期に行われている。この間、アブジャにもドゥアラにも飛行機が発着しないということで、両方とも大きな都市ということもあり、かなり物流に支障をきたしているのではないかと想像していた。

そして、実は、5月初めに予定していた私のナイジェリア出張もこの工事のために延期されていた。5月であれば、空港が再開しているはずの時期ではあったのだが、当初予定の6週間で工事が終わらない可能性が高く、やはりこの時期は避けた方がよいとのことであった。

ナイジェリアの首都アブジャのNnamdi Azikiwe国際空港は、ここ最近、複数の航空会社から「危険な滑走路」と分類されていた。昨年8月には、南アフリカ航空の飛行機が傷つき、10月にはエミレーツ航空がアブジャへの就航を一時中止した。他の航空会社も、滑走路の改善がない場合は就航を取りやめるおそれがあったため、急遽今年1月に滑走路工事を実施する旨が発表される運びとなった。

工事は、3月8日から4月18日までの6週間で実施されており、この間は空港が閉鎖されている。この間、航空会社によっては、行き先を250km離れたカドゥナ、あるいは750km離れたラゴスへ変更して対応していたらしい。最近の記事では、工事は順調に進んでおり、予定通り19日には空港を再開し、20日から各航空会社の飛行機が戻ってくるようだ。

http://www.deplacementspros.com/Aeroport-d-Abuja-le-chantier-est-dans-les-temps-Lufthansa-s-y-posera-le-20-avril_a42730.html
http://www.agenceecofin.com/gestion-publique/0201-43524-nigeria-l-aeroport-d-abuja-va-etre-ferme-pour-6-semaines-pour-reparer-la-piste

他方、カメルーンのドゥアラ国際空港もまた、滑走路の状態が悪いことから3月1日から21日まで工事を行っていた。一旦は工事が終了したかに見えたのだが、先日、再び4月11日から18日までの間、午前4時から8時の4時間は空港が閉鎖になることが発表されている。複数の航空会社から依然として状態が悪いことが指摘されたらしい。

ナイジェリアも、質が担保された形で工事が終わるか、注目してみていようと思う。

にほんブログ村 海外生活ブログ アフリカ情報へ
にほんブログ村
[PR]
by iihanashi-africa | 2017-04-13 07:30 | アフリカ全体 | Trackback | Comments(0)
「W.A.K.A.」というカメルーン映画
先日、「W.A.K.A.」というカメルーン映画を見た。
Françoise Ellong監督による初の長編映画。まだ29歳の若い映画監督だが、才能に満ち溢れているのが分かる。

c0116370_6231252.jpg


映画はマチルドという一児のシングルマザーの生きざまを描いている。息子アダムを育てるために娼婦の世界に身を投げるが、アダムには純粋に育ってほしいという思いが溢れ、様々な葛藤があるのがとてもよく描かれている。

W.A.K.A.というタイトルには、複数の意味があるという。
英語のWalk、つまり歩いて前に進むという意味。カメルーンではwalkをワカと発音して会話に使うことがある。そしてカメルーンでよく使われる隠語でWakaは娼婦を意味する。「夜に街を歩く人々」でwakaと呼ばれるようになったらしい。更に3つ目の意味として、それぞれの文字の間にピリオドを打つことで「Woman acts for her kid Adam」という文章を隠しているらしい。

このタイトルのように、映画自体は娼婦の世界を描いているのではなく、一人の女性が子供のために戦う様を描いている。娼婦は、女性の戦いを描くための題材でしかないと監督は話して言る。



この映画は、様々な映画祭で審査員特別賞を受賞しており、数多くの映画祭で招待映画として上映されている。


にほんブログ村 海外生活ブログ アフリカ情報へ
にほんブログ村
[PR]
by iihanashi-africa | 2017-04-10 06:21 | セネガル | Trackback | Comments(0)
テオドール・モノ・アフリカ美術博物館
先日、「テオドール・モノ・アフリカ美術博物館(Musée Théodore-Monod d'art africain)」に行ってきた。ダカール市内のソウェト広場に面したところに位置する。

c0116370_611832.jpg


建物自体は1931年に建設されており、当初はフランス領西アフリカ(AOF)の行政が置かれており、その後1936年にIFAN(Institut Fondamental d’Afrique Noire:ブラックアフリカ基礎学院)が創設されて以降、IFANの施設となった。また独立の年1960年に、IFANがシェック・アンタ・ディオップ大学(ダカール大学)に吸収されてからは、博物館となった。現在もIFANの附属施設となっている。

長い間Musée de l’IFAN(IFAN博物館)と呼ばれていたが、2007年に現在のテオドール・モノ・アフリカ美術博物館へと改名された。テオドール・モノはフランスの博物学者で、IFANの初代所長である。サハラ砂漠周辺の新品種や新石器の研究に生涯をささげ、人種差別や様々な戦争を真っ向から否定したヒューマニストでもある。

さて、博物館の中はというと思ったより広くない。
やはり各地のマスクや置物が多い。特にカザマンス地方のジョラDiola族のマスクや、コートジボワールのセヌフォSenoufo族のマスク、マリのバンバラ族の像などが目を引いたかな。アフリカにおける女性の重要性を意味するものが多かったのも印象的だった。撮影禁止だったので、写真がないのが残念だが。

ただ、ブルキナファソの博物館に行った時も思ったのだが、西アフリカの様々な民族のマスクやらがあまりストーリー性もなく置かれており、もう少しだけ興味を引く展示の仕方があるだろうにと思ったりもした。アフリカは国境を人工的に引かれているので、セネガルの歴史だけを展示するのは難しいとしても、それぞれの民族の文化や歴史が分かるような展示がされているとよいかも。

ブルキナファソ国立博物館

博物館の1階は常展であるが、2階は時期によって変わるらしい。
私が訪れた時は、各地の布が展示されていた。2階は一枚写真を撮ってみた。一度改装されているだけあり綺麗に展示されている。
c0116370_63015.jpg


あまり写真がないので、裏庭も撮ってみた。子どもの遊び場としてもよいかもしれない。
c0116370_632293.jpg



c0116370_634989.jpg


セネガル在留の方は入場料2000fcfa(約400円)、それ以外の方は5000fcfa(約1000円)。



にほんブログ村 海外生活ブログ アフリカ情報へ
にほんブログ村
[PR]
by iihanashi-africa | 2017-04-09 06:04 | セネガル | Trackback | Comments(0)
セネガル独立記念日:4月4日or8月20日?
昨日4月4日は、セネガルの57周年独立記念日だった。
私自身は、国営放送RTSで軍のパレードの中継を見ながら、静かな休日を過ごした。

この4月4日、どのような日なのかと調べてみたらなかなか面白い記事があった。
https://burkina24.com/2014/04/04/independance-du-senegal-4-avril-histoire-dune-date-dindependance/
http://www.afrik.com/article22493.html

アフリカの多くの国は、植民地から独立した日を独立記念日と定めている。しかし、植民地からの独立と言っても、実はとても複雑な独立の仕方をしている国が仏語圏には多い。

以前ブルキナファソにいた時にも似たような疑問を持ったことがあり、調べたら2種類の独立記念日が存在することを知った。植民地から「フランスの自治共和国」として独立した日。そして「自治共和国」から完全に国として独立した日の2種類である。ブルキナファソの場合、1958年12月11日が前者で、1960年8月5日が後者である。そして、ナショナルデーは12月11日としている。
8月5日、それとも12月11日?

セネガルについても、4月4日が何の日か調べていくと、独立記念日と呼ばれうる日がもう一つあることを知った。それが8月20日である。

少し遡ると、1895年に現在のセネガル、マリ、ギニア、コートジボワールに相当する地域に、フランス領西アフリカ(AOF)が設立された。もちろんAOFが設立される前からフランスによる植民地は始まっており、現在のマリにあたる地域のフランス領スーダンや現ブルキナファソにあたるオートボルタなど、現在の国の原型となる区分は存在してはいた。その後半世紀以上AOFの時代が続くが、1958年にド・ゴール政権下でフランス共同体が発足したことに伴い、AOFは解体し、ギニアを除く各国が自治共和国として独立する方向へ動くことになる。ちなみにギニアは当初から完全独立を目指していた。

セネガルに関しては、AOF解体後、1960年4月4日にフランス領スーダン(現在のマリ共和国)と合併してマリ連邦を成立する合意文書が署名され、同年6月20日に正式に連邦として発足した。しかし、発足してすぐに、セネガル側とフランス領スーダン側で政治方針と人事にかかる内紛が起き、軍事衝突に発展する勢いだったことから、同年8月20日にセネガル側がフランス領スーダン側の大佐を逮捕し、その日の夜にフランス領スーダンと決裂してセネガル国として独立することを国会で決定した。その約1カ月後の9月22日に、フランス領スーダンはマリ共和国と国名を改めて独立した。

さて、当初の疑問、4月4日が何の日か?に戻ると、マリ連邦の設立の日ということになる。この日は、現在のセネガルの形が出来上がった日(8月20日)ではないのだが、植民地からの脱却という意味では重要な日である。

ちなみに、マリはというと、セネガルと決裂して自分たちがマリ共和国として独立した9月22日が独立記念日になっている。

植民地からの脱却を重要視するか、あるいは現在ある国としての成立を重要視するかは各国それぞれで興味深い。


最後に、独立記念日にからんだ写真と動画をアップしてみる。
独立記念日前夜の4月3日に、独立広場で歓喜の踊りを見せながら練り歩いている軍隊。最初は野党側のデモか何かと思ったら、軍服を着た方々が楽しそうに踊っているのが分かった。写真は暗くてよく分からないけど。
c0116370_6471855.jpg


c0116370_6473886.jpg



そして、独立記念日当日に、パレードが終わって大統領府に戻る大統領の列。普段はこんなに白バイに囲われていないが、やはりこの日は特別である。



にほんブログ村 海外生活ブログ アフリカ情報へ
にほんブログ村
[PR]
by iihanashi-africa | 2017-04-06 06:48 | セネガル | Trackback | Comments(0)