カテゴリ:セネガル( 76 )
サリーのセネガル国際マラソン
11月25日に、セネガルのサリーSalyという観光地で国際マラソンがあった。今年で3回目。4月にダカールで開催されたのはダカールマラソンと呼んでいたが、サリーのマラソンは、セネガルマラソンと呼ばれる。セネガルマラソンという名称を初めて聞くと、セネガルを代表する国際マラソンでもちろん首都ダカールで開催されるのだろうと思ってしまうため、なんとも紛らわしい。

こちらは4月に開催された第1回ダカールマラソンの記事。
第1回ダカールマラソン

1か月前に友人と登録し、1週間前にゼッケンを引き取りに行ったのだが、もらったのはゼッケンのみ。ダカールマラソンは、出場者全員がTシャツをもらえ、スポンサーの数の違いを物語る。ダカールマラソンで、贅沢な思いをしていた私は、セネガルマラソンへの期待値が上がりすぎていて、ちょっとがっかり。でも、普段は走れない車道を気持ちよく走れるのはこういう時しかないので、やはり楽しみなのは同じである。

ウェブサイト情報によると、当日は、フルマラソンが8時ちょうどにスタートし、15分おきにハーフマラソン、10km、5km、2kmと時間差でスタートすることになっていた。私は、練習不足と翌日から出張ということを口実に、またもやハーフではなく10kmを選んだわけだが、予定通りだと8時半スタートということになっていた。

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一緒に登録した友人はハーフマラソンを走るので、万一時間通りにスタートしたら大変と、当日は8時前には会場入りしたが、予想に反せず8時になってもスタートのコールがかからない。やっと8時15分頃に、フルマラソンとハーフマラソンが同時にスタートすることになった。
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15分後は10kmと身構えていたら、10kmと5kmを飛び越えて2kmがスタート地点に呼ばれ、なんと彼らがゴールすまでは10kmは出発しないという。結局太鼓の生演奏を聴きながら、待つこと更に30分。9時になってやっと10kmと5kmが同時スタートした。

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 出発前の自分を発見。



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 ゴミはゴミ箱に捨てましょう!というキャンペーンをするビニールゴミを纏ったキャンペーンボーイ。

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ダカールマラソンほど景色が綺麗なわけではないが、沿道には応援してくれる人々がおり、なんとか心が折れずに走りきることができた。私のipodでは1時間6分。ダカールマラソンより数分縮んだ!と喜んでいたら、1週間後にウェブ上に掲載されたタイムは1時間が8分。あれ?この時間はどこから出したのだろうか。別にゼッケンにチップが埋め込まれていたわけでもないのに。

完走証明書がダウンロードできたので、印刷しておいた。ちなみに、私は「男性の部」に入っているという始末。なぜだ~~~~
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by iihanashi-africa | 2017-12-20 19:52 | セネガル | Trackback | Comments(2)
カオラックのホテル
1か月ほど前、カオラックへ出張してきた。
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全3泊のうち2泊は普段宿泊するホテルに予約が取れたのだが、最後の1泊は街中のホテルはどこも予約が取れなかったため、少し高めの観光客向けホテルに宿泊してみた。カオラックにこんなに素敵なホテルがあるとは知らなかったのだが、仕事の疲れを癒せる魅力的なホテルだったのでご紹介。

Le Relais

こちらはいつものホテル。
Horizons bleusのチェーンのホテルで、タンバクンダやコルダ、ケドゥグなどにも同じ系列のホテルがある。川沿いのホテルで素敵である。
http://www.horizons-bleus.sn/

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Adjana Hotel

そしてもう一つの観光客向けホテル。
Adjanaとは、パラダイスを意味するらしい。その言葉の通りパラダイス。敷地が広大で、最も遠い部屋までは結構歩く。一泊25,000fcfaから170,000fcfaまで幅広い。40,000fcfa払うと、桟橋の両側の川の中のコテージに宿泊できる。多くの場合、ホテルのウェブサイトの写真の方が実物よりも綺麗に見えてがっかりするものだが、Ajana hotelは逆。サイトの写真が古かったので期待していなかったら、到着後に美しく整備されているホテルにうっとり。
http://www.adjana.net/
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オーナーはレバノン系。ホテルの敷地が広大過ぎて驚いていたら、一緒にいたセネガル人が過去の大物政治家の所有地だったらしいと話してくれた。ほんとかな??

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このホテル、何より食事が美味しい。カオラックは特に観光地ではないため、なかなか仕事以外で泊まる機会はないが、もし機会があれば、一度宿泊してみる価値はある。あ、でも、一人だと寂しいので、ご家族あるいは友人と楽しんで泊まるのがよいかもしれない。





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by iihanashi-africa | 2017-12-19 14:07 | セネガル | Trackback | Comments(0)
セネガルの新国際空港オープン
2017年12月7日ブレーズ・ディアーニュ国際空港(Aéroport International Blaise Diagne de Diass:AIBD)がオープンした。やっと、ほんとにやっとである。工事に着工したのは10年前。最初のサウジアラビアの業者とセネガル政府との間では、工事予算の入金の遅れや地質の問題による追加工事やら諸々の問題があり、最後の数年でトルコのコンソーシアムが介入したことで、工事が加速した。何度もオープンすると発表されて延期になり、もうこれ以上は延期できない時期に来ていたかもしれない。最後は、建物は出来上がっていたが、空港で働く人が育っておらず、訓練期間として数か月必要だという報道が出ていた。このようなこれまでの経緯もあり、最後の最後まで本当にこの日にオープンするのか誰もが疑問に思っていたほどたった。だから、やっと!なのである。

新空港(ブレーズ・ディアーニュが長いためか建設された地の名前をとってディアス空港と呼ばれることも多い)は、今後25年間、最終的に建設に関わったトルコのコンソーシアムが運営に関わることになっている。

旧空港(下の写真)は、西アフリカを代表する国の玄関口としては少々残念なとても暗い雰囲気で、動線にも無駄が多くて、後から何度も追加工事をしているのが良く分かるほどだった。こうして写真で見ると大きな空港に見えるが、中はとても暗い。
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ちょうどつい先ほど新空港に到着したのだが、明るい明るい!もちろん出来上がったばかりなので見た目はとっても素敵。まあ、wifiが完備されていないとか、トイレのカギがかからないとか、トイレの水が流れっぱなしとか、食事処がまだ工事中とか、そういうのは許容範囲(笑)。でも、ちょっとだけセキュリティー面が心配になったのは私だけかな?外側からパスポートコントロールや荷物チェックの奥の方まで筒抜けで見えるし。解放感はあるけど。
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少し話題が逸れるが、初めて新国際空港の名前を耳にしたときに、まず感じたのは、ブレーズ・ディアーニュってだれ?ということ。仏語圏アフリカの歴史の中では非常に重要な人物らしいということが後から分かったのだが、セネガル人も高校や大学レベルの教育を受けていないとこの方が何をした方なのかよく知らない。空港の名前になって初めて、全国民に知れ渡る人となったようだ。

ブレーズ・ディアーニュは、1872年10月13日にゴレ島で生まれた。レブ族の父とギニアビサウ出身の母との間に生まれ、その後すぐにCrespin家の養子となった。小さいころからしっかりと教育を受けさせてもらい、一時期奨学生としてフランスへ留学もし、1891年にセネガルで、20歳の若さで税関職員に合格する。その後、フランスの植民地が進むとともに、植民地政権の中で重要ポストを歴任する。ダウメ(現ベナン)、コンゴ、レユニオン、マダガスカル、ガイアナと異動し、1914年、42歳の時に、アフリカの黒人としては初めてフランスの国民議会議員に選出された。その前に、アフリカ人との混血の議員はいたらしいが、アフリカ出身の「黒人」としては初めてだったようだ。第一次大戦中のフランスによるアフリカ人の卑劣な扱いを議会で訴えるなどして、「アフリカの声(La voix de l’Afrique)」と呼ばれたそうだ。一方で、西アフリカフランス領(AOF)へ何度も出張して、アフリカ人の戦争への参加を斡旋しており、英雄として見られていない部分もあるようだ。あと、フリーメイソンのメンバーであることも、セネガル人からあまり好かれない理由でもあるらしい。
https://fr.wikipedia.org/wiki/Blaise_Diagne

とはいえ、彼が歴史的な第一歩を踏んだことは確かで、前セネガル大統領のアブドゥライ・ワッド氏がブレーズ・ディアーニュに敬意を表して彼の名前を空港に付けることにしている。ダカールにもブレーズ・ディアーニュ高校があり、全国に彼の名前が使われた小学校もいくつかあるらしい。



新国際空港は、ダカール市内から約45キロ。高速道路を通っていかなければならないので、もちろん高速料金がかかる。出発時と到着時に往復10000FCFA以上を払うのは馬鹿にならない。セネガルの大手旅行会社は、これまで航空券を購入すると空港送迎を無料でつけてくれていたが、新国際空港では有料になった。そりゃそうだ。それにしても、街中から空港まで1時間半は遠い。。。

現在、ダカール市内の駅から空港まで電車(あるいは地下熱を利用した)の建設が進んでいる。こっちは、いつ出来上がるかな。



ダカールの駅は街の中心街にある。そして高速道路に入るのも中心街からだと早い。最近、中心街のプラトー地区は、旧空港近くの新興住宅地に比べると廃れた感じがしていたのだが、電車が通るともしかしたらかつての活気を取り戻すかな。


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by iihanashi-africa | 2017-12-14 06:16 | セネガル | Trackback | Comments(2)
イスラム教徒の若者最大のイベント、クリスマス?
週末に、ダカール中心街のネイルサロンに行ってきた。

いつもの担当のセネガル人のネイリストが、年末年始は休暇をとらないのかと聞いてきたので、「日本に帰るわよ」と伝え、「あなたはずっと仕事なの?」と逆に質問したら、なんと12月24日は夜11時まで仕事だという。普段は平日午後7時まで営業、日曜・祝日は休みのネイルサロン。イスラム教関連の祝日だとしっかり休みになるが、同じく祝日のクリスマスは特別営業らしい。

セネガルは人口の約9割がイスラム教徒。でも残りの1割は敬虔なキリスト教徒で、キリスト教系のイベントも祝日になっている。クリスマスももちろん祝日。このクリスマス、もちろんキリスト教徒の家庭では、日中に教会に行き、夜は家族で食事をするのだが、イスラム教徒の若者たちにとっても、大イベントらしい。

12月24日の夜11時頃から、街中の独立広場に若者たちが集まり、イルミネーションやら様々なイベントがあり、その後、皆、クラブなどへ踊りに出かける。ダカールの海岸沿いにMagic Landというエンターテインメント施設があるのだが、そこはおそらく渋滞で通れなくなるかもしれない。

私の運転手は31歳。家には小さい子どももいるし、普段は夜出歩く人ではなく、友人の結婚式や子どもの命名式など何かイベントがないと踊ることもないが、12月24日は一年で唯一夜出かける日だという。日本と同じで、若者は恋人と出かける日という感覚。それを聞くと、ネイルサロンが夜11時まで開いているのも納得。一年で最も儲かる日なのかもしれない。

私は、独立広場沿いというイベントを楽しむには最適の立地のアパートにいるのだが、年末年始は日本で過ごすので、ダカールのクリスマスを楽しむことはできない。運転手に写真を送ってもらうことにしよう。

そういえば、昨年、facebookなどSNS上で話題になっていたセネガルのサンタクロースの写真があった。
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https://www.dakaractu.com/Senegal-L-image-d-un-Pere-noel-musulman-entrain-de-prier-fait-le-buzz_a123847.html

イスラム式のお祈りをするサンタクロース。

ほほえましい。



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by iihanashi-africa | 2017-12-13 04:50 | セネガル | Trackback | Comments(0)
『Politisez-vous !(政治に関心を)』という本
2017年8月、セネガルで『Politisez-vous!』という本が出版された。

英語に訳すと「Politicize yourself!」、日本語だと「政治に興味を示せ!」とでもいうのだろうか。

私がこの本を知ったのは、2か月ほど前。2014年にブルキナファソで起きた民衆蜂起による政権交代のドキュメンタリー映画「Place à la révolution(革命の出番だ)」を見に行った時に、コメンテーターとして登壇したBalai Citoyenの理事が、「最近セネガルで、若者たちがPlitisez-vous!という本を出版したと聞いた。是非買って帰ろうと思う」と話していたのだ。

映画についてはこちらを↓
Cine Droit Libre Dakar 5:ブルキナのBalai CitoyenからトーゴのTogo deboutへ

こういう運動家が関心を持つ本はどんなものなのだろうと思って、翌週末にすぐに本屋に行って探し、購入した。それがこの本。

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普段は、読まざるを得ない仕事関連の報告書くらいしかフランス語の書物を読まないため、買ったはいいもの、なかなか1ページ目を開けず、やっと意を決して読み始めたら、2ページ読んですぐ眠くなってしまうという残念な結果。かなり倫理的で少々哲学的でもあって、仏語の本を読みなれていない私にはハードルが高かったが、100ページ程度の薄い本なので、仕事が落ち着いて気持ちに余裕があるときに何とか読み切った。しっかりと理解して読もうとするとかなり時間のかかる本だったが、若い世代の熱い気持ちが良く分かったし、こうして筆をとる若い方々がいるセネガルは、どっかの独裁政権のようにはならないだろうなと改めて思った。

これまでいくら投票をしても全く生活は変わらないし、格差は残ったままだし、汚職は横行するし、仕事の価値は低下する。それを目の当たりにしている人々は落胆し、政治への信頼を失っている。そして政治への信頼が欠乏すると、社会の不平等がより大きくなる。

こうして、政治から離れていった若い世代の関心を呼び起こそうと、10名の若者が共同でこの本を出版した。若者といっても、ジャーナリスト、起業家、市長顧問、法律家など様々。それぞれが、「政治に関心を持つ」とはどういうことかを述べている。

「政治に関心を持つ」とは、社会で共同で生活することの利点・欠点を知ることである。あらゆる不法な操作から免れる方法を探すことである。特権や独占によってゲームを支配しようとする権力者たちによって作られた腐敗したシステムと断絶するすべを模索し訴えることである。質の高い共同生活に必要な集団の価値を理解することである。「プロ」の政治家は、幻想を売り物にすることもあり、ときにその幻想がものごとを窮地に追い込む。

「政治に関心を持たない」ということは、自分たちの運命を他人に任せ、他人が運命をどう動かそうとも気に掛けないことである。

この10人の若者が訴えるように、独立以降セネガルが変わっていないかというとそうではないような気もする。でも、政治が国の発展に良くも悪くも影響しているのは確か。こういう熱い本が出版され、メディアでも取り上げられるのは、いい社会だなあと思う。



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by iihanashi-africa | 2017-12-11 09:11 | セネガル | Trackback | Comments(0)
フォロクチャヤという羊肉ファストフード
先日、カオラックに出張した際、一緒に出張したセネガル人カウンターパートの携帯に、同僚から電話がかかってきた。

カウンターパート「今、カオラック出張中だよ」
同僚「カオラックか。フォロクチャヤは食べたか?」
カウンターパート「フォロクチャヤか、もちろん食べるつもりさ!(笑)」

会話の中に、何度もフォロクチャヤという意味不明の言葉が聞こえて、何のことか気になって仕方なかった。電話を終えてすぐにフォロクチャヤとはなんぞやと聞くと、カオラック名物の羊肉だという。是非とも食べてみたいと申し出ると、お昼に連れて行ってくれた。

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マーケットの近くに行くと、こういう箱型のリヤカーが並んでおり、近くに行くと手前の扉を開いて、中にある肉を見せてくれる。

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様々な部位が入っており、自分で好きな部位を選べる。

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そしてこうして細かく食べやすいように切ってくれ、薄切りタマネギを乗せて包んでくれる。セネガル人は、この肉をフランスパンにはさんでもらい、サンドイッチにして食べることが多い。


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通の人は、このスープもその場で飲ませてもらう。これがだしが効いていてとても美味しいのだ。

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この箱型リヤカーだが、実はとても機能的な作りになっている。一番下の段に炭を入れられるようになっていて、その炭のすぐ上に鉄板が入るようになっている。そこで肉を時間をかけて調理し、出来上がったら写真のように上の段に移しておく。下には炭が入っているため、扉を閉じておけば、温かさを保てる形になっている。


カオラック名物料理をたらふく食べて満足していたら、翌日から合流した別のセネガル人カウンターパートが、フォロクチャヤはもともとカフリンKaffrineが有名なんだよと教えてくれた。そのセネガル人によると、フォロクチャヤはセネガルに移住してきたモーリタニア人が始めたらしい。フォロクチャヤForokh Thiayaという奇妙な名前は、フランス語でPantalon bouffant、日本語でニッカポッカ(ダボダボズボン)という意味。ネットで調べても名前の由来が出てこず、なぜこんな名前がつかられたのか全くもって分からない。どう頑張って考えても、ニッカポッカと羊のグリルが繋がらない。私の周囲のセネガル人も分からないという。だれか教えてほしいわ~。

最近は、カフリンは道路際に車を止めることが禁止され、カフリンで販売していたフォロクチャヤ屋の多くはクンギュルKoungheulという町に移動したらしい。クンギュルはカオラックとタンバクンダのちょうど中間地点に位置するため、休憩するのにちょうどいい。私たちもクンギュルで休憩したのだが、道の駅的に道路沿いにはこうしてフォロクチャヤ屋が並んでいた。機会があれば是非どうぞ。

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by iihanashi-africa | 2017-12-08 08:58 | セネガル | Trackback | Comments(0)
カシューナッツの記事を更新しました
セネガルも、ガンビアに近いトゥバクタToubacouta周辺に行くとカシューナッツの農園が広がるが、少し前に撮影した写真も含め、3年前に書いたカシューナッツの記事を更新してみたので、ご関心のある方はどうぞ。


こちらは(↓)ブルキナファソのカシューナッツ事情。
カシューの果実



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by iihanashi-africa | 2017-12-05 08:40 | セネガル | Trackback | Comments(0)
セネガルのスイカの記事を更新しました
前回のカシューナッツに続き、スイカ畑の写真が撮れたので、スイカの記事も更新しました。


あれ、そういえば私、メロンの畑は今まで見たことがないかも。
あれだけマーケットに出回っているのに。


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by iihanashi-africa | 2017-12-04 05:10 | セネガル | Trackback | Comments(0)
落花生の脱穀 in Senegal
セネガルは、アフリカの中で、ナイジェリア、スーダンに次ぐ落花生の生産量を誇る。今年の生産量は推定141万トン。過去5年で60%も生産量が増加している。農家さんに話を聞くと、落花生は売れ残ることがなくそれも高値で販売できるので極めて儲かる作物だという。こういう声は、少し前までは聞かれなかった。

セネガルにおける落花生栽培の歴史は古く、セネガルの経済を支える作物となったのはフランスの植民地時代まで遡る。良いか悪いかは別として、フランスが、植民地時代に輸出用の落花生栽培と加工(油と搾りかす)を推進し、セネガル経済を落花生で潤わせた。独立後、経済が多様化してもなお、長期にわたり、外貨の稼ぎ頭としてセネガル経済の中心に位置づけられていた。輸出の80%を落花生が占めていた時期もある。しかし、1990年代から陰りが見え始め、農業政策の変更や気候の変化に伴う生産量の減少、不安定な国際市場、種子確保の問題などから、2011年頃に輸出に占める割合が4%にまで落ちた。それが、ここ5年でなんとか盛り返している。一つは中国の影響。中国は最大の落花生生産国でもあるが、最大の消費国でもある。自国の生産量だけでは消費を賄えず、現在セネガルの落花生も大量に中国に輸出されている。中国の業者が農家の圃場まで集荷にやってきて、通常の販売ルートに少し悪影響を及ぼしているとも聞いた。兎にも角にも、今セネガルの落花生は売れている。

11月は落花生の脱穀、風選作業の時期である。

カオラックやジュルベル辺りを車で走ると、こういうこんもりとした山が畑のあちこちに積みあがっている。
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こういう山に積み上げる前は、こうして小さな山にして乾燥させる。
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先日の出張中にちょうど脱穀作業に出くわしたので、動画を撮らしてもらった。風選作業も見かけたのだが、残念ながら写真に収めることはできず。。



落花生の収穫時期に圃場に行くと、こういう光景をよく目にするらしい。とれたての落花生をミレットの残渣と一緒に燃やし、こんがり焼けた落花生を、手を黒くしながら食べる。もちろんこれが販売されることはないが、市内のマーケットで購入する落花生よりも格段に美味しいという。こうして焼いた落花生のことを示す現地の呼び名があるのだが、忘れてしまった。。。なんだっけなあ。
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by iihanashi-africa | 2017-11-27 02:35 | セネガル | Trackback | Comments(0)
ビサップの畑
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西アフリカの国々でレストランに行くと、ビサップBissapというジュースが出てくることがある。ハイビスカスのジュースのことである。写真は、ビサップジュースとバオバブジュースを混ぜたもので、下の濃い赤紫の部分がビサップジュースである。



ここセネガルは、西アフリカでもとりわけビサップの生産量が多い。セネガル全土で栽培されているが、特に、カオラック、ジュルベル、ティエス、ルガ、サンルイで大量に生産されている。かつて、ビサップは女性たちが自分の畑で自家消費用に栽培する作物だった。特にビジネスとしてのビサップ販売が浸透する前は、目印のために畑と畑の境に植えたり、畑の囲いとして植えたりしていた。しかし、今やセネガル国内で15,000トンが生産されるまでになり、近年では加工されたビサップが欧米へも輸出されている。ただし、女性が栽培する作物という考えは今でも変わらないらしい。ビサップを栽培する男性に今のところ出会ったことがない。

先日、カオラックとジュルベル周辺へ出張したのだが、ミレット(稗)やトウモロコシ、落花生などの主要作物が全て収穫されているこの時期(11月中旬)に、ビサップの畑だけが、赤く残っており一際目立っていた。この辺りでは、雨期が始まる直前にミレットを播種し、その後最初の雨が降ったら落花生やササゲを播種する。播種の優先順位があり、ビサップはほぼ最後。10月から11月上旬には穀物や豆の収穫をほとんど終え、11月中旬に残っている作物は、ビサップ、ソルガム、スイカである。
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これだけ目立つ色をしているのであれば、畑の囲いや境界線にするには最適だと実物を見て納得した。下の写真は境界線にしたビサップ。
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下の写真はピントが合っていないが、畑の囲いに使ったビサップ。
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ビサップには、赤と白がある。
赤いビサップはジュース等の飲み物やジャムに使われることが多く、白いビサップはタマリンドなどと一緒に酸味の効いたソースにしてセネガルの国民的料理チェブジェン(炊き込みご飯)にかけて食べたりする。白いビサップのジュースもあるそうだが、私はまだ飲んだことがない。

赤いビサップ
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白いビサップ
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収穫したビサップはこうして数日乾燥させ、がくと中の丸い実を分ける。
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これは乾燥していないビサップ。

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丸い実の中には種が入っており、これを乾燥させて、翌年播種する。自家採種である。

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この時期になると、道路沿いでビサップを販売する女性たちを見かける。

私も購入しようと立ち止まって販売しているビサップを見比べると、微妙に色が異なるビサップが販売されていた。袋の中のビサップの方が色が明るいのが分かるだろうか。色の濃いビサップはVimtoという改良品種らしい。色の薄い方の品種名は分からないが、伝統的に栽培されている品種だという。Vimtoは濃い色からも分かるように、ジュースを作る際にすぐに色がつくため、ビサップジュース製造業者には好まれるらしい。また生産性も高く、伝統品種より高値で販売できるため、最近はVimtoの栽培が広まっている。一方で、伝統品種はとても香りがよく、時間をかけてゆっくりと煮出しするととても綺麗な色のジュースに仕上がるようで、こちらを好んで購入する人もいる。ということで、私もじっくり煮出しするタイプを購入。どんなジュースになるだろうか。


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by iihanashi-africa | 2017-11-23 08:14 | セネガル | Trackback | Comments(0)