青い空と学校とモスク
ちょっとここ3週間は忙しいので、少し手抜き記事。でも以前からアップしようと思っていた写真をアップしようかな。

昨年11月のある休日。
ティエス市の近くの小学校に立ち寄ったら、空が真っ青だったので、写真を撮りたくなって、数枚収めてみた。
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今はちょうどハルマッタンというサハラ砂漠の砂が飛んできて空を覆う時期。しばらくはこういう真っ青な空は見られないかな。



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# by iihanashi-africa | 2018-02-13 19:44 | セネガル | Trackback | Comments(0)
タンバクンダの木の柵の文化
以前、セネガル東部の内陸の街タンバクンダの近くの村で、野菜農家さんの話を聞きに行ったとき、ふと気になる光景があった。家を囲う柵が、木でできている。
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この地域は、近年違法な森林伐採の防止活動や木材の濫用を削減する活動が積極的に行われている。タンバクンダの南方は国立公園もあり、北部の乾燥地域と比較すると背丈の高い木が多い。しかし、光が入ってこないほどの熱帯雨林の密林ではなく、まばらな林という程度。計画的に伐採しないとすぐに材木不足に陥りそうな量である。この状況を知りながら木材の柵を見ると、少し驚いてしまうのだが、違法伐採の量に比べたら、こうして民家で使う量などたかが知れていているのかな。写真の木はかなり年季が入っており、ここ数年で伐採されたものではないが、近くの村には最近作られたと思われる柵もあり、木製の柵の文化は続いているようだ。


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# by iihanashi-africa | 2018-02-03 19:08 | セネガル | Trackback | Comments(0)
セネガル人女性の魅惑の小道具チュライ
セネガルは、西アフリカ諸国の中でも「愛の巣を作り出す国」と言われている。

結婚したセネガル人女性たちは、夫を魅惑する秘密の小道具をたくさん持っており、セクシーな下着から、香水から、寝室のデコレーションから、とても凝る。その代表的な小道具の一つが、チュライThiourayeというお香である。通常、母から娘へとお香の焚き方や香りが受け継がれていく。

なぜか私のオフィスの廊下にも時々チュライが焚かれていて、もくもくと香りの強い煙が充満していることがある。お掃除のおばさんがおもてなしのために焚いているのか、はたまた同じフロアの別の職員に依頼されて焚いているのか。

チュライは、うっすらと香る程度だととてもくつろぐのだが、セネガル人は、かなりきつ~く香りを出すこともあり、無臭になれてしまっている私は時々頭が痛くなるくらいの匂いがすることがある。でも、おそらくセネガルの男性もそれを好むのだろう。一般的に浮気性の(一夫多妻の国なので語弊があるかな?、次から次へと女性を好きになると表現した方が美しいかも?)セネガル人男性を家に引き付けておくために、女性たちは自分磨きだけでなく環境を整えることに工夫を凝らす

少し前、地方出張へ行った帰りに、チュライを大量に生産しているバンベイBambeyという町の近くを通り過ぎた。この辺りはチュライ製造に適した粘土が沢山とれるらしい。道路脇にびっしりと並べられている。二人の奥さんを持つ運転手が、両奥さんのために買いたいと言ったため立ち止まった。
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日本が真冬のこの時期、セネガルも最低気温15℃くらいになる寒さ。チュライを焚くと、香りだけでなく部屋も少し暖かくなるようで、とくにこの時期にチュライを焚いてほしくなるらしい。運転手は、中くらいの大きさを一つ2000fcfa(約400円)で購入していた。
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チュライを焚いてベッドに入り、奥さんが旦那さんの耳元で「10000fcfa欲しいわ」と囁くと、男はあげてしまうんだと、笑いながら運転手が話していた。自分の経験に違いない笑。こうしてセネガル人女性の小道具に、男性はやられてしまうようだ。

ちなみに、写真はないのだが、チュライのお香の原料はカンラン科ボスウェリアBoswellia属の小灌木樹木の樹脂で、熱帯アフリカの乾燥地に約25種類ほど存在するという。「乳香」とも呼ばれ、古くから祭式の香として使われている。しかし、近年の調査では、15年後に現存する樹木が半減し、25年後には90%が失われてしまう危機にあるらしい。保護活動を行っている団体もあるようだ。




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# by iihanashi-africa | 2018-01-30 06:47 | セネガル | Trackback | Comments(0)
シンゲッティの古文書
昨年末、友人がモーリタニアのシンゲッティChinguettiに旅行をしていた。私もお誘いを受けたのだが、残念ながら行くことはできず、後で写真を送ってもらったら、行かなかったことを後悔するほどに私にとっては魅力的な写真だったので、許可を得てアップさせてもらうことにした。

シンゲッティはここ↓。
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Wiki先生の説明を使わせてもらうと、13世紀にマリ帝国を中心にサハラ交易ルートが発展し、金、塩、コラの実、奴隷、タカラガイの貝殻などが交易商品として流通したが、モーリタニア北部のシンゲッティは主要な交易中心部として重要な都市であった。もともとは777年に建造されており、11世紀まではベルベル人の交易中心地であったが、その後しばらく没落し、サハラ交易のおかげで再建された都市である。シンゲッティを含む4つの町は歴史的な重要性と古い街並みが保存されていることが評価され、1996年にユネスコの世界文化遺産に登録されている。

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         https://ja.wikipedia.org/wiki/サハラ交易

シンゲッティの町。
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シンゲッティは西アフリカにおけるイスラムの中心地でもあった。イスラム神学や科学の研究の一大拠点で、シンゲッティの学校では、神学に加え、論理学、法学、天文学、数学、医学なども講じていたそうである。そして、中でも有名なのが、貴重な古文書を収めた図書館である。

古文書といえば、少し前に『アルカイダから古文書を守った図書館員』という本を紹介した。サハラ交易で最も繁栄した最大の中心地であるマリのトンブクトゥの図書館員の実話である。欧米の研究者が驚くほどに膨大な数の歴史書や医学書、天文学書が当時から出回っていた。しかし、そうした貴重な書物は、トンブクトゥの町が様々な侵略を受けるにつれ、隠され、埋められていった。その後、多くの方の涙ぐましい努力のおかげで古文書図書館が設立され、各地で眠っていた古文書約38万冊が集められ収蔵されるまでになった。

この本を読んでいたので、シンゲッティの古文書にも一段と関心を抱き、目を輝かせながら友人の写真を眺めた。

シンゲッティには十数の図書館があるようだが、その一つの図書館の写真。ドナーの支援が入って、少し保存はされているものの、ほとんどの古文書の状態は良くない。
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こうしてシロアリに食われてしまった古文書もある。早急に保存しないと、貴重な歴史が失われていってしまう。
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今、シンゲッティは砂に埋もれつつあるそうで、古文書もそうだが、街自体も心配とのこと。これは半分埋もれた門。実は一階、と思っていた階が、二階だったそう。一階が砂に埋もれてしまっている。
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それにしても、写真を眺めれば眺めるほど、行ってみたくなる。



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# by iihanashi-africa | 2018-01-27 08:57 | モーリタニア | Trackback | Comments(2)
日本の水とセネガルの水を混ぜたら風邪を引く?
新年早々日本で風邪を引いた私だが、初期段階で病院に行かず、市販の薬でだましだまし症状を抑えていたら、なかなか治る気配がない。10日目にしてやっと病院へ行き、抗生物質を処方してもらったにもかかわらず、飲み始めて2日目、薬袋を開くと、あれっ?抗生物質がない!!!消えた!!!なんとも摩訶不思議な状況に首をかしげて、よくよく考えると、ん?もしや私、薬を出しっぱなしにしておいて、掃除した時に捨ててしまったかも・・・という結論に思い至った。ということで、抗生物質は2錠飲んだだけ。

その後、なんとか症状は治まってきたのだが、乾いた咳が止まらず、結局その症状をセネガルまで持ち帰ることになる。そして、今の今まで咳が止まらない。もうそろそろ4週間になる。この手の乾いた咳は長引くよ~と友人にも言われ、あの時早く治療しておけばよかったと今更ながら後悔している。

セネガルに戻ってきてから、ずーーーっと咳をしているものだから、私の運転手も心配してくれて毎朝「今日は大丈夫ですか?」と聞いてくれるのだが、先日、長引く咳を見て、「マダム、その咳は、日本の水とセネガルの水を混ぜたのが原因じゃないでしょうか?」と、よく分からない発言を真顔でした。私は、一瞬理解できずに止まってしまったが、数秒後に吹き出して笑いそうになったのを、なんとかこらえた。なんじゃそれ笑、という発言だが、運転手はいたって真剣。車を降りてから、またじわじわと効いてきて、一人でニヤニヤしてしまった。

セネガルではよく使うフレーズなのかと思い、セネガルに長く住む友人に聞いたら、初めて聞いたということだったので、私の運転手自己流の表現だったらしい。心配してくれての言葉だったのに、笑ってしまい申し訳ない(また爆笑)。

さて、その後、セネガルでももう一度クリニックに行ったら、咳をしすぎて喉に炎症が起きているとのこと。「しゃべること」と「乾燥」が最もよくないということで、もうしばらく無言で引きこもることにする。


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# by iihanashi-africa | 2018-01-26 03:42 | セネガル | Trackback | Comments(2)
銀行からの誕生日メッセージ
先日、セネガルで誕生日を迎えた。
そういえば、1年前は飛行機の上で誕生日を迎えたなあ。

ありがたいことに様々な方からメッセージをいただいたのだが、友人だけでなく、セネガルで使っている銀行やスーパーマーケットからもお祝いメッセージが届き、嬉しくなった。

Ecobank銀行のメッセージ
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スーパーマーケットCasinoからは、携帯にSMSでメッセージが入った。ポイントカードに100ポイントいただけるみたい。
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日本でも、誕生日月は割引になったりすることもあるが、銀行からこうしてメッセージをもらったことはないなあ。やるな~、セネガル。


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# by iihanashi-africa | 2018-01-24 05:16 | セネガル | Trackback | Comments(0)
ナイジェリアがエボラと戦った93日を描いた映画
2014年から西アフリカのシエラレオネ、リベリア、ギニアエボラ出血熱が流行し、2015年11月に終息が宣言されたが、総感染者数は3万人弱、死亡者数は1万人を超えた。

エボラ出血熱は致死率50~90%と言われており、一旦感染すると死に至る確率が高い。エボラ患者の血液や体液に直接接触すると、感染してしまう。

エボラはいつ終息するのか

上記の3か国で多くの患者が出たエボラ出血熱だが、他国でもこれらの国から来たという方の中から感染者が見つかっている国もあった。その一つがナイジェリアである。

2014年7月20日、リベリアの外交官Patrick Sawyer氏(アメリカ国籍も持つ)がナイジェリア最大の都市ラゴスの空港に到着した。飛行機を降りた時から体調が悪く、高熱だった。ラゴス市内の病院、First Consultant Hospitalに入院し、当初はマラリアが疑われたが、深刻なウイルス感染の症状であることからエボラウイルスの検査を行ったところ陽性と判明した。Sawyer氏は5日後に亡くなられたが、その後しばらくしてSawyer氏が入院していた病院のスタッフに次々にエボラの症状が現れ、20人と言われる感染者のうち7名が亡くなった。

Sawyer氏が入国した日から、ナイジェリアでの緊急事態宣言が解かれるまでの93日間の病院スタッフたちの戦いを事実に基づいて映像化しているのが、この映画である。

『93 days』
監督:Steve Gukas
2016年、124分、イジェリア




死を間近に息子と電話で最後の言葉を交わす母、隔離病棟のなかから不安を電話で彼にもらす女性、同じ病室の感染者がなくなる度に、次は自分だと漏らしてしまう女性。患者を精神的にも支えるアメリカ人医師のDr Benjamin Ohiaeri。これが事実に基づいていると分かっているからこそ、余計に胸を打つし、涙が出てくる。

これを見ながら、ナイジェリアでこんな状況なのだから、ギニア、シエラレオネ、リベリアの病院では想像もできない戦場だったのだろうと思う。

歴史を語る貴重な映画である。



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# by iihanashi-africa | 2018-01-22 01:14 | ナイジェリア | Trackback | Comments(0)
『わたしはフェリシテ』という映画
一時帰国の往復の飛行機の中で、何本か映画を見たのだが、この映画が一番面白いと思った。

『わたしは、幸福(フェリシテ)/ Félicité
監督:アラン・ゴミス Alain Gomis
2017年、129分


コンゴ民主共和国の首都キンシャサの歌い手のフェリシテFélicité
シングルマザーとして一人で息子を育てているが、息子はなかなかいうことを聞かない。自分は夜にバーで歌を歌って稼いでいるが、十分な稼ぎがあるとは言えず、なんとかぎりぎりで生計を立てている。とても素敵な声で、気持ちよく歌っているときもあれば、楽しさを忘れて稼ぐために歌っているという表情をすることもある。

ある日、息子が交通事故に遭い、片足の膝から下を失った。治療費を前払いしないと手術ができないと医師に言われ、治療費集めに奔走する。言うことを聞かない息子でも、治療費を集めるため恥を捨てて奔走する姿と、息子を思う母親の熱い思いが伝わってきてじんとする。

退院して家に戻った息子は食事もせず、一言も話もせずふさぎ込むが、フェリシテの新しい彼の陽気な振る舞いを通して、少しずつ心を開きだす。その心情の変化がとても巧みに描かれており、役者の技量の高さもあるのだろうが、自然体の表情がとてもいい

この映画、主人公はとても辛い状況なのに、最後はなぜかほっこりする。自然と笑みがこぼれてしまう。

監督のアラン・ゴミスAlian Gomisは、セネガル人とフランス人のハーフ。既にいくつも賞をとっており、アフリカ映画好きで知らない人はいないだろうとも思われる監督。この映画も、FESPACO(ワガドゥグパンアフリカ映画祭)のグランプリや、ベルリン映画祭の銀熊賞をとっており、私が言うのもとってもおこがましいのだが、でも映画としての完成度もとても高い気がする。



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# by iihanashi-africa | 2018-01-21 02:26 | セネガル | Trackback | Comments(0)
ユージン・スミスの写真展
一時帰国中に、ユージン・スミス写真展に行ってきた。
生誕100年らしく、東京都写真美術館で1月28日まで開催されている。
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ユージン・スミスは、1936年にアメリカで刊行されたグラフ雑誌『ライフ』で数多くのフォロエッセイを発表した。単純な写真による解説の域を超え、対象やテーマへの深い理解と解釈を持ちながら、それを表現するための一つの方法として編み出されたフォトエッセイ。複数の写真を組み合わせてストーリーを持たせ、視覚的なもの以上に内面的な真実へ迫ろうとする。スージン・スミスの写真は、いつも何かを物語っている。

ユージン・スミスは、『ライフ』の仕事でガボンのランバレネにも滞在し、シュバイツァー博士をカメラに収めている。アフリカの聖人と言われた偉大な方だが、医療活動の現場は非常に厳しいもので、博士の偉大さをおさめるのではなく、現場の厳しさを伝える写真を撮り続けたそうだ。

写真展は、ユージン・スミスの人生に沿って、『ライフ』の時代から「水俣」の写真を撮るまで、時系列で飾られており興味深い。


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# by iihanashi-africa | 2018-01-15 15:53 | 日本 | Trackback | Comments(0)
国際免許証の署名がローマ字筆記体の理由
つい先日、国際免許証を更新した。アフリカも国際免許証が使える国が多く、わざわざ現地の免許を取得せずとも運転が可能である。
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久しぶりに国際免許証を取得しに行き、かねがね疑問に思っていたことをまた思い出した。

それは、「国際免許証の署名がローマ字の筆記体でなければならないのはなぜか?」ということ。

海外で生活していると、自分の署名(サイン)を求められるケースが多い。署名は大抵パスポートの署名と照合されるため、パスポートと同じ署名を使う。私の場合、漢字を少し崩したようなもの。契約書から銀行からその他諸々の署名はパスポートと同じ署名を使っている。基本、パスポートのサインが私の唯一のサインであり、それ以外のサインなどありえない。

国際免許証は、取得する際に「自分のサインを書いてください」と言われるのだが、必ずローマ字の筆記体で書くように言われるのだ。私は、今まで自分の署名をローマ字の筆記体で書いたことなどなく、所謂私のサインではないサインを署名欄に書くことにいつも抵抗を覚える。書きなれていない筆記体で自分のフルネームを書き、う~~~~ん、これは私のサインではないと毎回のように感じる。

同じ疑問を持っている方は世間に沢山いるらしく、検索すると多くのサイトがヒットするのだが、その中に内閣府のサイトがある。

「規制改革ホットライン検討要請項目の現状と措置概要」
http://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kaigi/hotline/siryou2/keisatu.pdf

2014年に「国外運転免許証の署名に漢字をつかえるようにすべき」という提案事項が出ている。

「国外運転免許証の署名を筆記体のアルファベットで記入するように求める規制は、漢字での署名も可としているパスポートの署名と一貫性がなく、早急に見直すべきである。 署名はパスポートやクレジットカードと同一のものを使用するのが面前での本人確認に使用する観点から も適切と考えます」という内容だった。

それに対する警察庁の回答は、「条約附属書10において、国際運転免許証の記入事項はラテン文字又はいわゆる英国風の筆記体文字で記載することとされていることを踏まえ、道路交通法施行規則別記様式第22の7においても、我が国において発給される国際運転免許証(道路交通法上の国外運転免許証)についてロー マ字つづり又は英語で記載することとしているものです。そのため、国外運転免許証に日本語で署名を記載した場合、国際運転免許証としての要件を満 たさなくなり、条約締約国で自動車等の運転ができなくなることから、対応は困難です」というものだった。

なんとも奇妙な条項だが、まあ今のところトラブルが起きたことはないし、条約で決まっているというなら、そういうことにしておこう。それにしても、海外でも国際免許を取得するときはローマ字の筆記体なのだろうか。。。それこそ海外の方が印鑑ではなくサインの文化のため、疑問に思う人がさらに多そうだが。。。これを忠実に守っているのは日本だけ、なんてことはないだろうか。。。

あと、いつか見直すことがあったら、この大きさもどうにかしてほしいなあ。パスポートよりも大きいし、財布に入らないし、持ち歩くのが大変。お財布に入る大きさじゃないと、たまに忘れてしまう。

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ちなみに、国際免許証の最後のページはフランス語で記述されている。これも条約の中で免許証の体裁が定められており、最終ページはフランス語で書くと決められているかららしい。


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# by iihanashi-africa | 2018-01-12 15:39 | 日本 | Trackback | Comments(0)
2018年あけましておめでとうございます
年が明けて早12日。新年早々風邪をひき、声をからしながら1週間を過ごし、今の今まで咳が止まらず、日本の乾燥は馬鹿にできないなあと実感。

昨年は、大きな変化のあった年でした。いろんなことがトントン拍子で進み、年末の結婚式まであっという間で、もう遠い昔の話のよう。今年は新たなスタートの年となります。「思いやり」の心を持ちながら、一歩一歩進んでいきたいと思います。

私生活で大きな変化があり、仕事の影が薄くなりましたが、仕事も充実していました。最初の半年は様子見でしたが、徐々に活動の幅が広がり、自分の進むべき方向が定まってきたような気がします。

肝心の?ブログはというと、ここ数年の中で最もアップした記事が多く、毎年立てている毎月最低5本の記事をアップする!という目標を数年越しに達成しました。またぼちぼちと、私の独断と偏見で関心を持った記事をアップしていきたいと思います。

皆さま、今年もどうぞiihanashi-africaを宜しくお願いいたします。

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# by iihanashi-africa | 2018-01-12 14:03 | 日本 | Trackback | Comments(2)
『The Empire in Africa』:シエラレオネの内戦は誰に責任があるのか
休暇で日本に一時帰国中、どこかに映画でも見に行こうかと様々な映画館のサイトを見てみたが、今日は私の見たい映画が上映されていない。これから外に出るのも寒いし、たまには家でまったりと映画を見るのもいいかもと思い、アマゾンプライムで映画サーフィンをしていたら、たまたまこのドキュメンタリー映画にたどり着いた。

『The Empire in Africa』

監督:Philippe Diaz
87分、2006年


10年近く前のドキュメンタリー映画だが、日本では上映された様子はなく、アマゾンプライムでも日本語字幕なしのもの。なぜだろうと疑問に思いつつ、映画を見始めてから、自分なりの理由にたどり着いた。おそらく衝撃的映像が多すぎるからだろうと。作品としてはとても素晴らしく、価値のあるものだと思うが、目を逸らしたくなる映像が多い。もう一度見るのは憚れるが、様々な知られざる事実を明るみに出すには、こうして映像で見せることが最も効果的で説得力がある。

西アフリカに位置するシエラレオネでは、1991年から2002年まで内戦が起きていた。外国資本のダイヤモンドの鉱山の支配権をめぐる対立が発端となり、反政府勢力である革命統一戦線(RUF:Revolutionary United Front)と政府軍との間で交戦が泥沼化した。

このシエラレオネ内戦と所謂紛争ダイヤモンドの話は、レオナルド・ディカプリオ主演の映画『ブラッド・ダイヤモンド』でも脚光を浴びるようになった。この映画もアカデミー賞の5部門にノミネートされていただけあり、とても興味深い映画だった。その後もう一度見たくてDVDも購入した。くしくも、この『ブラッド・ダイヤモンド』と同じ公開日に、『The Empire in Africa』も公開された。おそらく偶然ではないのだろう。ハリウッド映画の『ブラッド・ダイヤモンド』の陰に隠れて『The Empire in Africa』が大々的に脚光を浴びることはなかったのかもしれないが、『ブラッド・ダイヤモンド』では描かれていない先進国の裏の顔を描いており、とても興味深い。

シエラレオネに限らず、多くのアフリカの紛争では、政府側が善、反政府勢力が悪として見られることが多い。「政府」という正式に認められた枠組みに、武装して対立しようとする非公式な勢力は悪いものに違いないという固定観念があるのかもしれない。事実、残虐な行為を行う反政府勢力も多い。しかし、認められた枠組みである「政府」がその役割を果たしていないとき、その偏った見方によって事実が曲げられて理解されることがかなりある。それに加え、政府と反政府勢力は表裏一体で、これまで政府にいた人間が、ある日突然反政府勢力に鞍替えしたり、その逆ももちろんある。

シエラレオネの内戦では、確かに反政府勢力のRUFは残虐なことを行った。しかし、政府側の民間軍事会社、国連が派遣した平和維持軍ECOMAGの残虐行為を、メディアがしっかりと伝えることはなかった。まさか平和維持軍がジェノサイドのようなことを行うはずがないというこれまた固定観念があるのだろう。

少し前に紹介した映画の記事でも、ボコハラム対策と位置付けたカメルーン政府警察の横行を書いたが、テロリスト対策のためにテロリストのようなことを行っている公的組織はまだまだあるのかもしれない。
Cine Droit Libre Dakar 3 :カメルーン北部のボコハラム対策と位置付けた警察の横行

映画の中でインタビューに答えているNGO、Action Against Hungerの女性がこう話していた。
「世界には国際法の蚊帳の外にある国がまだあります。そこでは人々を虐殺しても、飢え死にさせても、誰も責任を問われないのです。シエラレオネでは、他人の罪を負わされた反政府勢力RUFが、後に恩赦を受けるのですが、人々はその恩赦を全く理解できなかったのです。というのも、RUFだけでなく関係するもの全員がこの汚いビジネスに手を染めていたからです。」

シエラレオネ政府、西側諸国、ダイヤモンド会社、国連機関、平和維持軍、、、、彼らは罪を問われず、なぜか反政府勢力だけが罪を犯したかのように恩赦を受けることで丸く収まったかに見えるのだが、ここに事実を曲げようとする裏の意図がある。

この映画は、少しだけ反政府側の視点に立って描かれすぎている感は否めないものの、反政府勢力の残虐行為があったことも理解した上で見ると、とても客観的に見ることができ、告発映画ともいうべき価値のあるものだと思う。


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# by iihanashi-africa | 2017-12-28 23:19 | シエラレオネ | Trackback | Comments(2)
節目のクリスマス
2017年12月24日、世間はクリスマスで賑わっているこの日、私は人生の大イベントの一つを終えました。

クリスマスイブに結婚式なんてロマンチック~と友人には言われましたが、あえてこの日を選んだわけではなく、私が年末年始しか帰国できず、友人たちが出席しやすい12月の週末を選んだら、ちょうど日柄のよいこの日しかなかったという理由なのですが、実はちょうどお付き合いを初めて1年目の節目の日でもありました。

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クリスマスの繁忙期で仕事が休めなかった友人もいたり、小さなお子さんがいる友人は子どもを家において出席してくれたりと、クリスマスに開催するのは申し訳ない面も多々あったのですが、それでも出席してくださった方々に本当に感謝です。家族と過ごす時間を割いて出席してくれるのだから、できるだけクリスマスの雰囲気を楽しんでもらわなきゃねと夫と話し、テーマはやはり「クリスマス」に決定。装飾や音楽は全てクリスマスにし、ウエディングケーキもクリスマスプレゼントの形にしてもらいました。少しは気分を味わってもらえてたかなあ。。。

終わってから出席してくれた親族や友人たちから共有してもらった写真を見たら、私が新婦らしからぬ大口を開けて大笑いしており、結局自分が一番楽しんでしまっていたのかもしれません。普段は緊張しいの私が、珍しく全く緊張もせず、わくわく感しかなかったのが不思議です。何の不安もなかったのかも。

結婚式は、周囲へのお披露目と同時に両親への感謝の機会と捉えていました。こうしてかしこまって両親にお礼を伝えられる機会ってなかなかないですからね。それがしっかり果たせてよかった~。

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不思議なもので、一晩寝ると昨日の結婚式が一週間も前のことのよう。全く緊張せず楽しいひと時ではあったけれど、やっぱりあの時はふわふわしていたんだよと夫に言われ、現実離れした時間だったのかもしれないと実感しています。

これからも、噛めば噛むほど味が出てくるスルメのような夫と穏やかに過ごします。

そうだ、上の写真は全てプロ?カメラマンのsgmhmmrさんから頂いたものです。勝手に使わせてもらっています(笑)。こういう写真はなかなか撮らないので貴重ですね。本当に感謝です。

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# by iihanashi-africa | 2017-12-27 19:35 | 日本 | Trackback | Comments(2)
サリーのセネガル国際マラソン
11月25日に、セネガルのサリーSalyという観光地で国際マラソンがあった。今年で3回目。4月にダカールで開催されたのはダカールマラソンと呼んでいたが、サリーのマラソンは、セネガルマラソンと呼ばれる。セネガルマラソンという名称を初めて聞くと、セネガルを代表する国際マラソンでもちろん首都ダカールで開催されるのだろうと思ってしまうため、なんとも紛らわしい。

こちらは4月に開催された第1回ダカールマラソンの記事。
第1回ダカールマラソン

1か月前に友人と登録し、1週間前にゼッケンを引き取りに行ったのだが、もらったのはゼッケンのみ。ダカールマラソンは、出場者全員がTシャツをもらえ、スポンサーの数の違いを物語る。ダカールマラソンで、贅沢な思いをしていた私は、セネガルマラソンへの期待値が上がりすぎていて、ちょっとがっかり。でも、普段は走れない車道を気持ちよく走れるのはこういう時しかないので、やはり楽しみなのは同じである。

ウェブサイト情報によると、当日は、フルマラソンが8時ちょうどにスタートし、15分おきにハーフマラソン、10km、5km、2kmと時間差でスタートすることになっていた。私は、練習不足と翌日から出張ということを口実に、またもやハーフではなく10kmを選んだわけだが、予定通りだと8時半スタートということになっていた。

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一緒に登録した友人はハーフマラソンを走るので、万一時間通りにスタートしたら大変と、当日は8時前には会場入りしたが、予想に反せず8時になってもスタートのコールがかからない。やっと8時15分頃に、フルマラソンとハーフマラソンが同時にスタートすることになった。
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15分後は10kmと身構えていたら、10kmと5kmを飛び越えて2kmがスタート地点に呼ばれ、なんと彼らがゴールすまでは10kmは出発しないという。結局太鼓の生演奏を聴きながら、待つこと更に30分。9時になってやっと10kmと5kmが同時スタートした。

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 出発前の自分を発見。



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 ゴミはゴミ箱に捨てましょう!というキャンペーンをするビニールゴミを纏ったキャンペーンボーイ。

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ダカールマラソンほど景色が綺麗なわけではないが、沿道には応援してくれる人々がおり、なんとか心が折れずに走りきることができた。私のipodでは1時間6分。ダカールマラソンより数分縮んだ!と喜んでいたら、1週間後にウェブ上に掲載されたタイムは1時間が8分。あれ?この時間はどこから出したのだろうか。別にゼッケンにチップが埋め込まれていたわけでもないのに。

完走証明書がダウンロードできたので、印刷しておいた。ちなみに、私は「男性の部」に入っているという始末。なぜだ~~~~
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# by iihanashi-africa | 2017-12-20 19:52 | セネガル | Trackback | Comments(2)
カオラックのホテル
1か月ほど前、カオラックへ出張してきた。
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全3泊のうち2泊は普段宿泊するホテルに予約が取れたのだが、最後の1泊は街中のホテルはどこも予約が取れなかったため、少し高めの観光客向けホテルに宿泊してみた。カオラックにこんなに素敵なホテルがあるとは知らなかったのだが、仕事の疲れを癒せる魅力的なホテルだったのでご紹介。

Le Relais

こちらはいつものホテル。
Horizons bleusのチェーンのホテルで、タンバクンダやコルダ、ケドゥグなどにも同じ系列のホテルがある。川沿いのホテルで素敵である。
http://www.horizons-bleus.sn/

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Adjana Hotel

そしてもう一つの観光客向けホテル。
Adjanaとは、パラダイスを意味するらしい。その言葉の通りパラダイス。敷地が広大で、最も遠い部屋までは結構歩く。一泊25,000fcfaから170,000fcfaまで幅広い。40,000fcfa払うと、桟橋の両側の川の中のコテージに宿泊できる。多くの場合、ホテルのウェブサイトの写真の方が実物よりも綺麗に見えてがっかりするものだが、Ajana hotelは逆。サイトの写真が古かったので期待していなかったら、到着後に美しく整備されているホテルにうっとり。
http://www.adjana.net/
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オーナーはレバノン系。ホテルの敷地が広大過ぎて驚いていたら、一緒にいたセネガル人が過去の大物政治家の所有地だったらしいと話してくれた。ほんとかな??

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このホテル、何より食事が美味しい。カオラックは特に観光地ではないため、なかなか仕事以外で泊まる機会はないが、もし機会があれば、一度宿泊してみる価値はある。あ、でも、一人だと寂しいので、ご家族あるいは友人と楽しんで泊まるのがよいかもしれない。





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# by iihanashi-africa | 2017-12-19 14:07 | セネガル | Trackback | Comments(0)
セネガルの新国際空港オープン
2017年12月7日ブレーズ・ディアーニュ国際空港(Aéroport International Blaise Diagne de Diass:AIBD)がオープンした。やっと、ほんとにやっとである。工事に着工したのは10年前。最初のサウジアラビアの業者とセネガル政府との間では、工事予算の入金の遅れや地質の問題による追加工事やら諸々の問題があり、最後の数年でトルコのコンソーシアムが介入したことで、工事が加速した。何度もオープンすると発表されて延期になり、もうこれ以上は延期できない時期に来ていたかもしれない。最後は、建物は出来上がっていたが、空港で働く人が育っておらず、訓練期間として数か月必要だという報道が出ていた。このようなこれまでの経緯もあり、最後の最後まで本当にこの日にオープンするのか誰もが疑問に思っていたほどたった。だから、やっと!なのである。

新空港(ブレーズ・ディアーニュが長いためか建設された地の名前をとってディアス空港と呼ばれることも多い)は、今後25年間、最終的に建設に関わったトルコのコンソーシアムが運営に関わることになっている。

旧空港(下の写真)は、西アフリカを代表する国の玄関口としては少々残念なとても暗い雰囲気で、動線にも無駄が多くて、後から何度も追加工事をしているのが良く分かるほどだった。こうして写真で見ると大きな空港に見えるが、中はとても暗い。
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ちょうどつい先ほど新空港に到着したのだが、明るい明るい!もちろん出来上がったばかりなので見た目はとっても素敵。まあ、wifiが完備されていないとか、トイレのカギがかからないとか、トイレの水が流れっぱなしとか、食事処がまだ工事中とか、そういうのは許容範囲(笑)。でも、ちょっとだけセキュリティー面が心配になったのは私だけかな?外側からパスポートコントロールや荷物チェックの奥の方まで筒抜けで見えるし。解放感はあるけど。
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少し話題が逸れるが、初めて新国際空港の名前を耳にしたときに、まず感じたのは、ブレーズ・ディアーニュってだれ?ということ。仏語圏アフリカの歴史の中では非常に重要な人物らしいということが後から分かったのだが、セネガル人も高校や大学レベルの教育を受けていないとこの方が何をした方なのかよく知らない。空港の名前になって初めて、全国民に知れ渡る人となったようだ。

ブレーズ・ディアーニュは、1872年10月13日にゴレ島で生まれた。レブ族の父とギニアビサウ出身の母との間に生まれ、その後すぐにCrespin家の養子となった。小さいころからしっかりと教育を受けさせてもらい、一時期奨学生としてフランスへ留学もし、1891年にセネガルで、20歳の若さで税関職員に合格する。その後、フランスの植民地が進むとともに、植民地政権の中で重要ポストを歴任する。ダウメ(現ベナン)、コンゴ、レユニオン、マダガスカル、ガイアナと異動し、1914年、42歳の時に、アフリカの黒人としては初めてフランスの国民議会議員に選出された。その前に、アフリカ人との混血の議員はいたらしいが、アフリカ出身の「黒人」としては初めてだったようだ。第一次大戦中のフランスによるアフリカ人の卑劣な扱いを議会で訴えるなどして、「アフリカの声(La voix de l’Afrique)」と呼ばれたそうだ。一方で、西アフリカフランス領(AOF)へ何度も出張して、アフリカ人の戦争への参加を斡旋しており、英雄として見られていない部分もあるようだ。
https://fr.wikipedia.org/wiki/Blaise_Diagne

とはいえ、彼が歴史的な第一歩を踏んだことは確かで、前セネガル大統領のアブドゥライ・ワッド氏がブレーズ・ディアーニュに敬意を表して彼の名前を空港に付けることにしている。ダカールにもブレーズ・ディアーニュ高校があり、全国に彼の名前が使われた小学校もいくつかあるらしい。



新国際空港は、ダカール市内から約45キロ。高速道路を通っていかなければならないので、もちろん高速料金がかかる。出発時と到着時に往復10000FCFA以上を払うのは馬鹿にならない。セネガルの大手旅行会社は、これまで航空券を購入すると空港送迎を無料でつけてくれていたが、新国際空港では有料になった。そりゃそうだ。それにしても、街中から空港まで1時間半は遠い。。。

現在、ダカール市内の駅から空港まで電車(あるいは地下熱を利用した)の建設が進んでいる。こっちは、いつ出来上がるかな。



ダカールの駅は街の中心街にある。そして高速道路に入るのも中心街からだと早い。最近、中心街のプラトー地区は、旧空港近くの新興住宅地に比べると廃れた感じがしていたのだが、電車が通るともしかしたらかつての活気を取り戻すかな。


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# by iihanashi-africa | 2017-12-14 06:16 | セネガル | Trackback | Comments(2)