カテゴリ:ニジェール( 14 )
サバクトビバッタを食す
前回サバクトビバッタ(サバクワタリバッタ)のおすすめ本を紹介したが、そういえばニジェールではサバクトビバッタを美味しく味付けして食べる。バッタに限らず、昆虫は概して良質のプロテインを摂取でき、鉄や亜鉛などのミネラルも豊富と言われている。ニジェールで売られているサバクトビバッタやその他のバッタは、プロテインの含有率50%らしい。

以前、バッタシロアリイモムシの記事を書いたことがある。

ニジェールのバッタ揚げ
シロアリを食べたことありますか?
乾燥イモムシ

ニジェールのバッタの捕獲は、朝7時から9時の間に行われる。寒いとバッタの動きが鈍いため、捕まえやすいらしい。バッタの捕獲は1日150匹から多い時で1000匹を超えることもある。重さだと1~2.3kg。それでも、1日の収入は1800~2900fcfa(4~6.4USD)。
https://www.ajol.info/index.php/jab/article/download/120734/110178

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捕まえたバッタは、一旦塩を入れた熱湯で湯がき、天日干しする。そして乾燥されたバッタがマーケットで売られる。今回のニジェール出張でもバッタを買い慣れた方に買ってきてもらって食べたのだが、これがとても美味しかった。とてもカリカリしていて、ピリ辛味が絶妙(上の写真)。以前の記事で、ブルキナファソで食べたニジェールのバッタ(下の写真)はとても淡白で味があまりなかったと書いたが、なるほどこうして少し味付けをしてから食べた方がよかったのかと納得。

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次回はちゃんとマーケットで売られている写真を撮ってこよう!



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by iihanashi-africa | 2017-11-17 02:54 | ニジェール | Trackback | Comments(4)
サバクトビバッタのおすすめ本
アフリカのサヘル地域では、バッタが大発生することがある。サバクワタリバッタあるいはサバクトビバッタと呼ばれる。FAOが毎年バッタ予報を出しているのだが、大発生すると人間の手に負えなくなる。

サヘル地域の農業省出先機関の重要な任務の一つがサバクトビバッタの退治である。殺虫剤が大量にストックされており、バッタの発生情報があるといち早く現場に駆け付け対応する。バッタはほぼ毎年発生しており、毎年職員はバッタ退治で各地を駆け巡るのだが、いつもどこかの穀物畑が被害に遭う。バッタの大群に襲われた畑は壊滅的被害を受ける。とくに大発生した年の被害は甚大である。ブルキナファソにいた時は、発生時期に北部の農業省出先機関にアポをとっても、バッタ退治でみんな出払っていると言われることがあった。

1988年に大発生した際には、大西洋を渡り、カリブ海まで飛んでいったそう。これには学者も驚き、当初は誰も信じなかったらしい。それもそのはず、あんなに小さな体で1週間何も食べず4000kmも移動するとは到底考えられないのだから。もちろん多くは途中で力尽きたようだが、たどり着いたバッタたちは、空中の微生物などを食べながら、上手く風に乗れたと考えられている。

このサバクトビバッタの研究者が日本にいるらしい。

そのことを知ったのは、友人からとても面白い本があると教えてもらったことに始まる。それが、前野ウルド浩太郎さんの『孤独なバッタが群れるとき』という本。9月に休暇で帰国する前に、Amazonの買い物かごに入れておいたのだが、購入する前にふと訪れた新宿のブックファーストで、「おすすめ本」として紹介されていたのが、同じ著者の『バッタを倒しにアフリカへ』という本。西アフリカの農業に関わるものとして、サバクトビバッタは最大の関心事項の一つで、私もいろいろ知りたいと思い、両方購入することにした。

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この2冊の本、本当におすすめである。

『孤独なバッタが群れるとき』は、著者の処女作。東海大学出版のフィールドの生物学シリーズなのでかなり学術的なのだが、これが素人の私が読んでもとても面白く読める。この本を紹介してくれた友人が、「学術的なのに読み物としてもとても面白い」と言っていたのがとても良く分かる。そして、著者の人柄が伝わってくる好感の持てる文章で読み進めるのが楽しくなる。

著者はサバクトビバッタの相変異の研究をされている。相変異とは何か。

「世界各地で起こるバッタの大発生には共通の謎があった。それは、大発生の時に覆い掛かってくる黒いバッタは、この時にしか見られないのだ。平和な時には忽然と姿を消しており、草根をかき分けてもいっこうに見つからない。奇襲をかけようにも敵のアジトを誰も見つけることができなかった。黒い悪魔と呼ばれた所以がそれである。バッタはまばらに生息している低密度下で発育した個体は孤独相とよばれ、一般的に緑色をしておりおとなしい。一方、辺りにたくさんの仲間がいる高密度下では、群れを成して活発に動き回り、幼虫は黄色や黒の目立つバッタになる。これらは群生相と呼ばれる。

長年にわたって、孤独相群生相はそれぞれ別種のバッタだと考えられてきた。その後、1921年にロシアの昆虫学者ウバロフ卿が、普段は孤独相のバッタが混み合うと群生相に変身することを突き止め、この現象は「相変異」と名付けられた。

大発生時には、全ての個体が群生相になって害虫化する。そのため群生相になることを阻止できれば、大発生そのものを未然に防ぐことができると考えられた。相変異のメカニズムの解明がバッタ問題解決のカギを握っているとされているのだ。」


著者はこの相変異メカニズムについて研究をしている。
ファーブルに憧れて昆虫の研究をしたいと夢見た少年が、今や多くの発見をして次々に論文を発表するようになるまでに通った道と成長の過程が、物語を読んでいるようで面白い。


『バッタを倒しにアフリカへ』は、光文社新書から出ている。著者は、研究室の中の研究後、モーリタニア国立サバクトビバッタ研究所でフィールドワークを3年間行うのだが、このフィールドワークの様子とモーリタニアの研究環境や生活環境も含めた読み物になっている。エッセイと言った方が適切かもしれないが、もともと文章が面白い方なので、学術的ではなくても楽しんで読み進めることができる。

是非ご一読を。

次回の記事は、「サバクトビバッタを食す」。



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by iihanashi-africa | 2017-11-14 06:37 | ニジェール | Trackback | Comments(4)
トゥアレグ族の21個のシンボル
ニジェールのお土産屋さんで、このようなペンダントのコレクションをよく見かける。Croix de Touaregs(トゥアレグ族の十字架)と呼ばれるペンダントで、トゥアレグ族の中でも特にKel Aïr族やKel Geresse族、あるいはアガデスに住む遊牧民、そしてプル族やハウサ族の中にもペンダントとして使う人もいるようだ。各十字架は、それぞれの都市のシンボルで、身につけている人の出身地を示すものでもある。最も有名なペンダントはアガデスのもの(写真の左上)で、イヤリングやネックレス、髪飾りとして民芸品店で売られている。蝋で型を作り、そこに銀を流し入れる方法で作っている。

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これまでの研究によると、このような十字架は古代エジプトから存在したという説もあるようだが、イスラム教が南下する以前のキリスト教の影響が強かった時代に、それぞれの民族が十字架をかたどったシンボルを作ったとも言われている。

このように十字架をも思わせるペンダントだが、トゥアレグ族の中では、「東西南北」を示すと言い伝えられている。通常、このペンダントは父から息子へ受け継がれるのだが、その際に、「息子よ、今後おまえは世界のどこで死ぬのか分からない。だから、おまえに世界の四方向(東西南北)を示しておく」と言って、道しるべとなるように手渡すのだそうだ。



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by iihanashi-africa | 2017-11-10 06:31 | ニジェール | Trackback | Comments(0)
ニジェールの恐竜
サハラ砂漠は、恐竜の化石の宝庫である。

そういえば、そうだった。先日、ニアメ市内のブブ・ハマ国立博物館に行って、恐竜の化石の展示を見て思い出した。アフリカの他国にはなかなかない展示物で、とても新鮮だった。折角の恐竜の化石が砂埃にまみれて茶色くなっているのが残念だが、こうして砂にまみれて発見されたと思えば、なかなかリアリティがあるし、先進国の綺麗な博物館に展示されていると全く異次元のものにしか見えない恐竜の化石が、ニジェールの乾燥した環境の中で見るとついこの間までこの地で生きていたかのように少し命が吹き込まれて見える。

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サハラ砂漠では、モロッコからエジプト、チュニジアからニジェールと、広範囲で様々な化石が発見されている。大半の発掘場所は、アクセス困難なところにあり、最近は昨今の治安情勢不安のために、残念ながら発掘は進んでいない。しかし、これまで肉食恐竜、草食恐竜、水中の恐竜など、すでに様々な化石が発見されている。


1820年代、古生物学者はヨーロッパの恐竜についてある程度の知識を積み上げ、1870年代からはアメリカ西部やアルゼンチン等で様々な恐竜の化石を発掘しだした。1900年代に入るまで、それ以外の大陸にはほとんど目もむけられていなかったのだ。唯一、オーストラリアやインド、南アフリカで多少の化石が発見されていた程度であった。

1906年になって初めて、サハラ砂漠の恐竜探索が開始する。口火を切ったのが、地質学者Emile Haugが記述した書物と、Foureau氏とLamy司令官の探検隊が記述した書物である。フランスの植民地時代だった当時、大変貴重な書物として有名になっている。

1906年以降、アガデスAgadezの近くのアイールAïrという町の周辺で、多数の恐竜の化石が発見される。この時に活躍した古生物学者に、フランス人のPhilippe Taquet氏シカゴ大学のアメリカ人Paul Sereno氏がおり、ニジェールで発見された恐竜のほとんどは、この2名のグループによって発見されている。Aïr地域の発掘サイトGadoufawa、In Gall、Tiguidit、Tawachi等は、恐竜の化石の代名詞となった。

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これまでにニジェールで発見された恐竜は6種類
私は恐竜に詳しくないため、それぞれを丁寧に説明できないのだが、このフランス語のサイトに詳しく記述されている。
http://www.ingall-niger.org/index.php/la-prehistoire/les-dinosaures

現在、治安悪化に加え、財政難で発掘サイトは十分に保護されておらず、密売人がはびこるようになっており、2005年、2006年と立て続けに恐竜の化石を含むニジェールの考古学品がフランスに大量に密輸入されようとして、税関で没収されている。恐竜の発掘サイトは今、ほとんどが土で覆われているようだ。

2007年の時点では、ニジェールの化石サイトをユネスコの世界遺産に登録しようとする動きもあったようだが、治安が悪化した今、この動きはどうなっているのだろうか。当時は、スペインの支援を得て、Tadibèneに博物館も建設されるとのことだった。
http://lactualite.com/monde/2007/05/10/des-dinos-a-la-tonne/

発掘が本格的に再開するまでには、まだまだ時間がかかるだろうが、しばらくは恐竜も身を潜めてゆっくり眠っていた方がいい。



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by iihanashi-africa | 2017-11-06 18:44 | ニジェール | Trackback | Comments(0)
ほら貝のような角をもつクーリー牛
先日訪問したニアメのブブ・ハマ国立博物館で、クーリー牛(Vache Kouri)の存在を初めて知った。博物館の中に、巨大なほら貝のようなクーリー牛の角が展示されていた。残念ながら写真撮影が禁止だったので、別のサイトで見つけた写真を拝借。

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出典:http://unhcrniger.tumblr.com/post/152071119719/quel-avenir-pour-la-vache-kouri-du-lac-tchad

下の写真はブブ・ハマ国立博物館の動物園にいたクーリー牛。角がタケノコみたいだ。
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クーリー牛はチャド湖の周辺に多く見られるそうだ。チャド、カメルーン、ニジェール、ナイジェリアに生息と書かれているが、ニジェールでもやはりチャド湖の近くでないと見られないらしい。クーリー牛は水の中の移動を得意とするため、チャド湖の中で多くの時間を過ごすが、チャド湖の縮小により、生息数に影響が出ている。また、干ばつや灼熱、病気にも弱いため、現在絶滅の危機にあるそうだ。今やアフリカ各地に広まっているセブ牛(Zebu)が取って代わろうとしている。加えて、クーリー牛泥棒も後を絶たず、度重なる泥棒被害に牛を手放す人も増えている。2016年、ニジェールのDiffa州でコミュニティー間の緊張が高まったことから、UNHCRがアンケート調査を行ったところ、実に81%の人が家畜泥棒が原因と回答したそうだ。(http://unhcrniger.tumblr.com/post/152071119719/quel-avenir-pour-la-vache-kouri-du-lac-tchad



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by iihanashi-africa | 2017-11-04 22:33 | ニジェール | Trackback | Comments(0)
ニアメのブブ・ハマ国立博物館
ニジェールの首都ニアメに、ブブ・ハマ国立博物館(Musée National Boubou-Hama)がある。もともとはIFAN(Institut Fondamental d’Afrique Noire:ブラックアフリカ基礎学院)からアイデアを継承し、1959年にニジェール国立博物館として設立された。そういえば、セネガルのテオドール・モノ・アフリカ美術博物館もIFANの施設が博物館となっている。ブブ・ハマ国立博物館は、2008年に、創設に貢献したブブ・ハマ氏に敬意を表して名称を変更した。ブブ・ハマ氏は、政治家でもあり言語学者、歴史学者、哲学者そして同時に作家でもあり、ニアメのIFANセンターの学長を務めた方でもある。


ブブ・ハマ国立博物館の公式サイト
http://www.museenationalduniger.ne/


私の今回のニジェール出張は2週間と長く、週末を挟むため、この週末でこれまで行きたくても行けなかったこの博物館にどうしても行きたかった。この博物館に行ったことのある方に様子を聞くと、大したものはないとのことだったが、これまで大したことないと言われていたアフリカの観光地を私はそれなりに楽しむことができている経験から、やはり自分の目で確かめてみたかった。そして、思った通り、とても充実した時間を過ごすこととなる。ブルキナファソの博物館よりもセネガルの博物館よりも興味深い展示が多く、2時間かけてじっくりと敷地内を探索できた。

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博物館の敷地の入口で、まず1500fcfa(約300円)を支払う。


敷地が24haもあり、博物館も様々なパビリオンに建物が分かれており、それも動物園と博物館と民芸品売り場が混在しているため、パビリオンとパビリオンがかなり離れている。意外と広い。そのため、入口でガイドをお願いするとよい。パビリオンの中も説明書きが少ないため、ガイドがいると展示物の貴重さが更に良く分かる。ただし、正規のガイドのバッジを持っている方に依頼しないと、ちゃんとした説明が受けられないので要注意。
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博物館の中は写真撮影禁止。そのため、興味深い展示物を見せられなくて残念だが、本当に興味深い展示がある。博物館は、文化・歴史物を展示するブブ・ハマ館、楽器館、衣服館、先史時代館、考古学館、石油館、ウラン館に分かれている。どの館もじっくり見ていると時間が足りなくなる。ブブ・ハマ館には、ニジェールでこれまで使用されてきた貨幣の歴史や、ニジェールの各民族の槍、靴などが展示されている。衣服館には、各民族の伝統衣装やZinder州特有のダチョウの皮を使ったカバン、先史館にはトゥアレグ族の伝統的な鉄細工の歴史が分かる。どれも一つ一つ書き出すときりがないくらい興味深い。ウラン館については、別途記事にしようかな。

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西アフリカの動物園は、国外から動物を輸入して園として成り立っているところが多い中、ここは意外とニジェール国内に生息する動物が多い。飼育環境は劣悪で少々かわいそうではあるのだが、普通に生活していたら見られない動物も多く、ニジェール人の家族連れが多い。

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マラディ州から連れてこられたライオン。当時は4か月だったが今は4歳で立派な大人。

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ニジェールのジャコウネコ。


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ニジェール川のワニ。


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ニジェール川のカバ。


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チャド湖のクーリー牛。これは別途記事にする予定。


そして、この敷地内で一際目を引くのが恐竜だろうか。フランスの古生物学者Philippe Taquetアガデス州で発見したティラノサウルスや体長11メートルのワニ、アメリカの古生物学者Paul Serenoが同じくアガデスで発見した20メートルを超える草食恐竜。Jobaria Tiguidensisという学名を持つ。

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この博物館は、2011年に公共施設となり、芸術習得センターも設置され、国からの予算が配分されるようになった。彫刻、裁縫、皮革製品、電気技術、溶接技術などの学生を受け入れている。

確かに博物館としてはもう少し整備が必要ではあるが、現時点でも十分に見ごたえがある。


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by iihanashi-africa | 2017-11-01 21:20 | ニジェール | Trackback | Comments(3)
ニジェール料理一覧を更新しました
これまでに3回のニジェール出張をし、首都ニアメ市内だけの移動にもかかわらず、かなりのローカル料理を食した。

以前書いた記事にさらに新たな料理を加えて更新したので、どうぞ。
ニジェール料理一覧


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by iihanashi-africa | 2017-06-02 07:00 | ニジェール | Trackback | Comments(0)
ボコハラムに対するニジェール側の砦、ディファ市
ニジェールの東端のナイジェリアとチャドの国境付近にDiffa(ディファ)という街がある。ニジェールにおいて最初にボコハラムBoko Haramの攻撃を受けた街である。ニジェールの首都ニアメから1360kmも離れており、一方でナイジェリアは目と鼻の先のため、ナイジェリアの通貨ナイラが流通している。ニジェールの通貨FCFA(セーファーフラン)で支払おうとすると断られるそうだ。

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2015年2月、ニジェール政府はDiffaに非常事態宣言を出し、2016年11月に延長された。現在に至るまで度重なる衝突は続いており、多くの住民は街を離れ、国内避難民となっている。

さらに西のチャド湖に近いBossoという街は、既にゴーストタウンと化しているようだ。



2015年1月、ボコハラムによる最初のDiffa攻撃の1か月前、Diffa市役所の責任者が、多くの若者がボコハラムにリクルートされていると警告した。毎月30万fcfaの給与を提案され、安易にボコハラムに入ってしまう若者が多いということだった。ただし、最近は改心して再度社会に戻るために、ボコハラムから脱出してニジェール政府に保護を求める人員もいるそう。彼らの社会復帰支援センターも設置されている。

**************

数か月前、ニアメで働く農業省の方がDiffaに出張を命じられ行ってきたらしい。その方によると、Diffaの街に近づくと検問が増え、出張命令書と身分証明書を確認され、無線で「○時○分、○色の車種○○が、○名を乗せて、○○に向かうために、検問を通過」と次の検問に連絡する。毎回毎回犯罪者かのような尋問を受け、同じニジェール国内だというのに非常に居心地が悪かったという。

上記の通り、2015年1月から戒厳令が敷かれておおり、もちろん18時以降は誰一人として街を歩くものはいない。日中でもバイク移動は禁止。バイクはボコハラムの移動手段とみなされており、バイクで走っているとボコハラムでなくても構わず射殺される可能性がある。

Niger's Diffa province bans motorbikes after attacks
http://www.aljazeera.com/video/news/2017/04/nigers-diffa-province-bans-motorbikes-attacks-170417043535905.html

ミレット(ヒエ)、ソルガム(モロコシ)、トウモロコシの栽培は禁止。これらは人間の背丈以上にまで成長するため、ボコハラムが隠れることが出来てしまう。住民は穀物栽培が出来ず、ササゲ豆や落花生を栽培するのみ。

住民にとっては本当に生活がなくなった。

もちろんこの辺りにはジャーナリストも入らないだろうし、ほとんど報道されないが、一般住民の生活が相当脅かされている様子を感じ取れた。


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by iihanashi-africa | 2017-05-30 07:44 | ニジェール | Trackback | Comments(0)
使えない本物のコイン
よくあることなのだが、お釣りなどでこういうコインを受け取ることがある。

コインの表
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コインの裏
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分かる方なら、西アフリカ中央銀行(BCEAO)のマークが薄っすら見えるので、ああ西アフリカのセーファーフランで、おそらく大きさから100FCFA(約20円)だろうというのが分かる。

こういう数字すら見えないコインが普通に出回っているのだが、これまた知らずに受け取ってしまうと、その後自分が使う番になるとなかなか受け取ってもらえない。

銀行に持っていくと変えてもらうらしいが、わざわざ20円のために銀行に行く気にもならないため、未だに財布に残っている。このコインをいつ受け取ったのかも覚えていないほど、昔にもらった気がする。さて、いつまで財布を温めることになるだろうか。


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by iihanashi-africa | 2016-12-25 21:22 | ニジェール | Trackback | Comments(0)
ニジェール料理一覧
ニジェール出張の醍醐味は食事である。

西アフリカで食事が美味しい国と言えばセネガル、ガーナなどが頭に浮かぶが、ニジェールも侮れない。以前もニジェールの食事の記事を書いたが、一つにまとめてみた。

c0116370_634010.jpg「ぶっかけご飯」
ニジェールといえばぶっかけご飯。
20種類ちかい主食やソースや肉、魚が並んでおり、どれでも好きなものを入れてもらえる。これは、トウモロコシの白いトウ(トウモロコシの粉を混ぜて団子状にしたもの)、ソルガムの黒いトウ、オクラのソース、野菜炒め、羊肉のトマトソース煮込みを入れてもらった。そして、どれも旨し!!!


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「ダンブンダコプト Danbou nda Kopto」
アフリカでクスクスというと、小麦、コメ、ヒエ、トウモロコシなど様々なクスクスがあるが、これはコメのクスクスとモリンガの葉を混ぜた料理。


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「マサ Massa」
ニジェール出張の際は、毎朝これを食べていた。コメ粉で作った甘くない揚げパンのようなもの。これを少しピリ辛な香辛料をつけて食べる。


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こういう揚げパンはブルキナファソにもあった。特に北部のニジェールとの国境に近いマーケットでよく見た。これはマルコイで撮った写真。


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「チェチェナ」
フランスパンに挟まっているのは、ササゲ豆をコロッケのように揚げたもの。これを味付けして挟んでいる。朝食に食べる方多いが、朝食をしっかり食べる私にとっても、さすがに重い。でも、とてもおいしい。



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ある日のお昼。
見るからに美味しそうなお弁当。これまでの出張で大ヒットのお弁当だった。



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「トウモロコシのトウとオクラソース」
ブルキナファソで食べるトウはここまでもちもちしていなかったのだが、ニジェールのトウは何故かとてももちもちしている。



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「モリンガのサラダ」
ニジェール料理でのモリンガ使用率は非常に高い。モリンガの葉は苦みがあるため、栄養価は高いが食べにくい。それが、こんなにがっつりサラダになっていて、苦くて食べられないのではと思いきや、ピーナッツソースと絡めてマイルドになっているため非常に食べやすい。



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「羊のグリル」
ニジェールは肉がおいしい。牛肉の串焼きも美味しいし、羊肉のグリルも美味しい。私自身は、好んで羊肉を食べることは滅多になく、美味しいと思う羊肉にはなかなか出会わないが、ニジェールとマリの国境に近い北部の羊のグリルは美味しかった。やっぱり乾燥地の羊肉料理はおいしい。



c0116370_6345077.jpg「キリシ Kilichi」
ニジェールのお土産と言えばこれ。ビーフジャーキーのようなドライビーフ。肉を薄く切り、まずは4~5時間程度日干しする。塩、ピーナッツペーストや唐辛子ペーストをコーティングし、再度2~3時間ほど日干しする。そして、軽く油を塗りグリル網にのせて3~5分火を通す。30cm四方のキリシが5000FCFA(≒1000円)はするのだが、これだけ手間暇かかっているのであれば頷ける。ピーナッツや唐辛子ペーストのキリシはMaiyagiと呼ばれ、油と塩だけのシンプルなキリシはDan kalambéと呼ぶようだ。



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by iihanashi-africa | 2016-12-11 23:34 | ニジェール | Trackback | Comments(0)