ウエドラオゴとタプソバとサワドゴ 前半
ワガドゥグからコングシKongoussi方面へ北上すること50km、マネガManegaという村。ここに、アフリカ最大の私立博物館と呼ばれるマネガ博物館Musée de Manegaがある。これがアフリカ最大?と首をかしげてしまう大きさだが、アフリカに存在する博物館のほとんどは公立で、私立は少ないのだろう。それにしても、これが最大なはずはないだろう。。。

まあ、最大かどうかはさておき、個人的にはとてもお勧めしたい博物館である。

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ブルキナファソ最大の民族モシ族の歴史がよく分かり、なにより、ガイドの説明が詳細で興味深い。特に、ブルキナファソに住んでしばらく経って、ウエドラオゴやタプソバやサワドゴという苗字の人と知り合いになってから訪れると更に面白さが増す。


モシ族の歴史とウエドラオゴという名の由来

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ブルキナファソには、約60の民族が存在し、その中でもモシ族は40%を占めると言われている。プル族、グルマンシェ族、ボボ族、グルンシ族、ロビ族、ビサ族もよく耳にするが、どの民族も人口の3~8%を占めるのみで、モシ族が最大民族であることが分かる。

しかし、モシ族はブルキナファソ土着の民族ではない。

もともとはガーナの北部に位置するダゴンバDagomba王国から歴史は始まる。そして、このモシ族の歴史は、プリンセス・イェネンガPrincess Yennengaを語らずには成立しない。

具体的な年代は明らかではないが、11~15世紀の出来事として語られている。

イェネンガは、上述のガーナ北部の戦士民族ダゴンバ王国の王の第一子である。世継となる男の子に恵まれなかった王は、イェネンガをとてもかわいがっていた。伝統的に女は家事に専念することが通例だったが、イェネンガは騎馬隊に入り戦争へ行くことを自ら希望し、王も了承、そして、熟達した騎士として戦隊長にまで上り詰めた。(写真は戦争の様子(マネガ博物館)。真ん中で指揮を取っている騎士がイェネンガ。)
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しかし、イェネンガも女性。数々の求婚もあったが、王が常に跳ね返しており、徐々にその王の態度に不満を抱くようになったイェネンガは、大事にしていた種馬と共に家を出た。

c0116370_23102877.jpg王国を離れ辿り着いたところは、ブサンセBoussansésという藪に覆われた地域。そこで、ある象の狩猟家に出会い、男の子をもうける。イェネンガは、共に移動して彼女の身を守ってきた種馬を思い、男の子に「ウエドラオゴOuedraogo」と名付けた。「ウエドラオゴ」とは「雄馬、種馬」という意味。フランス語では「Etalon」と訳され、これが現在ブルキナファソのサッカーナショナルチームの選手たちの愛称となっている。日本で言う「サムライJapan」や「なでしこJapan」と同じように「Etalonたち」と呼ばれている。(写真は、ウエドラオゴを乗せた種馬ウエドラゴを引くイェネンガ。)


c0116370_2313921.jpg数年が経ち、故郷を懐かしく思い始め、両親のことを気にし始めたイェネンガは、息子ウエドラオゴを故郷に出向かせ、父に許しを乞うた。父は娘を理解するだけでなく、土産として家畜、召使、護衛隊を送り、ブサンセに新たな王国を築かせた。そしてこの王国をMorosi(Moro=homme(人、男性)、si=beaucoup(沢山))と呼ぶようになり、後のモシMossi王国が誕生することになる。ウエドラオゴが最初のMogho Naba(モシ王国の長)となり、テンコドゴが中心都市となった。(写真は、モシ王国の当初の形)


その後、モシ王国はワガドゥグ、ワイグヤを制圧し、ワイグヤの先のマリ国境まで進んだところで止まる。

ちなみに、戦隊長(ガイドはMinistre de la Guerre「戦争大臣」という言葉を使っていた)のことを、タプソバTAPSOBAと呼ぶらしい。写真は戦隊長の像。
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これが、モシ族の歴史。

マネガ博物館のガイドは、「モシ王国による制圧後、1897年にはフランスによる植民地が始まり・・・」と説明が続いたが、一緒にいた友人が「モシ王国の制圧とフランスの植民地が同等に語られていて興味深い」と話していた。確かに、もともと住んでいた人々にとっては、モシ族もフランスも同じ制圧者という意味では同じなんだろうな。


さてさて、書き始めたら長くなってしまった。。。

今回も2回シリーズにするとするか。


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by iihanashi-africa | 2014-03-28 23:17 | ブルキナファソ | Trackback | Comments(10)
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Commented by Sato at 2014-05-24 16:16 x
すこし昔の話になりますが、Satoもここいきました。実は知り合いが所有者だったり・・・ということで、その人にあいにいったら、施肥ということで。Satoとしてもここはおすすめ。でも、もう少し掃除をしたらいいのにーともおもいました。また行きたいなー。
Commented by iihanashi-africa at 2014-06-03 10:52
所有者とはまさしくTitinga Frederic PACERE弁護士のことでしょうか。お知り合いとは。。。私も偶然お会いしたのですが、なんかとてもすごい経歴をお持ちの方のようですね。
Commented by Sato at 2014-06-05 06:26 x
その方ではなくて、その方の親戚筋のようです。今度お会いした時に話しますが、その人も現在、政府の結構重要な職についている方ですね。

この博物館はまた行きたいですねー。
Commented by iihanashi-africa at 2014-06-10 07:19
それでは、今度お会いするまでお預けということで。この博物館は私もまた行きたいです。撮影禁止の死者の館だったか魔術の館だったかがとても興味深いんですよね。
Commented by 金屋輝美(国際芸術家センター) at 2017-03-04 20:55 x
初めまして。NPO法人国際芸術家センターの金屋輝美と申します。各国大使館との協力で文化交流を行って団体です。4月にブルキナファソ大使館でのお茶会を予定しており、イエネガのことを調べていて、こちらのページを拝見しました。私どものフェイスブックで記事を引用させていただきたくお願い申し上げます。参考ページとしてクレジットを入れさせていただきます。よろしくお願い申し上げます。
Commented by iihanashi-africa at 2017-03-05 10:31
金屋さま、ご連絡をありがとうございます。この記事、久しぶりに自分でも読み返して思い出しました。私の個人的関心でまとめたものですが、こうして目に留まることがあるのは光栄です。拙い文章ではありますが、これでよろしければどうぞお使いくださいませ。
Commented by 金屋輝美 at 2017-03-05 12:41 x
ご返信ありがとうございます。それでは、リンクさせていただきます。機会があれば、イベントなどご参加ください。
Commented by 金屋輝美 at 2017-03-05 19:22 x
https://www.facebook.com/iactokyo/photos/a.369253773105863.92308.314079861956588/1439640526067177/?type=3&theater

リンクさせていただきました。ありがとうございます。
Commented by iihanashi-africa at 2017-03-06 08:14
金屋さま、facebookでのご紹介をありがとうございました。私のブログでも紹介させていただきました。
Commented by 金屋輝美 at 2017-03-06 08:55 x
ありがとうございます! これがきっかけで、国際芸術家センターの活動を知ってくださる方が、出てくると思います。感謝いたします。
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