カテゴリ:トルコ( 9 )
トルコおまけ写真2枚
最後一気にアップしたが、これでトルコ最終章。
旅行写真を整理していて、気に入ったショットが2枚あったのでアップしておく。どちらもカッパドキアの写真。

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by iihanashi-africa | 2014-08-19 07:43 | トルコ | Trackback | Comments(0)
イズニックタイル
美しいイズニックタイルの模様。所々、中国からも影響を受けたことを感じさせる。
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by iihanashi-africa | 2014-08-19 07:32 | トルコ | Trackback | Comments(2)
トルコの屋台
イスタンブールの屋台の写真をまとめてみました。
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by iihanashi-africa | 2014-08-19 07:22 | トルコ | Trackback | Comments(2)
イスタンブール・カッパドキア旅行 5日目 最終日
イスタンブール・カッパドキア旅行 1日目
イスタンブール・カッパドキア旅行 2日目
イスタンブール・カッパドキア旅行 3日目(気球)
イスタンブール・カッパドキア旅行 3日目(続き)
イスタンブール・カッパドキア旅行 4日目


8月3日(日)

最終日。
昨日行く予定だったドルマバフチェ宮殿へ。

c0116370_6514282.jpgイスタンブールでは、旧市街の観光地は全て徒歩圏内というホテルに泊まったため、毎日歩いて歩いて歩き疲れたが、この日は新市街へ行くため、トラムに乗った。写真は帰りのトラムの駅だが、どのトラムの駅も、改札を通らずとも線路側から簡単に入れる仕組み。一度も切符検査員にも合わなかったけど、ただ乗りしてしまう人はいないのだろうか。


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トラムの切符。
おもちゃのプラスチックコインみたいだけど、リサイクル出来るからいいのかな。


ドルマバフチェ宮殿

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オスマン帝国の第31代皇帝アブデュルメジト1世の命で建設された宮殿。1843年に建設が始まり、13年後の1856年に完成した。この宮殿が建設するまでは、トプカプ宮殿がオスマン帝国の王宮であったが、ドルマバフチェ宮殿建設後はこの宮殿が王宮となった。とてもシンプルなトプカプ宮殿とは打って変わりとても豪華な宮殿。ヨーロッパのバロック様式と伝統のオスマン様式を折衷した宮殿だそうで、入った瞬間、西洋的な豪華さに驚く。私たちは初日にトプカプ宮殿を見学していたが、装飾が変わりすぎて、時系列で繋がっている建物とは思えないほど。オスマン帝国後も、トルコ共和国初代大統領ムスタファ・ケマル・アタテュルクの執務室、迎賓館として使われている。アタテュルクはこの宮殿でなくなっている。

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宮殿内は素晴らしい絨毯が敷き詰められており、土足禁止。だから、こうして靴にビニール袋をかぶせて宮殿内に入る。


内部は撮影禁止なので、パンフレットの写真をどうぞ。
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ガラタ塔

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ガラタ塔は丘の上にあるので、出来るだけ坂を上らないよう、地下鉄とトラムを乗り継いで丘の頂上チュネルまで移動した。


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旧市街から新市街側を眺めると、一際目立つのがガラタ塔。


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さぞかし高いのだろうと思いきや、近くから見るとそれほど高くはない。高さは69.9m。展望台からは360度のパノラマを見ることができる。


もともとこの塔は、528年ビザンチン帝国のアナスタシウス帝が灯台として建設させた。当初は木製だったらしい。その後、1348年にジェノバ人によって石積み技術で再建された。更に、一度火事で一部焼失しており、現在の姿になったのは、1967年以降のことだそう。

イスタンブール市街地のパノラマ。
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アヤソフィア(左)とブルーモスク(右)。
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左からトプカプ宮殿とアヤソフィアとブルーモスク。この写真だと、ブルーモスクの尖塔が6本あることが分かる。
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高層ビルはかなり郊外にあるらしい。
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トルコのモスクは大小沢山のドームからなっており、上から見ても美しい。
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最後、空港に行く前に、定番のケバブと日本でも有名になってきたサバサンドを食べるため、街中へ移動する。しか~し、サバサンドはガラタ橋の近くでしか食べられないことが判明(涙)。もう空港へ向かう時間なので、泣く泣くケバブだけで我慢。

*****************

最後の最後に、達成できなかったことが出てきてしまったため、8月14日のイスタンブールトランジットで、再度挑戦。念願のサバサンドにありつけた。

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ガラタ橋近くの小さな豪華船で売っている。


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船の中で揺れながらサバを焼いている。


c0116370_753483.jpgもっちりしたバゲットパン、エキメッキに挟んで、テーブルに置いてあるレモンとトルコ塩をかけて食べる。エキメッキも美味しかったし、サバもとても脂がのってて美味しかったし、トルコ塩もうまい!!と思わず言ってしまいそうな美味しさだったが、個人的にはエキメッキとサバの組み合わせがちょっと残念だったかな。エキメッキのボリュームがありすぎて、サバの味が生かされていなかった気がする。




トルコ、奥深し。
今度機会があったら、海岸沿いや南の方にも行ってみたいな。


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by iihanashi-africa | 2014-08-19 07:07 | トルコ | Trackback | Comments(2)
イスタンブール・カッパドキア旅行 4日目
イスタンブール・カッパドキア旅行 1日目
イスタンブール・カッパドキア旅行 2日目
イスタンブール・カッパドキア旅行 3日目(気球)
イスタンブール・カッパドキア旅行 3日目(続き)

8月2日(土)

朝の便でイスタンブールへ戻った。
今回の旅は、ほんと毎日朝早かった。5日間だからなんとか乗り切ったものの、次回はもう少しゆっくりと眠れるスケジュールにしようと思う。

イスタンブールの空港からホテルまでは、ホテルの送迎バスをお願いしていたのだが、外にでると誰もいない。30分くらい待ってみたのだが、誰も来ない。さすがにおかしいと思い、別の乗客を待っているという方にお願いしてホテルに電話してもらうと、あと5分で着くという。30分も待って、あと5分で着くという意味が分からないが、もう少し待ってみた。

c0116370_11315733.jpgすると、もう一人別のトルコ人が声をかけてくれ、「結構長く待っているみたいだがホテルに電話したほうがいい」と言ってくれた。そこで、再度この方にホテルへの電話をお願いすると、今度は「途中で事故にあったからもう少し待ってくれ」とのこと。話しかけてくれたトルコ人の印象だと、ホテルは車を送る気がなさそうだということなので、仕方なくタクシーを使うことにした。この方とお隣にいる方は、タクシーに乗ったら気を付けることまで教えてくれ、ほんと優しかったなあ。


もちろん、ホテルに着いたら受付に不満をぶつけ、とりあえず翌日帰国便の空港送迎は無料サービスにしてもらった。交渉成立。

この日、ドルマバフチェ宮殿に予約を入れていたのに、空港で予想外の時間を喰ったために予約時間を過ぎてしまい、結局宮殿は翌日に延期し、グランバザールとエジブシャンバザール、そして様々なモスクを見学に行った。モスクは、沢山見過ぎると、写真だけではどれがどれか見分けがつかなくなってしまう。

グランバザール

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ヴァレンス水道橋

ローマ帝国のコンスタンティヌス大帝の時代に建設が始まり、ヴァレンス帝時代の378年に完成した水道橋。一部壊れた部分も含め長さ917m、高さ28m。かつては地下宮殿へも注がれていたと言われている。
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つい2日前に、トルコ大統領選挙の投票が行われたが、私たちが旅行していた期間は選挙期間中。2人の候補者のポスターがあちこちに見られた。


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水道橋から近いスレイマニエ・ジャーミィへ向かい路地裏を歩く。観光客など誰もいない。私は地図をもって歩いていたため、確かにこっちの方向という確信はあったものの、母と叔母は少し不安になったみたい。


c0116370_11395266.jpg喉が渇き、おなかもすいたところに、Caféの看板を発見。メニューにサンドイッチがありそうだったので中に入ってみると雀荘っぽい。女性は誰もいなかったが、それでも普通に飲み物は出してくれた。食べ物はないらしい。え~、メニューに書いてあったのに~!母と叔母は、さささっと近くに寄って行って写真を撮っていいかと聞き、OKをもらったようで何枚か撮っていた。これは叔母が撮った写真。トルコの麻雀。


スレイマニエ・ジャーミィ(モスク)

オスマン帝国が最も繁栄した時代のスレイマン大帝が造らせたモスク。1557年に完成した。建築家は、トルコ最高といわれる大建築家ミマール・スィナン
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内装は質素だが、とても落ち着いた優雅さがある。
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モスク裏手には、スレイマン1世の霊廟がある。


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トルコの墓石はこういう形をしている。意外と質素な建築家ミマール・シナンのお墓もあるそうだが、結局どれか分からなかった。。。


エジプシャンバザール

人によるとは思うが、私はグランバザールよりエジブシャンバザールの方が楽しかった。グランバザールよりもエスニック系で、香辛料やドライフルーツ、トルコ銘菓のロクム(ターキッシュ・デライト)など目を引くものが沢山。
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リュステムパシャ・ジャーミィ(モスク)

入口がとても分かりにくく、一旦前を通り過ぎてしまったほど。それほど大きくないモスクなのだが、イズニックタイルがとても美しい。ブルーモスクよりもブルーなので、母がブルーモスクと勘違いしてしまったほど。後から知ったのだが、2007年にニューズウィーク誌で「ヨーロッパで最も美しい歴史的モスク」に選ばれていた。担当した建築家は、スレイマニエ・ジャーミィを建設したミマール・シナン

写真に写っているのは、母と叔母。どのモスクもこうしてスカーフを巻かなければならない。
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c0116370_1147164.jpgこのモスクを有名にしたのはイズニックタイルだが、特に「サンゴの赤」と呼ばれるこの赤い色は、オスマントルコ帝国でも16世紀のほんの短期間しか作成されておらず、現在でも同じ色を出すのが難しいことで有名だそう。私が持っていたガイドブックにもそう書いてあったが、へえこの赤色が???とその凄さが分からないままだった。しかし、このサイトを読んでよ~く理解できた(http://allabout.co.jp/gm/gc/407571/)。トルコ旅行のブログを書くにあたり参考にしたサイトの一つ。とても面白い。


スルタンアフメット・ジャーミィ(ブルーモスク)

ブルーモスクというから、中はとてもブルーなのだろうと思いきや結構淡くほんのりと青いだけ。しかし、昔は全体的にもっと青みが強かったらしく、近年の改修でより抑えられた色彩になったらしい。しかし、タイルの模様の繊細さと上品さは随一。
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このモスクは、オスマントルコ帝国時代のスルタン、アフメット一世が建設させたことから「スルタンアフメットモスク」という名前がついている。1609年にアフメット一世が建築家ミマール・シナンの弟子、メフメット・アーに建設を命じ、7年後の1616年に完成した。

更にこのモスクを特徴づけるのが、6基のミナレット(尖塔)。通常、モスクの周囲に設置されるミナレットは1~4基で、大きなモスクでも4基が普通なのだが、ブルーモスクにはなんと6基も設置されている。イスラム教の聖地メッカのモスクも6本だったので、急いでメッカのモスクに7本目が建てられたと言われている。この写真では分からないが、明日載せる予定の写真だと分かるかも。
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夕食は、偶然通りがかりに見つけた生演奏+セマー(旋舞)を見られる野外レストランに行った。セマーって初めて見たのだが、ほんと回っているだけなのね。ただ、10分以上も同じ速度で同じ立ち位置で回り続けるのもすごい技術。最後には踊っている方もかなり汗をかいていた。
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セマーとは、メヴレヴィー教団というイスラム教のイスラム神秘主義教団の踊り。回転は宇宙の運行を表し、回転することで、神との一体を図るという意味がある。一つの祈りの手段だった。1923年のトルコ革命の「脱イスラム政策」の一環で、教団は解散させられたが、その後、歴史的文化価値などから復興された(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%83%B4%E3%83%AC%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%BC%E6%95%99%E5%9B%A3)。

アヤソフィア・ヒュッレム・スルタン・ハマム

c0116370_11581978.jpg夕食後、叔母と一緒に行ったハマム。
2011年にリニューアルオープンした豪華なハマムで、ちょっと価格は高めだけど、サービスはよい(と言われている)。私たちは、マッサージはせずシャワーを浴びてハマムで寝転んでいただけだけど、じわーっと気持ちよく汗を書く温度。母曰く、この金額だったら健康ランドの方がいい。まあ、私もそう思うけど、とりあえず一見の価値はあった。


ハマムの中は写真撮影禁止なので、ウェブサイトの写真をどうぞ。
http://www.ayasofyahamami.com/jap/index1.html


最終日5日目に続く。


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by iihanashi-africa | 2014-08-14 12:05 | トルコ | Trackback | Comments(2)
イスタンブール・カッパドキア旅行 3日目(続き)
イスタンブール・カッパドキア旅行 1日目
イスタンブール・カッパドキア旅行 2日目
イスタンブール・カッパドキア旅行 3日目(気球)

8月1日(金)の続き

気球ツアーのあとホテルに戻ってきたのが朝8時半。通常なら起きて朝食をとり始める時間。朝一が充実していたため、もう半日くらい過ぎた感じがした。

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ホテルに戻って2回目の朝食を食べた。部屋の前のテラスでこれまた優雅な朝食。


昨日の引き続き、今日はレッドツアーに参加し、カッパドキアの北部を中心にまわる。奇岩が沢山見られる地域。

ウチヒサル

ギョレメとネヴシェヒルの中間にある町で、巨大な一枚岩の城塞を中心に、周囲には「妖精の煙突(尖った岩)」が並んでいる。この城塞はこの地域で最も高いところに位置し、監視と防衛目的に作られたと考えられている。この城塞から周辺に長くトンネルが伸びており、それが物語っている。地下都市にも繋がっているだろうと言われている。しかし、現在は所々崩れ落ちており、秘密のベールを守り続けている。
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ここには今でも「妖精の煙突」に住む人々がいる。カッパドキアでも珍しい。
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c0116370_18342037.jpgカッパドキアで忘れてはいけないのは、「鳩」
昔から伝書鳩としても活躍しており、また火山灰土壌の痩せた土地に鳩の糞を撒いていた。さらに食べていた人もいたらしい。洞窟住居にも、鳩の部屋が必ずある。壁画に鳩の絵が描かれているところもある。特にウチヒサルには鳩舎が集中している。写真の岩のくぼみに沢山とまっているのが分かるかな。


ウチヒサルの正面。1km離れただけでこれだけ地質が変わるのだから面白い。
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ギョレメ野外博物館

前々回の記事(イスタンブール・カッパドキア旅行 2日目)に記述したのだが、2世紀末にカッパドキアにはいくつかの重要なキリスト教社会が存在していた。その中で最も影響力を持っていたのが聖バジル。聖バジルがカッパドキアの教会等で行った重要な改革は、信徒たちに祈りの方法を新たに作ったことと言われている。現在のギョレメ野外博物館は、この教えが始まった場所であり、2日目に行ったウフララなどは、その後になって教えが伝わった場所らしい。

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この博物館はオープンエア博物館なのだが、重要な教会を囲って保護しているという印象。壁画がしっかりと残っているところがあり、とても感動する。残念ながら内部の写真はないけど。


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この日は日中40℃以上になる暑さだったので、さすがにオープンエアはきつかった。。。


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沢山の教会や住居や墓地などが見られる。


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これは食堂。


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教会の入口。


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岩の表面。
触るとぼろぼろと崩れてしまうほど脆い。これでは、確かに浸食のスピードは速くなるかも。


カッパドキアの教会で、とても興味深いのはフレスコ画

英語ガイドの説明を聞いていて、壁画が描かれたと言われる9世紀当初は「セコ」という技法で描かれ、その後「フレスコ」に変わっていったという説明だったのだが、「セコ」というのがなんなのかよく分からなかった。帰国してから調べてやっと理解したのだが、フレスコの一つの技法で「フレスコ・セッコ」という技法があるようだ。乾燥した漆喰壁にカゼインをもって描かれた技法で、その後10~11世紀頃に完成した「ブオン・フレスコ」という技法は、乾燥した漆喰ではなく湿った漆喰の上に描く技法らしい。

ギョレメ野外博物館では、両方の技法が見られる。

これがセッコ技法。
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これは、購入したカッパドキアの本に掲載されていた写真。聖バーバラ・チャペル内のセッコ壁画。
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博物館のすぐ横にトカル教会というこの地方で最も古いと言われている岩窟教会がある。ここのフレスコ画は青が基調でとても美しい。参考までにカッパドキアの本から使わせてもらう。
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お昼は、カッパドキアを代表する名物料理のテスティ・ケバブ。素焼きの壺で肉や野菜を煮込む。


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取り分ける前に、壺の口を叩き落とすパフォーマンスがある。叩いたのは、同じツアーに参加していたイタリア人。


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そしてこれがテスティ・ケバブ。
見た目は普通?


チャウシン

背の高い三角屋根の家?がにょきにょき立っているところ。どう浸食されたらこんな形だけがのこるのか本当に不思議。
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パシャバー

キノコ型の岩が生えている。浸食されたのではなく、そこにぽんと置かれたとしか思えない。
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上部の固い岩と下の柔らかい部分の間に隙間があるように見える。


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この岩はもうあと十数年したら倒れてしまうかも。


Chez GALIP

カッパドキアの北部にアヴァノスという街がある。トルコ最長の川、クズル川のほとりに広がる街。この街は陶器で有名。ヒッタイト時代が続く伝統産業で、クズル川の粘土質の土を使って素焼きの花瓶や食器などを焼く。アジアと西洋と中東が混ざったような独特のデザインで、とても細かく、美しい。

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そして、最も有名なメーカーがChez Galip。イスタンブールのブルーモスクの横にも店舗を持つ高級メーカー。


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電動式ではなく、重いろくろを足で回しながら作る独特の手法。デモンストレーションをしてくれた。ちなみにこの男性も日本語ぺらぺら。


Chez Galipのショップの作品。
これらは研修生の作品で、40年近く経験のあるプロの作品は50万以上するものもあり、もちろん撮影禁止。でも、それが素晴らしく美しい。
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デヴレントとユルギュップ

ここは様々な形に浸食された岩が見られるところ。

ラクダ岩                   しめじ
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岩にへばりつくワニ       ユルギュップの三人姉妹の岩
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この日の最後、ガイドさんと運転手さんの粋な計らいでメロンを買ってふるまってくれた。ブルキナファソもそうだが、乾燥していて気温の高い国はメロンとスイカが美味しいと思う。



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夜はホテルに紹介してもらったレストラン、Koy Eviへ。
どうしても美味しい羊が食べたかったのだが、この羊は最高に柔らかく今まで食べたことのある羊の中で最高だったかも。羊独特の臭みも少なく食べやすい。



さて、明日はイスタンブールへ戻る。

4日目に続く。


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by iihanashi-africa | 2014-08-13 18:53 | トルコ | Trackback | Comments(2)
イスタンブール・カッパドキア旅行 3日目(気球)
イスタンブール・カッパドキア旅行 1日目
イスタンブール・カッパドキア旅行 2日目

8月1日(金)

旅行前から、母と叔母と気球には乗ろうと決めていたので、この日を楽しみにしていた。ブログに掲載するにあたり、写真を選ぶのが難しかったので、気球の写真だけ特出ししてみる。

今回予約したのは、Rainbow Balloons。
気球が飛ぶのに必要な風は、気温の変化に大きく影響を受け、日中は、熱気球にとって危険な強風や乱流が発生しやすい条件になるため、通常早朝に飛行する。で、予約した時に、朝5時にホテルに迎えに来ると伝えられていた。

しかーーし、前日ホテルに戻ると、気球の会社から朝4時に迎えに来るから準備しておくよう連絡があったとのこと。今朝も5時起きだったのに・・・更に早い4時起きとは・・・。まあ、気球に乗るためなのだから仕方ない。

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この日朝4時に準備完了したら、ほとんど遅れずに迎えが来た。連れて行かれたのはRainbow Ballonsのオフィス。ここで軽く朝食をとれる。


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そして、このような案内をもらう。左側に「Pilot Mehmet」と書かれてあるのが分かるだろうか。これは私たちが乗る気球のパイロットがMehmetさんだということ。


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朝食後、気球乗り場までまた車で移動した。まだ暗いので気球の炎が明るく映る。この気球は別の気球。一旦気球に乗ってしまうと自分たちの気球の写真を撮るのは難しい。


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徐々に膨らんできた。


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私たちも準備完了。
20人乗り気球。
これから1時間の空の旅が始まる。


この気球も準備完了。
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ここからは、気球から撮った写真をどうぞ。
この日は幾つ気球が飛んでいたのだろう。母がざっと数えた感じだと60機。
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気球は、上昇下降を繰り返す。
高所恐怖症でない私も、やはり最初は怖かった。でもすぐに慣れる。
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この写真はなかなか上手く撮れたかな。
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朝日と気球のコントラストが美しい。
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パイロットの技術が良かったのか、風が邪魔しなかったからか、着陸もすとんとほとんど衝撃もなく着地した。そして、気球の車を近くに寄せて、私たちは乗ったまま再度浮かせて荷台に乗せる。この技術はすごい。一旦乗るとこうして人力で荷台にすっぽりはまるように合わせる。


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風船部分もたたみ、


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これで終了。


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最後は気球会社が用意したシャンパンで乾杯。



優雅な朝だった。


3日目のレッドツアーに続く。


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by iihanashi-africa | 2014-08-12 23:52 | トルコ | Trackback | Comments(1)
イスタンブール・カッパドキア旅行 2日目
イスタンブール・カッパドキア旅行 1日目

7月31日(木)

朝5時にホテルを出発して、国内線でカッパドキアへ移動。時間と体力があったら、イスタンブールからバスで16時間の旅も面白いのだろうが、時間も体力もないので飛行機で移動することにした。

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私たちのホテルのあるギョレメの街に最も近いネヴシェヒル空港に到着。そこから送迎バスでホテルへ。


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カッパドキアでは2日間とも現地の日帰りツアー(グリーンツアーとレッドツアー)に参加することにしており、1日目もなんとか出発に間に合った。こういうミニバスで移動。英語のガイドさんが同行しており、説明もとても詳細で面白い。


カッパドキアの基礎知識

① カッパドキアにおける宗教の変遷
カッパドキアはヒッタイト時代から通商路の要地として栄えていた。その後、2世紀頃からいくつかの重要なキリスト社会が存在し始めた。この時代によく知られていたキリスト教中心地は、カイセリとマラティア。そして4世紀にはカッパドキアは3人の聖者(カイセリ司教聖バジル、その弟の聖グレゴリー、ナジアンズスの聖グレゴル)の土地として知られるようになった。中でも聖バジルの教義は、その後大きな影響力を持つようになる。岩や洞窟の中での修道院生活を始めたのも聖バジルの世界観の影響があるらしい。

ローマ帝国が分裂し、その後長きに亘った宗派紛争は、レオン3世がイスラム教徒の影響を受けて偶像崇拝を禁止したことにより頂点に達した。この状況下、一部のキリスト教徒の偶像支持者たちはカッパドキアへ避難を始め、ここで隠れながら信仰生活を続けた。偶像破壊主義の活動は100年間続いたが、カッパドキアは多少の影響は受けながらも、なんとか免れている。

セルジュク・トルコ時代やオスマントルコ時代も、キリスト教に対して寛容であったため、今でも多くの教会が残っている。

② カッパドキアは火山地質
カッパドキアには、奇岩が多く、また地下都市や岩に掘った住居が多数みられる。昔の人は大変な作業をしていたのだなあと感心していたのだが、実はこれらを語る上でまず知っておかなければならないことがあった。それは、カッパドキアの地層構造。

カッパドキア地方には、エルジェス山、ハサン山、ギュルリュ山の3つの火山があり、地殻変動期には活火山として多くの火山噴火を繰り返していた。その活動は約1千万年前に始まったと考えられている。湖底にある火山から噴出した溶岩は、台地、川、湖に堆積し、それらは主に厚さも硬さも違う凝灰岩層から構成され、他にも火山灰、粘土、砂岩、玄武岩のような物質が含まれていた。つまり、カッパドキアの地層はこのような火山地質で、火山灰や凝灰岩などの柔らかい地質は掘り易かったのだ。これを知らないで地下8階の都市を見ると人間の作業とは思えず驚愕する。

ギョレメパノラマ

カッパドキアの中央に位置する街。ギョレメとは「見えない街」という意味。周囲を丘に囲われているため、遠くからは街があることが分からないのだ。
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岩と家が同化している。
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ギョレメ市内を見渡せる高台。
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ギョレメパノラマから見たウチヒサル城塞。
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セリメ

まずはウフララ渓谷の最終地点に位置するセリメ村へ移動。巨大な岩山を削って造られたセリメ教会がある。カッパドキアにある岩窟教会の中でも最大規模。最近まで、近くに住民が住んでいたが、浸食による倒壊の危険があることと、一部を観光地として開放するため、政府が補助を出して住民を移住させた。

下から上ってきてまずこの岩の前に出る。ワインや様々な燻製品の貯蔵庫となっている。
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セリメから見える景色。
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台所。
壁にあいている穴は、ランプ置き場や調理道具置き場。写真右下が調理場。


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修道院。


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セリメ教会。


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壁画がかすかに残っている。


セリメのすぐ横にある「妖精の煙突」たち。カッパドキアでは浸食された奇岩をこう呼んでいる。ガイドブックには、ここで映画スターウォーズの一場面を撮影したと書かれているものもあるが、それは間違いらしい。
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セリメの少し先に見える村。
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実はこちらのほうが洞窟が綺麗に残っているが、住民の所有物なので観光客は立ち入り禁止。
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セリメからほど近い町でランチ。



ウフララ渓谷

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ギョレメからは2時間と離れているが、緑に囲まれたとてものどかなハイキングが楽しめる。全長14km、崖の高さは約100mで、5000もの住居と105の教会が残されている。かつては、1万人がここに暮らしていたらしい。


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400段もの階段を下りる。上るんじゃなくてよかった。。。
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カッパドキアでは珍しく内部の撮影が許可されている洞窟教会。多数の植物模様や幾何学模様描かれており、偶像崇拝主義以前、もしくは9~11世紀のものと考えられている。ただし、洞窟そのものはそれ以前に作られている。


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イエスの昇天。
メインドームに描かれている。
ウフララ渓谷内の100を超える教会の壁画は2つのタイプに分けられ、ウフララ側へ近い教会の壁画はカッパドキアの芸術性とはかけ離れ、東からの影響が強い。一方、ベリスルマ側へ近いものはビザンチンタイプの壁画で飾られている。これはビザンチンタイプ。


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ウフララ渓谷を3km程度散策。


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途中、川辺で休憩できる。


デリンクユ地下都市

カッパドキアには、見つかっているだけで150~200の地下都市が存在する。それぞれの地下都市でどれほどの人が生活していたかははっきりしないものの、最大級のデリンクユ地下都市は地下8階まであり、4万人が暮らしていたと言われている。地下都市自体は紀元前400年頃の記録にも町の状態が記されているほど古い。

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多数の部屋から構成されている地下都市の各部屋は、お互いに迷路のようなトンネルで繋がっている。廊下も低く狭い。


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地下都市の通路は、現在でも地上の家とつながっており、一般公開するにあたり、一部の通路をこうして閉鎖している。
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ライトのある通路は明るいが、各部屋は本当に真っ暗。
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しっかりフラッシュをたくとこんな感じ。
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ここは、地下都市内の学校。


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地下都市の出口。


ウチヒサル城塞

帰り際に立ち寄ったところから見た美しい景色。この写真はお気に入りの一枚。
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浸食されて岩内の部屋が見えている。
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お土産物屋の前の木に、ナザール・ボンジュウというお守りが木に沢山ぶら下がっていた。あらゆることから身を守ってくれるお守り。


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夜は、ギョレメの「スルタン・レストラン」で夕食。ここのピデ(パン)がとても美味しかった。


Vezir Cave Suites Hotel

ギョレメの洞窟ホテルは最高に良かった。ホテルも部屋もきれいだし、眺めはいいし、従業員も親切だし。
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洞窟の中は、夏は涼しく冬は温かい。だから、冷暖房が必要ない。日中は40度だったにもかかわらず、ホテルの中はとても涼しかった。
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3日目に続く。


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by iihanashi-africa | 2014-08-12 01:28 | トルコ | Trackback | Comments(2)
イスタンブール・カッパドキア旅行 1日目
1年前の丁度今頃、母と叔母と共にチェコとオーストリア旅行をした(Wien&Praha1日目:シュテファン寺院~クラシックコンサート)。そして、今年はトルコ旅行。

3か月前、いきなり母から電話がかかってきて、「クロアチアに行きたいんだけど」と言われ、結構渋い選択で私も行きたいと思ったものの、今回の休暇は短いためちょっと無理かもと話していた。で、いざ休暇日程を決めて今回はイスタンブール経由で帰ると話したら、「じゃあ、トルコに行こう」と提案があった。イスタンブールでは乗り継ぎ時間も長いし、丁度経由地なので5日間くらいなら大丈夫かもということで、行き先をトルコに決定。全く活発な母である。

検討の結果、5日間の内、中2日をカッパドキア旅行に使うことにした。

どこの国もそうだが、知れば知るほど、もっともっと知ってみたくなる。オスマン帝国のスルタンの名前なんかとうの昔に忘れてしまったが、もう一度読み直してみたいと思わせる国だった。特に興味深いのが、ローマ、ビザンティン、オスマントルコという帝国の変遷に伴う宗教の移り変わり。ローマ帝国のキリスト教が、ビザンティン時代に徐々にギリシャ的色彩を帯びてきて西洋と異なるキリスト教文化になり、そしてオスマン帝国の制圧と共にイスラム教にとって代わられ、しかし異教徒にとって寛容であったという歴史は、様々な場所で垣間見られる。本当に興味深い国である。

7月30日(水)

イスタンブールのシンボルとも言えるスルタンアフメット・ジャーミー、通称ブルーモスク。この近くのホテルをとったので、歩きだしてまず目に入ったのがこれ。
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c0116370_1444161.jpg近くで、母と叔母が日本語ぺらぺらのトルコ人に話しかけられた。旅行中に日本語ペラペラの外国人に話しかけられると、私はとても警戒してしまうのだが、トルコは驚くほど日本語を話せる人が多く、口はうまいが怪しい人ではないという人に沢山会った。その一人がこの人。この日は、ラマダン明けの祝日の最終日で、バザールや商店が全て閉まっており、オープンしている観光地が混雑していると教えてくれ、自分のところの旅行代理店でチケットを買えば、並ばずに入れると教えてくれた。こういうことを言われると余計に怪しく感じるが、チケットを見せてもらい、他にも買っていそうな人がいたので購入してみたら、トプカプ宮殿もアヤソフィアも長蛇の列に並ばずに入ることができた。


トプカプ宮殿

トプカプ宮殿は、コンスタンティノープルを征服したメフメット2世が、1460年代に建設したもので、その後1876年にスルタン・アブドゥルメジドがドルマバフチェ宮殿に移り住むまでの400年間、オスマントルコ帝国の歴代スルタンの居城であった。

3方を海に囲まれた丘の端に建てられており(金角湾、マルマラ海、ボスポラス海峡)、ここに大砲が設置されていたことから、トプ(大砲)カプ(門)サライ(宮殿)と呼ばれるようになったという。

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皇帝の門。
宮殿最初の門。


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ハレム(女性の部屋のことで男性の立ち入りは禁止されていた)の中。
別料金だが、イズニックタイルが美しく、入る価値はある。


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ハレムの入口にあった人形。
アフリカで仕事をする私にはとても気になる人形。ハレムには警備としてエジプトから差し出された黒人が働いていたらしい。


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ずーっと音楽のようにコーランが流れていると思ったら、録音ではなくその場で詠んでいた。


宮殿から見たボスポラス海峡。
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宝物館は写真撮影禁止だが、86カラットの大きなダイヤを49個のダイヤで取り囲んだ「スプーン職人のダイヤモンド」や3つの大きなエメラルドがあしらわれた「トプカプの短剣」がある。

アヤソフィア

アヤソフィアはビザンティン帝国時代の325年に、正統派キリスト教(ギリシャ正教)の大聖堂として建設された。その後、火災などで何度か立て直しがされており、現在の建物は537年に建設されたもの。それでも、日本だと大和朝廷時代の古墳と同じ時期のもの。当時、これだけの建築物が建てられたとは驚きである。アヤソフィアはビザンツ建築の最高傑作とも言われている。

1453年になると、オスマントルコ帝国によってモスクに改装される。その後、キリスト教のモザイク画は漆喰で塗り固められ、イスラム装飾が施される。ミナレットと呼ばれる塔が4本建てられ、アラビア文字でアッラーや預言者の名前が書かれた巨大な円盤が設置されるなどした。

1931年、壁の中のモザイク画が発見され、アヤソフィアはビザンツ時代の遺跡として再び脚光を浴びるようになり、現在は博物館として公開されている。

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アヤソフィアのような中央のドームを周囲の半円ドームで支える構造は、オスマン帝国の建築家ミマール・シナンにも大きな影響を与えており、ブルーモスクやスレイマニエ・モスクを始め、オスマン時代のモスクはアヤソフィアの構造を基礎としているらしい。イスタンブールのモスクが全てアヤソフィアのような恰好をしているのはそのため。

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アヤソフィアの中央の巨大なドームは、歪みが問題で幾度となく補修工事が行われてきたらしい。現在も鉄製の足場が置かれており、残念ながら美しい全景を撮ることはできない。


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石畳の坂を上ると2階に辿り着く。


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2階には一部修復されたモザイク画が見られる。


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こうして漆喰に覆われていた。


地下宮殿

イスタンブールでは、地下の貯水池が数か所発見されているが、その中でも最大の貯水池。この貯水池は、4世紀から6世紀にかけて、コンスタンティヌス帝からユスティニアヌス帝の時代につくられたもの。ヴァレンス水道橋からここへ水が引かれ、トプカプ宮殿にも供給された。

とても幻想的な場所で印象深い。
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まだ水が溜まっており、魚もいる。当時は地上の家屋の床下に穴が空けられているところもあり、そこから水を汲んだり魚をとったりしていたという。


メドゥーサの顔。
メドゥーサの目の魔力を封じ込めるために、横向きや上下逆さに置かれたと言われている。c0116370_1591396.jpgc0116370_1592664.jpg




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夕食はかる~くと思い、立ち寄ったレストランで結局ずっしり食べてしまった。結構おいしかった。


2日目に続く。


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by iihanashi-africa | 2014-08-11 02:01 | トルコ | Trackback | Comments(2)