カテゴリ:セネガル( 61 )
無垢な笑顔
最近はアフリカの農村部へ行く機会が減り、子供たちとも触れ合う機会が減ったのだが、久しぶりに子供たちの笑顔が撮れた。セネガルのティエス周辺に行った際に、「撮って撮って~」と寄ってきた子供たち。
c0116370_22581682.jpg


外国人の私にこんなにも、心を開いてくれてありがとう。
c0116370_22594232.jpg


この無垢な笑顔は元気をくれる。
c0116370_230721.jpg


そして、子供たちがこれだけ笑顔の国には希望を感じる。


にほんブログ村 海外生活ブログ アフリカ情報へ
にほんブログ村
[PR]
by iihanashi-africa | 2015-11-21 23:01 | セネガル | Trackback | Comments(0)
セネガルのヒップホップグループKeur Gui来日
パリのテロには想像以上のショックを受けた。シャトレ近くのレストラン周辺の映像もどこかしら見覚えがある。本当に悲しいと同時に恐怖でぞっとする。。

*******************

さて、少し希望のある話題を。

以前、セネガルのヒップホップグループKeur guiクルギの記事を書いたことがある。

Cine Droit Libre3:セネガルの「Y'en a marre!」運動

2012年3月、セネガル大統領選でワッド前大統領が敗れ、マッキー・サール大統領が政権を奪取したが、この政権交代の背景に「Y’en a marre(もううんざりだ)」という運動があった。この運動をリードしたのがKeur guiである。

ブルキナファソにいた頃に、彼らのドキュメンタリー映画「Boy Saloum」を見た。

映画上映後には、Keurguiの二人が登壇して討論会が行われたが、鳥肌が立つほどに彼らに魅了され、特にThiatの論理的で説得力のあるスピーチには、観客全員聞き入ってしまった。本当にカリスマ性があった。


そのKeur guiが来日するらしい。

友人のブログ記事
http://ameblo.jp/sorachari/entry-12095250757.html

11月23日 東京外国語大学
11月24日 馬喰町
11月26日 仙台
11月28日 沖縄 琉球大学

c0116370_23551864.jpg


私は出張中でどれも行けないのだが、関心のある方、是非是非行ってみてください。


にほんブログ村 海外生活ブログ アフリカ情報へ
にほんブログ村
[PR]
by iihanashi-africa | 2015-11-15 23:58 | セネガル | Trackback | Comments(2)
コーヒーに入れる砂糖の量
セネガルの首都ダカールで宿泊したホテルで頼んだコーヒー。

c0116370_0183415.jpg


いやいや、砂糖多すぎでしょう。

でも、セネガルに限らずアフリカの多くの国の方々にとっては、この量が普通なのだ。


にほんブログ村 海外生活ブログ アフリカ情報へ
にほんブログ村
[PR]
by iihanashi-africa | 2015-08-08 22:12 | セネガル | Trackback | Comments(2)
Cine Droit Libre3:セネガルの「Y'en a marre!」運動
『Boy Saloum』

監督:Audrey Gallet(フランス)
72分、2012年


2012年3月、セネガル大統領選でワッド前大統領が敗れ、マッキー・サール大統領が政権を奪取した。選挙前や期間中に反政府デモ隊と憲兵隊との衝突はあったものの、クーデタではなく民主的に政権が交代したことは世界的にも評価され、アフリカの民主国家の代表国の一つというイメージを確かなものとした。

しかし、この政権交代の背景に「Y’en a marre」という運動があったことをご存じだろうか。この運動がなければ、ワッド前大統領は憲法を改正し、そのまま政権に居座り続けたかもしれない。「Y’en a marre」とは、「もううんざりだ」という意味。

この運動をリードしたのがKeur guiクルギというセネガルのラップ音楽グループである。ドキュメンタリー『Boy Saloum』は、Keur guiの歩んできた道と「Y’en a marre」運動中の彼らの動きを追ったものである。

Keur guiは、ThiatKilifeuのデュオ。1996年に二人の出身地であるKaolackカオラックで結成された。結成当初から、不当で不平等な社会への不満と抵抗を歌い、カオラックでの影響力は相当のものだったらしい。このドキュメンタリーは「Y’en a marre」運動が始まる6年も前の2005年に撮影が開始している。Audrey Gallet監督が、彼らの影響力に惹きつけられてKeur guiというミュージシャンを撮影することから始まったのだ。「Y’en a marre」運動を追う目的で撮影が開始されたわけではないのだ。監督が映像に残したくなるほど、彼らは魅力的だったのだと思う。

ダカールに上京してからも、彼らの人気と影響力は増していった。そして、2011年1月、毎日続く停電と権力にしがみつく大統領にうんざりした彼らは、若いジャーナリストFadel Barroと彼らの友人Safiaのサポートもあり、「Y’en a marre」運動を立ち上げた。

彼らは、数ヶ月で全国各地の35万人の若者のネットワークを作り抗議運動を開始。最終的にワッド前大統領退陣まで追い込んだ。

c0116370_6294841.jpg


写真の右端がThiat、右から二人目がKilifeu

映画上映後に、Keurguiの二人が登壇して討論会が行われたが、これまた鳥肌が立つほど彼らに魅了され、特にThiatの論理的で説得力のあるスピーチには、観客全員聞き入ってしまった。問題の根底を理解していて、納得のいく主張が出来る人だった。本当にカリスマ性があった。

彼らだからこそ動かすことのできた運動だったにちがいない。
言い換えれば、他のミュージシャンではこれだけの大きな運動は起こらなかったと思う。

Thiat本人が言うに、マッキー・サール政権で大臣にならないかと打診を受けたらしい。しかし、「自分は大して学校も出ておらず、どうやって大臣を務めるのだ。自分の居場所は音楽なのだから、音楽を通じて主張していく」と断ったそう。「今回は、ワッド前大統領を退陣させるための運動であって、サール大統領を応援していたわけではない。今後は現政権の動きを見ながら、必要を感じたらまた運動を起こす」と話していた。


この日、彼らの話を聞いたブルキナファソの若者は、どう感じたのだろう。

c0116370_6301176.jpg



にほんブログ村 海外生活ブログ アフリカ情報へ
にほんブログ村
[PR]
by iihanashi-africa | 2013-07-02 06:34 | セネガル | Trackback | Comments(0)
ユッス・ンドゥールが大統領選出馬表明
セネガルの国民的歌手、Youssou Ndourユッス・ンドゥールが大統領選挙に大統領選に出馬することを表明した。Yahoo Japanにも「グラミー賞歌手、大統領選に出馬へ」と大きく出ていたので、日本でも知っている人は多いことだろう。私としては驚きと共にやっと出馬するかという思い。

以前、ユッス・ンドゥールに関する記事を少しだけ書いた(→「マリの言葉でMiyoko」)。素晴らしいミュージシャンで、私も彼の音楽は大好き。毎年パリのBercyでコンサートを開催し、その映像がDVDになっているが、一番好きだったのは2005年のコンサート。2008年になってからフランスのCDショップやインターネット販売で2005年のコンサートDVDを探したのだが、出回っておらず、わざわざセネガルの友人から購入して送ってもらったりもした。

ユッス・ンドゥール、現在52歳。今はミュージシャンの顔だけでなく、セネガルNo1テレビ・ラジオ局創設者、マイクロクレジット会社の設立など様々な顔を持っている。

彼は、数年前特にテレビ・ラジオ会社の設立時頃から、セネガル現ワッド大統領との確執が見え隠れするようになった。その頃から政治への興味を示しだし、2010年のJeune Afriqueインタビュー記事でも、「次の大統領選挙に出馬する意向はあるのか?」との問いに、「個人的な野心はないが、周囲が国民が私を必要としてくれているのは感じ取っている。政治に介入しないとは言わない」と答えている。私がやっと出馬するかと思ったのはこの記事を読んでいたから。

ワッド大統領は、今回大統領に再選されたら3期目となる。アフリカ諸国ではよく見られることだが、大統領の任期を2期に限っている憲法を改正して、自分の3期目の出馬を可能にした。私はセネガルの政治には精通していないので、ワッド大統領を正しく評価できないが、批判は多い。

だからといって、政治行政の経験が全くないユッス・ンドゥールが、大統領としてセネガルを発展させていけるかにも疑問はある。

ただ、彼の人気は根強いもので、立候補の届出が受け入れられれば、ワッド大統領を脅かす一人の対抗馬にはなるはず。

2月26日が大統領選。結果に注目したい。

にほんブログ村 海外生活ブログ アフリカ情報へ
にほんブログ村
[PR]
by iihanashi-africa | 2012-01-05 04:47 | セネガル | Trackback | Comments(4)
マリの言葉でMiyoko
美代子さんという親友がいます。

先日、インターネットでセネガルの国民的歌手ユッスンドゥールの曲をダウンロードしていたら、同じアルバムの中に「Miyoko」という曲を発見しました。視聴してみると、なんとサビの部分で「Miyoko Miyoko Miyoko」と繰り返します。これは友人の美代子さんにプレゼントしなければと、ダウンロードし、CDに焼いて渡しました。テーマソングにするとのこと。

ただ、Miyokoの意味が分かりません。それによくよくサビを聴くと、「Miyoko Miyoko Miyoko Akiyama」って言っているように聞こえます。ミヨコアキヤマ?日本人みたい。セネガルのウォロフ語にも日本語のような言葉があるんだな。

美代子さんに「Miyoko」をプレゼントしたからには、Miyokoの意味も教えてあげる必要があります。早速セネガル人の友人ムスタファ君に電話しました。

私「ユッスンドゥールの曲にMiyokoという曲があるけど知ってる?」
ムスタファ「ああ、昔の曲にそんな曲があったな、たしか。」
私「Miyokoってどういう意味なの?」
ム「・・・・・・」
私「・・・・・・」
ム「多分ウォロフ語じゃないよ。分からないから明日友人に聞いてみる。」


- - - - - - 翌日

ム「何人か友人に聞いたんだけど誰も知らなかった。でも誰かがMiyokoはマリの言葉だって言ってたよ。Codouに聞いてみたら?」
私「そうなんだ。マリの言葉か。じゃ、Codouに聞いてみるよ。」


Codouというのは、ムスタファと私の共通の日本人の友人で、今マリで働いています。セネガル在住歴の長い方で、Codouというセネガルの名前を持っています。私もセネガルにいるときはSodaと呼ばれていました。

昨日、Codouとスカイプでチャットをして知りました。Miyoko Akiyamaとは秋山美代子さんという日本人のフォトジャーナリストのことだったのです。日本におけるユッスンドゥールの後見人的立場の方だそうです。82年、パリのアフリカン・コミュニティでユッスを聴いて惚れ込み、来日に尽力を続け、またコスチューム・デザイナーでもある彼女は、テキスタイル・デザイナーのユッスの妹と組んでユッスのステージ衣装のデザインを担当してきたんだそう。

へ~~~
こんな方がいたんだ。そういえば、ユッスンドゥールって何度も来日してコンサートを行っており、何でこんなにも日本で有名になったんだろうと不思議に思っていました。2月にも「ユッスー・ンドゥール 魂の帰郷」というドキュメンタリー映画が公開されています。まだやっているのかな?私がマダガスカルへ来る前からいろんなところでチラシをもらいました。見てみたい。

それより、なぜセネガル人は知らない!マリの言葉って・・・

にほんブログ村 海外生活ブログ アフリカ情報へ

c0116370_3122963.gif
[PR]
by iihanashi-africa | 2009-04-04 03:20 | セネガル | Trackback | Comments(2)
ムーリッド宗派の聖地
先日、チャドのスーダン難民女性の写真を掲載しましたが、そういえば私もこんな格好をしたことがありました。日焼け防止で布を纏うことはしばしばありますが、イスラム教の儀礼で布を巻いたのはこれが初めてでした。セネガルにいたときのことです。
c0116370_322930.jpg

c0116370_3222718.jpg
セネガルの首都ダカールから内陸へ150kmのところに、トゥバという街があります。イスラム教の一派、ムーリッド宗派の聖地・総本山です。セネガルとガンビアに広く信者がいます。ムーリッド宗派は、20世紀初頭に、Cheikh Amadou Bamba(左写真)によって設立されました。まだそれほど長い歴史はありません。写真が残っているくらいですから。
c0116370_3224456.jpg
トゥバの街は、モスク(↑)を中心に広がっています。セネガル一大きいモスクで、アフリカでも最も大きいモスクの一つです。このモスクの建設は、1926年にCheikh Amadou Bambaにより決定されましたが、その後着工され完成するまでに37年の年月がかかっています。中央の最も高い塔は、80mの高さがあります。下を歩く人と比較したら、いかに大きいかが分かると思います。

c0116370_32304.jpg

入口。
私はイスラム教徒ではないので、この先には入れませんでした。
c0116370_3231356.jpg

イスラム教徒でなくても見学可能な場所のひとつ。年に一回行われる巡礼では、100万人以上がトゥバを訪れ、その際にはここもお祈りの場所になるそうです。
c0116370_3232712.jpg

イスラム独特の天井。


c0116370_3234424.jpg
モスクの隣には、ムーリッドのカリフ(首長)のお屋敷があります。最初の私の写真はここで撮られたものです。私が訪れた当時(2006年7月)は、6代カリフSaliou Mbacké。2007年12月末に逝去され、現在は7代目がおられますが、思い返せば6代はこの当時から体調がよくなかったのかもしれません。通常なら外からカリフを拝むことが可能なはずでしたが、待てど暮らせど出てこられませんでした。お庭では、このように常に信者が集まってお祈りをしています。
c0116370_3235621.jpg


にほんブログ村 海外生活ブログ アフリカ情報へ  にほんブログ村 環境ブログへ

c0116370_3492556.gif
[PR]
by iihanashi-africa | 2008-12-20 04:01 | セネガル | Trackback | Comments(2)
自分の店を失ったときに
昨日、久しぶりにセネガルのムスタファ君に電話をしてみました。自分の民芸品店を構えて以来、精力的に商売をしています。ムスタファ君が仕事をしているのはダカール中心部に位置するケルメル市場(写真は市場の入り口)。市場の建物そのものは八角形をしており、市場の敷地を囲むように民芸品店が軒を並べています。c0116370_1458046.jpg

昨年、市場の管理人が、更に多くの人が出店出来るようにと、八角形の建物の壁際に小さなプレハブ小屋を並べました。ムスタファ君もその一角を賃借していました。しかし、最近、県がこれらのプレハブ小屋を撤去してしまったそうです。なんでも市場の管理人が県に許可を得ていなかったそう。ムスタファ君は自分の店を失い、再び道端で民芸品を売らなければならない日々。しかし、落胆していてもおかしくないのに、電話口ではいつもと変わらない口調でこういうのです。

「市場の周りに小屋がびっしりと並んでいたから、景観が悪かったし、風通しも悪かった。だから県が撤去したのもしょうがない。以前も、道端で売っていたんだし、そこで頑張るしかないね。」

県は、撤去するだけで何もしてくれません。もちろんそれだけの財政力もないのでしょう。結局弱者は追いやられるのだなあと、私は思ってしまうのですが、どんな困難に遭っても常に前向きなムスタファ君には勇気付けられます。
[PR]
by iihanashi-africa | 2007-08-07 14:58 | セネガル | Trackback | Comments(0)
校長室
c0116370_18522556.jpg

[PR]
by iihanashi-africa | 2007-08-04 18:54 | セネガル | Trackback | Comments(0)
制服
c0116370_1758647.jpg
↑セネガル(セネガル地図)の首都ダカールの郊外、ゲジャワイ市で最も貧困層が多いといわれる地区の私立パトリオット小学校。アフリカの小学校でも制服がある学校が多く、セネガルでは、このように服の上に羽織るものが一般的です。学校によって色が異なり、背には学校名が書かれています。

c0116370_18241183.jpg
↑ゲジャワイ市の私立マン・マリア小学校。私は、この小学校で2日間インターンをさせてもらいました。

c0116370_18254397.jpg
↑ダカール郊外、ピキン市の公立ピキン第23小学校。
[PR]
by iihanashi-africa | 2007-08-04 18:32 | セネガル | Trackback | Comments(0)