カテゴリ:セネガル( 61 )
ポフタンという植物
先日、友人の農園でポフタンという植物を見た。初めて見たわけではないのだが、自然に生えており、特に何かに使うわけでもないので、こうまじまじと見たのは初めてである。

ポフタンPoftane学名はCalotropis-procera別名Pommier de Sodameともいうらしい。

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乾燥したサヘルの砂地を好む。
キョウチクトウ科で、有毒性のある乳液を含んでいる。アレルギーのある方は触らない方がよいと言われている。薬用に使われたり、葉っぱをマッサージに使うこともあるらしいが、セネガルの方々に聞いて最も多い使用方法が、出産した時に使う方法。

子どもが生まれると、子どもが寝る部屋の4方向の角にポフタンの葉を貼り付けるそう。こうすることで悪い霊が入ってこられないようにするのだという。女性はこの言い伝えを信じて貼り付ける人が多いが、意外に男性は信じていない人が多い。なので、男性にポフタンの使い方を聞くと、「女性は、・・・・したがる」という言い方をする人が結構いる。

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こんな実がなる。風船ように軽い。中にワタのようなものが入っているが、ワタを触ってから目を触ってはいけないと言われた。
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既に乾燥した実の中。
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友人の農園のポフタンを見てからというもの、出張中に道路脇に生えているポフタンが気になるようになった。乾燥地には本当に多い。誰が植えているわけでもないのだが、そこかしこに見られる。

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by iihanashi-africa | 2017-03-31 07:28 | セネガル | Trackback | Comments(0)
スイカとメロンの一大産地
先週、カオラックに出張した帰りに、サンジャラSandiaraという町で同行したセネガル人のカウンターパートがメロンを買いたいというので、スイカとメロンの出荷場に立ち寄った。当初は路肩の売店で買う予定だったのだが、運転手の親戚が出荷場の責任者ということで、出荷場内を見学させてもらった。

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Sandiaraはスイカとメロンの一大産地である。

2008年、ワッド前大統領がGoana (Grande Offensive pour la Nourriture et l'Abondance:「食糧・豊穣のための農業攻勢」、セネガル人はいつも言葉に拘るため独特の言い回しを使うなあとつくづく思う)とという戦略を打ち出し、農業改良技術の普及などを通じ、穀物、野菜、商品作物など農産物全般にわたる増産を目指した。その際に農業の品種改革も行われ、様々な作物の様々な品種が試行されたが、このスイカとメロンは当時スペインの支援を受けて成功した産業だという。

出荷場もスペイン支援で建設され、今でも出荷場の労働者は外部支援で支払われているらしい。品種が導入されたのはもう7~8年も前なのに、今でも支援に頼らないと運営が成り立たないのだろうか。。。あまり詳細は分からないので憶測で話しているにすぎないのだが、とにもかくにも導入されたメロンとスイカが非常に美味しいのだ。

様々な種類のスイカとメロンが周辺の農家によって栽培されている。

①日本でもおなじみの縞々模様のスイカ、Goanaの時代に導入された品種のため、ローカルマーケットではGoanaと呼ばれている。
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②ローカル品種の大きなスイカ
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③ローカル品種の色の濃い大きなスイカ
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この3つのうち、どれが一番美味しいかと出荷場の方に聞くと、①のスイカだという。しかし、市場で最も高く売れるのは、②と③とのこと。なぜ???という問いに、同行した園芸スペシャリストが答えてくれた。セネガルの世帯は人数が多い。そのため、家族全員で分けられるよう大きいスイカを好むのだという。最も美味しいものが最も高く売れるわけではないという興味深い例かも。今のセネガルのマーケットニーズは糖度ではないようだ。

①の縞々のスイカを自宅で切ってみた。真っ赤で、出荷場の方の言う通りとても甘い。そしてどれを切っても外れがない。
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メロンもGoanaと呼ばれる品種がある。
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ラグビーボールみたいな、まさに「うり」といった形でこれがメロン??と疑問に思ってしまうが、同行したカウンターパートが言うには、この品種が導入されてからセネガルのローカル市場でとても評価が高いらしい。カウンターパートもこのメロンが大好きだという。

見た目は美味しそうには見えず、切ってみてもやっぱり「うり」にしか見えないのだが、食べてみてびっくり。これが最高に甘い。スイカはとめどなく食べられるが、このメロンは甘すぎて沢山食べられない。本当に美味しい。
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⑤日本人も見慣れたメロン
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こういうメロンもマーケットで売っている。これはSandiaraのメロンではないが、ダカールのマーケットで購入したもの。

切ってみると、色鮮やかでとても美味しそう。しかし、見た目とは裏腹にこれが思ったほど甘くない。やっぱりメロンを買うなら、④のメロンがお勧め。時々とても甘いメロンにあたることもあるのだが、当たり外れが多いのがこのメロン。
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これらのスイカとメロン、多くはローカル市場で取引されるが、一部はスペインへ輸出されているらしい。昨年は300のコンテナ分をスペインに輸出したそうだ。この量が全体のどのくらいの割合なのかは分からないが。どのような業者が関わっているかもう少し知りたいなあ。


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by iihanashi-africa | 2017-03-28 08:00 | セネガル | Trackback | Comments(0)
Tidiane宗派カリフの逝去
最近ダカールも一時期の寒さが薄れ、徐々に汗がにじむ季節になってきた。ここ一週間でかなり暑くなってきたなあと思っていたのだが、先週木曜の朝は、やけに寒かった。どんよりと曇りがちで、私としては過ごしやすい天気。

しかし、なぜこのような天気なのかを仕事に行ってから知ることになる。

職場に到着してすぐに、秘書が「今日はどんよりしていますよね。イスラム教の偉大な方がなくなった翌日はいつもこうなんです」と話してくれた。

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セネガルは人口の約9割がイスラム教徒。そのイスラム教徒にも様々な宗派がある。セネガルにも複数存在するが、2大宗派と言われているのが、Tidiane(ティジャンヌ)Mouride(ムーリッド)である。

3月15日(水)夕方に、Tidiane最高位のKhalife Généralと呼ばれる地位にいる、Serigne Cheikh Ahmed Tidiane Sy “Al Maktoun”が亡くなった。92歳だったそう。数年前から体調を崩されており、ここ最近は長らく表舞台に出ていなかったという。16日の全ての新聞は、もちろん1面トップがこの記事。

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弟のSerigne Abdoul Aziz Sy Al Amineが跡を継いでKhalife Généralとなる。下の写真は後継者。かなり若い時の写真かな。

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Tidiane宗派(TidjanyyaあるいはTidjanismeともいう)は、Sidi Ahmed Al Tijaniが創立する。創立の年は分からないが、1737年にアルジェリアで生まれ、1815年にモロッコのフェズで亡くなっているので、その間だと思われる。そして1935年、偉大な宗教家Cheikh Omar Tall(1799-1864)が、このTidiane宗派をセネガルに伝えた。その後、El Hadji Malick Sy(1855-1922)が、1902年にチワワンTivaouaneという街を総本山とし、20世紀前半にセネガル全土に浸透することとなった。もう一つの宗派Mourideはセネガル独自の宗派であるが、創立はTidianeよりも後の1880年頃と言われている。

逝去された翌日には、マッキー・サール大統領もチワワンへ出向き葬儀に出席されている。

ちなみに10年前にムーリッド宗派の総本山トゥバToubaに行った時の記事。
ムーリッド宗派の聖地


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by iihanashi-africa | 2017-03-20 05:58 | セネガル | Trackback(1) | Comments(0)
廃墟となった最高教育機関 Ecole normale William Ponty
先日、ダカール州とティエス州の境にあるSébikotane市にある友人の農園を訪れた。その道中、友人が立ち寄ってくれた場所がある。それが、ここ。

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これだけ見ても何か分からないが、これがEcole normale William Ponty(ウィリアム・ポンティ高等師範学校)の講堂跡といったら分かる人もいるかもしれない。私も友人から説明を聞いて、「え===、ここがかの有名なウィリアム・ポンティ!」と感動した一人。

Wikipediaから抜粋して少し修正

「ウィリアム・ポンティ校は1903年、当時フランス領西アフリカ(AOF)の首都だったサンルイSaint Louisに創立された。その後1913年にはゴレ島に移転し、1937年にはリュフィスクRufisque近郊のセビコタネSébikotaneに移転し、セネガル独立後の1965年にコルダに移転した。
ウィリアム・ポンティ校はフランスが現地人官員の養成を目的として設立した学校であり、フランス領西アフリカ全土から優秀な学生が集まり、卒業後は下級官員として、また現地人のリーダーとして全土に散っていった。そのため、フランスの第4共和政時にアフリカから議員が選出できるようになると、同校出身の代議士が多数を占めた。さらに議員以外でも現地の指導者として、また知識人として重きをなしている場合が多く、彼らのネットワークによって独立への動きがすすんでいった。卒業生は出身地に関係なく集められ、仏領西アフリカ全土に配属されたため、仏領西アフリカの指導層に連帯意識が生まれる元となった。

独立運動を指導し、大統領になったコートジボワールのフェリックス・ウフェ=ボワニFélix Houphouët-Boignyマリのモディボ・ケイタModibo Keïtaニジェールのアマニ・ディオリHamani Dioriダオメー(現ベナン)のユベール・マガHubert Mangaオートボルタ(現ブルキナファソ)のモーリス・ヤメオゴMaurice Yameogoセネガルのアブドゥライ・ワッドAbdoulaye Wadeなども、ウィリアム・ポンティ校の卒業生(卒業生はPontinsと呼ばれる)である。」

1933年の卒業生から卒業論文が必須となり、791の論文が、Institut Fondamental d’Afrique Noire(IFAN:ブラックアフリカ基礎学院)に保存されているという。それらを『Cahiers de Ponty(ポンティのノート)』と呼ぶ。当時の経済、社会、文化を理解する貴重な資料とされているらしい。

現在、セビコタネの学校跡は、鉄筋がむき出しになり、屋根も崩れ落ちており、建物の中は藪となって、入ることもできない。ダカールからティエスに向かう高速道路の脇に、学校の場所を示す看板が存在感なく立てられているものの、気づく人はどれだけいるだろうか。1937年から1965年の28年間、仏領西アフリカの政治家、行政官、医者、教員の大半を輩出した最高師範学校で、フランス語圏アフリカの歴史の中では非常に重要なサイトなのだが、その威厳はなくなってしまっている。学校の施設の一部は、近くにあるセビコタネ刑務所の施設に改築されている。

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正面から撮った写真。
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1990年、アメリカの支援で学校再建を決め、ウィリアム・ポンティ師範学校からそれほど離れていないところに、『Université du Futur Africain de Sébikotane(セビコタネ未来のアフリカ大学)』を建設すべく起工式も行ったが、工事が始まったのは2002年。そして2006年には工事が中断してしまった(下の写真)。

その後2012年の大統領選で、アブドゥライ・ワッドはセビコタネの大学建設の再開を公約として掲げたが、マッキー・サールに負けて以降、工事は進んでいない。最近は、エネルギー・石油関連のエンジニア養成校として生まれ変わるというような話もあるらしい。
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ただ、新たな建物を建設することがウィリアム・ポンティ校の歴史を語ってくれるわけではないので、私としてはこの嘗ての講堂をどのように保存していくかを考えた方がよいと思う。ただ思いは人それぞれなので、最終的にどうなるか。このまま保存してほしいなあ。

ちなみに、ウィリアム・ポンティとは誰なのかというと、1908年から仏領西アフリカ(AOF)の総督だった方。自身もフランスでしっかりと教育を受けており、1888年にサンルイ総督の第一秘書になったころから教育に力を入れていた。それもあり、1915年にダカールで亡くなられてから、総督に敬意を払ってこの最高師範学校をウィリアム・ポンティ師範学校と呼ばれるようになった。

ウィリアム・ポンティ校はゴレ島にもあったというから、10年以上前のゴレ島の写真を出してきて眺めていたら、もしかしたらこれが学校跡かも!という写真があった。下の写真の右側の建物。次回ゴレ島に行くときはちゃんと確認してこよう!

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by iihanashi-africa | 2017-03-17 09:31 | セネガル | Trackback | Comments(2)
道路のど真ん中での修理
先日、ダカールの中心街で全く動かない渋滞にはまった。渋滞はいつものことなのだが、この日はなかなか進まない。やっと少しずつ動いて渋滞を引き起こした張本人に出くわした。

これか~

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こんなところで故障とは災難。
側道に寄ろうにも、こんな状態では難しいかも。

頑張れ~~


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by iihanashi-africa | 2017-03-14 08:16 | セネガル | Trackback | Comments(0)
寄付金を募るモスク
私の職場の隣にモスクがある。

すぐ隣なので、一日5回の礼拝を呼びかけるアザーンは、聞こえすぎるほどによく聞こえる。

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そのモスク、昨日は朝から一日中音楽をかけたり何やらお祈りのようなでもお祈りでないようなアナウンスをしたりしていた。秘書に、何を流しているのか聞くと、モスクの改築工事中で、途中資金が底をついたため、こうして放送をして寄付金を募っているという。

こういう音楽。



さすがに一日中音楽を流されると、交感神経が強く働き続けるからか、仕事に集中できない。

こういう時は自ら良い方向に考えを変えるのが一番と、私も寄付金を渡すことにした。そうしたら少しは気分が良くなるかもと思いながら、お昼に外に出た時には、寄付金の事をすっかり忘れてしまい、お金を持たずに外出してしまった。結局タイミングを逸してしまった。来週も放送していたら、今度は寄付しに行くことにしよう。

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by iihanashi-africa | 2017-03-04 06:08 | セネガル | Trackback | Comments(0)
リビアの上空飛行禁止
ここしばらく忙しくてブログアップが滞ってしまった。
これからなんとか盛り返していこうと思う。

昨日まで業務出張で一時帰国しており、本日、次の出張先のケニアに到着した。

通常、セネガルから日本への移動はエールフランス航空を使うことが多い。最も早いルートだからである。しかし、現在はエミレーツ航空も飛んでいるため、時折航空会社からドバイ経由のルートを提案されることがある。確かにエールフランスよりは安いのだが、ドバイのトランジットが21時間もあり、時間のロスが大きいため、滅多に使うことはない。

しかし今回の私の出張は、日本の後にエミレーツ航空でケニアへ移動するため、セネガルから日本への移動もエミレーツ航空にした方が安かった。そのため、初めてダカール=ドバイのエミレーツ便に乗ってみた。

ところが、航空券を受け取ってびっくり。ダカールからドバイは9時間半もかかるのだ。何が驚きってドバイから羽田も9時間半かかり、つまり同じくらいの距離ということ。セネガルからドバイということは、アフリカ横断と同じくらいの距離。それがアジアの端から端までと同じ距離とは。でも、世界地図をみて納得。確かに遠い。アフリカってやっぱり広い。
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それに加えて、エミレーツ航空(に限らないが)は、リビア上空を飛行しない。大きく迂回しているため、それも時間がかかる原因かもしれない。
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それにしても、ほんと綺麗に迂回している。


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by iihanashi-africa | 2017-02-20 03:58 | セネガル | Trackback | Comments(0)
セネガルのNoto野菜市場
セネガルにはニャイ地区とよばれる地域があり、野菜や果樹栽培が昔から盛んである。ニャイ地区は、首都ダカールから北部のサンルイの沿岸地域一帯を指し、南北の長さ約180kmに広がる。

この地域は、比較的冷涼で地下水位が高いため、野菜栽培には向いている土地と言われている。セネガル国内に流通する野菜の6割はこのニャイ地区で生産されたものと言われている。近年は、都市部の野菜消費量が増えており、国内で生産された野菜の大半は国内で消費されているが、タマネギ、トマトなどは隣国へも輸出されており、マンゴーなどの果実も一部欧州などへ輸出されてもいる。

以前の出張中に、このニャイ地区でも最も大きいノトNoto市場に行ってきた。もともと幹線道路沿いにあったのだが、渋滞緩和等の理由から、最近幹線道路から少し離れた場所に移動した。

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この市場での生産物の売り値、買い値は、出回り量により一日の中でも変化する。売上量は、日によっても大きく変わる。多いときには、一日に20トンの時もあれば、私たちが訪れた日は13時頃でも5kgにも至っておらず、日によって売り上げが大きく異なるらしい。価格は、他のコクサー(仲介人あるいは交渉人)と協議したり、需要の状況を見たりして決めている。

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下の写真の白い帽子の方はコクサー。女性たちはバナバナと呼ばれる小規模の卸売り商人。大量に取引する卸売業者もバナバナと呼ばれるが、自分の倉庫や店を構えているような方々は商人(Commerçant)と呼ばれるのが一般的らしい。コクサーは生産者と仲買人コクサー毎に扱う産品は大体決まっている。コクサーは、同時に生産者であることが多く、仲介人とは言っても生産者寄りのことが多い。だから、農家さんのインタビューをしても、コクサーとの間に問題があるという話は滅多に聞かない。

一方、バナバナはNoto市場で生産品を買い付け、いろいろな市場に売りに行っている。生産者から直接買い付けを行うことも多いが、そこで買い付けができない時に、市場でコクサーから買い付けを行う。

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ノト市場は、セネガル国内だけでなく、ガンビアやマリ、モーリタニア、ギニアなどからも商人が買い付けにくる。

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買付量は大体このくらいの大きさが最小単位。何キロあるんだろう。150kgくらいかなあ。

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産品は品種や大きさで分けられているが、品質では分けられてはいない。

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私の今の疑問は、生産者が市場の方々とどれだけ情報交換をしているのかということ。どれだけ頻繁に連絡をとって、どういう情報を入手しているのか。もっと知らなきゃ。


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by iihanashi-africa | 2017-02-04 15:05 | セネガル | Trackback | Comments(2)
野菜の値段を知らない男性客
セネガルのある野菜市場で売り子の女性にヒアリングした時のこと。

とってもはきはきしていて売ることを楽しんでいる女性たちで、なんかとても素敵だったので写真を撮らせてもらった。

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「近くでは男性の仲介業者がいるけれど、クライエントを奪い合うことはないの?」と聞くと、「彼らは販売後にクライエントの生産者へ支払いをするのだけど、私たちはその場で現金支払いするから、結構生産者を獲得できるのよ」と自信満々に話していた。常連のクライエントがいるわけではないが、それなりに買い取ることができているという。

そして、こう話していた。

「実は売値は男性客に対するほうを高くしているのよ。男性は値段を知らないので、高い値を言ってもそれが高いかどうかも分からず買ってくれるからね(ははは笑)」


一緒にいたセネガル人通訳の男性も、「ああ、俺もこうしてふっかけられているんだろうなあ。。」とつぶやいていた。


もう一枚おまけで、野菜売り場の素敵な笑顔の女性。
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by iihanashi-africa | 2016-12-30 20:41 | セネガル | Trackback | Comments(0)
モスクの外でのお祈りの時間
イスラム教には毎日5回のお祈りの時間があることはご存知だと思う。
でも、5回のお祈りを全てするかどうかは人それぞれ。5回全て行う人もいれば、朝と夜だけお祈りする人もいれば、金曜の午後しかお祈りしない人もいる。

毎日5回のお祈りをする人は、仕事中でも階段下のスペースや誰もいない会議室など、周囲の騒音を出来るだけ避けられるところでお祈りをする。見かけても、もちろん声はかけない。

そして、イスラム教にとっての聖なる日である金曜日の午後のお祈りは、職場の近くのモスクまで行ってお祈りすることが多い。市民全員がモスクには入りきらないので、お祈りの時間の15~20分くらいはモスクの周囲の道路を封鎖してお祈りの時間に捧げることもある。

下の写真は、セネガルの首都ダカールの写真だが、ブルキナファソでもカメルーンでもこういう様子を見た。私には見慣れた光景なのだが、一緒にいた方が「こんなの初めて見た!」と驚いておられたので、おーそうか!ブログに載せよう!と写真を撮ってみた。

私たちは、この道路の先のホテルに向かう途中だったが、お祈りが終わるまで15分ほど車の中で待つ。15分くらいなのでゆっくりと待つのだが、お祈りが終わった後も、車が通れるようになるまでは、もう少し時間がかかる。これだけの方々がいればそりゃそうか。

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by iihanashi-africa | 2016-10-31 00:27 | セネガル | Trackback | Comments(2)