カテゴリ:日本( 154 )
第3回ゆずの里クロスカントリー&絶景ウォーク大会
ちょうど一年前に初めてハーフマラソンを走ったのだが(初ハーフマラソン)、多摩川沿いのあまり風景の変わらないところだったので、友人たちともう少し景色の良いところを走ってみたいねと話していた。

それから一年。

またもふとマラソン熱が高くなった時期に、友人と出られるハーフマラソンか10kmランを探していたところ、偶然故郷山梨の富士川町で「ゆずの里クロスカントリー&絶景ウォーク大会」というイベントがあることを知った。

https://fujikawarunandwalk.jimdo.com/


ロング(32kmラン&ウォーキング)、ミドル(20kmラン&ウォーキング)、ショート(16kmウォーキング)の5種目があり、私たちは迷わず16kmウォーキングを選んだ。標高差400mを走ることはできないと思ったので。ただ、後から考えると、ウォーキングならせめてミドルはいけたかも。

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所謂トレイルランなので、もちろん山道。ただ、16kmの部はそれほど険しい山道はない。でもここは最初の難関。


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ところどころに地元の方が立っており、道案内をしてくれる。


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32kmはかなりの山道らしく、ステッキを持っている人も多かった。


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途中、一番きつかった神社の石段。


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神社の休憩所。
ここのゆず湯やゆず餅が美味しかった。


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各休憩所ではゆずを配っており、それをもらうとリュックが膨れていく。


この日はとても天気が良く、富士山もよく見えた。
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3人とも2時間59分48秒で無事完走。全員で横一列にならんでゴールしたら秒数まで一緒だった。



さて、次はどこで走ろうか。


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by iihanashi-africa | 2017-01-12 23:54 | 日本 | Trackback | Comments(0)
勝沼の鳥居焼
ずいぶん前の話だが、2016年10月1日に甲州市『かつぬまぶどうまつり』が行われ、県外の友人2名と初めて訪れた。山梨に住んでいながら、それも隣の市でありながら、今まで一度も行ったことがなかった。

勝沼の中央公園広場に勝沼のワイナリーがブースを出しており、1000円でワイングラスを購入すれば、全てのワインが飲み放題である。もちろん食べ物の屋台もあるので、多くの方は、ブルーシートを持参して、お花見シーズンのように一日飲み食いする。

このぶどうまつり、ワインの試飲がメインではなく、まつりの核となるのは鳥居焼であることを初めて知った。両親からも、「鳥居まで火のついた松明を持って中学生が走る様は一度見ておいた方がいい」と言われ、19時くらいまで待つことにした。

暗くなると、松明を持った中学生が走って広場に入ってくる。
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代表者が中央のかめのようなものに火をつける。


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市長が火のついていない松明を持って中央の火をもらいに行き、今度は鳥居まで走る男子中学生(伝統的に中学2年生が行うらしい)の松明へ火を移す。


そして男子中学生たちは、山の中腹にある鳥居へ向けて勢いよく走りだす。
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こういうお祭りを中学生の時に体験できるのは幸せだと思い、私は勝手に感慨深くなっていた。

帰宅してブログにアップしようと思ってから早3カ月。遅ればせながら記事を書いてみようと思い、まずこの伝統はいつから始まったのか調べてみた。

が、、、全然ネットでは情報がない。

唯一発見したのがこのブログ記事なのだが、内情をとてもよくご存知の方が書いたのか、大変興味深いので、そのまま引用させてもらうことにする。

「がんばれ勝沼ブログ」
http://ganbarekatsunuma.blog58.fc2.com/blog-entry-16.html



『数あるぶどうまつりの行事の中でも核になるには鳥居焼だと思う。古くは江戸時代の文献に鳥居焼の火が山に燃え移り宿の人たちが消しに行ったとある。以来、勝沼の先人たちはどんなにつらく厳しい年でもその火を絶やすことなく燃やし続けて来たのである。しかも鳥居焼は歴史的な根拠や背景もしっかりしている。しかしこんな鳥居焼にもいくつかの問題点が生まれたが、そのつど英知を結集して対応してきたことも事実である。

以前、鳥居焼の火は町内の青年によって大善寺から町内を一周して鳥居に点火されてきた。しかし若い人たちの数が減ったことや祭りのイベントが増えたことから青年だけでは対応しきれなくなったことである。そこで中学生が一役買うことになった。以前は人数合わせ的なところがたぶんにあったと思うが、現在は地域の伝統行事を知り、しかもそれを守り伝えて行くという意義がある。さらにこの意義を深めるために歴史的な背景も加えて学習会も開いている。中学生はやがて成人し勝沼を担う力となろうし、また勝沼の地を離れても新聞、テレビ、雑誌などで勝沼の鳥居焼が紹介されたとき、お父さんやお母さんはあの火を守り伝えて来たんだということを子どもたちや家族に話すことができる。鳥居焼の火は自分の生まれ育った町や地域を誇りに思う気持ちを育てることにもつながるのである。

鳥居焼の準備は以前は柏尾地区の人たちの手で行われていた。後に勝沼地区全体で担当するようになったが現在は町内の各地区で順番で対応し20年に一度廻ってくる。(注:そしてその後一時は業者委託されたが、現在は町民ボランティアで積まれている。毎年100-150名ほど集まる。)こんな話がある。農村地帯と言われる勝沼町にも都市化の波が押し寄せ、農地が潰れ新しい住宅が建てられ新しい人たちが移り住んでくる。こうゆう地域にも当然鳥居焼の準備の当番は廻ってくる。そんな中で準備はどうだったかというと、新しく勝沼に住んだ方々よりも、以前から住んでいる人たちからこんな急な山で作業は出来ないとか、もう少し補助金をだしてくれとか、農家でない家庭は草刈鎌や手袋もないので用意してくれなどさまざまな意見、要望が出てきた。

で、準備はどうだったかというと、新しく勝沼に住んだ方々もピカピカの新しい鎌を持ち汗だくになって下草狩りをしたり薪を積み上げたりしていた。また、作業後の慰労会では新旧の住民がひざを交えて酒を酌み交わし歓談する姿や、新しく住民になった方々からは伝統ある勝沼の鳥居焼に携わることができて、本当の意味で勝沼の住民になった気がするといった声も聞かれた。鳥居焼の準備を通じてまた赤々と燃える鳥居焼の火を見て、何よりも勝沼に新しく住んだ方々が勝沼に住む誇りを感じ得たのである。』



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by iihanashi-africa | 2017-01-11 01:26 | 日本 | Trackback | Comments(0)
必見!おばあちゃんの干し柿レシピ
前回の記事では干し柿(枯露柿)の作り方を紹介したが(山梨の干し柿(枯露柿))、世の中には干し柿が苦手という人が多い。私もその一人である。ただ、干し柿が苦手な私でも食べられる干し柿料理がある。それが、ゆで卵の干し柿巻きである。

私の実家では、ほぼ必ずと言っていいほどおせち料理の一品として入っていた。かつては祖母が作っていたが、その後母親が作るようになり、ここ数年は食卓に並んでいなかったが、今年は初めて母親に習って私が作ってみた。

作り方はとても簡単。

①ゆで卵を作っておく。

②枯露柿のへたの部分を除き、割って開いて、中の種を取り除く。

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③ゆで卵を枯露柿で巻いてタコ糸で結ぶ。揚げた後、タコ糸に沿って包丁を入れるため、しっかりと真ん中あたりで縛る。


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④ホットケーキミックスと卵と牛乳を混ぜる。ホットケーキミックスというのがミソ。てんぷら粉ではこの美味しさはでない。


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⑤ ④をつけて、150度くらいの油で揚げる。


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⑥タコ糸に沿って半分に切れば出来上がり。


干し柿が苦手でもぺろっと平らげてしまう美味しさ。

是非お試しあれ。


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by iihanashi-africa | 2017-01-03 16:56 | 日本 | Trackback | Comments(0)
山梨の干し柿(枯露柿)
先日、山梨の実家から干し柿が送られてきた。昔は祖母が作っていたが、今は父が受け継いで作っている。

山梨では干し柿を「枯露柿」と呼ぶ。
なぜ枯露柿というのかはよく分からないが、山梨の実家では炉端で枯らすからと言われてきた。ネット上では、柿全体に陽があたるように適当な間隔を置いてコロコロ位置を変えるからと書かれている。後者の方が一般的なようだ。

甲州百匁(ひゃくめ)と呼ばれる大型の柿の品種があり、実家の畑にはその木が6本ある。その内1本は巨木で15mちかくあり、上の方は柿を採ることすらできない。最近は父も友人たちに、自分で採るなら勝手に採っていいよと言っているらしい。この木だけで、おそらく1000個の柿がなるとのこと。その内、半分くらいしか収穫できなかったらしい。残りは鳥たちの餌となる。
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甲州百匁は釣鐘型をした渋柿で、平均的な大きさでも350~400gほどになり、大きいものだと500gにもなる。もともと匁(もんめ)とは日本の尺貫法で3.75g、つまり百匁は375g。甲州百匁の名前はここからきたと言われている。

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これは私の家の甲州百匁。


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渋抜きして柔らかくなった柿をスプーンで食べることもあるが、山梨では大半が枯露柿になる。
これは柔らかくなった柿。



収穫した柿を、2、3日追熟させて、皮をむき始める。実はこの作業が最も大変かもしれない。へたとがくを取って、柿の肩の部分の皮を剝く。今年、父は500個を剝いた。

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暗くなるまで作業。お疲れさま。

この後、通常は黒変防止と殺菌を兼ねて硫黄燻蒸する。実は私、硫黄燻蒸の様子をまだ見たことがない。なので写真がない。来年は父に写真を撮っておいてもらおうかな。
硫黄燻蒸すると鮮やかな色のままなのだが、しないものより少し硬くなり、甘さも控えめになる。甘く柔らかい枯露柿が好きな人は、実は硫黄燻蒸していない黒い色の柿がお勧めらしい。

その後、こうしてつるして天日乾燥する。
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天日乾燥している最中も手で押さえて柿の繊維を切り水分を出しやすくするため十分に揉む。これを約25日位乾かす。

乾燥してきたら、今度は棚に並べて平干しする。5~7日の間毎日毎日割り干しを行い柿の形を整える。しっかりと手入れをして果実全体の肉置を均一にすることが重要。

さらに容器に一旦入れて2~3日保温し、一旦柿に汗をかかせてから再度乾かすと、しみ出た果糖が白い結晶になって表面を覆い、綺麗に白い粉がふく。

仕上げに柿の表面をきれいにし、へたを小さく切り整形する。
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実家の枯露柿と知り合いのプロの枯露柿職人さんの枯露柿を並べてみた。何が違うって、やはり実の詰まり方。しっかりともみ込んで手入れをしないと、へたの近くと下の方で肉のつまりが変わってくる。この作業が結構繊細で大変なのだ。
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これがプロの枯露柿。



年末年始に実家に帰宅すると、必ずと言っていいほど枯露柿の入った料理が食卓に並ぶ。

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これは枯露柿にゆずを挟んで巻いたもの。これは1年前に作ったもの。冷凍庫で凍らしておき、丁度1年後の今、少し乾燥して表面の果糖が更に固くなり、美味しいおつまみになる。枯露柿が苦手な方でもこれは食べられる。


これに加えて、正月にはゆで卵を干し柿で包んでホットケーキミックスをつけて揚げた料理がある。山梨の郷土料理なのか、祖母のオリジナルなのかは分からなかったのだが、ネットで調べたら、福井の郷土料理にもあるらしい。でもこれは小麦粉を使っている。祖母の作るこのおせちの一品が美味しかった。次回の記事で別当紹介することにする。
http://www.maff.go.jp/j/pr/aff/1212/spe2_02.html


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by iihanashi-africa | 2017-01-02 21:11 | 日本 | Trackback | Comments(2)
2017年、明けましておめでとうございます
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2017年、明けましておめでとうございます。

2016年はそれほど旅行していないなあと思って写真フォルダを顧みていたら、やっぱり意外に行っていました。ゴールデンウィークに弟家族に会いニューヨークに行き、5月末には友人と高知県へ、8月にはルクセンブルグ人の友人とカンボジアへ旅行。満喫していました。

久しぶりに2年間日本に滞在したのですが、この間の仕事は当初想像していたよりも充実していました。多くの尊敬できる方に出会い、自分自身も成長し、仕事も誇りと自信をもって進められ、周囲の方々に本当に感謝しています。

この経験を活かし、2017年の1月中旬にセネガルに赴任することになりました。

セネガルにはこの2年間で4回出張しました。何度も行った国で馴染みはあるとはいっても、住んで仕事をするとなると別の緊張感があります。自分なりの立ち位置を見つけて、新たな人間関係を築いて、相互に信頼できるようになるには、時間がかかると思います。今は不安の方が大きいですが、なんとかセネガルの農業に貢献できるよう努力していきます!

今年もどうぞiihanashi-africaを宜しくお願いいたします。


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by iihanashi-africa | 2017-01-01 21:05 | 日本 | Trackback | Comments(0)
「女を修理する男」:コンゴ民主共和国で横行するレイプ
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今年の難民映画祭でサブサハラアフリカが舞台となっていた唯一の映画を見に行った。


ノーベル平和賞候補に過去2回名前が挙がっているコンゴ民主共和国の産婦人科医ムクウェゲ医師(Denis Mukwege)のドキュメンタリー。30年間、ルワンダとブルンジとの国境に接するコンゴ民主共和国東部の南キブ州のブカブBukavuの病院に勤めている。

コンゴ民主共和国の特に東部では、2000年以降、約50万人の女性がレイプの被害に遭ったと言われている。ムクウェゲ医師はこれまでに4万人の女性の手術をしてきた。

映画の紹介映像


つい先日までご本人が来日しており、様々な大学で講演を行っていた。

映画は、衝撃的だった。

尿と便が同じところから出てくるようになってしまったり、8歳の少女が内臓が傷つくほどのレイプをされたり。もう一生女性としての大事な機能が使えない状況になる。自分に置き換えると寒気が止まらないし、おぞましさと共に怒りしか込み上げない。

「レイプは最も効果的な武器」という表現があった。レイプというのは、男性の欲求を満たすためにすることだと思っていたため、私には「武器」の意味がよく理解できなかった。しかし、下にリンクを貼った別の番組やムクウェゲ医師のインタビューを聞いてやっと理解できた。村を崩壊させるために手っ取り早い方法だというのだ。村の全ての女性をレイプする。子供や夫や隣人の目の前でレイプするのだ。夫は守れなかった嘆き、女性はそのトラウマから立ち直れない。その村の中で生きていけなくなる。村は崩壊する、そういう意味で、「武器」なのだ。

映画を見る前は、レイプは兵士によるものだけかと思っていた。1994年から始まったルワンダの紛争に伴い、コンゴ民主共和国東部で反政府活動を始めた勢力による横行から始まり、そこからコンゴの兵士たちも同じように「武器」を使い始めた、という問題だけだと思っていた。しかし、ドキュメンタリーを見たら、問題はもっと複雑であることを知った。

鉱山資源が豊富な地域。その資源を求めて村を襲う隣国の兵士たち。またそれとは別に、コンゴ民主共和国では、今、女児の性器や子宮を奪って祈ると長生きしたり富を得られるというような思想もあり、伝統的な呪術師が助長しているという。

タンザニアをはじめとしたアルビノ狩りの話を思い出した。アルビノの体の一部が健康や権力、幸福をもたらすと主張する呪術医を信じてアルビノ狩りが起こっているのだ。
タンザニア映画「White Shadow」:アルビノ狩りの現実

**********************

ムクウェゲ氏は当初は、フランスの大学で小児科を専攻していたそう。しかし、コンゴの病院でインターンをしたときに、出産の時に亡くなる女性の数の多さにショックを受け、産婦人科になることを決めたそう。それから30年間ブカブの病院でレイプされた女性の手術を続けるが、レイプ後の女性を治すだけではなく、レイプそのものを減らす活動をしなければならないと、立ち上がって声をあげるようになった。

しかし、その活動は危険と隣り合わせの活動だった。

2012年に国連でスピーチをするはずだったが、当時のコンゴ民主共和国の保健大臣に呼び出されて、スピーチを中止するよう圧力がかかり、更に家族にも身の危険が及ぶかもしれないと脅されたため中止せざるをえなかったという。

その後、ある日自宅に戻ったところを5人の武装した集団に囲われ、自分の命は何とか助かったものの、家の警備員をしていた息子の友人を殺された。この事件以降、身の安全のため家族を連れてフランスへ亡命した。しかし、フランスやアルジェリアの病院で産婦人科の同僚医師30人と働きながら、ここでは産婦人科医がこんなにいるが、故郷のブカブでは私がいない今、一人もいないと思うと、私の居場所はここではないと思ったそうだ。

同時に、ブカブの女性たちがムクウェゲ医師の帰国を望んで立ち上がった。まず、コンゴ民主共和国の大統領にレターを書いた。しかし、返事がなかったため、国連事務総長宛にレターを書いた。それにも返事がなかったため、自分たちでムクウェゲ医師の飛行機代を集めようと、パイナップルなどの農作物を売って収入を集めて、運動を起こした。その動きはもちろんムクウェテ医師の耳にも入る。そして、今度は国連平和維持軍の警備を受けて帰国する。

これらの動きを受けて、たぶん司法も動かざるを得なかったのかもしれないが、形ばかりの裁判も始まった。まだまだ、先は長いかもしれない。

2014年11月にEUで表彰された際のスピーチで、「1週間前に北キブ州の村で50名以上の住民が殺戮に遭った。1カ月で200人の住民が残虐な殺され方をした」と話していた。ほんのつい最近の話である。こういうことが起きていることを日本では知られていない。


印象的だった言葉がある。ムクウェゲ医師が、男性たちに向かって訴えた。
「あなた方の妻、母、娘が強姦される中、あなた方男性はどこにいたのですか。女性が立ち上がって声を上げているのに、男性は何をしているのですか。私は先日、涙を流しながら2カ月の女児の手術をしました」
この呼びかけから、男性たちも声をあげるようになった。

この問題は、コンゴ民主共和国だけの問題ではない。被害の拡大を防ぐためには、世界が問題を認識して、動いていかなければならない。


コンゴ民主共和国東部の問題を理解するための参考となる、いくつか日本語の映像を見つけた。

コンゴの聞き ~知られざる真実~ 2011年


レアメタル争奪戦の犠牲者(1) 2009年


レアメタル争奪戦の犠牲者(2) 2009年



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by iihanashi-africa | 2016-10-17 03:36 | 日本 | Trackback | Comments(0)
「売るために作る農業」をゲームで学ぶ
前回の記事(国際協力の心理学)でSHEPアプローチ(Smallholder Horticulture Empowerment and Promotion)について記述したが、この「売るために作る農業」アプローチをパソコンや携帯で疑似体験するゲームをJICAが開発した。

これまで様々な途上国支援プロジェクトで、普及のための教本やビデオ教材などは沢山作られてきたが、ゲームを作ることはほとんどなかったと思う。少なくともJICAでゲーム教材を作ったのは初めてのことだ。エンターテインメント性のみを目的とせず、教育・医療用途(学習要素、体験、関心度醸成・喚起など)といった社会問題の解決を主目的とするコンピュータゲームをシリアスゲームというらしい。

マーケット調査を行って、自分たちで栽培する作物を選んで、栽培できる。進み方によってはマーケット調査も行わず、あまり情報を入手しないまま栽培すると、収入に影響してくる。
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当時に、適切なステップを踏むと自分のモチベーションも高くなっていき、最終的なポイントも高くなる。私はまだ2万ポイントが最大なのだが、2万5千ポイントを獲得した人もいると聞いた。
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こんなゲームを作ってもアフリカの人々が使えるのかと思うかもしれないが、近年の携帯普及率は劇的にアップしており、さらにiPhoneやスマートフォンの普及率もかなり高くなってきていると思う。ブルキナファソでは、同僚が私のスマートフォンよりもずっと性能の良いものを持っていた。

2008年のアフリカの携帯普及率30%
アフリカの携帯普及率30%
2014年のブルキナの携帯普及率65%
ブルキナファソの携帯電話事情

3か月前、セネガルに出張した際、その地区の農業普及員は全員スマートフォンを支給されていた。農業普及員や農業研究者の少ないセネガルでは、ある畑で病害虫の被害に遭っても、すぐに専門家が駆けつけてくれる体制にない。そのため、被害を写真に撮り、その写真を所轄の農業州局に携帯からメールで送付し、そこから研究所に繋ぐ。まだ試用期間中ではあったが、ITについてはアフリカもそれほど遅れはとっていない。

一方、行政の予算が不足しているのはいつものことで、農業州局や県局にパソコンはあっても、それが常時インターネットに繋がっているかというと、そうでもない。また、出張に行く予算もないことがしばしばで、事務所のパソコンの前で、ソリティアなどのトランプゲームをしている職員も多い。

こういう状況下で、スマートフォンでも気軽に学べ、またパソコンでトランプゲームの代わりに楽しみながら学んでもらうゲームとして、開発されたのがこのゲーム。

ご関心のある方は、無料でダウンロードできるのでお試しあれ。

★iPhoneあるいはスマートフォンでご利用の方(英語と仏語のみ)
App StoreあるいはGoogle Playで、「JICA」、「SHEP」、「Fun Fun Farming」などのキーワードで検索して、ダウンロード可。

★パソコンでご利用の方(日本語、英語、仏語を選択可)
以下のサイトからファイルをダウンロード。ファイルの中に「shep」というアプリケーションがあるので、それを「展開」し「実行」する。
https://jica-net-library.jica.go.jp/jica-net/user/lib/contentDetail.php?item_id=10035

通常は、ゲームの途中で終了しても終わったところから再開できるのだが、私の場合スマートフォンでダウンロードしたら「continue」が出てこないという不具合があるのだが、パソコンやiPadで利用する分には問題なかった。

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by iihanashi-africa | 2016-10-11 22:13 | 日本 | Trackback | Comments(0)
国際協力の心理学
途上国の開発協力に携わっているといつもぶち当たる課題がある。

「持続性」「農家の自立」という課題。

私は以前、緑のサヘル(http://sahelgreen.org/)というNGOで働いていた。住民の生活に組み込んだ形の緑を減らさない活動と緑を増やす活動を行い、同時に荒廃した土壌を回復させる伝統技術を使って農業生産の安定化を図るなど、住民自身による総合的で継続的な生活環境の改善支援を行っているNGOである。

現地で活動を進める際に、いつも代表が心構えとして話していたことがある。
「何本植えたかではなく、何人が植えてくれるようになったか」
「我々が支援をする際に、まず現地の方々の生活を立体的に知る必要がある。相互理解とは、支援者あるいは受益者であるという意識を、お互いが持たなくなること。そして、住民生活の現状を踏まえ、導入技術そのものによる効果だけではなく、技術の核心あるいは本質を理解してもらうことを狙いとする。」


緑のサヘルの活動は、住民の声にじっくりと耳を傾けて時間をかけて話し合うことが多かった。お互いに納得した上で、活動を進める。これが、持続する根付いた活動に繋がっていた。私の開発支援の原点がここでよかったと今でも思う。

***************************

現在、私はSHEPアプローチ(Smallholder Horticulture Empowerment and Promotion)(「「売るために作る農業」アプローチ」)という、小規模園芸農家が自分たちでマーケット調査を行い、売れる作物を選択して、その後必要に応じて栽培技術を指導して、農家の収入向上を目指すアプローチの推進に携わっている。その中で、「人が自ら気付き、考え、決定し、行動していくために動機づけを行う仕組み」が重要だったと整理され、それを心理学の「自己決定理論」という学術的理論に基づいて説明した。緑のサヘル時代の活動やその後関わったプロジェクトの活動も、心理学的な説明を聞くことで、なぜうまくいったのか、なぜうまくいかなかったのかが、感覚だけでなく頭で理解することができた。

農家の行動変容や心理的変化は、途上国開発に関わっている人なら誰でも経験があり、それぞれが関係者のモチベーションを高めるために、工夫をしている。しかし、その工夫はプロジェクトの成果としては見えてこないため、他と共有されることはほとんどなかった。個人の暗黙知として蓄積されていたこれらの取り組みを、事例を挙げながら心理学的に説明を加えた教本が作成された。

大変興味深いので、ご関心のある方はどうぞご一読を。

日本語版
http://libopac.jica.go.jp/images/report/12264172.pdf

英語版
http://libopac.jica.go.jp/images/report/12092193.pdf

仏語版
http://libopac.jica.go.jp/images/report/12092201.pdf

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by iihanashi-africa | 2016-10-09 20:00 | 日本 | Trackback | Comments(4)
障害者総合支援法の下での薬物依存回復プログラム
2カ月ほど前、山梨ダルク(DARC:薬物依存症回復施設)が開催したセミナーに参加した際の記事を書いた(「依存症という病」)。毎回参加する度に自分の考えが如何に自己中心的か思い知る。自分が社会のスタンダードな人だとは思っていないが、無意識に「自分の考え=世の中の常識」と思ってしまうようだ。

私は、いつもセミナー後に依存症に対する見方が変わって会場から出てくるのだが、その後友人と依存症の話になると、私が人と違う考えをしていると思うことがある。自分の意見は少数派であることが分かる。そして、自分の依存症に対する考え方を伝えるのが如何に大変かを実感する。

薬物を使ってしまったら、警察は取り締まりを行い、法的機関は罰を与える。しかし、回復施設であるダルクは、取り締まって依存症を悪化させるようなことはしない。間違いを許して、徹底して守る。ある方が話していた。「今の刑務所は更生する場所としては適していません。僕が塀の向こうにいた時は、ある受刑者が『今度出所したらいい売人を教えるよ』と言ってきたり、常に周囲の人と薬物の話をしている環境にありました。[・・・] 僕が自ら変わろうと思うきっかけを作ってくれたのは、日本ダルク代表の近藤さんと山梨ダルク代表の佐々木さんに会った時でした。ああ、自分をこんなにさらけ出していいんだ、着飾らなくていいんだと思ったら、気が楽になったのです」。依存症の方は対人関係に問題を抱えている人が多い。だから、更生するには罰を与えるのではなく信頼関係を築くことがベースにある。

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9月10日、富士五湖ダルク主催のフォーラムに参加してきた。

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山梨ダルクの活動には目を見張るものがある。セミナーやフォーラムの頻度と内容の充実度からも分かるが、毎年、ダルクチームと山梨県警チームで弁護士チームとソフトボール大会も実施しているらしい。山梨県警もダルクの活動を応援していることが感じ取れた。

今回のフォーラムで私にとって最も興味深かったのが、「障害者総合支援法に基づく『生活訓練事業を行う各地ダルクの現状』」というシンポジウム。上のポスターには大きく紹介されていないが、私にとってはとても勉強になるセッションだった。

ダルクは、約30年前に設立され、現在全国に約60の施設があり、1000人の利用者がいる。これまでダルクは行政からの支援は全く得ずに運営してきた。自分たちの病気は自分たちで何とかすると。でも現実問題、「ダルクにつながってくる全ての人を受け入れる」というモットーは当初から崩していないため、経済的に苦しいのは間違いない。

例えば富士五湖ダルクの入寮費は月に16万円。その内、毎日入寮者に1000円を生活費として渡していて、さらに食事提供費に1000円、あとは家賃とプログラム料。入寮者が10人いてやっとスタッフ一人雇えるくらいだそう。入寮者のほとんどは生活保護を受けており、そこから入寮費を払っているが、生活保護をもらえない人でも受け入れている。そのため、財政的には徐々に厳しくなってきた。そのため、これまでは国の援助を受けてこなかったが、補助金を得られるように施設を適応しなければならなくなってきてもいる

2005年に障害者自立支援法(現在の障害者総合支援法)が制定され、また「依存症」もやっと「障害」として認められるようになり、基準を満たせば補助金を得られるようになった。そして、数あるダルクの中で、7年前に初めて京都ダルクが生活訓練施設として認められた。その後、複数のダルクがそれにならって申請し、山梨でも苦労の末に富士サポートセンターという宿泊型生活訓練施設を開設するに至った。

9月に開催された「障害者総合支援法に基づく『生活訓練事業を行う各地ダルクの現状』」というシンポジウムは、まさに生活訓練事業を行っている6か所(京都、東京、相模原、長崎、佐賀、山梨富士吉田)の施設長が集まって現状を話すものだった。

ダルクは、NA(ナルコティクス・アノニマスhttp://www.yakkaren.com/12step.html)の12のステップに基づいた回復プログラムを行っている。1日3回のミーティングに参加することを習慣化し、そこでは「かつて何が起きて」、「いつもどのようだったか」、そして「今どのようであるか」を話す。聞く側は感想や意見を一切言わない。ルールを厳しく設けず、刑務所や病院ではできない独自の回復プログラムを実施して、その活動が認知されてきた。これまで、所謂「障害者福祉」という活動をしてこなかったため、生活訓練事業の実施にあたっては分からないことだらけで困難の連続だったらしい。

生活訓練は通常2年以内に終わって再出発することになっているが、依存症は簡単に再発する。そしたまた一から仕切り直さなければならない。生活訓練事業に当てはめようとすると、ダルクのいいところを失ってしまうのではないかという懸念もある。しかし、ダルクの良さを残しつつ、障害者福祉にのせていくには、ダルク側もしっかりと勉強しアイデアを出していく必要があるとも話されていた。

それでも、行政との仕事というのは書類仕事に追われる毎日で、1日3回のミーティングに参加できなくなってしまうこともしばしばあるという。ダルクは、ダルクで回復した人が運営しているので、事務作業を行っている人もミーティングには参加する。行政の枠に入りながらも、ダルクの良さを最大限に生かすという、これまでにはなかった岐路に立っているのがよく分かった。。

ダルクの話を書き出すと長くなってしまう。。。

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by iihanashi-africa | 2016-10-05 19:22 | 日本 | Trackback | Comments(0)
ニジェール選手、自国史上2個目のメダル
リオ・オリンピックが終わった。

今年は珍しくオリンピック期間に日本にいたので、日本人選手の活躍を思う存分に感動を持ってみることができた。

でも個人的には多くの競技の世界各国のすごい記録を見たい。注目すべきはボルト選手やフェルプス選手だけではない。他にもものすごい記録が出ている種目があるのだが、日本では報道されない。だからと言って、海外にいたら全世界の活躍選手が見られるわけではない。

前回のロンドン・オリンピックの際はブルキナファソにいて、ケーブルテレビでオリンピックを見ていた。ただ、アフリカのフランス語圏のケーブルテレビは、やはりフランス系のチャンネルが多いので、フランス人選手が活躍するスポーツの中継が多い。柔道はまだよいが、テコンドーやらフェンシングやら乗馬やら。柔道も結局フランス人選手の試合しか流さないので、日本人選手を見ることもなく、フランス人選手が出ていなければ決勝の試合も見ることもできない。

こうしてみると、オリンピックは本当に国としての戦いを煽っているように見える。

私がこれまでにいたアフリカ諸国ではオリンピックが大々的に取り上げられることはなかった。やはりまだまだ先進国の祭典である。サッカーのワールドカップの方が、世界平和の推進という意味では貢献しているかな。でも女性が男性と同じ場で同じように活躍できるスポーツの祭典ではあるか。

当時の記事
ブルキナファソのオリンピック選手


ちなみに、リオ・オリンピックでメダルを取ったサブ・サハラ・アフリカの国は、常連国のケニア、南アフリカ、エチオピア以外に、コートジボワール、ブルンジ、ニジェール、ナイジェリアも目立たないながらも獲得している。ナイジェリアはサッカーだから知っている人も多いが、ニジェールのテコンドー選手が自国に史上2個目のメダルをもたらしたことを知っている人は少ないだろう。



さて、私は個人的に陸上のトラック競技が好きで、特に10000mと5000mを見るのが好きである。自分自身が5km~10km弱のジョギングをすることが多いから、凄さがよく分かるのかもしれない。今回は、イギリス人のモハメド・ファラー選手(もともとソマリア出身)の2大会連続2冠と、女子10000mのエチオピア人アヤナ選手の走りに目を奪われた。

ファラー選手の10000m
http://www.gorin.jp/video/5082494933001.html

最後の100mに注目して見てもらいたい。
感動したら、是非前回の世界陸上5000m、10000mの動画も探してほしい。10km走っても最後の100mを13秒で走る強さを持っている。すごい。

実は、もう一人、この種目で5位に入ったアメリカのラップ選手は、ファラー選手の練習相手で、ファラー選手を初め、ケニア、エチオピア勢に唯一ついていける白人選手で、これまたスタミナに感動してしまう。マラソンでも銅メダルをとり、今後も注目選手だ。

アヤナ選手の10000m
http://www.gorin.jp/games/ATTR/ATW100.html

8kmを過ぎたあたりから独走。そして驚異的な世界新記録。


やはり自分にはない才能と並々ならぬ努力を垣間見るのはいいものだ。


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by iihanashi-africa | 2016-08-23 00:31 | 日本 | Trackback | Comments(0)